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ここはパラ実プリズン

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ここはパラ実プリズン

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   6

 三日に一度の入浴はパラダイスだ。余程の風呂嫌いでない限り、皆、そう答えるだろう。
 だが、残念ながら十五分と言う指定があるため、ゆっくり湯船に浸かることは難しい。水道は五つ、シャワーも壁に直接埋め込まれたのが三つあるだけで、そこに二十人が一度に入るとなると、入浴自体が戦いのようなものだ。
 なるべく無駄のないように時間を有効に使い、それでも遅れを取る者は、湯船のお湯で体を洗うのだが、「泡を入れんじゃねえよ!」と怒鳴られる始末だ。
 しかしナガンにとっては、やはりパラダイスだった。
 彼女は素早い行動でシャワーの一つを確保すると、そこに陣取った。そして恋人の梓を手招きし、仲良く洗いっこをした。梓の滑らかな肌を石鹸が滑って落ちた時はしゃがんで拾い、彼女の足元から上へ向けて滑らせた。
「くすぐったいよー、ウェルー」
 梓はくすくす笑った。
「仲がいいねえ」
 声をかけてきたのは、隣のシャワーを使っている佐野 豊実(さの・とよみ)だ。
「あ、こんばんはー。今日、一緒だった人だよねー? 俺、佐伯梓っていうんだー」
「私は佐野豊実だ」
「で、こっちはウェルー。ねー豊実はどうしてここに入ったの? 俺はさー、聞いてよ、ウェルがひっどいんだぜー」
 ナガンが嫌そうな顔をしたのにも気づかず、梓は続けた。
「何があったのかな?」
「俺、最近パラ実に転校してきたんだけどさー、ウェルが転校祝いにいいとこに連れて行ってくれるって言うからついてったんだ。でさ、デパートに着いたから何か買ってくれるのかと思ったら、これ投げろってでっかい石渡されてさー」
「それで君はどうしたんだい?」
「投げた」
 けろりと梓は答えた。
「そしたら捕まっちゃってさー」
 今でも梓は、自分がどうしてここにいるかよく分かっていない。暴れれば懲罰房行きだと言われ、ウェルのことが心配だから大人しくしているんだ、と続けた。
 豊実の目がキラリと光った。すっと声を落とす。
「だったら、脱獄しないかい?」
「へ?」
 梓の目が丸くなる。
「この刑務所は居心地がいい。だから脱獄を企てる者もそう多くはない。たまにはいるけどね。だが、それは敵の罠なんだ」
「罠?」
「ほとんどの者が、ヌルい空気と短い刑期に惑わされている。だが、受刑者と言っても囚人は囚人だ。自由を奪われ、定められた仕事を強要されている。三食つくからって、それが何なんだ? それこそ、飼いならされた牧畜も同然じゃあないか」
 聞いている梓の目が、次第に爛々と輝いてくる。うんうん、と何度も頷くに至って、ナガンが舌打ちして割り込んだ。
「アズ、こういう口の上手い奴もパラ実にはいる。気をつけるンだ」
 梓の目がぱちくりと、音がしそうなほど大きく瞬いた。
「え、これって俺、騙してんの?」
「とんでもない」
「ここにいつまでいるかは、自分たちで決める。口出しすんな」
「へえ」
 豊実は微笑んだ。「じゃ、その気はあるってことだね?」
「さあね」
 ナガンと豊実はニコニコ笑いながら、その実、殺気に近い感情が二人の間にはあった。梓だけが「そうかー、俺、騙されかけたのかー」と一人納得していたが、
「物騒な話してるわね」
と声をかけられたときには、三人同時に振り返っていた。
 そこには、水着姿の女がいた。風呂場なのになぜ水着? と梓が首を傾げていると、ナガンが彼女を己の後ろに隠した。
「これは先生」
 看守のセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だった。濡れるからと制服を脱ぎ、水着姿になったものらしい。
「佐伯梓」
「はーい」
 ナガンの後ろから、ひょっこり顔を出して梓が手を挙げた。
「何の話をしていたか、あたしに教えてくれる?」
「えーとねえ」
「パラ実とは何か、犯罪者とは何ぞや、ですよ、先生」
 答えたのは豊実である。
「あらそう。で、答えは出た?」
「いいえ。なかなか真理は遠い。私としては、ここにいることは人生や芸の肥やしになると思っているんですがね」
「へーえ。じゃあ、脱獄なんて全く一切、欠片も考えていない、ってこと?」
「とんでもない。そんなことをしたら、懲罰房行きじゃないですか。パンツを延々数えさせられるんでしょう?」
 梓の顔が、げ、と歪んだ。豊実の話で脱走に傾いていたが、また戻ってしまったらしい。
「人によるわよ、あの罰は。あなたなら差し詰め、絵を描きたいのに描かせてもらえない、って感じかしらね?」
「それは恐ろしい」
 豊実は肩を竦めるという容姿に似合わぬ仕草をして、フフフと笑った。
 食えない女、とセレンもまた笑顔を崩さず、二人の睨み合いは入浴時間が終了する三分後まで続いたのだった。


 その頃、セレンのパートナー、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、豊実とルルール・ルルルルルの部屋を探った後だった。昼間の作業で、夢野 久とルルールが怪しい行動を取っていたと八塚 くららから聞き――くららはその認識を持っていなかったが――、三人の部屋を調べることになったのだ。
 ちなみに久の部屋を探ったのはクローラ・テレスコピウムである。なお、ルルールは次の風呂のため、浴場の外で待機している。
 生憎と何も発見できず、セレアナは肩を落とした。こうなると、あった方がいいのかなくてよかったと思うべきなのか、よく分からないわねと自嘲気味に笑う。
 ついでに豊実の隣、ナガンの部屋を調べることにした。彼女はどうも、人を食ったところがある。腹の底で何を考えているか分からない。
 ベッドのマットレスを引っぺがし、枕を耳元で揺すってみた。古いポスターが貼られているが、特にこれといったものは見つからない。そろそろ戻ってくる時刻だろうか。やれやれとセレアナは立ち上がり、背伸びした。しゃがみこんでいたので、腰が痛む。そのまま、後ろ向きに腰を伸ばした。
 と、その目に白いものが映った。慌てて体勢を戻し、軽く飛ぶと、天井に張り付いていたそれを取った。
「ナガン記」とある。紙は支給されている物ではない。どうやって持ち込んだのだろうか。【物質化・非物質化】を使ったのか。それとも、看守の誰かに賄賂を渡したのだろうか……?
 入浴時間の終了時刻だ。セレアナは逡巡し、それを制服のポケットにねじ込んだ。持ち帰るのは躊躇われたが仕方がない。


 セレンと共にドキドキする心臓を押さえつけ、その紙を広げた。
「○月×日早朝07時
・ホルモンの打ち過ぎで男みたいな女がいた
・和食が食べたい」
 ……脱力した。