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ここはパラ実プリズン

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ここはパラ実プリズン

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   9

 少し時間を遡る。
 受刑者たちがシャワーを浴びる前、夕食時の男子房のことである。
 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は通常の房から離れた特別房へ、カートを押し押しやってきた。ゴリラのような看守が、分厚い鉄の扉の前で悠司を止める。
「夕飯っす」
 悠司が何も持っていないか、食器に武器になるような物はないか確認後、ようやく通行許可が出る。
 恐らく悠司一人では開けるだけで疲れるような扉が、ズズッ、ズズッと音を立てて開いていく。見ているだけで、悠司はくたびれる気がした。
 カートがカタカタ音を立てる。
「あー、めんどくせえなー」
 その呟きに答える者はない。
 悠司は隣り合った独房の真ん中にカートを止めた。
「飯だぞー」
 独房の主の内、ウィリアム・ニコルソンはイライラと言った。
「おせーんだよ!」
「そんなこと言ったって、俺一人でやってるんだからしょうがねーだろうよ。ほれ」
 食事はプラスチックの器に既によそってある。悠司は手早く、二人分のトレーを独房のドアにある小窓に差し入れた。
「くそっ、冷めてて不味いったらねえぜ」
 文句を言うなら食べなければいいのに、ウィリアムはいつも完食していた。
「お前は? 食が細いって聞いたけど?」
 悠司は隣のアイザック・ストーンに尋ねた。アイザックは小さく笑った。
「僕の体の心配までしろと言われてきたのかい?」
「申し送りでそう言われたから、訊いてみただけだ。冷めちゃいるけど、ここの飯は結構イケると俺は思うぜ」
「ケッ。所詮、ム所の飯だ。あークソ、ハンバーガーが食いてえな。おい、持ってこられねえのか?」
「無茶言うな。執行前の死刑囚じゃあるまいし。そんなに刑務所が嫌なら、あんな事件、起こさなきゃよかったんだ」
 悠司の記憶が確かなら、空京に仕掛けられた四つの爆弾は三つまでが解除され、一つだけ怪我人を出す事態になっていた。その怪我人も、医者の許可を得ずに退院したそうなので、そう大したことはなかったのだろう。
 アイザックとウィリアムは、空京大学の学生だった。他の学生が研究していた機晶爆弾を盗み、四つを共犯者に手渡し、残る手榴弾を持ち歩いていた。大学に脅迫状を送ったのもこの二人だ。
 四つの爆弾は周囲を巻き込む嫌な仕掛けられ方をしていたが、この二人だけは違った。悠司はそこに興味を覚えていた。
「そういうテメエはどうなんだよ?」
「俺? 俺は他の奴の喧嘩に巻き込まれて、何でか捕まっちゃったんだよ」
 しかし、最初に挑発したのが自分であることは黙っておく。あんな些細なこと――服のセンスが悪いとか、頭が悪すぎるとか、親のすねかじりとか、どうせ喧嘩も弱いんだろう、だから女にモテないんだとかいう図星をいくら言われたぐらい――でキレるなど、悠司にしてみれば、向こうが悪いのである。
「理不尽だね」
 ところが、アイザックは同情してくれたらしい。微笑みながら、続けた。
「僕らが事件を起こしたのは、やむを得ないことだったんだ。誰かがやらなきゃいけないことだったんだから」
「どういう意味だ?」
「俺はただ、街を壊せればよかったんだけどな」
 ウィリアムはニヤリとして、魚を口に放り込んだ。
「それは僕も同じだ。街を、全てを壊したかった。そうする必要があると思ったから」
「……意味が分かんねぇ」
「世界には敵が必要なんだ」
「は?」
 ひどく生真面目な口ぶりで、アイザックは言った。
「人という生き物は、常に戦うことで進化してきた。このパラミタだってそうだ。どこへ行っても戦いばかり。そうだろう?」
「まあなあ」
 面倒くさがりのくせに非日常的なことに興味がある悠司にとって、パラミタは実に居心地の良い土地であった。平穏と退屈、その紙一重のところにある世界だ。
「でも所詮、この世界の争いは地球人には関係のない話だ。地球人には地球人のための敵が必要なんだよ」
「えーと」
 悠司はボリボリと頭を掻きながら、懸命にアイザックの言葉を纏めようとした。
「間違ってたら言ってくれよ。つまりお前らは、人が進化するために、わざと地球人の敵になろうとしたってことか?」
「僕はね。他の連中は知らない。それぞれ、何かしら理由があったんだろう」
「……随分崇高な目的があったんだな。裁判で言やよかったのに」
「分かってもらえるとは思えない」
 確かにそうだろう。今聞いている悠司だとて、荒唐無稽で馬鹿馬鹿しいと思っている。
「最後に一つ教えてくれ」
 ウィリアムの食器がほとんど空になったのを見て、悠司は言った。食事時間には制限がある。それに遅れれば悠司も注意されてしまう。
「もし脱獄したら、またやるのか?」
 アイザックは独房の天井近くにある小窓に目を向けた。薄暗くなった空と、薄い雲が見えた。そして、
「――何度でも」
 ウィリアムの放り出したスプーンが、からんと味気ない音を立てた。