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誰がために百合は咲く 後編

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誰がために百合は咲く 後編

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(……皆さん、色々考えているんですね。ボクも何か言ってみよう、かな)
 次にアダモフに話しかけたのは、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)だった。
「アダモフ様は、地球や日本の技術をお望みということで……少し違いますが、東洋医学などはいかがでしょうか? これは先ほど発作で倒れられたことから考え付いたことなんですが」
「東洋……医学?」
「東洋、といいますのは、地球での東洋ですね。いわゆる地球の医療技術は西洋医学と呼ばれるものです。東洋医学は西洋医学のような科学的な裏づけには乏しいですが、長年の経験から来る蓄積は馬鹿にならないものがあります。逆に近年になって効果が証明されたものもあるんですよ。施術法は鍼、灸、投薬が主ですのでエリュシオンにも導入しやすいと思います」
 みことは、鍼や灸などといった聞きなれない言葉について、簡単に解説する。
「つまり、薬効のある草をお灸にするわけだな。似たようなことならこっちの植物でもできそうだ。 だが、ハリとは……? 体に針を刺して、痛くないのかね?」
「きとんと技術を習得した針灸師が行えば安全ですし、痛くありません。それと、様々な事情で通常の薬が飲めないような方にも、東洋医術は使用されているんです。ただ、診察によって病を特定する技術には熟練が必要ですね。これはどんな医学でも同じですが」
「ふむ。そのまま受け入れるには医者が必要だが、応用……といったことはできそうだな。これは商売としてだけではないが」
 老齢のアダモフは、それなりに健康に興味があるらしい。
「今まで無理重ねて、病を得て、あげくに今日は皆さんにはご迷惑をおかけしましたからなぁ」
「そしてなにより東洋医学の真髄は、病気を予防することにあります。つまり健康維持ですね。日本式の生活習慣を取り入れて健康を保つのも、いいんじゃないでしょうか」
「生活習慣……そういったものをまとめてエリュシオンに紹介するのもいいかもしれんな。まぁ、その前に自分で実践して体験記にするというのも……」
 アダモフはみことに、日本の健康的な生活について、質問していく。特に日本が長寿国であり、世界からも日本食が注目されていたことがある、というくだりに興味を持ったようだ。
「──早寝早起きもそうですし、日本で良く飲まれる緑茶にも、健康に良い成分があるとか……そういった簡単なものから良いのではないでしょうか。これは東洋、ではありませんけれど……」
 稲場 繭(いなば・まゆ)が、アダモフに紅茶の代わりに供したのは、薄目に入れ、はちみつを垂らして甘みを加えた、ラベンダーのハーブティだった。
「もしよろしければこちらをどうぞ。疲れた体を癒す効能があります」
 それにしても、幼く見えるヴァーナーや繭、それにみことに囲まれていると、アダモフはすっかり孫と話しているおじいちゃんのようにも見える。
 その様子をほほえましく見ながら、ほっとしながら。
(……アダモフ様が回復なさって本当に良かった。最後まで気持ちよく過ごして頂けるよう頑張らないといけないわ)
 それでも、自分と同じくらいか、それよりも若い子たちが上手にアダモフに話をしているのを見て。そして、先程アダモフが倒れる前、同席していた生徒達の対応を思い出して。
 テーブルから離れた位置で、アダモフの様子を注意深く見ながらも、藤崎 凛(ふじさき・りん)は少しだけ落ち込んでいた。
「アダモフ様を助けてくださった皆さんには感謝していますけれど、自分の至らなかった部分には落ち込みます……。それに、秘書の方のような長年共に働いてきた人が彼を陥れようとしていたなんて……」
 パートナーのシェリル・アルメスト(しぇりる・あるめすと)は、そんな彼女の背中をそっと叩いた。
「身近に恐ろしいものが潜んでいるかも知れないという良い教訓かな。
 でもね、リン。君だって大事に至らないようにと頑張ったじゃない。いきなり完璧にこなせなくたって良いんだよ。小さな力でも、相手を笑顔にさせられれば上出来じゃないかな?」
「……はい。お客様の前では出してはいけませんよね」
「アダモフさんだってショックがない訳じゃないさ。きっとリンの笑顔は嫌なことも忘れさせてあげることができるよ。……それに、聞きたいこともあるんだろう?」
 シェリルは、凛の手にそっと、ティーコジーを乗せた。
「これを持って行っておいで」
「ありがとう」
 シェリルに励まされ、凛は話の輪の中に入っていった。
 弾む話に冷めないように、新しく温かい紅茶のポットを持って、カップに注ぎ、ポットにはキルト製のコジーを被せる。
 紅茶は、甘みがかち合わないよう、お菓子の甘みが引き立つようなブレンドのものだ。
 その間会話が途切れるのを待って、話しかけた。
 幸いにしてアダモフの咳は薬と軍医の処置によって落ち着いているようだ。体力は多少消耗しているようなのが、少々気がかりではあったが。
「失礼ですが、アダモフ様がお取り扱いになっている中に香辛料があるとお伺いしたのですが……パラミタ特有のスパイスやハーブについて、ご存知な部分を少しご教示頂けないでしょうか?」
 凛は度を越した辛党で、普段、各種香辛料の入ったポーチを持ち歩いているくらいだ。
 アダモフは、生徒に頼んで、ホールに飾ってある一つのケースを持ってきてもらった。木枠の中に収められている多くの小瓶の中に、乾燥させたハーブやスパイスが入っている。
 草の葉や根、木の葉、樹皮、果皮、種子、花などなど、それらはシャンバラではあまり見られないものだった。地球と同じように、香辛料には香りづけのほか、腐敗防止、食欲増進といった作用があるようだ。またエリュシオン特有の薬草、魔法的な効果があるものなどもあった。
 今後エリュシオンの商品を運ぶ時の保存として一緒に、或いはエリュシオン料理などが入ってくるときには、欠かせないものとなるだろう。
 凛はアダモフに、どれがどういった料理に使われるか、どんな辛さなのか、といったことを聞いてみる。
 そのパートナーの様子に安心したのか、シェリルはついっと視線を外し、アナスタシアの方へと近づいて行った。
 彼女は他の候補者がアダモフの対応をしている間、仕入れ値の詳しい数字について話をまとめている商工会議所の男性たちへ、控えめな給仕をしていた。
「おや、少し見ない間に良い顔になったね」
「そうかしら?」
「でも、ここが終着点じゃない。君が大切なものを探求し続けるなら、更に素敵なレディになれる」
 シェリルは凛に視線を戻した。
「あの子は君に憧れているからね、君と他のお姉様方に衝突しないで仲良くして欲しいと思ってたみたいだ。君の中に『真心』があれば、きっと上手くやっていけるだろう」
「貴方はまるで王子様みたいなことを仰るのね。私への応援と、思っておきますわ」
 手を休めたのに気付いたのだろう、繭もアダモフの側を離れ、彼女の元へとやってきた。
「アナスタシアさん…が、頑張ってください! 応援してます!」
「確か……貴方も革新派として書記に立候補されていましたわよね」
「はい。日本も、ヴァイシャリーも、帝国も超えた新しいマナーの確立。私も、アナスタシアさんと一緒に作っていきたいですから」
 繭はこくりと頷く。
(日本やヴァイシャリー、エリュシオンといった枠組みに囚われることなく、淑女としてどう対応するかを考えることのできる学校づくりがしたい。
 以前の帝国第一なアナスタシアさんはやりすぎな気もしてあまり受け入れられなかったけど、今の彼女なら……)
「アダモフさん、今日で大分日本の文化に興味を持っていただけたようです」
「商売をする方ですから、色々な物事に興味の幅を広げていらっしゃるのですわね」
 アナスタシアは微笑して、それから。
「私も負けていられませんわ」
 彼女の視線の先では、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)の二人が、カップや食べ終えたお皿をこまめに下げていた。
 ミアは、倒れたアダモフの応急処置をした、アナスタシアにとってはいささかの、契約者でないことへの敗北感を抱かせた人間だった。
ラズィーヤさんにご提案ですが。アダモフさんが提示した織物を着物にして売りに出してはどうでしょう? 日本の文化に興味を持って頂いたようですし。
 からくりに興味があるなら、からくり人形の衣装としても使えます。昔ながらの玩具にはからくり技術が使われているのも多いですから、まずはそういう小さい物から出すのは?
 イルカの獣人が扱う珊瑚は、かんざしや櫛にもなります」
「面白いですわね。美術品としての価値が高められそうですわ。輸出するだけでなく、地球にも興味を持っていただけそうですし……お互いの文化にも受け入れられそうなご提案だと思いますわよ」
 けれど今はむしろ、そんな会話を聞いて、負けたくないという気持ちもでてきている。
「……ああ、アナスタシアさん。後は宜しくね」
 視線に気づいて、レキはカップを下げるついでに、彼女に声をかけた。続いてミアも、
「有事の際にはわらわが対処するつもりだが、お茶会とはそれが目的ではないからな」
 その言葉に若干の励ましのようなニュアンスが含まれていて、アナスタシアは意外に思ったようだった。
「活躍なさっていらっしゃったのに?」
「人それぞれ役割があると思うよ。白百合団と違って生徒会の方は必ずしも強さは必要ないからね。アナスタシアさんには、契約者がどんな能力があるかって知って貰えれば」
(逆に『契約者ではないからこそ出来る事』をやって貰いたいと思うんだよ)
 ラズィーヤだって、戦おうと思えば並みの契約者が敵うような相手ではない。しかし、彼女が剣を取ることは滅多にない。そういうことだ。
 逆に契約者であっても、桜子には会長に必要な資質に不安があると、レキはみていた。自が強いアナスタシアには、彼女のサポートをしてくれそうな人材が必要そうでもあったけれど。
 いろんな面で二人は対照的だ。