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誰がために百合は咲く 後編

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誰がために百合は咲く 後編

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 ──対照的と言えば、副会長に立候補した清良川 エリス(きよらかわ・えりす)と、そのパートナーティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)もまた全く違う二人だった。
 エリスはそろそろ始まるディナーに向けて、現副会長井上 桃子から仕事を託されている。
「う、うちが……いえ、私が?」
 副会長の仕事はサポートが大事だと、そう言った彼女に桃子が渡したのは、ディナーのメニュー表だった。
「事前に準備をしっかりされていたみたいですもの。予定に変わりはありませんわ、この機会に思い切ってみては如何かしら」
「はい」
 エリスは決意を込めて頷く。
「そういえば、清良川さんは、どうして立候補したのかしら?」
「うちは……我侭や高望み言われるんも判ります。けど革新すべき事も伝統を守る事も両立できる場所になって欲しいんです。私の身体には日本だけや無くて色んな血が流れてます。けどちゃんと調和してますん。百合園もそうあって欲しいんです」
 そして、同じくおもてなしをしているメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)関谷 未憂(せきや・みゆう)を会場に見つけて、打ち合わせをお願いする。
「どうしたんですかぁ?」
 スタッフルームに入った三人に、彼女は事情を説明する。
「お茶からディナーに移るにあたって、席を窓際へ移すそうどすえ。その方が準備がスムーズやからって」
「うん、そうね」
「やから、皆さんにはあちらの席をセットしていただこうと、思うんどす。うちはお茶やなんかのサーブをしますさかい、セッティングと食事はメイベルはんにお願いして……関谷はんがご用意いただいたテーブルウェアも、一緒にあちらへお願いしたいんどすが……」
「いいですよ。主役は百合園生さんですからね」
 未憂は気前よくにこやかに引き受ける。
「それにちょっと紙製品についてお話したいなーとか思ってるので。お皿が来るまでのお客様の暇つぶしとか、してますね」
 あともう一つ、と、未憂は今度はメイベルに向き直った。
「後でキッチンに食事取りに言っていいですか? もう一人お出ししなきゃいけない人がいますので」
「? いいですよぉ〜」
「ところで、ティアは……ああっ」
 エリスは、もう一人。自分のパートナーにも仕事を割り振ろうとして、そんなエリスの真面目な表情を、照れた顔を、慌てている一瞬をアップで──ティアが物陰から撮影しているのを見つけた。
 扇子で隠してはいるものの、ティアにはバレバレだった。
「残念、バレてしまいましたわ〜」
「何やっとるんどす!」
「妨害をしたら選挙で問題になってしまいますでしょう。ですから、あたしも流石に多少大人しくして……ああ、事前にラズィーヤさんには申告済みですわよ」
「……え?」
「これは、後の百合園の対外アピールとして必要な事、ですわ。これからはより一層広く大きく世界から人を集めるのですもの。でしたら最も重要な選挙活動の場の記録を残し、参考として頂くのは大切な事ですわよ」
 エリスからすれば、どうしても困った顔が撮影したいとしか思えない。
「何故ラズィーヤ様は許しはったんやろ??」
「ビデオのダビングを差し上げる予定ですわ。尤も、お客様には失礼のないようにって、裏方でエリスだけって条件付きでしたけれど」
 色んな女の子を撮影したかったのに、と、ティアは残念そうだった。エリスは大きなため息を吐いて肩を落とすと、
「……ほな行きましょ」
 ティアを放っておいて、会場へと向かった。

 メイベルは、早速テーブルセッティングへと入った。シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)がお客さんのたわいもない話の相手の聞き役を務めさせている間に、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が運んできたお皿やカトラリー、グラスを配置していく。
 地味な仕事だが、三人とも、ここでどのような意味でも目立つ気はない。生徒会よりは白百合団の活動に専念したいと思っていた。
「必要以上に気負うことはないですよぉ〜。全ては自分たちが百合園の生徒として学んできたことをありのままの姿で接すること、ですよぉ」
 メイベルがフィリッパと互いにお皿やカトラリーの位置を確認しながら、そう言った。
「はい。ですがあまりでしゃばらないようにしたいですわね」
「と言っても〜、目的は〜、お客様に満足して帰っていただけるおもてなしをすることですからねぇ。百合園生の全員がおもてなしをすることもぉ、大事ですよぉ」
「──これはここでいいですか?」
 メイド姿の未憂が、手にした折鶴や風船を持って、テーブルに飾りながら尋ねる。
「いいですよぉ、綺麗ですねぇ」
 それは、千代紙の折り紙だった。
「日本的な物にも興味をお持ちなようなので、こういうのはどうかなって思いました。それから器なんですけど……これはどうでしょう?」
 彼女が持ってきたのは、ヴァイシャリー製のガラス器だった。
「ワイングラスは、様々な色の、ちょうどフチが花のような形をしたもので、好きなものを選んでいただいて。この青い波のような小皿は、食後のお菓子入れに」
 必要そうなものは一通り校長が用意してくれたが、これはその中の品だった。
「いいですねぇ、使いましょう〜」
 じゃあ人数分持ってきます、と彼女が言うと、くいくいと袖を引かれた。
 見れば、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が目で訴えかけている。
「……手伝ってくれるの? じゃあ、私の代わりに持ってきて、メイベルさんに渡してくれるかな」
「うん、行ってきます」
 こくり。と頷くと、プリムは食器を取りに一人静かにスタッフルームへと歩いて行った。
 プリムは人見知りだ。一人で知らない人だらけの船内を手伝いに歩くなんて、大丈夫かな、と未憂は思ったが、心配するほどでもなかったようだ。
 未憂が手分けしてテーブルセッティングを終えると、早速エリスがラズィーヤやアダモフハーララらを案内してきた。
 エリスは事前に調べておいた、彼らお客様の好み通りに、一人ずつ、お茶をサーブする。
 全て種類や温度や濃さ等しっかり個々に併せ調整しており、食事中に出される口直しの冷たいグラニテや食後のお茶菓子も、複数の甘さの強さの物を用意した。
 また、甘いものが苦手な人の為にと、お菓子には酸味や苦味に重きを置いた物も取り混ぜて用意してある。
 エリスはさりげなく、料理を運んできてくれたメイベルたちにもお礼を言う。
 テーブルはエリスが口を挟まなくとも、話が盛り上がっていた。
 未憂は千代紙や折り紙について聞かれて、桜子を呼んで実演してみせたりしているし、繊細なグラスの色の出し方や、レリーフについて尋ねられ、琴理が由来を語っている。アナスタシアはハーララに、自身もヴァイシャリーに来て参考にしたという、百合園が中心になって作成した『観光マップ』を見せて、彼女たちの説明を補足していた。

 ところで、そんな和やかなお茶会信仰とは打って変わって、キッチンは大忙しだった。
「カップもお皿も足りないよ〜。あ、おしぼりおしぼり……これ持って行ってー」
 リン・リーファ(りん・りーふぁ)は泡まみれになりそうな勢いで、洗い物にいそしんでいた。
 今日はお茶やお菓子を出す生徒がとても多かったせいで、使用済みのカップやポット、お皿がすごい勢いで増えていた。
「これじゃあ、みんなの写真を天音さんに送るヒマないかも……」
 キッチンで料理担当のセシリア・ライト(せしりあ・らいと)も、パンをこねたり焼いたり、サラダの野菜を洗ったり、目が回るような忙しさだ。
「でも、こうやって心を込めて料理をしたりすれば、食べてくれる人にも伝わるよ!」
「そうだよね。……あっ」
 リンはあることを思い出して声をあげた。
「あのアダモフさんの秘書の人? 悪い子だったんだってね」
「うん」
「晩御飯差し入れしても大丈夫かな。美味しいもの食べて心を入れ替えてくれたらいいんだけど!」
 笑ってリンが言えば、メイベル経由で聞いてるよー、とセシリアは隅っこに置かれたトレイを指差した。パンと、白身魚とじゃがいものハーブ炒め、それにパンナコッタが乗っている。
「簡単だけどそれ持って行って」
「ありがと! ……ちょっと抜けてきまーすっ」
 リンは洗い物を手早くひと段落させると、トレイを手に、海軍に監視されているアダモフの秘書のところへと、食事を持って行った。
 秘書バレが彼女にそっけないお礼を言った後、少しだけ語ったところによると、初めは真面目に仕事をしていたものの、長年ワーカホリックであったアダモフの秘書を務めるうちに、変わってしまったらしい。
「狂いの始まりはちょっとしたことだったのさ。親の手術の立ち合いにすら、仕事で休みたいと言い出せない……言わなかった、ってだけだ」
 手術は成功したものの、バレは以降仕事にのめり込むようになった。アダモフから見えないところで支店の人間たちともつながりを強め、いずれ来る乗っ取りをスムーズにしようとし始めたのだ。
 それがどのような感情からくるものか彼自身も分からないようだったが、疲れたように彼は目を閉じて──今度は自分で商売を起こすとだけ言った。