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リアクション
「数が多すぎる……!」
囮として刃魚の群れを引きつけたルカルカだったが、一斉に飛びかかるそれは銀の波のようだった。
一匹一匹を捌くのは契約者にとってさほど苦ではない。数多の経験を積んだルカルカにはなおさらだった。
けれど、言ってみれば、それはまるでマイワシの群れだ。マイワシが水槽に餌を投入されれば、一斉にうねり銀の竜巻を作り出すように、刃魚の銀の輝きは銀の帯、いや川となって海面を流れ跳ねていた。
ルカルカと淵を乗せたフタバスズキリュウは、刃魚の群れと併走しながら、かわしながら、指示を受けた方角へ、懸命に泳ぎ続けていた。
そのヒレを食いちぎるべく、刃魚が顎を開いて大きく跳ねた。刃魚を避けるべく、フタバスズキリュウは水に潜り込む。
ルカルカと淵は頭のてっぺんまで水に浸かったが、水中呼吸の指輪が彼らを守った。ルカルカはリュウの首に片手を回して水圧に耐えながら、先程から打ち続けていた右手で魔道銃のトリガーを引く手を休めない。
数秒の後、フタバスズキリュウは再び浮き上がる。
丁度浮き出た群れの横っ面に、ルカルカは魔力の弾と、淵は“真空波”を叩き込んだ。
そして同時に、彼女たちの背後から、
「囮をしているのだろう? 俺たちも追い込みを手伝おう」
水上バイクを駆っているのは、ホレーショだった。
「俺たち……って?」
淵は問い返す。それにホレーショは、指を海中に向かって立てて見せた。
「あそこだ」
ホレーショのパートナーローザマリアは今、海の中にいた。
彼女の側には、一匹の鯱がいる。シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)──鯱の獣人だった。
刃魚の群れの最後尾に着いた彼女たちは、ローザマリアの水中銃による“エイミング”と、シルヴィアの一撃離脱の戦術で、群れを追い立てる。
……と言いたいところだったが、暗闇の海でローザマリアは波に翻弄されていた。ウェットスーツを海軍に借りて着込んではいたが、まず視界の確保ができない。遠くに見える客船の光と、星月だけが光源で、海中の自分の足元すら良く見えない。どこからやってくるか分からない刃魚をカンでかわすのに精いっぱいだった。
結局ホレーショに拾い上げてもらって、二人乗りの水上バイクの後部座席から“真空派”を飛ばすことにする。
「……りょうか……了解、と。……まだ痛いな」
銃型HCから位置情報等を受け取った朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は、さほど離れていない位置をゆく商船を振り返った。
暗闇に浮かび上がる煌びやかで温かい光。お茶会は嫌いではないが、あそこで必要とされる上品な言葉は彼女に舌をかませるのに十分だった。
彼女は今、小型飛空艇ユースティティア──ジャスティシア用にカスタマイズされた、警報・サイレン付の白塗りのヘリファルテ──に乗り、海の上にいる。
(まことに残念だが、警備上の問題が生じたい以上は、メイドさんごっこはおしまいだな。いや、本当に残念だ)
制服に着替え、頭にはジャスティシアの帽子、腕には腕章。スタンスタッフをホルスターに収めたら──うん、やっぱりこうでないと調子でないな、と彼女は嬉しそうだ。
それからちょっとだけ真面目に表情を改めて……といっても大抵厳しそうな表情をしている彼女だったが、
(何より、このお茶会、従姉妹の舞も関わっている百合園の生徒会役員選挙の試験も兼ねているし、横槍を入れさせる訳には行かない。
……。まさか、これも試験の一環なんてことは……考えすぎだよな。いくらラズィーヤさんでもそこまではしないだろうしな。ははは)
ラズィーヤさんはそこまでしそうな人ではあったが、今回は幸い、そんなことはなかった。
千歳は休憩室から夕食代わりに貰ってきたケロッPカエルパイを口に放り込むと、再び船の周囲を、ユースティティアで警備する。
光術は海面を照らし、ルカルカたちが引きつけきれずに、或いは群れとは離れて船の進行方向へと向かってくる刃魚を発見していく。だがすぐには手を出さない。
彼女は携帯電話を操作し、発見次第位置情報を伝えると、また商船を追うように海上を飛行した。
そして千歳の背後で暫くの後──魚が、爆ぜる。
「……」
デッキの上で、スナイパーライフルのスコープから目を離し。
イルマ・レスト(いるま・れすと)はふうと息を吐いた。
パートナーの千歳から伝えられた刃魚の位置情報を元に海上を警戒し、近づいたところを“スナイプ”する。海軍が貸してくれた暗視スコープのお蔭もあった。
(千歳、あまり残念そうには見えないですけどね。声もどことなく嬉しそうでしたし──これはメイドをしなくて済んだから、でしょうけれど。
確かに来賓の方々に、もしものことがあったら商談どころではなくなりますわ。ヴァイシャリーの信用に傷が付くことになりかねませんしね)
イルマは立ち上がり、再度デッキの上を歩く。今度は進行方向に刃魚がいるらしい。
(イルカ獣人の話だと、刃魚を見るのは予想外ということですし、以前から目撃されているなら、フェルナンさんが会場に選ぶとも思えません。偶然であればいいですけどね)
ルカルカたちに引きつけられた魚の群れが向かったのは、浅瀬に小島が点在している海域だった。小島といっても、本当に小さく、白い砂浜とわずかな草、そして樹木がまばらに生えているだけの、せいぜい海抜1メートル程、数分有れば周囲を一回りできる程度のものだ。
その島を挟んで刃魚をにらんでいるのは、海兵隊の隊員たちだった。僅かな半円形に展開し、水上バイクの頭を内側に向けている。
「……来ましたわ」
海兵隊の上空。氷雪比翼で空を舞う冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の“ダークビジョン”と“ホークアイ”が、肉眼でそれを捕えた。
「海中に人はいないようですわ」
小夜子の言葉に、海兵隊と、そして待ち構えていた百合園生たちが頷く。
ルカルカと淵を乗せたフタバスズキリュウが、こちらへ一直線に向かってくる。そして小島の手前で、方向を変えた。海岸線をぐるりと回り、海軍の後ろへと突っ切っていく。
刃魚の群れは急な動きに付いていけず、そして前方に海兵隊──人肉を見つけ、そのままジャンプした。
ある魚は島に乗り上げ、木々や茂みに激突し、ある魚は島と島の間に殺到する。群れは、一つの銀の巨大な魚のようにうねった。
瞬間。
「──撃て!」
巨大な音が波間を揺らし、刃魚の群れは白煙に包まれた。
海兵隊の一斉射撃──木製ストックの古風な外観のライフルから放たれた特製の銃弾が、刃魚たちを屠っていく。
白煙を抜けた魚はその数を大幅に減らしていたが、着地の前に小夜子の“真空波”によって切り裂かれる。
小夜子を敵と見て彼女に襲いかかる刃魚は、だが、黒曜石の覇剣でその牙を届かせることなく海面へ落下していった。
「時間はかけられない──短期決戦ね」
彼女のパートナーエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)は、自らの翼に付けた強化光翼による高速飛行で、空中を旋回。踊るようにメメント銛を、空を飛ぶ刃魚の群れに付き入れた。
“アルティマ・トゥーレ”が、刃魚の飛び出ようとした海面を凍てつかせた。魚ごと凍りついた海面はそのまま障害物となって、泳ぐ魚たちを阻む。
「ん? メールが……お、留学してた天学から百合園に、正式に学籍移動されたってさ。本当に滑り込みだったな……」
島の上空で。シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が携帯を開いて、目を通し、ぱちんと閉じ、二人のパートナーを振り返る。
「下船までに間に合わなかったら、危うく選挙に投票できねえところだったぜ。……オレらの学校のことはオレらで決めたいもんな。で、誰がいいと思う?」
「ボクにも投票先考えろって?」
はん、とサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)は鼻を鳴らした。
「ボクに意見を求められてもなぁ……あぁ、親エリュシオンに投票するって言うなら、この場で殴り倒して棄権させるからね♪」
にっこり笑って音符を付けてみたものの、彼女の目は笑っていない。すぐに表情が冷たいものになる。
「連中は敵さ、ボクにとっては今後永遠にね」
リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)がサビクに同調した。
「わたくしも……あまりエリュシオンと関わるのは、いい気分はしませんわ。アダモフ様はいい人かもしれませんが、帝国がティセラお姉さまにしたことを思うと……」
(サビクとリーブラはエリュシオンにえれぇ厳しいんだよな……シャンバラも国としてやってることは大してかわんねぇ気はするけど)
シリウスは頭をかきながら、よっしゃ、と気合を入れ直した。
「敵は水中か…ちょうどいい、新しい力を試してやるぜ」
──“変身!”
「魔法少女、シリウスッ!」
キラキラとした輝きがシリウスの体を包み込んだかと思うと、彼女は魔法少女のいでたちで現れた。
強化光翼で急降下するシリウスに、サビクとリーブラが、小型飛空艇で続いた。
シリウスが放つ“さーちあんどですとろい”の炎が海面を薙ぎ、小夜子に足止めをくらった魚たちを炎であぶりだした。
「止めは任せたぜ、相棒!」
小型飛空艇から空に飛びだしたリーブラとサビクの体を、シリウスの“空飛ぶ魔法↑↑”が包んでいく。
「申し訳ありませんが、近づけるわけにはいきません!」
律儀に言って、リーブラはシリウスに飛びかかる刃魚の前に立ちはだかった。同時に長大な光条兵器──偽星剣・オルタナティヴ7が彼女の手の中に出現した。
そのまま巨大な剣が刃魚を薙ぎ、両断した。
「ぜーんぶやっつけちゃうからね」
剣の軌跡を追うように、彼女の頭上を旋回して飛び出したサビクの“女王の剣”が、残る刃魚に放たれ、殲滅していく。
「すごいですねぇ。……負けていられないですぅ」
彼女たちの活躍を上方に見ながら、ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)は巨大注射器──もといレティ・インジェクターで海面近くを舞っていた。
「ええ〜い」
彼女は新緑の槍を刃魚の群れに向かって投げ入れる。
雷電属性のその槍で、刃魚を感電させようとしたが……、それに至るほどの能力が、この槍にはないようだった。槍はぷかぷかと波間を漂ってしまう。
ルーシェリアは慌てて“サイコキネシス”でゆっくりゆっくり槍を持ち上げ、回収する。
「普通に突いた方がいいみたいですぅ〜」
うまくいけば、空中には安全に、しかもスマートに敵を気絶させることができたかもしれないのだが……残念だ。
ルーシェリアは針の先をくるりと海中に向けて、槍ごと彼らに突進し、ヒット&アウェイを繰り返した。
「お客様を守るんですぅ」
一匹、二匹。飛び上がる刃魚を、確実に屠っていく。
「はいはい、ちょっと邪魔しないでくれるぅ?」
薔薇がかちりと音を立てて揺れる。同時に放たれた銃弾は横合いから飛びかかってきた刃魚の頭に命中。刃魚は、水中に水しぶきをたてて沈んだ。
黒薔薇のレリーフ施された銃把を握っているのは、小型飛空艇オイレの上に浮かぶピンクのツインテール──雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)だ。
「私、ナイトディナーは殿方と二人きりで楽しみたい派なのよねぇ」
(……というのは冗談。未来の白百合を作るために努力する女子達のお邪魔はしたくないのよねぇ)
彼女の両眼の“ダークビジョン”が波間に漂い、群れから取り残されるその死骸を捕える。
(せっかくのきれいな海に魔物の死骸がぷかぷかっていうのも、そのままじゃ海が汚れちゃうものねぇ……)
彼女が小島に付けているのは、フランセットに頼んで用意してもらった小舟だ。と言っても、予想以上に数が多かった。
「全部は積み切れないわよねぇ。後で回収に来てもらいましょうかぁ」
気絶した魚の尻尾をつまみ上げながら、それにしても、とリナリエッタは回想した。
「本気で食べる気なのかしらぁ? ……骨ばってて美味しくなさそうだけどぉ」
フランセットは、何でも料理に使えるか試してみる気らしい。流石に「足の生えたチーズ」は食べない、と言っていたが、何のことだろう。
“サイコキネシス”で運び上げた刃魚を、魚でできた山のてっぺんにぽいっと乗せて、リナリエッタは再び生徒達が斃した魚の回収に向かっていった。
彼女はこういう面倒な“汚れ”仕事はあまり好きには見えないのだが、意外と真面目だ。単に綺麗好きなのかもしれないが。
──こうして彼女たちは刃魚の群れを残らず始末し、撃退し、無事に商船へと戻っていったのだった。
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