リアクション
【十一 それぞれの思惑】
ピラーによる壊滅的な破壊から明けて、翌日。
瓦礫の山と化したシャディン集落付近には、空京から押し寄せてきたマスコミ連中が、そこかしこで取材に当たっている。
その様子を、茫漠とした表情で何となく眺めていた静麻の傍らに、空京放送のベテランジャーナリストの男性が立ち、神妙な面持ちで深い溜息をついた。
「今回うちを呼んでくれたのは大変ありがたいのだが、この惨状をそのまま流すのは、気が引けるね」
「まぁそうなんだろうけど……だが、事実は事実だ。ピラーの脅威と、バスケス家の無為無策を大々的に流してくれれば、他にいうことはないよ」
静麻が幾分疲れた様子でそう答えると、このベテランジャーナリストは突然、話題を変えてきた。周囲を警戒する素振りを見せ、僅かに声を潜めながら静麻の耳元で囁く。
「こいつは特ダネなんだがね……君は、対ピラー特別救済措置規定、というのを知ってるかね?」
いきなり、耳慣れない用語を聞かされた静麻は、やや気の抜けた表情を見せて、小さくかぶりを振った。
ベテランジャーナリストは尚も声量を落としたまま、静かに続ける。
「だったら教えてやろう……今から300年前にも、シャンバラ大荒野でピラーが発生した事実があるらしい。当時のツァンダ家は、ピラーの破壊力に相当な脅威を覚え、ピラーによる被害がツァンダ領内に及んだ場合の規定を設けているのだそうだ」
それが、対ピラー特別救済措置規定なのだという。
この特別救済措置規定によれば、ピラーによる領地壊滅を被った領主は、暫定的にツァンダ家直属の貴族に昇格され、ツァンダ中央に程近い位置に、新たな領地を得るという救済措置が適用されるらしい。
そしてこの領地壊滅の認定には、ツァンダ家による直接の視察が必要なのだという。
ここまで黙って話を聞いていた静麻は、不意に表情を険しくした。
家格の昇格審査を受けるといっておきながら、ピラーに対しては何ら対抗措置を講じようとしなかったヴィーゴの態度が、ここにきて、急に腑に落ちないと思えてきたのである。
「まさか……ヴィーゴ・バスケスは、この救済措置規定による適用を狙って……?」
「ははは、いや、まぁ、これ以上ははっきりいうと、うちもやばいんでね。あくまでもオフレコってことにしておいてくれ」
静麻の表情に危険な匂いを察知したのか、それまで饒舌だったベテランジャーナリストは、にわかに表情を引きつらせて、静麻の傍らからそっと離れていった。
* * *
ピラーは、シャディン集落に到達する直前で、忽然と姿を消した。
バンホーン博士の推論によれば、シャディン集落に形成されたナラカ・ピットが不完全であった為、ということらしいが、何ら確証が得られない為、あくまで推測の域を出ない。
だがそれよりも驚きだったのは、オブジェクティブ達が自分達の手で、人工的にナラカ・ピットを創造したということである。
マーダーブレインでコントラクター20人分の能力、そしてバスターフィストで10人分の能力。
単純計算で30人のコントラクターが力を結集すれば、擬似ナラカ・ピットが創造可能という理論になるのだが、しかし他にも数多くの要素が必要であると考えられる為、そう単純な話ではないのだろう。
では、本来のナラカ・ピットはどこにあるのか?
その問題を解明すべく、白竜とセレンフィリティ、そして加夜の三人が、ピラー発生の翌日、シャンバラ大荒野の旧キマク管掌モルガディノ書庫へと足を向けた。
但し、三人は文献の調査を目的とはしていない。ある人物と接触を取るのが、今回の趣旨であった。
そしてその人物――菊が、アルパカに跨って姿を現したのは、白竜達がモルガディノ書庫の門前に到達してから、僅か数分後のことであった。
「……へぇ、珍しいねぇ。そっちから呼び出してくるなんざ、一体どういう風の吹き回しだい?」
幾分挑発的に笑う菊だが、バンホーン博士の代理である白竜は、務めて冷静な態度で応じた。
「実は、ナラカ・ピットの所在を探しております。これはシャンバラ大荒野の、ツァンダ寄りの地域のどこかにある筈なのですが、この地に関しては我々では不案内である為、どなたか、パラ実の方にご協力を仰ぎたいというのが、バンホーン博士からの伝言です」
この思いもかけぬ申し出に、菊は一瞬、呆けた表情を浮かべて三人の使者を交互に眺めた。どうもこの三人には、領土的な野心は無さそうな雰囲気ではあるのだが、かといって、ここで即答する程に腹を括っている訳でもない。
菊は尚もだんまりを決め込み、相手の出方を待った。
するとセレンフィリティが、はにかんだ笑みを浮かべて頭を掻きながら、白竜の言葉に続ける。
「んまぁ、何っていうのかしらね。餅は餅屋? っていのうかしら? とにかく、あたし達だけじゃどうにもなんないから、誰か手伝って〜っていうのが本音のところね」
こうまでいわれると、菊としても悪い気はしない。だが、パラ実に生きる身としては、矢張り用心に越したことは無いから、菊は回答を保留することにした。
「ふぅん、そうかい……まぁ、急にいわれても考えがまとまんねぇから、回答は後日ってことにしてくれ」
「出来れば、なるべく早めに答えを頂けないでしょうか? ピラーは、待ってはくれませんので……」
加夜の嘆願に近い声を聞き流しながら、菊は手綱を操って、アルパカの踵を返させた。
去り行く菊の背中には、弁天様が鮮やかな彩りで踊っている。その鮮明な絵柄を眺めながら、加夜は小さな溜息をついた。
「聞き入れてくださると、良いのですが……」
「そう……ですね。他にも、行方不明となったミリエル嬢やラヴィル卿の捜索、更には柱の奏女に関する謎の解明と、やることは非常に多い。少しでも博士の助けになれれば、それに越したことはないのですが」
白竜の、幾分愚痴にも近い応えに、加夜のみならず、セレンフィリティも苦笑を返さざるを得ない。
ともあれ、三人は一応の務めは果たした。
以後、果報は寝て待つしかない。
『ピラー(前)』 了
当シナリオ担当の革酎です。
このたびは、たくさんの素敵なアクションをお送り頂きまして、まことにありがとうございました。
今回は少し、PL情報に頼って先走った感のあるアクションが多かったように思われましたが、しっかりPC視点でアクションをかけられた方々のお陰で、大体上手く納まることが出来ました。
次回、ピラー(後)では、幾分厳し目に判定することになるかも知れませんが、どうかご容赦を。
それでは皆様、ごきげんよう。