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リアクション
【五 深夜の邂逅】
巨大竜巻がブリル集落に襲いかかろうとしていたのと、丁度同じ頃合。
歩やザカコ達からの通達で、カニンガム氏に関する情報を求める者や、クロスアメジストの行方を探ろうとする者は、須らくカルヴィン城の臨時応対スタッフに応募すべしとの告知が、ほとんど一斉同報のような形で広められていた。
いわば、クロスアメジストに近づく為の最大の手がかりであるゾーデ夫妻への接触を目的として、若松 未散(わかまつ・みちる)、ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)、ひっつきむし おなもみ(ひっつきむし・おなもみ)、サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)といった面々が、雪崩を打ってカルヴィン城に押し寄せたのである。
彼らはその場で臨時応対スタッフ登録を済ませると、そのままスタッフ控え室兼宿泊部屋となっている使用人居住室へと案内された。
ひとり一部屋ずつあてがわれるという贅沢な対応は、流石に領主という立場だけのことはある。
夕食時には、ヴィーゴとジュデットの会食にも招かれ、ひとりずつ顔合わせの席まで設けられた。どうやらこの臨時応対スタッフの募集はヴィーゴの発案ではなく、ジュデット側が作業の分散化を要請し、これにヴィーゴが応じた格好となっていたらしい。
よって、今回の臨時応対スタッフの事実上の雇い主はジュデットであり、ヴィーゴは単なる仲介役、という役回りであるとのことであった。
そしてバスケス家の家格審査についての説明がジュデット自らの口から為され、臨時応対スタッフの面々は一応はその説明内容を、真面目に聞くだけ聞いていた。
作業は明朝から始まるということで、早々に各部屋への帰室が認められたが、当初の目的がゾーデ夫妻との接触である以上、大人しく部屋に引き篭もる者など、ひとりも居ない。
まずあゆみが、おなもみを伴って美羽の室を訪れた。
既にコハクが先客として顔を見せていたが、ヘルがジュデットの説明会終了直後、臨時応対スタッフのコントラクター達に密かに配っていた城内見取り図を、サイドデスクの上に広げて美羽と一緒に覗き込んでいるところであった。
「いや本当にもう、歩ちゃん達がスタッフ募集の告知をくれなかったら、どうなってたことやら……」
美羽の部屋に入室してくるなり、あゆみが幾らかほっとした表情を浮かべて、供された座椅子に腰かける。
対する美羽も、はにかんだ表情で頭を掻いた。
「私も、カニンガム氏に家族が居る筈、って先入観があったから、ちょっと思惑が外れちゃったよ。でも、ゾーデさんってひとに聞けば、噂だけに出てくる娘さんのことも、何か分かるかもね」
美羽の推測では、カニンガムの家族がクロスアメジストの所在について何か知っている可能性が高い、ということであったが、しかしそれとて、確証があっての話ではない。
「小さいお子さんっていうのが、ちょっと曲者なんだよね。仮にクロスアメジストの話を聞いていたとしても、どこまで理解しているか……」
コハクが思案顔で唸る。
確かにその通りで、小さい子供は大抵、自分の頭の中で勝手にストーリーを作り上げてしまい、全然違う話を答えるというケースは非常に多い。
特にまだ自我が芽生えて数年程度の幼子の場合は、その傾向が顕著だ。
この時、おなもみが手提げ鞄の中から、一枚の画用紙を取り出した。そこには、自身の想像で描かれたクロスアメジストのイラストが、鮮やかな色彩で描かれている。勿論、おなもみが漫画家としての技量を発揮しての、直筆イラストであった。
「これ見せたら、きっと何か、思い出してくれるんじゃないかなーって思うんだ。小さい子供には口で説明するより、目で見て思い出してもらうのが一番だよね」
だが、おなもみはまだこの時、視覚効果による一切の手段が通用しない事実をこの時点ではまだ知らない。
知る由も無かった、といった方が正確であろうか。
やがて、月が天頂付近に差し掛かり、カルヴィン城内はいわゆる就寝時間に達したところで、未散、ハル、ベディヴィアの三人が先行する形で、ゾーデ夫妻に割り当てられている居住棟へと向かった。
夜分の訪問は失礼に当たることを、三人は重々承知している。だから、あまり長居はせずに、短めの質問を幾つか投げかける程度に留めよう、という方針で最初の訪問スケジュールを立てていた。
「未散くん、噺家だからといって、無駄な長広舌は控えるように」
「いわれなくても分かってるよ。全く、どこまで私を子供扱いするつもりなんだよ……」
ぶつぶつと文句をいいながらも、一応はハルの忠告を脳裏に刻み込むことを忘れない。何だかんだいいつつ、未散はハルのマネージャーとしてのアドバイス力には、一目置いている節があった。
薄暗い廊下の中を進みながら、未散とハルのそんなやりとりを微笑ましそうに眺めていたベディヴィアだったが、途中、美羽やあゆみ達が横手の渡り廊下から合流してくるのに、いち早く気づいた。
「これは皆様、夜分ご苦労様です。歩殿や輪廻殿が、ジュデット殿の室に出向くという形で、領主の目を引きつけていらっしゃいます。そう長い時間は誤魔化せません。手早く済ませましょう」
「おまかせQX♪ っていいたいところだけど、これから会うゾーデさんってひとも、中々警戒心が強いみたいだから、一筋縄ではいかないかもね」
更にここで未散が、城内の家士から集めた情報を、廊下を進みながら他の面々に披露し始めた。
曰く、ゾーデ家の居住棟には数週間前から、ひとりの幼子が同居していること。そしてその幼子がどうやら、カニンガムが預けた子供らしく、しかも盲目だというのである。
名前は、ミリエル・リガンティ。
しかし戸籍上は、カニンガムには子供は居ないことになっており、このミリエルが一体何者であるのかは、誰も知らない、ということであった。
ちなみにフェルヴィル・ゾーデは、この城内では採掘監督官としての立場を持っており、日々バスケス家直営の鉱山に出向いて、鉱夫達を指揮・監督しているという人物であった。
「えぇっ、目が、見えないんだぁ……」
おなもみが、素っ頓狂な声をあげた。彼女は手提げ鞄の中にそっと視線を落とし、それから酷く落胆した様子を見せた。
事情を知らない未散は、おなもみが何故気落ちしているのか、まるで分からない。僅かに小首を傾げて、おなもみと、そのパートナーであるあゆみの苦笑が浮かぶを交互に見比べたが、特にそれ以上は何もいわず、そのまま前方に視線を戻した。
「未散くん、今回は時間が時間です。どんなに素晴らしい活躍を見せても、わんだほーぅはいってあげられませんから、そのつもりで」
「……いや、だから、そんなの要らねぇんだってば」
そうこうするうちに一同は、中庭を通り抜けて、ゾーデの居住棟前に達した。幸い、木窓の隙間からは光が漏れ出してきている。まだ就寝していない様子だった。
正面玄関の前に立ち、未散がひと息入れてノックしようとした、その時。
「馬鹿野郎! この糞餓鬼が! 何度いえば分かるんだ!」
突然、成人男性の怒鳴り散らす声が屋内から鳴り響き、同時に、小さな子供が泣きながら謝るか細い声が、怯えた響きを孕んで、扉の向こうから飛び出してきた。
不穏な空気を察したコントラクター達は、一瞬互いの顔を見合わせると、ほとんど躊躇無く玄関扉を蹴破り、居住棟一階の土間に雪崩れ込んだ。
大勢のコントラクター達が一斉に、木製の玄関扉を派手に破壊しながら飛び込んできた為か、土間のかまど前では、拳を大きく振り上げた格好のままの、幾分人相の悪い中年男が驚いた様子で硬直していた。
更にその男の足元には、怯えて泣きじゃくる小さな女の子と、彼女を庇う格好でしゃがみ込んでいるエヴァルトの姿があった。
つい先程大声で怒鳴り散らし、今にも幼女を殴ろうとしていたのが、フェルヴィル・ゾーデである。
それはこの光景を見れば一目瞭然なのだが、誰もが疑問に思ったのは、彼の家に何故エヴァルトが居るのか、というその一点に尽きるであろう。
扉を蹴破って突入してきたコントラクター達にとっては、今の段階では完全なる謎であった。
尤も、後で聞いた話によれば、エヴァルトが行き倒れていたところを助けたのが、どうやらこのゾーデであるらしい。
コントラクターが行き倒れて、一般人に救われるというのも如何なものかと思われるが、とにかくもエヴァルトは、救われた恩を返す為にゾーデの居住棟にしばらく居座り、小間使いとして働いていた、というのが真相であった。
突然、コントラクターが大挙して押し寄せてきたものだから、流石のゾーデも空気の悪さを察し、その場はミリエルに対する暴力を差し控えた。
が、その代わりに、飛び込んできたコントラクター達も、この夜は引き返さざるを得ない状況に陥った。
話を聞こうとしていた相手が幼児虐待に手を染めようとしていた事実から、友好的な雰囲気の中での聞き込みはまず不可能であったし、何よりも玄関扉を破壊してしまったのだ。
ゾーデが即座に苦情を申し立てたことで、カルヴィン城の家士達が修繕の為に集まってくるという大騒ぎになってしまった。
こうなってくると、流石に臨時対応スタッフとして雇われている者としては、立場が危うくなってしまう。それ以上ゾーデの居住棟に居座るのは、事実上不可能であった。
仕方無く、臨時応対スタッフ登録されているコントラクター達は、ミリエルをエヴァルトに任せて、与えられた各部屋に引き返すこととなった。
だがその際、一同はミリエルの胸元に、紫色に輝く十字型の石がネックレス状に吊り下げられているのを、確かに見た。
あれがクロスアメジストか……と誰もが確信めいた思いを抱いて引き返す中、何故か美羽とあゆみだけは、硬い表情で別の問題に思考が囚われてしまっていた。
コントラクター達がそれぞれの部屋に戻っていく中、あゆみは美羽の室の前でそっと立ち止まった。一方の美羽も、硬い表情を崩さず、あゆみの視線を真正面から受け止める。
ふたりはあの突入時、予想外の存在をその目に焼き付けていたのである。
「ねぇ美羽ちゃん……あれって、やっぱ、アレ、だよね?」
「あゆみちゃんも、見えてたんだ……うん、やっぱりアレだと、思う。でも、どうしてここに……?」
ふたりは、己が目撃したものが間違い無く存在した事実を確かめ合ったものの、湧き起こる疑問については、何ひとつ解決する手段を持っていない。
ただただ、訳が分からず首をひねるばかりであった。
「でも、アレが居る以上は……最大級の警戒が必要だね」
「うん……ザカコッチにも知らせて、交代で監視出来る態勢を作る必要があるね」
美羽とあゆみが見たもの。
それは、鈍い黒光りを放つ鋼糸製の三度笠を目深に被り、同じく鋼糸製の蓑でほぼ全身を覆っている巨躯であった。
ふたりの記憶に誤りが無ければ、あの怪物の正体は、オブジェクティブマーダーブレインに相違ない。
元々は、コントラクター20人分の脳波データを吸収して戦闘能力を増大させたコンピュータウィルスだったが、マーヴェラス・デベロップメント社が開発した立体電子映像の擬似物質化技術オブジェクティブ・エクステンションの基礎ロジックを盗み、電脳世界から現実世界へ行動基盤を移行して、電子結合映像体と呼ばれる怪物へと進化した。
それら電子結合映像体の略称が、物質化技術から引用して、オブジェクティブとなっている。
ただでさえコントラクター20人分の戦闘力を誇るという厄介な存在であるのに加え、ミリ秒単位の速度が限度であるコントラクターに対し、マイクロ秒単位の電子世界から生まれた彼らは、コントラクターと比較して、単純計算で実に数百倍の行動速度を実現し、圧倒的な戦闘力を誇る怪物として猛威を振るっている。
先般のドロマエオガーデンに於ける蒼空学園の新入生救出劇に於いては、オブジェクティブスナイプフィンガーが出現し、あゆみを恐怖させた。
そして今回は、オブジェクティブ達の中でも親玉格に当たる、マーダーブレインの登場であった。
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