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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

リアクション

   1

 受刑者たちが食事と入浴を終え、短い自由時間を満喫している頃、厨房の仕事はその日最後の仕上げを迎える。
 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)の勤務時間は、昼からこの夜の片付けまでになる。襷掛けした彼女の指揮の元、食器や器具をきちんと手入れし、床のモップがけを済ませたところで、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が顔を出した。
「あら、高崎さん」
 悠司の首には、受刑者であることを示す首輪――通称「緊箍(きんこ)」――がはまっている。看守や職員が彼らに対して「さん」付けで呼ぶことなどまずないが、睡蓮は何度言っても断固として改めようとしなかった。そこがまた、彼女が受刑者たちから慕われる理由の一つなのだろう。
「どうかしましたか?」
「んー、明日の予定を確認しとこうかと思って」
 悠司は首の後ろをぼりぼり掻きながら、言った。
「誰も教えてくれねぇもんでさ」
 悠司は懲罰房や特別房の受刑者へ食事を配る係だ。
「あら、でも」
と、睡蓮は懐から帳面を出してめくった。「高崎さんの担当は今日までで、明日から別の人のはずですよ」
「え、まじで?」
 悠司は目を丸くした。
「そりゃあ、悪かったな」
「いいえ、私は構いませんが、係でもないのにこんなところにいると、叱られますよ。早く帰った方がいいですよ」
「だな。心配してくれて、ありがとさん」
 悠司は、彼にしては珍しく愛想のよい笑顔を見せた。それでつい、睡蓮も安心してしまい、彼が帰り際、ポケットに何か入れたのに気付かなかった。


 ガン、ガン、ガン!
「風っ呂よっこせ〜」
 ガン、ガン、ガン!
「風っ呂よっこせ〜」
 ガン、ガン、ガン!
「あっそーれ! 風っ呂――」
「静かにしなさい!」
 プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)に一喝されて、屋良 黎明華(やら・れめか)は独房の鉄格子を叩く手をぴたりと止めた。
「まったく……もうすぐ消灯なんですよ? 少しは夜を静かに過ごそうという気はないんですか?」
「うら若き乙女なのに、お風呂が三日に一回なんて納得できないのだ! 改善を要求するのだ!!」
 黎明華は食い逃げで収監された。本来なら執行猶予がつくほどの軽犯罪であるが、日本でも食い逃げと無賃乗車を繰り返していたことが判明し、再犯率の高さから三ヶ月の刑を受けた。
 しかしながら、カロリー計算された健康的な食事と適度な運動はダイエットに良いと、黎明華は存外ここの生活を気に入った。これで昼寝と毎日の入浴があれば最高なのだが、そこは刑務所、ある程度の不便は致し方がない――と諦めないのが彼女であった。
 収監以来、毎日毎日、こうして訴え続けている。
 プラチナムは嘆息した。
「分かりました」
「本当かっ?」
「ええ、明日は入浴できるよう、取り計らいましょう」
 黎明華は昨日、風呂に入ったばかりである。
「やったあああ! 勝利の入浴なのだあああ!」
 喜びの余りガッツポーズで踊り出し、更に鉄格子をリズミカルに叩き出したので、
「だから静かにしなさい!」
と、またプラチナムに叱られた。


「……あのう」
「何だい?」
「ズボン、穿いて頂けませんか?」
「穿いてるよ?」
「いえ、それではなく……」
 これで何度目になるだろう。全く進展のない会話に、八塚 くらら(やつか・くらら)は些か絶望的な気持ちになった。
 フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)は他の受刑者と同じく、オレンジ色の服を着ていた。ただし上着だけで、下はパンツ一枚きりだ。フィーアはこれを、ズボンと言い張って聞かない。実力行使でズボンを穿かせても、いつの間にか脱いでしまう。
 他の看守は飽き飽きして、フィーアが出獄するまでの二週間以内に、必ずズボンを穿かせるよう、くららに命じたのだった。
 そんなわけで鉄格子越しに説得を続けているのだが、上記の如く、話は全く進んでいない。
「あ、そうですわ!」
 くららは、ぱちんと手を叩いた。
「ご希望の芋畑、許可が出ましたのよ」
「本当かい? そりゃあよかった」
「ですので、ズボンを」
「穿いているじゃないか。分からない人だなあ」
 どうやら今日中の説得は、無理のようである。


 柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は、独房のベッドの上で腕を組んでいた。
 何としてもここを出なければならない。愛する妻(?)子の元へ一刻も早く戻らねばならない。
 そのためには、利用できるものは何でも利用しよう。
 氷藍はベッドから降りると、受刑者服の下を脱ぎ、上着を思い切り引っ張った。スレスレでパンツが隠れる。鏡はないが、多分、客観的に見てかなり色っぽいはずだと氷藍は思った。自信がある。
 この色仕掛けで、自分に興味を示していたブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)を誑し込んでやる。我ながら完璧な策だ!
 と、氷藍はこみ上げる笑いを押さえることが出来ず、見回っていたガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)に注意された。


 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、頭から布団をかぶっていた。
 彼女を弄んだ看守が捕まり、何とか解放されたアリアであるが、こんなところにいてはいつまた同じような目に遭うか分かったものではない。医務室の医者は、忙しいためかアリアをさっさと独房へ帰してしまった。戻ってきた彼女を見る看守や受刑者たちの目が、蔑んでいるように感じる。
 アリアは己の両肩をぎゅっと抱き締めた。
「どうかしましたか? 寒いんですか?」
 隣の房から移動してきたガートルードが声をかけた。知らず、震えていたらしい。アリアは慌てて顔だけ出すと、何でもありませんと答えた。
「そうですか……具合が悪いんでしたら、早く言ってくださいね」
 ガートルードは不審そうだったが、どんな看守でも、もはやおいそれと信じるわけにはいかない。
 一刻も早く、この刑務所から出なければ――。
 アリアの決意は、おそらく他の誰よりも悲痛であった。


 同じ頃、男子房――。

 看守である鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)松本 可奈(まつもと・かな)の足音を聞きながら、ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)もまたベッドの上で考え込んでいた。
 どうもおかしいとは思っていたのである。
 なぜ、他校生が寝泊まりしているのか。
 自由が売り物のパラ実であるから、そういうこともあるかもしれない、と思っていたが――どうやらひょっとして、ここはパラ実の寮ではないのではないか?
 だとすると、ここは――。


 懲罰房で延々と幻のパンツを数えさせられていた南 鮪(みなみ・まぐろ)も、自室のベッドで――他にゆっくりできる場所がないからだが――緊箍を弄りながら、声を立てないように笑っていた。どこかうっとりしているようにも見える。
 彼の今の脳内を文章化するなら、以下のようになる。
「閃いたぜ! 南門と俺の苗字は殆ど同じ。そしてこの多機能オシャレネックレスのプレゼント。ヒャッハー! つまりお前俺に惚れてるなァ〜? 良いぜ俺は神を越えるパラミタ一の愛の使者だからな。特別にお前も愛してやるぜェ〜」
 懲罰房から出る許可を、所長である南門 纏(なんもん・まとい)の己への愛と勘違いしたものらしい。
「愛には愛でお返ししなくちゃなァ〜」


 ゾクッ。
「どうかしましたか?」
 纏の手が止まったのを見て、ジュリア・ホールデン(じゅりあ・ほーるでん)が尋ねた。
「いやなんか……寒気が」
「風邪ですか? 忙しいんですから、体調管理はしっかりしてくださいね」
「うん……」
 風邪かなあと纏は自分の額に手を当てながら、首を傾げた。


 国頭 武尊(くにがみ・たける)だけは、ベッドではなく床に降りていた。
 この刑務所でダラダラのんびり過ごすつもりの武尊だったが、よく考えたら世界的下着メーカー「セコール」で丁稚奉公中であった。有給休暇があったとしても申請していないし、あまり長いこと行方不明だとクビになってしまう、と武尊は危機感を抱いた。
 仲間の誘いに乗って脱獄しようかとも思ったが、試しに外の作業で拾った針金で緊箍を弄ったら、身体中が痺れてしばらく動けなくなった。しかもスキルが全く使えない。
 自力での脱獄は難しい。それに逃亡犯になるのは望ましくない。そこで武尊は考えた。
 脱獄を目論む連中の計画を阻止すれば、刑期を短くしてもらえるに違いない、と。
 そのために「犬」と呼ばれようが、一向に構わなかった。