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リアクション
8/
みんなで、合唱しよう。歌を、贈ろう。果たしてそう言い出したのは、誰が最初であったろう。
ビブラートも鮮やかに、終夏たちが荘厳なメロディーを、それぞれの楽器から奏でている。
そうだ──誰が発端かなんてこの際、どうでもいい。演奏者たちが今、心ひとつとなっている理由はひとつ。歌い出しを待つ合唱者たちと気持ち、同じに。
歌と、曲を贈ろう。幸いにしてそれらができる人間が多かったから、気付けばそういうことになっていた。それで、いいではないか。
終夏や、他の皆とともにつくりあげた即興の曲を演奏しながら、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は思う。
ひとつひとつはばらばらな、まとまりのない楽器を僕たちは持ち寄った。だけど、どうだ。今はこうやってちゃんと、ひとつになっている。
テディのリュートも、終夏のヴァイオリンも。なにより土台となる根幹旋律を奏でる、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)のキーボード……いいや、グランドピアノの音色たちも。
ヴァーナーの鍵盤が五線譜の大地を踏み固めれば、そこに他の誰かの楽器がリズムという石の台を積み上げる。テディはそれをしっかりと、愛用のリュートで塗り固めていく。力強いストロークの弓さばきで、終夏のヴァイオリンが人の声ならぬ声を放ち、歌う。
ちらと、音と音の隙間に伴奏を一手に引き受けるヴァーナーのほうを見る。
こちらに気付いたのだろう、額に玉の汗を浮かべた彼女は視線を返しつつ、微笑した。
なにひとつ欠けても、駄目だった。そうすれば、何かが決定的に失われる。
協和音も。リズムも。いつしか織り込まれていた、この地方の伝統音楽にも似た不思議なメロディーも。終夏が先頭に立ってつくった、この曲は。
雑多な無数の楽器たちでありながらそれらの奏でていく、耳に残る澄んだ音。これが、いいんだ。テディのそれは実感であり、演奏者皆にとっての共有する想いでもあった。
ヴァーナーの、テディの、皆の音に支えられ、終夏のヴァイオリンがソロパートを完遂する。コンサート・マスター……厳密な意味は違っても、その一言が相応しい、見事な堂々とした演奏だった。
さあ、おいで。心中、テディは誘いを呟く。それもまた、ヴァーナーたちとの共有意識。
背後に控えている、歌い手の面々へと。
その中に迎え入れるはずの──姫君へと。
◇ ◇ ◇
きれいな。……とても、きれいな曲だ。皆川 陽(みなかわ・よう)は、それを奏でている中にパートナーが含まれていることを、誇らしく思う。
自分も、彼のようであろう。──彼らの奏でる音楽のように、揺るぎなくあろう。思う陽の前には、椅子に座りこちらを見上げる姫君がいて。
「踊りましょう、お姫様」
風見 愛羅(かざみ・あいら)が、そう言って手品でもするかのように、隠し持っていた花束を渡す。
芝居がかった大げさな身振り、手振りは彼女のわざとだ。愛羅は姫のほうを向いたまま後退し、やがて背後にあった手をとり。
アクロバティックな動きで、パートナーの腕の中に着地をする。
「「踊りましょう、姫様? たっぷり、その時間のある曲だから」
それで、終わりではない。御影 美雪(みかげ・よしゆき)が自身を中心に、愛羅の手をとり振り回す。それはときに荒々しく──ときに流麗に。
「さあ! 息の合ったところ、見せるよ!」
「ええ、もちろん!」
ふたりの踊りは、激しく。姫君の目を奪う。
「さあ、姫様。手を」
彼女たちを背に手を差し伸べる陽は、いつもの……これまでの、陽じゃない。
自信を持ちたいと思った。変わりたいというそれは、変身願望。
この世界でかなった今、陽はなにも怖くはない。
「踊りますよ。一緒に、いきましょう」
眼鏡をはずした陽は、正装で。躊躇も揺るぎもなく、姫を手を取った。
「踊って、皆の歌声を聞いて。そうしたら今度は一緒に、歌いましょう」
ワタシたちと、一緒にね。立ち上がったダイム姫は、声のしたほうにゆっくりと振り返る。
メイド服の少女と、その傍らの少年が。そして黒髪ポニーの少女。
想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)と、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)。パートナー同士のふたりに、それから彼らとともに姫君へと笑いかける、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)だった。
夢悠は、自分の抑えがたい深く重い願いを自覚している。それゆえに。
さゆみは、パートナー……アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)のことを、想いながら。彼女の願いを邪魔してはならないと、自身に言い聞かせながらこのひと時を、ダイム姫とともに過ごすことを望む。
一方は存在し得ない、喪った者たちとの再会を望むこらえきれぬほどの衝動を我慢して。
そしてもう一方は、喪われた者との再会に泣きじゃくり、無言に抱擁を重ねる相棒の心を案じて。
願いによってつくられたこの場を、よりよきものにせんと。
「あの、その。わたし」
ダイム姫は戸惑っている。その背を押すようにひと際大きく、元気よく──流れ続ける曲が転調する。
驚き、振り向いたダイム姫にいたずらっぽく、グランドピアノの前に座るヴァーナーが目配せをしてみせた。
「歌、好きなんだよね? 一緒に、歌おうよ」
そして、さゆみの言葉。瞬間、姫君の表情がぱっと、移り変わる。行っていいんだ。そう、自分を許可した彼女はしっかりと、陽の腕を握って。
「……はいっ!」
そして、踊り始める。
王族として、姫君として考えれば当然に、あまりにも美しいステップを踏んで。
ワルツを、踊る。
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