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砂時計の紡ぐ世界で 前編

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砂時計の紡ぐ世界で 前編
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 大勢の集まった広間は、賑やかだった。
 煌びやかに、豪華絢爛に。飾られたそこは、無数のテーブル上に置かれたたくさんの料理のかぐわしい匂いに満ちている。
「むぅ。見つからなかったねぇ、砂時計」
 その匂いに誘われるようにやってきたレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)がそんな風に、ぼやく。
 そう簡単には見つからないか。言いつつ、手近なバスケットのクッキーをひとつ、つまみ食いをする。
「そうそう。なにせ、この世界自体、砂時計がつくってるんでしょ? そうそう見つからないって」
「まあねぇ」
 ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が同調して、うんうんと頷く。
 城の中を、レティシアたちはいたるところ探してみた。地下の薄暗い、迷路のような水道もすべて、おもいつくかぎりくまなく。
 けれど、見つからない。ひょっとすると、この世界にいるかぎり正攻法では、『回帰の砂時計』は見つけることができないのかもしれない。
「まぁ、いいや。探検して、おもいっきり楽しめたんですし。結果オーライ、ですぅ」
 しかし徒労を、彼女たちは徒労とは思っていない。
 冒険した。探検した。楽しめた、それでよし。
「とっても、楽しかったですぅ。リアトリスは楽しめましたか? 願い、叶えられたですか?」
 ともに冒険をしてきた連れに、レティシアは話を振る。
 リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)。彼女は、なにやら上機嫌な様子で、振り向いたレティシアに足を止めた。
「そうだね。とっても……とても素敵な、夢を見れたよ。砂時計は、いいものを見せてくれた」
 真っ暗な地下水道。分散しての探索の中、彼女は想いを、かなえていた。
 砂時計は現れずとも、現れたのは未来の自分と、大切なレティシア。
 ふたりの腕の中には、我が子だとはっきりわかる赤ちゃんがいて。未来の自分たちの幸福を、リアトリスはその目に焼き付けることが出来た。
 願望としてみたかった未来を、この世界のおかげで垣間見ることが出来たのである。
「ん、なになに。あんたたち、砂時計探しに行ってたのか? どうだった、見つかった?」 
 それらのやりとりを、小耳に挟んだのだろう。すぐ近くでパーティーの準備を……サイリウムの用意をしていた少女──新風 燕馬(にいかぜ・えんま)が話しかけてくる。
 周囲に配って回るのだろうか? パートナーのフィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)とともに両腕に抱えているそれらは、とてもふたりでは使いきれるとは思えないくらい、たくさんで。
「ツバメちゃん、フィーア、そろそろ姫ちゃんのためのコンサートの準備、しないとですぅ」
「え、あ。もう?」
 ツバメちゃん、とは燕馬のこと。そして姫ちゃんとはどうやら、ダイム姫のことらしい。
 かくかくしかじか。レティシアとリアトリスがかいつまんで話した事情に、「なるほどねー」と相槌を打っていたツバメちゃん……もとい燕馬は、フィーアの急かす声に慌てた素振りを見せる。
「やば、まだ全部準備、終わって──っと。ん?」
 その燕馬の前を小柄な、平面の組み合わせで構成されたロボットのようなやつが駆け抜けていく。
 パーティの参列者たちの、混雑の合間を縫って。もうひとり、先を行く男の子と追いかけっこに興じている。
「なんだ?」
 追いかけっこの前は、かくれんぼだった。機晶姫、ハル・ガードナー(はる・がーどなー)は男の子になかなか追いつけないでいる。やがて男の子の待つ、壁際で彼らの様子を見守っていた契約者、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)のもとへと戻ってくる。
「おかえり」
 コーヒー片手に、アキュートはふたりを出迎えた。

 ああ、楽しかった。男の子が言った。ボクもだよ、とハルが返した。
 そろそろいかなきゃ、と男の子は続ける。そして。

「ねえ、キミ名前は?」
「オレ? オレは『ハル』。『ハル』っていうんだ。またな、ロボ。またいつか、遊ぼうな。きっと」
「……え?」
 ボクと同じ名前だ。機晶姫が呟く間に、男の子は人波の中に消えていった。
 微かな、光の粒子だけをあとに残して。
 見送った機晶姫以上に、その契約者が面を食らったように目を見開いていた。
 ハル・ガードナー。その名の由来。彼のパートナーの生まれ、作られた理由。
 今もなお、その身体の側面には名残が残る。ハルの身体に刻まれた、不恰好な『ハル』の文字。その名持つ少年を護るため、彼は作られた。
「そう、か」
 これも、叶えられた願望だったのか。忘れているはずのハルの無意識が願った、『ハル』との出会いは。
 納得を、アキュートはひとりコーヒーとともに飲み下していく。

     ◇   ◇   ◇

「さあ! 主賓がやってくるよぉ!」
 会場の中心近く。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)のあげた、気合いの入った声がきんきんと、至近距離から雅羅の耳を打つ。
「……気合い、入ってるのね」
「そりゃあ、もちろん! あなたも気合いいれてこーよ、雅羅!」
「えー、と?」
 なんだか、やたらにルカルカはハイテンションだった。というか、別にそこまで親しかったわけでもないのになぁ。気がついたらなぜだか、行動をともにしていた。
「ああ、うむ。説明するとだな?」
「え、うん。ええっと、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、さん?」
 彼女のパートナーが割って入り、雅羅に説明をする。
「やることはやった。調べるべきことも、すべて。だったらあとは結論どおりに、姫君に楽しんでもらうしかない……と」
「えーと、つまり開き直り?」
「あと、俺が知る限りのダイム姫の情報を、伝えたせいでも。……あるかな」
 張り切ってるんだ。同じくパートナーのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)も続き、彼女に言う。
「まあ、いいじゃない。張り切ってるのは、いいことだよ」
 ルカのパートナーたちに続いて、パーティードレス姿のレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)も、そんなフォローを入れた。
 それはきっとダイム姫への誕生日プレゼントなのだろう、彼女は自身と同じくらいはあろうかというほどの、大きな熊のぬいぐるみを抱えている。
「どうかな、このドレス」
「うん、かわいいとおもう」
「ありがと。……それにしても、すごいよね。『回帰の砂時計』のつくった世界って。こんなドレスまで出てきちゃうんだもの」
 ルカルカが、頷く。理沙もいつしか、皆のもとに同じように集まってきていた。
 彼女らの背後、まさに会場の、中心の中心。最後のデコレーションの仕上げが施されていく大きなケーキを見上げながら、やはり願いによって豊満に成長した胸を揺らし、ミア・マハ(みあ・まは)が満足げに、大きく頷いていた。
「この世界の中でくらい──幸せでいてほしいよね。お姫様にも」
 それは、レキにも、ルカルカにも。他の皆にとってもこのパーティをやる以上は一致した想いであった。
「さあ……そろそろ、かな?」