校長室
砂時計の紡ぐ世界で 前編
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9/ それは、砂時計のつくりだした「都合のいい」世界だったからなのだろうか? 考えてみて、自分の思考がひどく無粋なことだと佐野 和輝(さの・かずき)は自分自身に失笑する。 「どうしたの、急にそんな、笑って」 中庭の、ちょっとした小休止のお茶会。その準備が整ったと和輝を呼びにきた、禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)がそんな彼に、不思議そうに首を傾げる。 「いや。なんでもない。ちょっと、可笑しかっただけさ」 純粋に「寄せ集め」の合唱団とオーケストラの呼吸がひとつにぴったりとあっていたのは、彼らの気持ちがひとつだったからなのだろう。そう思っているのが健全だ。第一、自分も参加しておいて他人行儀にもほどがある。 笑いながら、やっぱり自分自身を和輝は、可笑しく感じ笑みを隠しきれない。 「スノーたちが待ってるからな」 アニス・パラス(あにす・ぱらす)とスノー・クライム(すのー・くらいむ)、残るふたりのパートナーが、和輝が姫君たちを連れて行くのを待っているはずだ。笑ってばかりもいられないのは重々承知なのだけれど。 合唱と演奏に向けられた万雷の拍手が鳴り止まぬ中、彼は姫君のもとへと歩いていく。 「姫さま。ダイム公爵令嬢さま。お誕生日、おめでとうございます」 ダイム姫は、少しあがった息で、そして頬に軽くかかった横髪を──そう、髪の毛が乱れるくらいに一生懸命踊り、歌ったのだろう、整えながら和輝に向き直る。 「どうですか、未来の人間のやること、考えること。楽しんでもらえましたか」 「ええ、とっても」 とっても楽しかったです。素敵です、って思いました。額に汗を浮かべて、公爵家の姫君であるダイム姫は笑顔を返す。 「お疲れ様ー。どう、楽しかった? はい、タオル」 その彼女に、背後からセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が抱きついた。彼女はタオルを──そしてその少し後から、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が氷の浮かんだ、冷たい飲み物を差し出しながら。 「それも──ええ、とっても、です」 「そりゃなにより。ね、セレン」 「ええ。喜んでもらえて、よかった」 ちろりと小さく舌を出して、ダイム姫は笑った。 朗らかな笑いは、周囲へと伝播していく。 彼女と、和輝と、セレンフィリティと。そして、セレアナ。ダイム姫が皆と出会ったのはほんの少し前のことのはずなのに、そこには古くからの親しい友人同士のような空気が流れていた。 「皆さん、お疲れ様です。歌も、ダンスも。素敵でしたよ」 いつしか、周囲に皆が集まってきていた。ルイ・フリード(るい・ふりーど)がその中から、労いの言葉をかける。パートナー、ノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)の願望によって女体化した彼(彼女?)はリア・リム(りあ・りむ)とともに──こちらはウサ耳。どうも、本人の願望だったらしい──、姫君に笑顔を送っていた。 暴走をしかけた(性癖的な意味で)せいで、大広間の隅、一番太い柱に縛り付けられているノールの声は、彼女たちには届かない。 「わたし、後悔はしてません。だって、こんなにも素敵な人たちと出会えたんですから」 天を。砂時計のつくった世界の空を見上げて、ダイムは言う。 「どんな運命が待っていても。わたしの行ける世界の現実がどうであっても。それでも、雪に閉ざされた世界がこの世のすべてじゃない。そのことを知れたんだから、幸せです」 ルイが、セレンフィリティが、頷く。彼女たちに──いや、この場すべての人々に向けられるのは、ダイム姫の抱いた万感の想い。 溢れ出る気持ちが、声になっていく。 「わたし、皆さんに会えてよかった」 心の底から、思うこと。 「わたしは今──ほんとうに、幸せです」 この瞬間は、間違いなく。人生で一番、彼女にとって幸福なひとときであった。
▼担当マスター
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▼マスターコメント
ごきげんよう。『砂時計の紡ぐ世界で』前編、いかがだったでしょうか? はじめてのノーマルシナリオ、反省することばかりでプチ凹み中の640です。 今回参加してくれた皆さんのおかげでどうやら、ダイム姫はありえなかった日常に満足できたようです。しかし、幻想とはいつまでも続かないもの。後編では、彼女の身にかなえた願いの分だけつらい出来事が降りかかります。ぜひ、次回も参加していただければ幸いです。 それでは、次のシナリオでお会いしましょう。 640