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リアクション
「ふふ……幼児というのもいいものですな!」
と、尼崎里也(あまがさき・りや)は容赦なく目の前の少女を撮り始めた。
「!?」
思いっきり引く少女こと鬼崎朔(きざき・さく)。彼女もまた、いちごオレを飲んで6歳くらいの姿になっていた。
「さあ、もっと笑って!」
「いやだ!」
いつもより興奮している里也の姿に、朔は危機感を覚え始めた。このまま好き勝手にさせてはまずい!
隙を突いて逃げ出す朔。『行動予測』と『歴戦の立ち回り』を駆使して里也から離れようとしたが、いつもと違う身体のために上手く走れない!
「逃げるとは何事!」
と、里也もすぐに追いかけてくる。
「うるさい! このじゃねんのかたまりめっ」
「邪念!? 可愛いものを写真に収めて何が悪い!!」
何が何でも逃げ切ろうと、朔は人ごみの方へ向かっていく。子どもが多いためか人にぶつかる心配はなさそうだったが、本来の力を発揮できないのがもどかしい。
「……ひっく、うぅ……」
階段下の物陰で松田ヤチェル(まつだ・やちぇる)は泣いていた。幼い頃の泣き虫に戻ってしまったのか、泣き止もうとしても止められない。
ふと視線を感じて顔を上げると、どこかで見覚えのある少女がこちらを見ていた。
「……ヤチェル、か?」
と、近づいてくる少女にびくっとしてしまうヤチェル。
しかし、隣へ腰を降ろした彼女をよく見て、ひらめいた。
「さく、ちゃん……?」
「ああ、そうだ。いちごオレをのんだら、ちいさくなってしまって……」
「あ、あたしもそれ、のんだ……!」
ヤチェルは自分よりも小さくなっている朔を見て、ぐしぐしと涙を拭った。いつまでも泣いているわけには行かない。
「そうか……でも、どうしてかくれてるんだ?」
と、朔が周囲を警戒しながら問う。
「あ、あのね……カナくんにたすけをもとめたんだけど、カナくん……あたしのこと、カメラにとったの。だからいやになっちゃって、にげてきたの」
「ん、そういうことならいっしょににげようか。……わたしも、里也におわれててな。いまのあいつはなんかきけんだから、ほとぼりがさめるまでかくれたほうがいいとおもう」
「そう……」
心なし不安な様子を見せたヤチェルに朔は言う。
「なに、こちらにはディテクトエビルがあるから、そうかんたんにはつかまらないさ」
と、笑顔を浮かべる。普段なら頼もしいはずの笑みだが、今は可愛いだけだった。
目の前の廊下は色々な人が行き来していて騒々しい。早く元に戻ることが出来ればいいのだが……ヤチェルは一つ息をついた。
「ところで、なんでようじかしたすがたを叶月にとられたくらいでにげたんだ?」
「え、それは……なんで、だろ?」
落ち着いて考えると、何故なのか分からなかった。恥ずかしいとか、ショックだとか、様々な感情が混ざり合っての行動だったように思うが、泣いて逃げるほどのことじゃなかったかもしれない。
「……もしかして、叶月のこと、いしきしてるんじゃないのか?」
「いしき?」
「そう、いせいとして――」
「ないわよ! そんなのないっ」
と、勢いで立ち上がったヤチェルを朔は見上げる。
「……ほんとうに?」
「ほ、ほんとう……に、ないと、おもう……」
しゅんとして再び座り込むヤチェル。恥ずかしいのか、俯いてしまっている。
何だか微笑ましくなり、朔は彼女が顔を上げるまでその様子を眺めていた。
早くも購買では売り切れだと言う『メガ印のいちごオレ』。
そのパッケージをよく観察した後、カーマル・クロスフィールド(かーまる・くろすふぃーるど)は付属のストローを刺した。
口をつけてよく味わう。
「うむ。美味い」
いちごオレは彼女の好物だった。しかも新製品となっては、飲まずにいられない。
ごくごく、口の中に広がる甘みを楽しむカーマル。
いちごオレが空になったところでカーマルは気がつく。
「お? ……ふくが」
ぴったりサイズの制服がぶかぶかになっていた。自分の手を見ると、幼い子どもの手になっている。そういえば、目線も低い。
「……まぁ、いいか」
深く考えもせず、カーマルは席を立った。
図書室で借りた本を数冊、両腕に抱えて歩き出す。
廊下には小さな子どもたちが溢れかえって混乱していたが、カーマルは気にしない。それよりも図書室へ本を返す方が重要だ。
てくてくと歩いていくカーマル、3歳。
さすがに本が重たく感じられてきたころ、噂話が聞こえてきた。何やら、解毒薬を持った謎の女生徒がいるらしい。
「げどく……?」
本を抱えなおし、カーマルは進む。――解毒なんて不要だ。どうせ効果が切れれば元の姿に戻れるだろう。
「……っ」
幼児化した清泉北都(いずみ・ほくと)を見つめるクナイ・アヤシ(くない・あやし)。その瞳は興奮気味に輝いている。
「? ……ああ」
はっとして北都はだぼだぼになった服を整え始めた。長い裾はまくって、ベルトもきっちり締めて。
「これならだいじょうぶかな。せっかくだし、がくえんのけんがくでもしていこうか」
「え、あ、はい。そうですね」
てくてくと歩き出す北都は5歳くらいの姿になっていた。喋り方も拙いし、見ていてとても癒される。
そんな彼の後を歩きながら、クナイは理性と欲望の間で葛藤していた。
「げどくやくだって。それのんだらもとにもどるみたい」
「そうですか。探しにはいかないのですか?」
「んー、あるいてればそのうちにあえるんじゃない? げどくもそうだけど、はんにんとかにも」
そう言いながら、北都は『超感覚』で垂れた犬耳とくるりと巻いた犬尻尾を生やす。その研ぎ澄まされた感覚を頼りにしようというらしい。
しかし、それはクナイにとってはただの反則技だった。――可愛い北都がさらに可愛く……!
ドキドキしっぱなしのクナイに構うことなく、マイペースに校内を歩き続ける北都。揺れる尻尾にぴこぴこと動く耳、だぼだぼの服に幼い姿……いつ狙われてもおかしくはない。
「あ、としょしつだ。ちょっとよっていこうか」
と、扉へ手を伸ばす北都だが、その手があまりにも頼りなく見えた。とっさに手を貸すクナイ。
はっとした北都は彼をちらりと振り返ってから、室内へ入った。
図書室の中も幼い子どもたちで溢れかえっていた。まるで保育園か幼稚園へ来たみたいだ。
『博識』の元になる知識を増やそうと、奥の棚へ向かっていく北都。その姿にはとうてい見合わない、難しそうな本の並ぶ棚の前へ来て立ち止まる。
「……」
上の方の本を取ろうとして脚立へ上った北都。普段ならすぐに上がれるはずの脚立も今は違う。バランス感覚も普段と違うため、両手両足を使っての登山だ。
ようやく上へ立つことが出来た北都だったが、目当ての本にはまだ腕が足りなかった。
「むー……あと、ちょっと……」
すると、見かねたクナイがひょいっと彼を抱き上げ、肩へ乗せた。
「あ、ありがとう」
背の高いクナイの助けを受けて、本を手に取ることが出来る北都。素直に嬉しかったが、肩車してもらうなんて思わなかった。しかも、この感覚を北都は一度、記憶に残しているだけだ。
「……あ、あっちのも」
と、北都はクナイへ指示を出した。さきほどより高い位置にある本を指さす北都に、クナイは脚立へ足をかける。
彼の尻尾がぱたぱたと嬉しそうに振られているのを感じ、クナイは満足げに笑みを浮かべた。どうやら気に入ってくれたらしい。
「取れましたか?」
「うん。つぎはね……あれがいいな」
「……またですか」
窓ガラスに映る自分の姿を見て、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は頬を引きつらせた。
「いえ、むぼうびに飲んだ俺も悪いとは思います。それが、いくら交流会の人からの好意の物であったとは言え、多少のけいかいしんは持ってしかべきだったと思います。ですが……っ!」
小さなおててに握られたいちごオレの紙パックが、ぐしゃりと握りつぶされる。
「何故また幼児化する!? しかも過去の姿ではなく、何故現在の俺の幼児化なんだ!!」
「いーじゃねぇか、女の子みたいで超可愛いし」
と、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)がレリウスへ両手を伸ばす。ぎゅうと抱きしめられそうになったレリウスは感情任せにぶん殴った。
「気色悪いまねするな!」
「ぐほっ!」
思わず尻餅をつくハイラルだが、その拳がやわらかく痛みのないことに気がつく。
「って、殴られても大して痛くねぇな」
以前に彼が幼児化した時とは事情が違うようだ。見た目が可愛らしいお人形さんであることに比例して、子どもらしい力しか持ち合わせていないらしい。――ということは、つまり?
「愛で放題じゃねぇか!」
メロメロな様子で今度こそレリウスを抱きしめるハイラル。じたばたと抵抗されても痛くないっ。
「くっ、はなれろハイラル! またなぐるぞ!?」
「おー、やれるもんならやってみなー。殴られても痛くねぇしー」
と、ハイラルはにやにやとレリウスに頬ずりをする。
「こんなことで時間を無駄にするわけには……一秒でも早く、元に戻らなければならないのに……!」
ぽかぽかとハイラルの頭を殴るレリウスの言葉に、ハイラルがはっとする。
「……そうか。そーいや、明日演習あったしなぁ」
と、ハイラルはレリウスを抱き上げ、立ち上がった。
「そうです、早くげどくやくを持っているというなぞの女生徒を探さなければ」
幼い子どもたちの間では謎の女生徒の噂で持ちきりだ。自分の身を守るためにも、解毒薬がほしい。
きょろきょろと周囲の様子に目を配るハイラルを見て、レリウスは尋ねた。
「……降ろしてくれないんですか?」
「ん? だって子どもの歩調と体力なら、俺が運んだ方が早いだろ?」
にっこり微笑むハイラルは、どう足掻いても離してくれそうになかった。しかし、彼の言うことは正しい。
「そうですね。確実な情報を集めながら行きましょう」
レリウスは諦めて息をつくと、落ちないようにハイラルの袖をぎゅっと掴んだ。
そして『人の心、草の心』を駆使し、植物からの情報収集を試みるのだった。
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