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リアクション
片野ももか(かたの・ももか)はいちごオレを片手に歩いていた。
新製品だからと飲んでみたものの、すっかり幼女姿になってしまった。しかしももか的に不便はないらしく、彼女は普段どおりだ。
「幼女化しちゃった」
と、何食わぬ顔でももかはモリンカ・ティーターン(もりんか・てぃーたーん)の元へ戻ってきた。
モリンカは、ほとんどそのまま幼女になっているももかをまじまじと眺める。
「いったい、どうしてこんな姿に……」
「さあ?」
モリンカの隣へ座ったももかは、手にしていたいちごオレを差し出した。
「新発売だって。モリンカも飲んでみる?」
「え、ああ、そうじゃな」
と、いちごオレを受け取るモリンカ。それをテーブルへ置くと、ももかの身体に両手を伸ばす。
「とりあえず調べさせてもらうぞ、ゾンビ魔術の不備だったら嫌だしのぅ」
ぺたぺたと服の上から身体を触っていくモリンカ。
ももかはただ大人しくしていた。
「何かおかしな物でも食べたんじゃないかい? 拾い食いはよくないよ」
「拾い食いなんてしないよ。失礼な……」
ももかは見事な幼児体型になっていた。胸もぺたんとして、寸胴だ。その他に、特に異常は見られなかった。
ひとしきり触診を終えると、モリンカは言った。
「いやはや、それにしても見事にちんまりしておるのぅ」
と、ももかの頭を撫でる。
「無駄の無い肉体、いや、身体じゃな。成長期で筋肉もないからのぅ」
「うん、幼女だしね」
「アーデルハイト・ワルプルギスを始め、多くの魔女が幼い少女の姿を好んでとるのも分かる気がするよ」
何やら話が長くなりそうだ。ももかは口を閉じて聞き役に徹することにした。
ももかから視線を外し、モリンカはテーブルの上のいちごオレへ手を伸ばす。
「まぁ、あまり若さに執着するのも年寄りくさいものじゃ」
と、モリンカはそれを口元へ持っていく。
「行き過ぎた若作りより、不便の無さも考えて、わいはこの姿を……」
一口、いちごオレを飲むモリンカ。
「あ」
ももかはモリンカが小さくなっていくのを見た。
あっという間に可愛らしい幼女姿へ変わったモリンカは、脇に置いたいちごオレを見る。
「こやつのせいかぁー!」
晴れて彼女も若作り成功だ。
「若返ったね、モリンカ」
「何が若返ったじゃ! どうしてくれる、この身体!?」
「うーん……元にもどる方法探す? でも、その内にもどりそうな気もするし……」
と、パートナーまで幼女化したにもかかわらず、ももかは深く考えずにいた。
「あ、あのっ」
前方から向かってきた猫の獣人のような女生徒へ、マユは勇気を出して声をかけた。
「謎の女生徒さん、ですか?」
「にゃー……そうとも言うみたいだね」
と、マヤー・マヤー扮する謎の女生徒Bは返した。
「良かった! あの、呼雪さんとヘルさんが小さくなってしまって……」
不安そうな表情を浮かべるマユに、マヤーははっとした。
「もしかして知り合いなの?」
「あ、パートナーです。僕は、マユ・ティルエスと言います」
「なるほど。じゃあ、あの時の恩返しをしにいこう。それで、二人はどこに?」
と、マヤーが尋ねると、マユはさらに不安そうな表情をした。
「そ、それが……はぐれてしまって。僕、蒼空学園に来るのも初めてだし……一応、中庭で待ち合わせって言ってたんですけど」
ぐすっと涙目になりかけた少年の頭を、マヤーは優しく撫でた。
「大丈夫、中庭ならマヤーが知ってるよ」
謎の女生徒の噂はあっという間に広がっていた。
校内にはそこかしこで幼児化した生徒たちが見られ、混乱したり困惑したり、遊びまわったりと自由にしている。
「呼雪さん!」
追いかけっこをして遊んでいた呼雪たちが動きを止める。
「マユ! それにマヤーも」
「久しぶり、呼雪にヘルにアレクスに……お初の方が一人と、エメはそのままなんだね」
わらわらと群がってきた子どもたちを見て、マヤーはすぐに鞄から人数分の解毒薬を取り出す。
「これを飲めばすぐ元に戻るよ」
「ありがとうございます、マヤーさん」
と、唯一の大人であるエメが礼を言う。
「いやいや、迷惑かけてるのはこっちだから気にしないで」
にこっと笑みを返すマヤー。
するとアレクスが足元へ寄ってきた。
「もう傷心は治ったにゃうか?」
マヤーはしゃがみこむと、可愛らしい子猫のアレクスを抱き上げた。
「治ったよ。俺じゃなくても他にいい人いるだろ? って言われて、考え直したにゃ。でも、マヤーはやっぱりトレルが好きだから、これからは少し愛情表現を変えてみるの」
「にゃうー。マヤーちゃん、頑張るにゃう。応援してるにゃう」
蒼空学園の様子が傍目にもおかしいことが分かってきた頃、セルマ・アリス(せるま・ありす)は購買へ向かっていた足を止めた。
「何か変な事態が起きてるみたいだ……やっぱ、やめといた方がいいのかな」
と、通り過ぎてゆく幼児たちを見送る。
「あら、いちごオレは買われないのですか? せっかく楽しみにして来たのに、ちょっとがっかりですね……」
ティリム・カーヴァス(てぃりむ・かーう゛ぁす)が落ち込んだ様子で俯く。
それを見たヴァンス・ルグワイア(う゛ぁんす・るぐわいあ)は、すらりと件を抜いた。
「セルマよ、我が主のためにいちごオレを買って来い!!」
「ちょ、何で俺に剣向けてるんですか!? 危ない危ないからやめてください、お願いします、お願いしますって!」
と、剣先を向けられたセルマは慌てた。
「それも騎士の務めだ! 仕える者のためなら、それぐらいやってみせろ!!」
「そんなんが騎士の務めとか、仕えてるのヴァンスさんじゃ――」
ぐっと突き出される無言の圧力。
「!! ごめんなさい分かりました、買います。買いますから、剣を下げてください!!!」
降ろされた剣を見て、セルマはすぐさま購買へ駆けて行った。
その様子に満足するヴァンスだが、ティリムは困惑していた。そこまでして飲みたいわけでは――と、口にしても今さらだ。
数分後、どうにか『メガ印のいちごオレ』を購入したセルマが戻ってきた。
「か、買ってきました……」
と、息を切らしながら差し出すいちごオレを、ヴァンスは受け取らなかった。
「次は毒見だ!」
「な、毒見まで俺がやるんですか!?」
「ほう……そうか、嫌だと言うのか」
再びヴァンスが彼へ剣を向けた。
「っ……」
しぶしぶといった様子でセルマはいちごオレに口をつけた。味は普通で、どちらかというと美味しい。いちごオレにしてはさっぱりしているし、話題になるのも分かる気がした。
「……って、あれぇ?」
「あ、あらあら? セルマさんが小さくなってしまわれました……」
と、目を丸くするティリム。
「ヴぁんすしゃん、どくみしたらこんなになっちゃいましたよ! あーもー、どうしたらいいんですかー!?」
5歳くらいの姿になったセルマがヴァンスへ抗議の視線を向けると、ヴァンスは言った。
「先にティリムに飲ませなくて良かったな」
「そーいうもんだいですか!? ちょっとぉ、せきにんとってくださいよぅ! こんなすがたじゃ――」
「ええい、喚くな! 静かにしろ!」
と、三度剣を向けるヴァンス。セルマが小さくなっても容赦はしてくれないらしい。
「ま、またけんをむけないでくだしゃいー……ええうー……」
先ほどよりも大きく見える剣に、恐怖せずにはいられない。
「もう、ヴァンス。こんな小さな子をいじめてはいけません!」
と、さすがに見かねた様子でティリムが間へ入った。
はっとしたヴァンスは、申し訳なさそうに剣を戻した。ティリムはセルマへ振り返ると、腰をかがめた。
「セルマさん、せっかくですから私がしばらくお姉さんしてもいいでしょうか?」
「え?」
ぎゅっと握られる小さくぷにぷにとした手。
「弟が出来たみたいで素敵ですっ」
にこにことティリムは笑顔を浮かべ、ヴァンスを見上げる。
「セルマさんが元に戻るまで、いじめないでくださいね」
「む……うむ」
少々不満げに頷くヴァンスだが、セルマにとっては好都合だった。ただ、子ども扱いされているのが気になるが……。
「では、行きましょうか」
と、ティリムはセルマの手を引いて歩き出した。
その後ろをヴァンスは大人しくついていく。他にもいちごオレを飲んで幼児化したと思われる人々が多く見られたが、ティリムはセルマを可愛がる気満々だ。
セルマがふと後ろを振り返ると、ヴァンスもこちらを見た。ドキッとするセルマだったが、気づいたティリムが無言でヴァンスへにっこり微笑みかけた。
いつもとは少し違う、特別な一日が始まろうとしていた。
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