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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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   15

 パラリ、と石壁から細かい砂が落ち、グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)は天井を見上げた。何か上で起きているのだろうか?
「わたくし達は、ただ単に巻き込まれただけなのだが。そんなか弱い乙女をこうして拘束した上に拷問にかける等少々酷過ぎやしないか? 異世界の者が必ずしも対立者ではないことは既に証明されていると思うのだが」
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)アーヴィン・マーセラス(あーう゛ぃん・まーせらす)と共に、牢番へそう訴えた。
「帰してくれるのであれば、私たちの力を役立てることもできるかと」
 グレッグも言い添える。
 しかし、牢番はかぶりを振った。
「お前たちが敵かどうかは分からん。だが、味方かどうかも分からん。既にスパイが入り込んで騒ぎも起きている。それを、おいそれと出せると思うか?」
 それに、と牢番は苦笑する。
「そんなに居心地も悪くないだろう?」
 実際、饗団の人間は誰も司たちに拷問などかけていなかった。ただ閉じ込めているだけだ。邪魔をするな、ということらしい。ただし脱獄すればタダではすまない、と釘を刺し、牢番は司たちの牢から離れた。
 やれやれと司は床に座り込んだ。石の床は冷たく固い。顔をしかめながら、さてどうしたものかと呟く。
「いっそ、堂々と脱獄してみるか」
「それは得策ではありませんよ。今は状況がどうなっているか、分かりませんし。人が少ないことから、何か行動を起こしているようですが……」
 また天井からぱらぱらと砂が落ちてくる。
「あのイブリスという男は、魔法協会会長の座をレディ・エレインと争ったほどの魔術師だそうです。しかも前会長の片腕だったとか」
「ほう、それほどの腕か」
「おそらく……パラディンである司が正面からぶつかっても、勝てるかどうか」
「ここは魔術師に有利な世界だからな。そういえばアルケーという魔術師を知っているか?」
「聡明なる賢者ですね。この街を創った一人だという」
 司は頷いた。
「欲も邪心もない人間などいるものだろうか?」
 グレッグはその言葉を聞き、考え込んだ。
「おそらく、それは伝説、おとぎ話だからでしょう。半分以上、創作が入ってるのではないでしょうか?」
「半分以上と言うことは、真実も含まれているわけか?」
「そして嘘の部分は、何かを隠すためかもしれない」
「何かを隠す……」
 司も考え込んだ。アルケーとは何者か。何が真実で、何が嘘なのか。何を隠しているのか?
「それともう一つ、内通者についてです」
 それは牢に入れられてから、魔術師たちがあれこれ話していることだった。協会に饗団の内通者がいるのだが、それが誰か、イブリス以外は知らないらしく、様々な憶測を呼んでいた。
「どうやらキルツという人物が捕まっているようです。一度話をしたことがありますが、人の好い人物ですよ。内通者とは思えません」
「見せかけかもしれんし、操られているかもしれんだろう」
「私は違うと思います。饗団は協会の抜け穴を通ったというじゃありませんか。きっと上層部の人間ですよ」
 しかしグレッグは、キルツもその抜け穴を知っていたことまでは、把握していなかった。
「誰だと思う?」
「そう……ナンバーツーのメイザースか、ナンバースリーのスタニスタスという人物である可能性はあります」
「お話し中、悪いんだが」
 牢の外から声をかけられ、司たちは振り返った。
 黒羽 シァード(くろばね・しぁーど)がキャスケットのつばをくいと持ち上げ、
「助けに来たんだが、まだここにいたいか?」
と尋ねた。
「シァードさんったら。そんなわけないでしょう」
と言ったのは、ティルナ・レイ(てぃるな・れい)だ。
「分からないだろ。牢獄にいるのが趣味の奴だって、いるかもしれない」
「そなたたちは……?」
「まあ、通りがかりの正義の味方とでも思ってくれ」
 よく言いますね、とティルナは思った。
 シァードの目的はただ一つ、闇黒饗団を叩き潰すことだ。――いや、より正確に言うなら、それによって右往左往する彼らを見ることだ。
 どうすれば饗団にとって一番ダメージが大きいか。メイザースや捕虜がいなくなれば、さぞショックだろうな、と慌てている様を思い浮かべ、シァードはほくそ笑む。
 そこで、饗団を裏切る、或いは潜入していると思われる人間に声をかけた。もちろん、それとなくである。シァードは捕虜を助ける仕事を引き受け、下っ端の牢番を【子守歌】で眠らせた。
「イブリスたちは外に出ている。安心しろ」
 古臭い鉄製の鍵を突っ込み、シァードは扉を開ける。
 司たちが出ると同時に、離れたところでぎゃあ、とかうえ、という唸り声が聞こえた。
 ザムド・ヒュッケバインを魔鎧として装着したジガン・シールダーズが、武器庫を襲っていた。捕虜に配ろうと考えたのだが、杖や魔力を増幅させる宝石――どれも効果の低い物ばかり――が僅かに残っているだけだった。仕方がないので、魔術師たちが使えないよう杖はへし折り、宝石は叩き割った。
 ニコ・オールドワンドとユーノ・アルクィンは、かなり遅れて辿り着いた。饗団の本部の場所は聞いていたものの、そこへ至る道までは知らなかった。その場所へ行けば、どこかに入り口があると思っていたのだ。
 しかし、契約者たちがぞくぞくと集まっていることに気づいたニコは森の中へ逃げ込み、様子を見ることにした。そこで魔術師を倒したジガンに行き会い、時間を待って潜入したわけである。
 思ったように話が進まなかったので、ニコは少々不満だった。
 腹立ちまぎれに【毒虫の群れ】を展開。留守を守る魔術師たちが炎で反撃したので、それは【ブリザード】で対抗した。ユーノが【オートバリア】や【フォーティテュード】で、ひたすらニコを守ったので、防御については考えなくてよかった。
 助けられた于禁 文則は、ニコに負けず劣らず腹を立てていたので【鳳凰の拳】や【則天去私】や【等活地獄】や【ヒロイックアサルト】、ついでに【謎料理】まで持ちうる技の全てを使って魔術師を攻撃、本部を壊して回った。その破壊は徹底していて、乱暴と言うより陰湿ですらあった。おそらくこの本部は、二度と使用できないだろう。
 零時ちょうどに、パニックに陥ったラムズ・シュリュズベリィは、敵味方関係なく「眠りの竪琴」を聴かせようとした。仕方ないので、
「やめんか、馬鹿者!」
とシュリュズベリィ著 『手記』がぶん殴り、ニコを呼び止めた。
「代価として、今後僕に古の大魔法の情報をくれる?」
「それはできんのう。教えてやりたいのは山々じゃが、我はよく知らんのじゃ」
「……じゃあ、貸しだからね。いいね?」
「ニコさん、そんなこと言うものじゃありませんよ」
と、ユーノが意識のないラムズを背負った。
「手記」はうむうむと頷きながら、その借りをどう返そうか考えていた。
 そうして、司を始めとした捕虜たちは、本部を破壊しつくした後にそこを立ち去ったのだった。