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 4:Malice 
 

scene1 Center of control room 

 


「助かった――と、言うのはまだ早いか」

 転がり込むようにして制御室へと飛び込んだ面々を、喜色と苦悩の両方を宿した新緑の目で迎えたのは、夕焼け色の短い髪をした、調査団リーダー、クローディス・ルレンシアだった。
「そうだな、お礼の言葉は、全部終わってお茶でも飲みながら聞きたいかな」
 入るなり冗談めかしたのは緋山だ。その声で先の通信の相手だと気付くと、クローディスは僅かに苦笑し、他の面々にも視線を巡らせると、単刀直入に口を開いた。
「既に知っている通り、状況は芳しくない。我々も全力を尽くしてはいるが、力及ばない。力を貸して欲しい」
 そう言って簡単に頭を下げる。
 感謝は尽きないが、今はその時間すら惜しまれているのだ。駆けつけた皆も、それは理解しているので頷くだけで応えると、それぞれ自分の仕事へ取り掛かり始めようとした、その時だ。

「――あなた」
 ルカルカの声と同時、ちり、と小さな火花のはじけるような気配に、皆の視線が一瞬集まった。
 やや険しい彼女の視線が見つめる、その先にいたのは天貴 彩羽(あまむち・あやは)、そしてそのパートナーであるスベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)だ。彼女の放校は、教導団員にとっては記憶に新しい。
「よせ」
 殆ど睨み付けんばかりに視線を投げるルカルカに、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が諌めるように声をかけたが、ルカルカの方から片手を上げてそれを抑えた。
「もし――妙な真似をしたら、容赦はしないわよ」
「しつこいわね、突入前にも確認したはずでしょう?そんな場合じゃないことは、誰より判ってるつもりよ」
 脅しをこめた強い言葉に、彩羽は真っ向から言い返すと、同じほどの強い意志、兵器へ対する憤りを露にルカルカを見返した。
「私の技術は役に立つわ。だからあなたも私が同行するのを見過ごしたんでしょう。違う?」
「……そうね。それは、否定しないわ」
 対するルカルカの声は慎重だ。確かに、ウィザード級のハッカーである彩羽の力は、現状において頼りになるのは確かだ。
 だが、としかし、の単語が皆の頭に点滅し、戸惑いや迷いが視線をちらちらと交錯させる。その困惑を制するように、彩羽はわざとらしく首をかしげて見せた。
「時間が無いわ。それこそ、私が妙な真似をすれば、あなたが手を下せばいい」
 挑発するにも似た言葉に、一瞬の沈黙の後、ルカルカは息を吐き出して首を振った。
「――そうね。今は、少しでも手が惜しいわ」
 緊迫した空気が一時収まるのに、何人かが息を吐いた。





「それで、どうする」

 事前に決めてあった分担に分かれてすぐ、口を開いたのは浩一だ。
「方向性は纏めておかないと。時間がないからと各自ばらばらに動けば、それこそ時間を食いつぶしちまう」
「そうだな」
 ダリルは頷き「故障箇所はまだ見つかっていない、という話だったな」と確認する。
「防衛システムの起動と同時に、制御室の殆どの機能がロックされたのだよ」
 今度はリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が応えた。
 リリと、そのパートナーであるユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)は、元あった遺跡を調べに来ていたところ、新しく出現した入り口に興味を抱き、調査に訪れたクローディス達に同行していたらしい。
「色々試してはみたのだが、故障箇所を検索しようにも、アクセス権限が無いと跳ね除けられてしまうのだ」
 だから、主電源をいくらいじっても無駄なのだ、と、その隣で、他のメンバーが何度も繰り返したように、それでも諦められない様子で主電源スイッチを操作するユノのにも言い聞かせるようにして言うと、誰が何か言うより先に「もう!」とユノが声を上げた。
「リリちゃんと居るといつもろくなことにならないよ」
「じゃあ、ここから守護者やワームを制御することもできない、ってことか?」
 ユノがわめくのを「まあまあ」と宥めながら口を挟んだのは、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だ。
「せめて警報だけでも、なんとか解除できないものですかね」
 パートナーのエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)も、その言葉に続く。だが「難しいわね」と、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の返す言葉は、やや苦い。
「起動と停止は同じシステムで管理されているはずだし、警報なんかの防衛に関するものなら、真っ先かつ最も硬くプロテクトが組まれてるはずよ」
 防衛の要を乗っ取られないために、そういった措置は取られているはずだ。遺跡である前に、兵器を擁した施設なのだ。当然といえば当然だが、ダリルは何かが喉につっかかったような感覚に眉根を寄せる。同じように彩羽も、何か思うところはあるようだが「予想は行動で結論を付けましょう」と声を挟んだ。
「動力装置や防御システムも勿論問題だけど、今は兵器を止めることを最優先よ」
「そうだな」
 同意するダリルが目配せすると、得たり、とルカルカが頷いて通信機を手に取る。
「そう言う訳で、みんな。悪いけど、そっちの戦場は任せるわ」
『問題ない』
 通路から、ロビーから、返される声は端的だった。
『こちらのことは気にしないで良い。停止を急いでください』
 皆、思うところは一つだ。
 託された各々の役割に、ルカルカは見えないと判っていても強く頷く。

「任せて。止めるわ――必ず」