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忘れられた英雄たち

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忘れられた英雄たち

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 一章 過去との対決


 宵闇。シャンバラ荒野の一角。
 普通、夜のシャンバラ荒野には野盗や蛮族が隠れていても可笑しくない筈。しかし、指定した場所に近付けば近付く程、気配がどんどん消えていく。
 それは背筋が凍るほど冷たくて、まるで死んでいるかのように静か。蟲の鳴き声も荒野独特の強い風の音さえ聞こえない。
 ネームレス戦隊が居座る遺跡の周辺は異様な雰囲気に包まれていた。

「相手は亡国の英雄。名も無き戦士たち、か……」

 アレイ・エルンスト(あれい・えるんすと)の呟きが、遺跡を目指して歩く戦士達の間で反響した。
 月光の照らす柔らかな明かりを感じながら、一歩また一歩と歩んでいく。

(オレ達が全力で相手をしなければ、それこそ命を奪われかねない。これは命と命のやり取りだ。向こうは戦いを強く望んでいる。
 一分一秒の僅かな刻でさえ、魂がぶつかり合う、そんな戦いになるだろう。オレは激しい戦場に立ったことはない。しかし本能的にか、予感がする。
 ――殺気を感じる。ただ殴りあえば確実に怪我人が出るな)

 アレイが感じた殺気は、件の遺跡に近づけば近づくほど強くなっていく。自然とほうき星をかたちどった彗星のアンクレットを握る手に力が籠もっていた。

(万全の体制で戦えるように配慮しよう。ただ、わが身を省みない奴がいるかもな……。今を生きる皆が死んでしまっては元も子もない。
 皆には彼らと違う、守るべきものがあるはずだしな。だからオレは全力で、できるだけ傷つく人が出ないように、絶対に死人を出さないために、皆をサポートしよう)

 アレイは心の中で決意する。自分に出来ることを、精一杯やろう。支える者だって必要なはずだ。
 先頭を歩く者の足音が止む。それは、過去の英雄との戦場に着いたという合図。ぞくぞくと響いていた足音は止み、目の前に現れたのは廃墟と化した遺跡。

『――皆さん、聞こえていますか。今回、オペレーターとして皆さんの補助を務めさせて頂きます。卜部 泪(うらべ・るい)です』
『同じく、卜部君のオペレーター補助として参加するわ。リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)よ。短い間だけど、よろしくね』

 戦士達の耳元に着けている小型の通信機越しに聞こえるのは、二人の女性の声。
 そのうちの一人であるリカインは、分かりやすく簡潔に今回の作戦の内容を説明していく。

『今回の作戦は知ってのとおり、山葉 涼司(やまは・りょうじ)君からの要請によるものよ。敵は亡国の英雄、ネームレス戦隊。斥候の情報からこの七人は深夜になると見張りのために、一人一人違う所定の位置に就くことが分かっている。ばらばらになっている今、各個撃破をするのが今回の作戦の目標ね。……まだ作戦開始まで時間があるから、もう少しゆっくりしていてね』

 リカインはそこまで一気に言うと、小休止を入れ息を深く吸う。

 決戦まで残された僅かな時間、戦場に赴く者の過ごし方はそれぞれだった。
 作戦を反芻する者。強者との戦いに胸を躍らせる者。忘れられた英雄に救いを与えんとする覚悟を決める者。
 戦士達の反応はさまざまだけれど、目的は同じ。忘れられた英雄たちの打倒。

「刀真さん、私待ってます……ご武運を」
 
 封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は、樹月 刀真(きづき・とうま)の左手を両手で包み込むように握って、その手を額に当てる。
 無事に帰ってきて来てくれますように、と祈りながら。

「ああ、ありがとう。必ず、白花の元に帰ってくるよ。だから待っててくれ」

 刀真は冷めた目を出来るだけ柔和に細め、白花を少しでも安心させようと微笑む。
 その思いが通じたのか、白花も柔らかく笑った。

 ――――――――――

『……さて、そろそろ作戦開始時刻ね』

 リカインの声が、遺跡を前に足並みを揃える戦士達に届く。
 戦士達の準備は万全。各々の準備を整え、意を決していた。

『忘れられた英雄たちがどんな結末を得るのかは君たちに掛かっているわ』

 戦士達の耳元に届く声は、どこまでも透き通っていて、美しいソプラノ。
 リカインは、今自分に出来ること――心からの激励を彼らに届ける。

『山葉君の言葉を借りるわね。――敵は亡国の英雄。最大の敬意を払い、自らの矜持を持って相手をしろッ!』

 力強い言葉は、聞く者の体に自然な力を生む。
 応援してくれる人がいるというのは、なんと心強いことだろうか。

『――作戦、開始……!』

 リカインの合図と同時に、アレイは中心に立ち、彗星のアンクレットを掲げる。
 アンクレットから生まれた幾多もの光は、戦士達に加護を与えた。

「皆……必ず、生きて帰ろうぜ」

 パートナーのメルヒオール・ツァイス(めるひおーる・つぁいす)も、アレイの隣に立ち戦士たちに向けて祈祷する。
 メルヒオールから生じた光はパワーブレス。戦士達に祝福をもたらす。

「皆さんの力で彼らを救って下さい!」

 光に包まれて加護と祝福を得た戦士たちは、決戦の場に向けて駆ける。
 舞台はシャンバラ大荒野。対するは亡国の英雄、ネームレス戦隊。

「……どうか、死に至ってなお戦いを求める戦士に救済を」

 アレイの静かな祈りと共に、過去との対決の幕が上がった。