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忘れられた英雄たち

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忘れられた英雄たち

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 十章 緋色の槍使い 中編


 真っ先に行動したのはアーマード レッド(あーまーど・れっど)だった。

「標的ヲ 確認……殲滅シマス」

 無機質な機械音声のような声と同時に背中に備え付けられたブースターが火を噴いた。
 途端、四メートルを越す体躯からは想像も出来ないスピードでアーマードはレインに肉薄した。

「攻撃対象 ヲ 確認。 戦闘 ヲ 開始シマス」
「――ははっ!」

 迫ってくる凄まじいまでの超ヘビー級機晶姫を前にしても、レインの笑顔は崩れない。
 むしろ自分から、アーマードに向けてバーストダッシュを使いアーマードに接近した。

 アーマードが約二トンの重量を持つ大型砲剣を振り下ろす。当たれば必殺の一撃。
 しかし、レインはそれを事前読んでいた。バーストダッシュを使い空中で方向転換。
 振り下ろされた大型砲剣が地面を激震させるのと同時に、その刀身へと着地した。

「武装 ヲ 解除 シマス」

 アーマードは反対の腕に装備している武装を解除。
 文字通りのアイアンフィストがレイン目掛けて振りぬかれた。
 しかし、レインは当たる直前に魔法的な力場を足場に展開。アーマードの拳が描く軌道と同じ方向に跳躍。

「行きますッ!」

 レインは空中を舞いながら、上体を精一杯ねじり緋色の槍を構え、アーマードに向けて突き出した。
 繰り出された高速の突きはアーマードの右腕を貫通。そのまま地面に縫い付ける。
 レインはすぐさま槍を引き抜き、今度は腹部を狙って突きを繰り出そうと構えた。
 が、アーマードはブーストを噴出し即座に横に回避。

「逃しませんよ……!」

 レインはアーマードを捕捉しようと振り向く。
 しかし、レインが見つけたのは巨大な鉄の塊ではなく眼前に迫ろうとせん二対の頭を持つ異形な龍だった。

「ククク……暴れます……よ」

 背中に跨る、瘴気を纏ったネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)は大型の弩の照準をレインに合わせていた。
 その龍の下に追随するのは二匹の大型の猟犬。そのケルベロスと瘴気の猟犬はレインの背後に回り、後方への逃げ場を断った。
 ネームレスが弩に極太の矢を番え人外の膂力でウィンチを巻き上げる。ぎりぎりと弦がしなり、ネームレスがレインに向けて不気味に笑う。

「ククク……さあ……どうします……?」

 ネームレスの問いにレインは行動で答える。槍を両手で持ち腰を据え突きの構えを取った。

 ネームレスは口元を吊り上げながら、誤差なくレインを狙撃した。
 音速で飛ぶ極太の矢は砲弾の如き威力でレインを貫通せんとする。

 レインは己に飛来する矢の先端に緋色の槍を刺突した。

 人外の膂力で放たれた矢ならば、こちらも人外の膂力で応えればよいだけのこと。
 度重なる修練のお陰で獲得したレインの金剛力も、人のそれを遥かに凌駕していた。

 矢が力を失い地面に落ちる。
 と、同時にレインは前方に風の如く疾走した。

 龍の二対の頭が息を深く吸い込む。
 そして左首から侵食する黒い炎を右首から毒霧を吐いた。
 しかし、それよりも速くレインは龍の懐に潜り込み飛翔をした。

「はぁぁああ!」

 龍の腹に帯電する刃を突き立て、深く長く切り裂いた。
 それは轟雷閃。レインが生前から得意とする技で、一番自信を持つ技でもある。
 切り口から紫色の濃い霧が洩れた。それは大量の瘴気だった。

(……ということは、この龍も背中に座った彼女が作っていると考えるべきでしょうか……? だとしたら厄介ですね。こういったものは本体が無事な場合いくらでも蘇る……)

 レインはそう考え、そのまま後方にいる集団に突っ込む。
 今はネームレスと戦うより、他の者を対象にした方がいいと踏んだからだった。

(……狙うのは一人でも早い脱落者。ならば――あの一番体の小さい女の子を狙うのが得策でしょう)

 レインは空中でもう一度大きく飛翔した。そして槍を振りかぶり、急速落下。
 重力と自身の力を比重させた強力な一撃が灌に振り下ろされる――。

「……ん、くぅ!」

 灌は西洋凧の形をした盾で真正面からそれを受けきった。

「へぇ……」

 レインから自然と感嘆の声が洩れた。
 瞬間、盾を持つ反対の腕から戦斧による攻撃が繰り出される。
 レインは槍の柄でこれを受けきり後方に着地。槍を構え突きを繰り出そうとした、が。

「――はぁっ!」
「っ、は……!」

 斜め上空から振り下ろされた一閃。意識外からの一太刀をレインは辛うじて避けた。
 その攻撃をしてきたのは郁乃。刀を両手で握り灌の隣に立つ。

「荀灌、いくよっ!」
「はいっ! お姉ちゃん!」

 掛け声と同時に右から郁乃、左から灌がレインに切りかかる。
 息の合った、連携の取れたコンビネーション。交差する剣戟、二人相手との鍔迫り合い。
 レインはそれに対応するが、少しだけ分が悪い。それは手数の差と得物のリーチ。特に、ここまで至近距離だと槍のリーチが生かせない。

 レインは精一杯、緋色の槍に力を込め二人を押し返した。
 同時にバーストダッシュを用いて大きくバックステップ。レインは空中に後退した。

「この時を待ってたんだよね!」

 戦いを観察し、行動を予測していた輝夜がレインの背後に現れた。
 輝夜はツェアライセンを振りかぶった。しかし、それよりも早くレインが周囲に横薙ぎをする。

 緋色の刀身は輝夜の体に食い込み、真っ二つに切れた。

「――それは残像じゃん」

 しかし、真っ二つに切れたのは輝夜のミラージュによる幻影。
 本体は地上。レインの死角から不可視の斬撃を放った。

(――しまった……!)

 レインは両腕で頭部をガードする。
 数発の見えない斬撃はレインに直撃したが、鎧に拒まれ致命傷には至らなかった。

(地上には三人。……悔しいですけど今は空に逃げ、空中で立て直すのが得策ですね)

 レインはバーストダッシュで急上昇。
 空中で体勢を立て直そうとすると、背後から気配がした。

「……やはり、相手が大人数とは厄介なものですね。息をつく暇もない」

 レインは振り返り、自分に向かって飛んでくるエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)を睨んだ。
 パートナーの御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の姿はなく、エリシアは一人。
 単身でネームレス戦隊を成仏させるためにやって来たのだった。


「さて……全力でお相手いたしましょう」

 エリシアは光の槍を携え、殺気看破で害意に敏感なり、野生の勘で感覚を鋭利にした。
 そして空飛ぶ魔法で自らの姿勢の制御を行い、空中戦闘で立ち回りをする。

 ――エリシアは空中での三次元的動作を実現させた。

 縦横無尽に空を駆け回るエリシアの機動はレインを困惑させた。
 空中での戦闘はエリシアが一枚上手。槍の技量ならレインが一枚上手。
 エリシアはレインと槍で互角に渡り合っていた。

 生まれる無数の火花、連続して鳴り響く金属音。
 剣戟は初めは互角だったが、徐々にレインがエリシアの機動に慣れ、小さいながらも的確に反撃する。
 エリシアも傷を負い始めていた。傷を負う度にエリシアの動きが鈍っていく。
 
 やがて、均衡が崩れ始めた。

「はぁぁ!」

 エリシアが渾身の力を振り絞り、緋色の槍を弾いた。折り返しに柄でレインを強打。
 レインは遺跡の残骸に勢い良く墜落。砂煙が周囲に立ちこもる。

「……やりましたか?」

 エリシアは肩で息をしながら、目をこらす。
 しかし、大量に舞い上がる砂煙の中心で、のろりと黒い影が起き上がった。

「……くくッ」

 心底楽しそうに、嬉しそうに。
 狂気じみた笑い声が、黒い影から発せられる。

「くっはははハハッ!!」

 やがて砂煙は風に流されて消えていった。
 そこには数多の傷を負いながらも、盛大に笑うレインの姿。

「――さぁ、戦いを続けましょう!」

 エリシアは狂気じみた笑いを上げるレインに戦慄を覚えた。

 エリシアは初め、人数の関係で長期戦はこちらが有利だと思っていた。

 ――とんでもない。相手は英雄の戦闘技術を身に付けた化け物だ。

 ゾンビは痛覚が無く、疲労すら感じない。
 むしろ、長期戦はこちらが不利だ。戦況が硬直化を始めると、こちらが消耗するばかり。

「……っく」

 エリシアが空中で槍を構え、レインともう一度相対する。
 無茶な機動をしたせいだろうか、見るからにエリシアは疲労困憊と言った様子だった。

「エリシアさん、退いていて下さい!」

 エリシアを見かねて、クレアが単身でレインに向かう。

「次から次へと敵が迫ってくる。――ああ、今宵は本当に楽しい夜だ!」

 レインもクレアのほうを向き、緋色の槍を構える。
 クレアはバーストダッシュを用い、即座に距離をつめようとした。
 
 緋色の槍が突き出される。
 クレアはこれを紙一重で回避。バーストダッシュで剣の間合いに詰め寄った。

 クレアは剣を構え、勢いをそのままにライトブリンガーを放とうとした。
 が、それよりも早く――。

「ハハッ!」

 片手を槍から外し、クレアにボディーブローを叩き込む。
 クレアの体が轟音と共にくの字に折れた。

「……がっ!」

 呼吸が麻痺するような激痛にクレアの足が止まる。
 それはあまりにも大きすぎる隙。レインがツインスラッシュを放とうと槍を構える。

「――おっと、そうはいきませんよ」
 
 死骸翼で高速低空飛行し、エッツェルが二人の間に体を入れる。
 緋色の槍がエッツェルの体を深く二回切り裂いた。普通の人間なら致死量の血がエッツェルから流れる。

 エッツェルは黙ったまま、右手首を突き破って生えてくる鞭状の筋肉繊維を振り回す。
 まるで触手のようなそれは、エッツェルの意思通りに動き、レインを襲った。

 レインは触手をアクロバットに避け、緋色の槍で一本一本切断していく。
 しかし、エッツェルの再生能力はそれを上回り、切られる度に本数が増えていくように感じた。

「アハハハハハッ!!」

 レインは笑う。心底、この戦いが楽しそうに。