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忘れられた英雄たち

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 十二章 紅花の射手 中編


 休むことなく飛来する矢は、全員に物陰に隠れることを強制させていた。
 少しでも顔を出せば、正確無比な狙撃が待ち構えている。
 おまけに、ニーナは既に遮蔽物に隠れていてどこから狙っているのかも分からない。

「くそ、どうしたら……」

 雫澄は白と青を基調とした特殊な構造をした機械仕掛けの武器、可変型複合兵装『カラドリウス』をライフル型に可変させて、呟いた。
 ニーナの隠れている場所が分からない限り、こちらとしては狙いようがない。つまり、手の出しようが無かった。

「黒曜鳥」

 そんなとき、シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)は三対の翼を持つ非常に大きな黒鳥を召使した。
 黒曜鳥は物影から飛び出て、飛行する。が、すぐさま何本もの矢が突き刺さり、墜落した。

「まだ生けるじゃろ? 黒曜鳥、飛べ!」

 地に伏せた黒曜鳥は、炎の御霊によって身を炎で包み込み、燃やし、焦がし、焼き尽くして新たな身体へと昇華した。
 そして、すぐさま矢に撃たれ、やがて墜落する。『手記』はそれを繰り返させた。

「ちょっと、何やってるんですか!」
「何って、戦いたいのなら、好きなだけ戦わせるのも一興じゃろう?」

 雫澄の問いに『手記』はあっけらかんとした調子で答える。

「確かに、そうか……」

 橘 恭司(たちばな・きょうじ)はそう呟くと、両手に黒い手袋を嵌めた。
 左手を開いては閉め、開いては閉めを繰りかえし義手の調子を確かめる。

「戦場の相対に言葉は不要。総ての矢を払い弓を砕きあらゆる障害を廃そう」

 恭司はそう言うと、物陰から乗り出し、飛来した矢を手の甲で払う。
 そして、拳を構えた。その型は夫婦拳。連続して飛来する矢の対策として恭司が取った基本の型だった。

(どこだ、どこに隠れている)

 恭司はホークアイで視力を広げて、ニーナを探す。
 やがて、矢が発せられる一つの地点を視認することが出来た。

「ここは俺達に任せて、キミたちはあの射手へと向かうといい」

 恭司は飛んでくる矢を掌や手の甲で払いながら、言葉を投げかけた。

「でも、そんなこと……!」
「……キミたちは救うんだろ? あの射手を」

 雫澄の反論を有無を言わさぬ強い言葉で恭司は黙らせる。
 そして、恭司は矢を払いながら、すり足で前へと進み、ニーナの注意を引いた。

「橘の言うとおりじゃのう。ここは我らに任せてゆくがよい」

 『手記』も恭司の意見に同調し、雫澄、シェスティン、託、行人の四人を促がさせる。
 四人は小さく思案した後、二人に小さく頭を下げ、遠回りにニーナの元へ走っていった。

「……にしても、やりすぎじゃないですか?」

 『手記』のパートナー、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は呆れたように呟いた。

「ん? 何がじゃ?」
「黒曜鳥の事ですよ」
「ああ、鳥が弓兵を相手にしようとは、撃ち落としてくれと言っているようなものじゃしな」

 『手記』は相変わらずの調子で答える。
 ラムズはその言葉に不可解な表情をしながら首をかしげた。

「なら、どうして?」
「鳥と人間が居れば、弓兵はまず鳥から撃つ。矢の消費目的なら、奴の方が適任じゃろう」
「……まぁ、それもそうですね」

 ラムズは『手記』の言い分に少し納得した。
 確かに身一つで堂々と進んでいる恭司より、黒曜鳥に飛んでくる矢のほうが多い。

「後はそうじゃな……単純に我が奴の事を嫌っているからじゃ」
「……そんな理由で?」
「鳥と言うのはな、ラムズ。如何に高く羽ばたこうと、人間の手からは逃れられんのじゃよ。奴が逃れる事が出来る時――其れ乃ち死せる時じゃ。感謝される事はあれど、怨まれる覚えなどないぞ?」

 『手記』の捻くれた意見にラムズは大げさに肩をすくめた。
 ため息をつきながらラムズは言う。

「手記は捻くれてますね」
「主程でもないさね」

 『手記』は微笑を残し、また墜落した黒曜鳥を炎の御霊で復活させる。
 何度も身を焼き尽くし、新しい身体に生まれ変わる姿は、死を介する度に高次の存在へ成ろうとする、黒曜鳥のかつての本能なのかもしれない。

「――さぁ、撃ち落とせ。主の弓はその為にある」

 『手記』の嘲笑めいた笑いが、静かな荒野に響きわたった。