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ローズガーデンでお茶会を

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ローズガーデンでお茶会を

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 ホールの片隅でケーキをつつきながら、桐生 円(きりゅう・まどか)は緊張気味に周囲を見渡していた。
 周囲のカップルは、ここぞとばかりにラブラブオーラを振りまいて、寄り添いあっている。それに比べて、自分たちはどうだろう。円はちらりと、隣に立って居るパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)に目を遣った。
 パッフェルは円の恋人だ。付き合って、半年ほどになる。
 しかし未だ、二人の関係はキス止まり。
――遅れてるのかなぁ……
 同性同士だからと特別意識している訳ではないのだが、恋愛初心者な円はパッフェルとの距離を縮められずに居た。
 人それぞれ、カップルそれぞれ、一番良い距離や、ステップアップのタイミングがある、ということに気づける年頃でもない。周囲と比べたくなるのも仕方が無い。
「うー、みんな凄い、幸せそうだなぁ……」
 思わず本音がぽつりと口をついて出る。
 すると、それを聞いていたパッフェルがうん、と顔を上げる。
「円は、幸せじゃないの?」
「あ、ううん! すっごく幸せだよ!」
 だってパッフェルが居てくれるから、と言って、円はパッフェルの肩に頭を預ける。身長差の関係で乗せる、というよりは、肩から二の腕辺りに寄りかかる様な感じになるのだが。
「あのさ、パッフェル……」
 意を決したように、円はパッフェルを上目遣いに見上げる。
「パッフェルは、もっと積極的な子の方が好き? その……もっと、触れたい、とか、思う?」
 最初はパッフェルの目をじっと見て話せたのに、最後の方になるとどうしても目が泳いで、視線が外れて、最後には目を閉じてしまった。円の意気地なし、と自分で自分がちょっぴり嫌になる。
 きゅっと目を閉じたままで返事を待っている円の姿に、パッフェルは少し考えてから、ぽんぽん、と自分の肩より少し低いところにある頭を撫でた。
「そのままの円で良いわ……ありのままのあなたが好きなのだもの」
 そう言って少しだけ笑顔を見せるパッフェルに、円はうん、と頷く。
 ありのままの姿を受け入れて貰っているという喜びと、パッフェルは、関係をステップアップさせるつもりは無いのだろうか、という不安がない交ぜになって、上手く笑えない。
 しかし。
「でも、もっと触れたいとは……思うわ」
 小さな声が降ってきて、ふわりと抱きしめられた。
 一瞬、何が起こったのか分からずに、円は目をぱちぱちさせる。が、すぐにパッフェルの言葉を理解して、ぼんっと顔が真っ赤になる。
「……うん……じゃあ……恥ずかしいけど、頑張るよ……」
 なんとか絞り出すようにそう言って、パッフェルの背中に手を回すと、ぎゅっと抱きしめ返す。
 すると、急にふわりと体が浮いた。
「う、うわっ?!」
 気づいたら、パッフェルの腕の中に居た。いわゆる、お姫様だっこの体勢だ。
「さっき、ゲストルームが空いていたのを見かけたの。……行きましょうか」
 二人きりになって、どうするのか――想像に難くない。
 え、今から?! と焦りを感じないでもないが、それよりもこうして求めてくれることが嬉しかった。円は真っ赤なままの顔で、コクリと頷く。
 そしてそのまま二人はホールを後にして、ゲストルームへと消えていった。

 
「わ……お姫様だっこ……」
 そんな円達とすれ違った漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、ドキドキする心臓を抑えるように胸に手を当てた。
 玉藻 前(たまもの・まえ)に誘われてパーティーに参加したのは良いけれど、パーティーの趣旨までは知らされて居なかった。眼前に広がるめくるめく世界に、月夜は目が回りそうだ。
「どうした、月夜」
「玉ちゃん……いや、びっくりしちゃって……」
 ふらふらとして居る月夜の肩を、玉藻は優しく抱き寄せようとする。
 普段は月夜の方から玉藻にスキンシップを求めてくるので、触れあう事に抵抗は無いはずなのに、しかし月夜は玉藻の手が触れた途端にひゃぁ、と悲鳴を上げた。
「あ……ごめんね玉ちゃん、な、なんかほら、周りが凄いから、意識しちゃって……」
「良いではないか。少しは周りに合わせないと、目立つだろう?」
 言いながら、玉藻の手は改めて月夜の肩を抱き寄せる。
 確かに寄り添いあいまくっているカップルだらけの空間で、月夜と玉藻の微妙な距離感はむしろ少数派。こうして寄り添って居た方が目立たないかもしれない――と、月夜は自分に言い聞かせる。
 玉藻のことは仲間として大好きで、自分から抱きついたりもして居るけれど、周囲のカップルのような、恋人同士という関係ではないし、玉藻をそういう対象と思ったことも無い。
 そう、これはただ、目立たない為のカモフラージュ。それだけ、それだけ。
「緊張して居るのか、月夜? いつもは甘えて抱きついてくるだろう……クリスマスの時の様に甘えて良いのだぞ?」
 が、玉藻の低く甘い声が耳をくすぐって、月夜の頬が一気に染まる。
「あっ、あの時は、違うの、ちょっと変だったの!」
 月夜の脳裏に、クリスマスの公園での出来事が思い起こされる。「クリスマスの魔法」を参照。
 あのときは、自分の意思とは別の力で、玉藻に触れたくて溜まらなくなってしまって――そう、唇が触れた、と思い返すにつれて、月夜は変な気持ちになってくる。
 一層ふらふらしてくる体をそっと支えてくれている玉藻は、あったかくて、触れあっていると気持ちが良い。それは確かなのだけれど――
 優しく肩や、髪や、頭を撫でられていると、思考がとろとろと溶けていく。
 玉ちゃん、と小さく呟いて体を預けてくる月夜に、玉藻は満足そうな笑みを浮かべる。
 しかしそれ以上は何を言うわけでも無く、よしよし、と甘やかすように月夜の頭を撫でてやる。
 同じパートナーを持つ物同士の友愛に端を発する触れあいだったそれは、いつの間にか少しずつ、姿を変えている。
――そう、少しずつ、な。急いては事をし損じるものだ――
 月夜の髪に軽く唇で触れながら、玉藻は自分に言い聞かせるのだった。


 ホールのテーブルには、色とりどりのお菓子や、様々な紅茶などが並べられている。
 その合間を駆け回っている小さな影が、ふたつ。
 神代 明日香(かみしろ・あすか)エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)のふたりだ。パーティー会場ではしゃいでいる姿を見ると、妹の面倒を見ている姉、とか、或いはエリザベートの職業を知っている者には、校長のわがままに付き合わされている生徒、のようにも見えるが、二人は歴としたカップルだ。
「見てエリザベートちゃん、こっちのガトーショコラ、美味しそうですよ」
「こっちのクッキーも美味しいですぅ!」
 二人は若い女の子らしく、机の上に並べられたスイーツに目を輝かせている。特にエリザベートは目下、花より団子のお年頃だ。
 二人はお皿にのせられるだけのお菓子を乗せると、壁際に置かれた椅子に腰を落ち着けた。
 立食パーティーとはいえ、立ったままでは食べにくい。
「はいエリザベートちゃん、あーん」
「あーん」
 明日香は自分の皿に取ったクッキーを一枚つまんで、エリザベートの唇の前へと差し出す。
 メイドとしてのお世話の一環、のような、恋人同士のじゃれ合い、のような、甘いひととき。今はそれが許されるだけで、幸せ。
 もぐもぐ、と愛らしい動作でクッキーを噛みしめているエリザベートの姿に、明日香の眦がえへへ、と下がる。本当に、抱きしめてしまいたいくらい可愛い。……ただ、ものを食べている時に抱きつくのは誤嚥の危険があるので、やめておく。
「じゃあ、お礼ですぅー」
 ニコニコとしている明日香に、今度はエリザベートがクッキーを差し出してくれる。
「あーん」
 明日香はうきうきしながら、差し出されたクッキーを口に入れる。
「じゃあ今度はこれをどうぞ」
 お礼のお礼、と、明日香はクッキーをもぐもぐしながら、一口サイズにカットされたガトーショコラを差し出した。
 しっとりとした上質なケーキだが、しかしそれでも持ち上げると少しぽろぽろする。
 こぼさないように、とひときわ大きく開いたエリザベートの口へ、そっとケーキを押し込んでやる。
 すると、その拍子に、小さな唇に指先が触れた。
 思わず明日香は、はじかれるように指を引っ込める。
 どきどき、と胸が高鳴る。クリスマスの時に一度だけ触れた、小さくて、柔らかい、暖かな唇。
 ごく自然に、触れたいな、と思った。
 ちらり、とエリザベートの方を見ると、彼女もまたもじもじとこちらを見上げている。
 くす、と小さく笑ってから、明日香はエリザベートの唇に、自らの唇でそっと、触れた。