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ローズガーデンでお茶会を

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 皆川 陽(みなかわ・よう)は、ホールの片隅でティーカップを傾けている。
 先ほどは酷い目に遭った。心なしか、表情にも疲れが滲んでいる。
「どうぞ、陽」
 パートナーのテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)も同じ目に遭ったというのに、休むこと無く陽の為に紅茶や、お菓子の給仕を行っている。
「……ありがと」
 差し出されたお菓子に手を付けながら、陽はぼんやり、自分に傅いているパートナーの姿を見つめる。
 こんな風に、主人と従者みたいじゃなくて、対等な友達には、なれないのかな。
 どうしても従者として振る舞おうとするパートナーとの距離を、計りかねていた。
――でも、さっきはどうしてあんなにムカついたんだろう……
 テディに従者として振る舞われる事は、気に入らない。けれど、他の誰かの従者になってしまうとしたら――それはすごく、嫌だ。テディの主は、自分だけだ、という思いも、ある。
 じゃあ自分はテディの主で居たいのかと言われたら――友達に、なりたい。
 でももしそれでテディが、他の誰かを主人と仰ぐようになったら、以下略。思考のループに嵌まってしまい、陽はお菓子を頬張るてを止める。
「陽? どうしたの、陽」
「……テディ、ううん……なんでもない」
 心配そうに顔を覗き込んでくるテディの言葉に、陽はしかし、力なく首を振った。
「疲れちゃった。今日は、早く帰ろ?」
「大丈夫か、陽。あの薔薇の奴、陽に酷いことしやがって……!」
「テディだってされたじゃない……楽しそうだったけど」
「あっ……そ、それはその……」
 陽にお仕置きされるときの事を思い出してました、とは言い出せず、テディはもごもごと口ごもってしまう。
「テディは痛いことされるのが好きなんだ」
 その様子に、ちょっとだけ加虐心をあおられ、陽はぽつりと呟いた。その言葉に、テディはうええ、と顔を赤くする。
「好きか嫌いかって言われたら割と好きだけど、でもそれは陽がやってくれるからで……! ……あ」
 何か今俺、凄いこと言わなかったか、とテディはその場でフリーズする。
 と同時に、陽もまさかそんな返事が返ってくるとは思わなかったから、一瞬何が起きたか分からなくて目が点になる。
「……そっか、テディはお仕置きされるのが好きなんだ?」
「……陽になら、割と
 二人の前に新しい世界の扉が開いてしまった――かも、しれない。


 先ほど酷い目に遭った、と言えば嘉神 春(かこう・はる)もだけれど、こちらはあまり「酷い」目に遭ったとは思っていないようだ。
「あー、さっきは楽しかった! 何のイベントだったんだろうね?」
 無邪気にニコニコしている春に対して、パートナーの神宮司 浚(じんぐうじ・ざら)はご機嫌斜めだ。
「ん? どうしたの、浚」
「さっき、ツタに変な所触られてたよね……?」
 きょとん、と無邪気に問いかける春に、浚は不機嫌丸出しの顔をずいっと寄せる。
 それから春の腕を掴むと、壁際へと追いやった。それでも春は、何々、と楽しそうにして居るものだから、浚の不機嫌は加速する。
「此所とか」
 そう言って、浚は春に抱きつくようにしながら片手を洋服の中へと滑り込ませる。
「此所も、触られてた」
 低い、不機嫌そうな声が、春の耳元で響く。
「ねえ浚、どうしたの? 変だよ?」
 しかし、必殺の低音ボイスを放っても、春はケロッとした顔で浚の顔を覗き込んでくる。
「……春、こういうことされて何ともない?」
 言いながら浚は、ついでとばかり内股やら鎖骨やら、腰、背筋……と、春の全身をわさわさとまさぐってやる。結構、いや、相当挑発的な手つきで触れているにも関わらず、春は表情一つ変えない。
「んー、ちょっとくすぐったいかな?」
 それがどうかしたの、と言わんばかりの表情に、浚はすっかり毒気を抜かれてしまった。
「あのね、春、春に、こんな風に触れて良いのは俺だけなの」
「えー、そうなの?」
 つまんない、と言いたげに尖った春の唇を、浚は優しく親指で撫でる。
「春は、俺のものでしょ?」
 低い声で囁くと、その尖った唇へ唇を落とす。
「さあ、どうだろう?」
 口づけは甘んじて受けながら、しかし春は浚をからかうように笑う。
「他に素敵な人が出来たら、そっちに行っちゃう、かもよ?」
「……それは、『だからちゃんと捕まえておいてね』って事?」
 どうかな、と笑う春に、浚はもう一度キスを落とした。

 

 ホールに隣接する厨房は、広い割にがらんとしていた。
 今日はティーパーティーということで、常に料理を作り続ける必要はないのだろう。用意されたお菓子類と紅茶の道具がたくさん並べられていて、時折、メイド型機晶姫が補給のためにやってくるけれど、それ以外は、この空間に与えられた仕事はあまり無い。
 それを良いことに、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)はパートナーのシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)と暫し話し込んでいた。
「ジェイド、楽しんできても良いですよ?」
 言いながら、紫翠はかちゃかちゃと洗い物をして居た。
 本来ならばメイド達がやってくれるはずの仕事を、なぜゲストである紫翠がやっているかと言えば。
「ああいう表舞台は、苦手ですから……特に、今日は雰囲気に、当てられそうですし……」
「慣れろよ、少しは……」
 そう、招待状を受けて遊びに来てみたものの、賑やかな雰囲気に耐えきれず、手伝いと称して人気の少ない厨房へ逃げてきたのだ。何もしないというのも暇だし、折角なので本当に手伝いをしている。
「一人で居てもつまらねえよ……んじゃ、俺も給仕のお手伝い、してくるかな」
 ジェイドは肩を竦めると、その辺に置いてあるお菓子をトレイに乗せて、厨房を出て行った。

 残された紫翠は一人、静かに洗い物を続けている。
 その反対側、コンロなどが並ぶスペースでは、三井 藍(みつい・あお)が黙々とザッハトルテを作っていた。調理台の反対側では、パートナーの三井 静(みつい・せい)が、椅子に腰掛けてその作業をじっと見守っている。
 パーティーで振る舞う為に、という名目でザッハトルテをリクエストしたのは静だった。
 みんなに配るために作っている、とはいえ、振る舞われる対象には静も入っている。静にとて、誰かが自分の為に料理を作ってくれるところを見るのは初めての体験だった。
 チョコレートケーキは、チョコレートを刻んで湯煎する手間が掛かる分、ケーキ類の中では手順が面倒くさい方に入る。さらにザッハトルテは、表面のコーティングが必要な分、面倒度も高い。
 小麦粉に砂糖、ココアパウダーなどの粉類を丁寧に計量し、バターをホイップし、チョコレートを溶かし、卵白をしっかり泡立て……と、数多くの行程を一つ一つ、丁寧に行う藍はどこか楽しそうで、見て居る静の方もなんとなく嬉しくなってくる。

 こんなに大変な作業を、自分を喜ばせる為、嫌な顔ひとつせずにしてくれている。
 それは静にとって、驚くと共にとても嬉しいことだった。
 あまり感情が表情には出る方ではないけれど、それでも静はほんのり口元をほころばせて、藍の作業を一生懸命見つめている。
――製菓に興味があるのかな……
 その目線があまりにも一生懸命なので、藍がそんな勘違いをするほどだ。
「機会があったら、また作ってやろう」
「……本当?」
「静に嘘をついても、仕方ないだろう?」
 穏やかに笑いながら、藍は混ぜ合わせた材料をケーキ型に流し込む。
「今日はみんなに振る舞わないとならないが、今度作るときは、静だけの為に作るよ」
 お菓子作りが趣味、という訳ではないが、セネシャルとしてのたしなみ程度には、一通り出来る。
 なかなか普段作るような機会は今まで無かったけれど、静が興味を示しているなら、家で作ってやってもいい。
 表面に塗るアプリコットジャムの準備をしながら藍が言うと、静は驚いた様に目を見開いて、それから俯いてしまった。
 けれど、ちらりと見える頬や耳の先が赤くて、唇には変な力が入っている。喜んでいるのだろう。表現するのが、苦手なだけで。藍はそんな静の様子を見て、フッと微笑む。
「楽しみに、してるね」
 小さな声が、藍の耳に届いた。