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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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●村にて、救済について考える

 ボロボロの体を引き摺って、一同は村へと帰還した。
 負傷者はすぐさま運びいれられ、懸命な手当てを受けていた。
 そんな中、新風燕馬(にいかぜ・えんま)は一人物思いにふける。
(今回は頼れる仲間がたくさんいたけれど……、頼れるパートナーが今いない、や……)
 自分は一人では何もできなかった。いや、きっとここにいる誰しもが一人では何もできなかった。
「ああ……会いたいよ……サツキ、みんな……」
 ポツリとこぼした一言。それは消え行く二人の光景を見たからだろう。
 そして、バタンと大きな音を立てて扉が開く。
 燕馬はゆっくりと、そちらへ振り返る。
 はあ、はあ、と肩で息をしているサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)の姿。
「燕馬!」
 だっと燕馬に飛び掛ると、その勢いのまま押し倒す。
「良かった! 心配したのよ!」
 馬乗りのまま燕馬を抱きしめ、頬ずりをする。
「サツキ……」
「あはは……、疲れたわ……」
 後ろから、遅れて来る、ローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)新風颯馬(にいかぜ・そうま)の二人もいた。
「全く老いぼれの体はいたわるものだと思うがの?」
「みんなも、来てくれたのか……」
 力なく声を漏らす燕馬に、ローザが言う。
「サツキちゃんが迷わなければ、本当はもっと早くについてたのよー? 飛んで行っちゃったサツキちゃんを捕まえるのが一番時間かかったのよ」
 疲れた様子で、ローザは椅子に腰掛ける。
「全くもって、ローザ殿の言う通りじゃ。それにしても燕馬殿、大分気落ちしているようじゃが?」
「ん、ああ、うん。今日は一日大変だったから――」
 そう言って、燕馬は今来たパートナーたちに今日合ったことを聞かせた。
 脚色なく、ボロボロになってやっと負けを認めた怨念や、簡単なまでに力を貸してくれた幽霊。
 正直に言った自分たちの本心を笑って受け入れてくれた、死者の強さ。余すことなく伝えた。
「俺たちは、あの二人の魂を救えたのかな……」
 それが分からなかった。いや分かりたくなかったのかもしれない。
「大丈夫よ、燕馬。そうやって心を痛めてくれる人がいる時点で、その人たちは救われてるわ」
 そのサツキの一言で、燕馬は自分たちのやったことが正しかったのだと認識できた。
 そして、燕馬はサツキの胸に顔をうずめ、声を上げず泣くのだった。

     †――†

「ねぇ、行人。宿題の答え、分かったかい?」
 永井託(ながい・たく)は振舞われた暖かいスープを飲みながら、那由他行人(なゆた・ゆきと)に問いかけた。
「そんな、さっきの今で分かるわけないじゃないか! にーちゃんの意地悪!」
 目を吊り上げて行人は子供のように言った。
 本来なら、行人はもう答えを持っている。ただそれに気づくきっかけがないだけで。それに気づいているのは託で、託は行人が言うように意地悪だから、声に出して教えてあげることはしない。そもそも今ここで声に出して教えるということが、生き様を固定してしまうのと変わらないことだから。
 自分で気づかないとダメなんだ。
(誰かが悲しむのを、辛そうなのを心から嫌がってるからねぇ。だからこそ、そんな人たちを助けて笑顔にさせるヒーローに憧れてるんだよね)
 胸中で思考を纏め、託は行人を見た。
「にーちゃん?」
「そうかぁ。それじゃあ、もう暫くいろんなことに手をだして、考えようかー」
 そう言って、一口じんわりと染み渡る暖かいスープを飲む。
 純粋に思っているからこそ、行人はいつか必ずヒーローになれると。そして、今日の出来事が行人のヒーローへの第一歩になればいいなと。
 そう託もまた純粋に思うのだった。

     †――†

「何か、こう羨ましくありますね」
 ポツリと、魂魄合成計画被験体第玖号(きめらどーる・なんばーないん)――ナイン――が言った。
「どうしたの?」
「いえ、雫澄は私が必ず守ります」
「うん、ありがたいけど。何か気になることでもあった?」
 改めて宣言されたナインの言葉に、高峰雫澄(たかみね・なすみ)が茶化して言う。
「いえ……」
 さっきからこの調子だ。ナインにとっても何か思うところがあったのだろうと雫澄は考えているが、要領を得ない。
「僕も、たまに姉のことを思い出す程度にとどめようかな」
 結局形見のデリンジャーは持ち帰ってきた。
 決別じゃなくて、死を受け入れる。そして、時折楽しかった日の事を思い出す。
 うん、確かに悪くない。と雫澄は思う。
「今日は色々とあって疲れましたが、最終的にはめでたく終わってよかったです」
「確かにそうだねぇ」
 怨念も開放され、雫澄自身もこれからどう歩めばいいのか確かな指針ができた。
 あわただしかったけれども確かに実のある一日だったかもしれない。

     †――†

 簡易診療所。
 怪我人が多くて、重症者だけが今は運び込まれている。
 面会謝絶と言う訳ではないが、場所柄そう騒ぎ立てる人もいない。
 ヒーラーによる傷の修復と、医術による治療、二つの立場から怪我の治療を行っている。
「これはまた、手ひどくやられたね!」
 ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が治療の終わった、風森巽(かぜもり・たつみ)の傷口をつついている。
「ちょ……、それだけは勘弁してくれ!」
 流石に腹に剣を突き刺したとか、洒落にならないし、その傷を塞ぐ為傷口を凍結させたが、その後火傷まで負っている。
 傷跡は残らないとのことだが、今は冗談でも触って欲しくはなかった。
「……ティア」
 ぽふっと腕だけを動かしてティアの頭に手をのせる。
「タツミ、どうしたの?」
「いや、ティアに逢わなかったら、我ももしかしたら……同じようなことになっていたのかなってさ」
 巽は怨念と交わした言葉の応酬を思い出しながら言った。
 狂ってしまうのも分からなくは無かった。
 目の前で動かなくなった肉親を見たことや、一瞬でも剣に触れて流れてきた怨念の持つ喜怒哀楽を受けてそう思っていた。
 余りにも重なる点が多すぎた。
 唯一の違いは、目の前にいるティアのような人がいたか、いなかったか。たったそれだけだ。
「えー、意味判んないよ! タツミはタツミでしょ?」
 ティアは戦闘を見ていないから、そんなことが言えるのだろう。
 無邪気に言ってのけるティアに微笑みかけながら、
「だといいけどな」
 と、ぶっきらぼうに巽は返して、くしゃくしゃっとティアの髪を撫で付けた。


「お帰り、和輝!」
 そういって、笑顔で佐野和輝(さの・かずき)を出迎える、アニス・パラス(あにす・ぱらす)
「ああ、ただいま……」
 どこか疲れたような笑みを浮かべながら、和輝はそれに答えた。
 実際に疲労困憊、満身創痍であった。なんとかここにたどり着く頃に動けるくらいまで回復したが、戻ってくる道中は完全に体を休めていた。
「怪我は大丈夫?」
 一転してすぐさま、傷の具合を問う。
「大丈夫だよ。問題ない」
「……いや、問題大有りだろう」
 リモン・ミュラー(りもん・みゅらー)がすかさず突っ込んだ。
「どれ、見せてみろ。ああ、スノー。ミルファは連れてきているか?」
 リモンはてきぱきと準備をすると寝台を二人分空けた。
 そこにスノー・クライム(すのー・くらいむ)が、ミルファを抱えてつれてくる。
「命に別状はないと思うけど……」
「仕方ないとはいえ、傷が酷いんだ」
 スノーと和輝が口々に言った。
「これくらいなら、大丈夫だろう。後は精神面だが……」
 ぶつくさと独り言をリモンは言って治療を始める。
「和輝。君はスノーにヒールでもしてもらうといい。処置はしっかりとしておいたからな、それくらいで傷は塞がるだろう。
 ま、今日はもう寝るんだな」
 眼鏡の位置を直しながら、リモンは和輝に一瞥すらくれない。
「すまない、そうさせて……」
 そこで、和輝は緊張の糸がきれたのか、寝入ってしまった。
「ああ、それとアニス。和輝への“お説教”だが、とりあえず明日以降にしてくれよ。今日は一応の功労者だからな」
「わ、分かってるよ! 和輝が無事に帰って来てアニスも嬉しいからね! あ、和輝寝ちゃった……」
 和輝は既に寝息を立てていて、相当疲れが溜まっていたことが伺えた。
「……アニス、“お説教”する時は私も一緒にするわ」
「スノーも参加するの? いいよ! 一緒にお説教しちゃおう!」
 そんな風に元気よく言ってはいるが、アニスもスノーも徐々にうつらうつらとし始めて、遂には和輝の寝ている寝台に突っ伏してしまった。
 状況を把握したリモンは苦笑して、
「全く、3人とも張り切りすぎだ」
 手近にあった毛布をかける。
 そうして、夜は更けていくのだった。