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春をはじめよう。

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●懇親会の愛と友情と(1)

 空京大学キャンパス。本部棟と食堂棟の間の広場はは青々とした芝に覆われており、日頃は空大生がランチを楽しむ絶好の場所とされている。休学の本日、この場所では空大、それに蒼空学園、イルミンスール魔法学校合同開催となる春の野外懇親会が開催されていた。参加者はこの三校に限られない。教導団所属員の生徒も、葦原明倫館の顔ぶれも、天御柱学院在学生の姿も、もちろん百合園女学園のメンバーも見ることができた。
 丁寧に刈られた芝は立ち入り自由、さっそくレジャーシートを広げ弁当にしている人たちも少なくない。そこにさす影はといえば、一定間隔で植わっている桜の樹と、これが枝一杯に咲かせた花が投げかけるものであった。
 春めいた青のパーカーを着て、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)御神楽 環菜(みかぐら・かんな)とともに会場に訪れた。
「お久しぶりです」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)と連れだってこれを出迎える。
「お久しぶりです〜」
 実際にはそこまで久しぶりではないかもしれないが、情勢の変化が激しい日々であり、とりわけ昨年は何かと騒動続きだったということもあって、会うたびについ、こんな無事を確認しあうような言葉になるのも自然なことであった。
「どう? 元気だった?」
 という環菜の表情は柔らかい。最愛の夫のそばにいるからだろうか。プラチナブロンドの髪をヘアバンドでまとめ、緋色のチュニックにショートパンツ、黒のロングソックスの組み合わせという活動的な服装も、環菜が着ればなんとも優雅に映る。
「元気ですよぅ〜」
 エリザベートは英国風のブレザーに、タータンチェックのフレアスカートだ。もともと彼女はロングTシャツで出ようとしていたのだが、「野外懇親会で堅苦しく着飾る必要はないですが、ラフな格好ではイルミンスール代表としてだらしない」という明日香の判断で着替えたものだった。結果、小公女といった雰囲気をかもしだしていた。
「よう」
 片手を上げて山葉 涼司(やまは・りょうじ)が挨拶した。涼司は「服を考えるのが面倒だから」と普段の制服姿である。その横には私設秘書のローラ・ブラウアヒメル(クランジ ロー(くらんじ・ろー))が侍し……てはおらず、涼司の恋人である火村 加夜(ひむら・かや)が笑顔を振りまいていた。
 秘書たるローラとはいえば儀礼的なことはすっ飛ばして、「みんな、食べるか?」と手にした盆の桜餅を配っていた。
「ありがとう。これはあなたが?」
 桜餅を手に問う環菜に対し、ローラは、
「うん。でもワタシ、葉っぱ巻いただけ」
 などと言って笑わせている。
「美味しいね!」
 とにっこりしているのは、陽太たちに随員しているノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だ。
「そちらの人は〜?」
 エリザベートが、ノーンの連れを見て言った。ブロンドの髪をストレートにした少女だ。多分初対面だと思うのだが、見た目も表情も、なんとなく覚えがあるように思う。
「あ、そうか、舞花ちゃんもいるのは珍しいよね!」
 得心いったようにノーンが紹介した。彼女は御神楽 舞花(みかぐら・まいか)だと。
「御神楽舞花と申します。お見知りおきの程、宜しくお願いします」
「ああ、なるほど。明日香さんのご親戚ですね〜」
 明日香はうなずいてみずからも自己紹介する。たしかに、舞花という少女には、顔の輪郭や涼やかな目元に環菜を思わせるものがあった。
「ええ。魔法学校の校長先生と神代明日香様のことは聞いておりました。お目にかかれて光栄です」
 ぺこりと頭を下げる舞花は、さすが御神楽一族だけあって気品に満ちた物腰である。一方で、昔の環菜のように冷たくてどこか近寄りがたい雰囲気はなく、むしろ陽太のようにやわらかで人当たりがいい印象がある。
(「お二人に娘さんができたとしたら、舞花さんのような感じになるのかな……なんて〜」)
 環菜たちの同行者にはルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)の姿もあった。彼女をエスコートするのは風祭 隼人(かざまつり・はやと)だ。先日ようやく宿願叶い、晴れてルミーナと交際を始めた隼人である。こうして公の場に二人出てきても、つい頬が弛んでしまうのはご容赦願いたい。
「よう、みんな! 晴れて良かったよな、本当!」
 はっはっはと笑いつつ隼人は左手を上げていた。彼の右手は、なんとも照れくさそうににしているルミーナの左手を握っているのだった。
 なお、隼人とルミーナから三歩ほど離れた位置を、アイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)がバスケットを下げて付いてきていた。
(「隼人ったらルミーナさんと恋人同士になったからって浮かれすぎね……まあ、ようやく『春』が来たんだからこの程度は大目に見てあげようかしら」)
 半ば苦笑気味にアイナはそんなことを思っているわけだが、これは胸の内にしまっておいた。
「それではお食事にしましょうか〜」
 本日の明日香はメイド姿だ。キルト地のシートを芝の上に広げた。場所はちょうど、ひときわ巨(おお)きな桜の樹の下。
「そうね。そうしましょう」
 環菜は靴を脱いで敷物に上がった。その靴をすぐさま、
「はい、そうしましょう」
 と彼女の夫、つまり陽太が揃えて置く。
 明日香はいそいそと料理を広げた。持参のバッグから取り出したのは、サンドイッチを主食にしたメニューで、定番のから揚げ、卵焼き、たこさんウィンナーという可愛らしいセットなのである。これはいずれもエリザベートの好物だ。さっそくエリザベートは、
「わぁ〜♪」
 と眼を輝かせた。
「ご相伴いいかしら?」
 かつてでは考えられなかったことだが、環菜はエリザベートのすぐそばに座っている。そして、これもかつてでは考えられなかったことだが、そんな環菜にエリザベートが、
「これ美味しいですよぅ。明日香ちゃんが作ってくれたんですぅ」
 と、タマゴサンドを取って渡しているではないか。宿命のライバル同士と言われ、何かといがみ合っていた二人が、いまでは互いを尊重しているのである。
(「環菜がエリザベート校長と仲良くしている……」)
 環菜が良い意味で変わったこと、それが陽太は自分のことのように嬉しい。もし、彼女が変わったことの要員が自分であるなら、それはとても誇らしいことだ。まあ、あの環菜だから素直にそれを認めることはなさそうだが。
「お一つどうぞ〜」
 明日香がサンドイッチを勧めた相手は、アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)だった。
「うん。ありがとう。桜舞う春、ってのはいいよね」
 アゾートは実にマイペースでくつろいでいる様子だ。
 いつしか環菜とエリザベートの会話は、思い出話へと移っていた。春は記憶を蘇らせるのに最適の季節なのかもしれない。会話をつなぐのはノーンだ。
「そーいえば、おにーちゃんと環菜おねーちゃんの結婚式、エリザベートちゃんも出てくれたよね! ありがとーね!」
「そういえばそうだったわね。お返しにエリザベートの結婚式にも出るつもりよ」
「それってかなり先になりそうですよぅ〜」
 これには環菜もノーンも、エリザベート自身も笑ってしまった。
「いつも綺麗だけど、あの時の環菜おねーちゃんスゴク綺麗だったよ!」
 といった三人の会話を笑顔で、舞花は正座したまま黙って聞いている。舞花にとっては興味が尽きない話なのである。対外的には『環菜の親戚』ということになっており、事実それは間違いではないものの、その『親戚』というのは現在の親戚関係ではなく、どこか遠い世界……未来であることを舞花は言わない。言うべきではないのだ。過去に影響を及ぼすことを危惧するがために。
(「御先祖様たちのお話、とても興味深いですね」)
 とはいえど、彼らの会話を聞くのは自由だ。
 彼らの語る一言一言は、舞花にとっては黄金に勝るものなのである。

 一方で皆がうまく気を利かせてくれたために、隼人とルミーナは木の幹そばにて二人きり、ならんで弁当を開いている。
「桜、下から見上げてるといちだんと綺麗ですね」
 ルミーナは黒のワンピースを着ている。それが彼女の肌の白さを、いっそう引き立たせているように隼人には見えるのだ。ゆえに彼は、
「たしかに綺麗だな。もっとも、桜よりルミーナの方が綺麗なんだけどな!」
 思わず口にするのであった。口調は冗談めかしているが超弩級の本気だ。
「まあ……」
 ルミーナは絶句して俯いてしまった。頬は赤い。彼女のこれまでの人生、ここまで率直にぶつかってくる人はなかったからである。といっても、それが隼人という男性の魅力なのだが。
 照れ照れになってしまったルミーナの可憐さに、隼人は胸を熱くしながら告げた。
「ルミーナさん、せっかくこうして交際できるようになったのだから……ほら、恋人同士がやるあれ……『あ〜ん』を互いにさせあって食べないか?」
「えっ!」
 ルミーナは飛び上がりそうになった。
「そ、それは少し……いや、かなり恥ずかしいので……」
「いいじゃないか。誰が見ているというわけでもなし」
「と言っても……」
 友達として付き合っていた期間のほうが長いせいか、なかなかこういうイチャラブな行動には二の足を踏むルミーナなのである。そこが彼女の『らしさ』でもあるが、隼人はちょっと物足りない。といっても、この反応は予想済みだ。だから、
「…………いや、いいよ。別に……でも、陽太のとこだってやってるのに……寂しいナ……」
 などと多少大げさにいじけたふりをしてみた。
 その際、隼人が目配せしてきたので、
「あの、風祭隼人さんをお助けするということで……いいですか」
 陽太は環菜に身を乗り出した。
「そんなもっともらしい理由づけしなくたっていいわよ。陽太の希望とあれば断れないじゃない?」
 ふふっ、と色っぽい眼で微笑して、環菜は目を閉じ口を開けた。
「あ〜ん」
 陽太が手にした苺を、環菜は口で受け取った。情熱的な真っ赤な果実が、夫から妻へと受け渡された……かくて首尾良く陽太と環菜も「あ〜ん」を堪能したのである。
(「ナイスジョブ&ごちそうさまだ! 陽太に環菜!」)
 内心サムアップする隼人である。というわけでルミーナも断るに断れなくなって、
「仕方ないですね。で、でも一回だけですよ、一回だけ?」
「やった! その『一回』ってのは、俺からルミーナへ、と、ルミーナから俺へ、のワンセットで一回だからな!」
「そ、それでお願いします……」
 かくして隼人は、そのままキスしたくなるようなルミーナの唇へ料理を運んだ。
 逆に、今度は、彼女からゆで卵をいただく番である。
「ゆで卵一個、って大きいですよ? 大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。むしろ大きい方が愛を感じるってやつだぜ。はい、あ〜ん」
「あ、あ〜ん」
 こうしてぱくりと、大きな口をあけてゆで卵丸々一個を隼人は口にして、
「うんうん、やはりカノジョの愛があると美味し……」
 と話そうとした途端、その口中、クラッカーよろしくパンパカパンパンとゆで卵が破裂した。「ぐあっ!」と声を上げてのけぞる。
(「ふん。あんまりにもノロケがすぎるから罰よ!」)
 この爆発卵には仕掛け人あり、それは隼人とルミーナの後方二メートルの位置、腕組みしているアイナであった。
(「なーにが、『いいじゃないか。誰が見ているというわけでもなし』よ。私が見てるっての!」)
 これまで、ルミーナ恋しさに暴走しがちな隼人を抑えるのはアイナの役目だった。晴れて隼人とルミーナの正式な交際がスタートした今、もはやお役御免かと思いきや、しばし観察して『やはり暴走気味な人にはお仕置きが必要』との結論にアイナは達したのである。『あ〜ん』のくだりで好物のゆで卵を求める隼人を見て、寸前で爆発仕掛け入り卵と交換しておいたのだった。
 ところが、転んでもただでは起きないのが隼人である。
「ど、どうしたんです!? 食べたものが何か!?」
 慌てるルミーナに、彼は静かに首を振った。
「いいんだ……しかし、どうやら俺はここまでのようだ。ちょっと休ませてもらう……いままで応援ありがとう」
 などと言って、巧い具合に彼女の膝の上に頭を横たえた。
「隼人さん、本当に平気なんですか?」
「ああ。このままルミーナが膝枕してくれれば平気さ」
 きらりと彼の歯が光った。
(「この流れでここまで持っていく……!? なんてらぶらぶ展開なの!?」)
 悔しいけど、とアイナは思った。
 今回は負けを認めよう。