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●荒野の春

 シャンバラ大荒野――千年の不毛の土地といわれるこの場所に、波羅蜜多実業高等学校イリヤ分校はある。キマクオアシスから幹線道路沿いに南下し、宿場町ヒビオアシスからさらに西へ馬で二日という極端なまでの交通便の悪さもあって、なかなかこの場所を訪れようとする物好きは多くない。平日の仕事ではなく、せっかくの休日というのならなおさらだ。
 ところが本日、休みを利用して姫宮 和希(ひめみや・かずき)はこの地に単身降り立っていた。
 埃っぽい風が容赦なく吹きつけ、和希がマントのように羽織った学ランをバタバタと打った。砂塵が舞い立ち、しばらくは目を開けられないほどだ。けれど和希は風をやり過ごすと、口元に笑みを浮かべた。
「よう! 今日も遊びに来たぜ!」
 差し入れが詰まった食料コンテナを持ちあげて和希は大声で呼びかけた。
 素朴な農具で作業していた者たちが、和希の姿を認めて手を振ってきた。幼い者たちは喜色満面で駆け寄ってくる。その者たちというのがいずれも、見た目からして凶暴そうな流れ者やはぐれ者、あるいは牙を剥き出しにしたオークの子どもたちだったりするわけだが、和希は彼らが本当は気の良い連中であるのを知っているので、その輪に入るのをためらわない。
 歩みながら和希は首を巡らせた。
「どうだ調子は? つぼみを付けた花もあるし、作物も芽を出しはじめたな」
 千年の不毛云々が、迷信にすぎないことを和希は知っている。分校の皆が耕し育てた土地に、作物が実り始めているのを知っているからだ。十分な時間と熱意をかければ、大荒野だって生命は宿るのである。
 ――春は来ているのだ、この土地にも。
 和希はここではちょっとした顔役だ。今でこそ波羅蜜多実業高等学校の生徒会長だが、もともとはイリヤ分校でほとんどゼロの状態から大荒野復興を目指したのがその学生生活の始まりだからである。ロイヤルガードとなった現在では、任務は忙しいし冒険に出ることも数多いとはいえ、和希は時間をやりくりしては、この場所を訪れ作業を手伝ったり仲間たちの労をねぎらったりしている。
 オークの男子が、土だらけの手をぱたぱたと払って和希の袖を引いた。
「ん? どうかしたか……おっ!」
 彼が示そうとしているものを知って、和希は顔をほころばせた。
 トウモロコシが育っているのだ。正しくは、パラミタトウモロコシという特別な種である。
 このトウモロコシこそが、分校のこれからを左右する作物になると和希は考えている。このトウモロコシは食用ではなく、いわゆるバイオエタノールを精製するために育てているものだった。ここから良質のバイオエタノール・プラスチックを作りだし、地元産業の基幹とする計画があるのだ。
 念願だったバイオエタノール精製機も手に入っており、量産の目処は立っている。だがまだ完全なバイオエタノール・プラスチックは生まれていない。配合が難しく、とてもではないが大量生産できる状態ではないという。しかし実験を繰り返しながら、徐々に状況はよくなっているのは事実だ。
 いつかきっと夢は叶う。この大荒野が、豊かな土地となるという夢は。
 それゆえに、トウモロコシがすくすく育っている姿は嬉しいし、頼もしい。
「ちょっと休憩して何か食べねぇか? 話したいこともあるんだ。空京大学のアクリトって先生を知ってるか? 加工技術の習得や販売ルートについて、あの先生から意見を聞いてきてな……雑談ついでに聞いてほしいんだ」
 乾ききった岩のひとつに腰を下ろし、和希はコンテナの留め金を外した。
 カサカサの土地に、土臭い空気、のどかなピクニックと呼ぶには違和感のある光景だが、なんのなんの、和希にとっては最高の春の日となりそうだ。