空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

春をはじめよう。

リアクション公開中!

春をはじめよう。

リアクション


●花見! 食う! 飲む!

 花見と言えば……やっぱり、見るより食べるがメインになるのが宿命。
 その宿命を、全力で迎えようとする勇者が一人。
「花見といえば、綺麗な桜を見ながら飲み食いすることだよね!」
 言い切った。
 皆川 陽(みなかわ・よう)は堂々、言い切った。
 確かに、「花を観賞してこそ」とか「交流をメインで」ということもできるし、それもまた正しい花見の楽しみかたであると陽も思うわけであるが、そのパートナーがテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)である以上、そうした名目は説得力に欠ける。
 なぜって? それはテディが、スマートな体型ながら凄まじい大食漢だからだ。
(「いつも思うんだけど、小食の自分からすれば『どこに入ってるの?』ってくらい食べるよね……」)
 だからこそ。
 だからこそ今日は、陽は本気で大量に弁当を作ったのだ。ざっと十人前はあると思う。二人っきりなのに。繰り返す、たった二人分なのに。
(「弁当作るね! 作るともさ! 手作りしてやるね!」)
 絶対「もうお腹いっぱい」と言わせてやる! と、陽は心に誓っている。
 そんなことを心に定めているせいか、ランチの包みを紙袋に詰めながら、ついつい、陽の目はテディに向いてしまっていた。すると、
「あれ、なになに? さっきから熱い視線を僕に注いでくれたりしてるけど。もしかしてやっと、僕の気持ちに応える意志が定まった!?」
 なんとも無邪気にテディは言うのだった。
「違う違う! 全然違うから! ほら、ただでさえ遅れ気味なんだから急ぐよ! 荷物一つ持って!」
「そんな全力で否定しなくても〜」
 唇を尖らせつつ、「これとこれ?」と言って、テディは用意された二つの荷を両手に一つずつ提げた。
「待って、両方持たなくていい。一つはボクが持つよ」
「いいっていいって、両方持つから。これが騎士道というものだね」
 平然とそんなことを言うテディなのだが、瞬間湯沸かし器よろしく陽は立腹した。
「キミはボクを情けない男にしたいの? 馬鹿にしたいの? 蹴られたいの?」
 騎士だか従者だかなんだか知らないが――陽は、おかしな気を遣われるのは嫌だった。
(「そういうのは女性相手にやれ!」)
 憤然としながらテディの手より荷物ひとつを奪って、大股で歩き始める。
 大量の弁当が入っているので、多少、よろめきながらそれでも真っ直ぐに歩いた。
(「怒られちゃった……荷物持ちしたら喜んでくれると思ったんだけどなあ……」)
 仕方がないので荷物ひとつだけでテディは陽を追った。
(「情けない男なんていうけれど、そんなこと全然ないよね」)
 テディは知っている。
 この弁当を用意するのに、陽がどれだけアイデアと時間を使ってくれたかを。昨日の陽はスーパーマーケットをかけずりまわったことだろう。費用だってバカになるまい。しかも陽は、結局一度だって大変とか疲れたとか言わなかった。
(「それって、立派なことだと思うんだよね、尊敬しちゃうよ……」)
 だからこそ、好きなのだ。
 陽は陽で、怒ってしまったことをいくらか反省しながら、それでも、このところ態度が変化してきたテディのことを考えて、なんとも言いようのない気持ちになっていた。
(「なんで最近ミョーに気を使おうとするんだろ……?」)
 寂しいからだろうか。
(「家族とか誰もいないのは知ってるから、ひとりで放っておいてないがしろにしたりはする気ないのに、意味がわからないよ」)
 そんなことを考え考え歩いていて、ふと気になって陽は振り向いた。
 すぐ手の届く距離にテディの顔があった。彼と目が合うと、テディはにっこり微笑んだ。
(「な……なんだよ、あれは……ッ!?」)
 無垢なまでの、あの笑顔は。陽は困った。なぜか、頬が熱くなってしまったから。
 ところでテディも、どうしようかと困っていた。
(「あれれ?  笑い返してくれない……?」)
 まさか嫌われた……? と心配になったが、テディはふと思い出すことがあった。
 日本人は特徴として、あまり喜怒哀楽を表にしないと言われている。とりわけ引っ込み思案な陽ならば、喜んでくれたとしてもあんな反応にとどまるのも当然といえよう。
 気になるなあ、とテディは思った。
 本当、陽のことはこのところ、前よりもずっとずっと気になる。陽のことを考えるだけで切なくなるほどだ。
 どうすれば陽に喜んでもらえるのだろう。この胸の気持ちを、受け入れてもらえるのだろう。
 そのとき予想外、会場に到着し、ほどよく場所を探して陣取った陽は、うっすらとではあるが笑みを浮かべていたのだ。
「さあ! 巨大な重箱に唐揚げとか玉子焼きとか詰めまくってやったよ!」
 どうだ、と、得意そうな顔でもある。その言葉通り、びっくりするようなサイズの重箱に、ぎっしりと料理の数々が入っていた。ボリュームはもちろん、色彩、組み合わせ、いずれもとびっきりである。
「これ、僕のために……?」
「もちろん! ま、まあ……花見に誘ってくれたお礼、といったところかな」
 テディは胸がじいんと熱くなった。許されるのなら陽を抱きしめ、その唇にキスしたかった。
 しかしその代わりに、テディは両手を合わせて言ったのだった。
「ありがとう! いただきます!」
 と。