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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 二章 魔剣と死神と契約者

 刻命城、フローラの部屋。
 窓から差し込むぼやけた月明かりが灯り代わりのその部屋で、三人の契約者と二人の従者が向かい合っていた。
 三人の契約者の首元には等しく刃が僅かに当てられ、少しばかり切り裂かれた傷口からは鮮血が伝っている。

「そろそろ答えを聞いてもいいかしら? 来客者」

 見るだけで自然と嫌悪を催す得体の知れない形状をした魔剣を手に、フローラが契約者に問いかけた。
 透明感のある赤い瞳も、薄紅色の端正な唇から発せられた声も、感情を感じさせないほど冷めている。

「悪いことは言わない。立ち去ったほうがいいよ、お客人」

 契約者の背後から、身の丈ほどの漆黒の大鎌の刃を喉元に迫らせている死神の従士は穏やかな声でそう呟いた。
 しかしその双眸は、中性的な外見とは裏腹に獣のように鋭い。鋭利な刃物にも似た、ザクリとくる目だ。

「あなたたちは……」

 樹月 刀真(きづき・とうま)は、首元に迫る大鎌の刃の根元を素手で掴んだ。
 これが答えか。そう考えた死神の従士は、殺気を孕んだ声色で静かに呟いた。

「残念だよ、お客人――いや、侵入者」

 死神の従士は刀真の手から刃を解放させようと大鎌を引いた。
 しかし、びくともしない。刀真の修練の結果手に入れた怪力が大鎌を逃がしはしない。

「……誰も居なくなった城で孤独に過ごす生き返った城主、というのが君達の望みですか?」

 静かだが激情の籠もった強い声を発すると共に刀真は振り返った。
 それと、同時。刀真と同じく大鎌の刃に晒されていた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、剣の結界を発動。彼女を中心として周囲に生まれた複数の光の剣が生み出される。

「刀真、今よ!」

 いくつもの光の剣は月夜の声に呼応して、死神の従士に肉薄。自分に迫る光彩の刃を死神の従士はかわして、僅かに体勢を崩した。
 刀真はその隙を逃がすほど柔ではない。彼に向けて軸足を一歩踏み込み、裂帛の気合を込めて蹴りを放つ。
 蹴撃は細い喉元に直撃。呼吸が出来ないほどの激痛に、死神の従士の女性のような顔が歪んだ。

「やってくれるじゃないか……!」

 死神の従士は大鎌を振るう。研ぎ澄まれた一閃は、黒の軌跡を描き刀真に迫る。
 刀真はこれを紙一重で回避。刃が少しばかり触れた頬から、少量の鮮血が飛び散った。

「悪いが少しの間、借りさせてもらう」

 刀真はさらに一歩踏み込み、死神の従士の懐に潜り込む。大鎌の柄を力一杯握り、彼の手から大鎌を無理やり奪い取った。

「なにやってんのよ!」

 一瞬の間に行われた二人の攻防に、呆気に取られていたフローラは我に返る。
 蠢く魔剣を振りかぶり、刀真に背後から切りかかろうとした。が。

「俺を忘れてもらっちゃ困るねぇ」

 月谷 要(つきたに・かなめ)が灰色の左目からビームを照射して、フローラの行動を妨害。
 その隙に刀真は乱暴に扉をこじ開け、月夜と共に回廊へと走る。死神の従士は大鎌を奪い返そうと、二人を追って部屋から出て行った。

「余計なことをしてくれたわね」

 フローラは魔剣を要に向ける。
 要は少しも怯むことなく、小さく肩をすくめやれやれと洩らした。

「戦いは止められそうにない……か。けど、タシガンに攻め込まれるのを見逃すわけにもいかないし、俺としてもフローラさん達に死んでほしくもない」

 要は片腕の流体金属製の義腕を武器に可変させ、もう一方の手で忘却の槍を構える。

「我ながら我儘だけど、そっちも我を通そうとするんだし良いよね?」
「……いいわ。なら、あなたを最初の犠牲者にしてあげる」

 フローラは片手を虚空へ突き出した。
 手の平から次々と生まれるのは禍々しい気。

「封印解凍、紅の魔眼、冥府の瘴気、絶対闇黒領域――解放」

 少しずつ、少しずつ。フローラに死の力が満ちていく。
 抑制した力を解放した彼女は僅かに痙攣して、透明感のある赤い瞳は鮮血のように鮮やかな紅色に変化。
 禍々しい邪気を纏った身体の周りには、闇よりも深い漆黒のオーラがただよう。身体中から魔力が放出していくのが目に見えて分かるくらい、先程とは打って変わった姿になっていた。

「これでもまだ……あなたは同じことを言えるのかしら?」

 フローラが傲慢そうに微笑を浮かべ尋ねた。

「いえるよ。いくら我儘と言われようが、俺は我を通す。フローラさんを倒す」

 その傲慢に、傲慢を返すように、要は笑った。
 その微笑に生気を湛えた笑みを返し、目いっぱいの気迫を見せる。

「我ながら、らしくないのは承知の上。けど、スコーンとお茶のお礼はしたいしさ」

 僅かに紅茶とスコーンの匂いが香り立つ部屋のなか、要はそう呟き地を駆けフローラに迫った。