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リアクション
第四章 走る少女の分身と解除薬
「……俺がもう一人? ただのドッペルゲンガーじゃなさそうだが……」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は分身薬を浴び、そっくりな分身を隣に生み出していた。
「……仕方無い。紛らわしいから俺が1号で」
「俺が2号」
とりあえず本物が1号で分身を2号という事にした。
「しかし、一体何が……」
「掲示板に何か書いてあるぞ」
分からないまま事件に巻き込まれ、どうしたものかと考えてた時、2号が掲示板を指し示した。
「……って、またあの兄弟か。悪気はないんだろうが……」
「ひどい有様だ。とにかく、美絵華さんとやらの分身をとっつかまえるとしよう」
エヴァルトは原因の犯人を知るなり呆れ、2号はこれからの作戦を提案した。
「子供の足だ。追いつけないはずはないだろうが」
「この騒ぎだ。混乱に乗じて逃げるのはあちらの方が上手だろう」
エヴァルトは2号の作戦にうなずくも2号は賑やかな通りを眺めながらため息をついた。
「とりあえず、見つけて挟み撃ちだ、2号」
「それがベターだな、1号」
エヴァルト達は急いで美絵華の分身の捜索を開始した。
「……確か、マラソンコースだったな」
真司は、美絵華から聞いた手掛かりを元に美絵華の分身を追っていたが、どこにもいない。
「早く、解除薬を散布しないと大変だな。しかし、下手に止めるより目的を完遂させた方がいいかもしれないな」
分身達の多さを気ににしつつもやりたい事を話す美絵華の姿を思い出していた。
「……あれは」
捜しているうちに自分と同じように美絵華の分身を追っていたエヴァルトを発見した。
「おまえ達も美絵華の分身を捜しているのか?」
真司は素っ気なくエヴァルト達に訊ねた。
「……そうだが」
「なかなか見つからない。子供だからすぐに追いつけると思ったんだが」
先に真司に気付いたエヴァルトが答え、2号が詳しい状況を話した。
「……確かに。マラソンコースにいるという本人の言葉で周辺を捜していたんだが……」
うなずき、自分も収穫の無さを話した。
そう話しつつも二人は足を止める事なく進んでいる。止まって話している時間さえもったいないので。
「ここまで見つからないとなると目的を完遂するのを待つのも一つの手かもしれないな」
こちらが歩み寄る事が無理なら向こうからの歩み寄りを期待するしかないかもしれないと真司は思い始めていた。
エヴァルト達が何か答える前に背後から答えが返って来た。
「そんなに悠長に構えててはだめだヨ」
軍用バイクに乗ったディンスが現れた。
サイドカーにはロズフェル兄弟が押し込められていた。
途中までは分身達を落とし穴キットや『トラッパー』などで退治しながら走っていたが、距離もあり、手間をかけたくないという事で移動手段をバイクに切り替えたのだ。
「来たぞ」
「バイクもなかなか楽しかったな、ヒスミ」
呑気にバイクの感想を口にするロズフェル兄弟。
「……呑気な事を言っている場合か」
「まだ美絵華さんの分身は見つかっていないんだ」
エヴァルトが厳しくロズフェル兄弟の態度を注意し、2号が今の状況を話した。
「……悪かったよ」
注意され、二人はしゅんと肩を落としながらバイクから降りた。
「早く見つけないと」
ディンスもバイクから降り、二人と合流した。
さらにしばらく、捜し回っていると協力者が追加された。
「美絵華ちゃん、美絵華ちゃん」
ローズは真司が聞き出した情報通りマラソンコースやその周辺を美絵華の名前を呼びながら走っていた。
「美絵華ちゃん、美絵華ちゃん……ロゼ、あの分身」
ローズと一緒に美絵華の分身を捜していたカンナは手前に立っている人物に気付き、ローズに声をかけた。
「……私の分身?」
生まれた途端に街に飛び出して行った性別が反転して男になった分身が立っていた。
「あ、私」
分身も気付いたらしくやって来たローズに呼びかけた。
「……私達、今」
ローズは妨害されないように説得しようとした時、
「分かってるよ。掲示板を見たから。美絵華ちゃんの分身を捜してるんだよね」
何もかも分かっていると言うように分身は笑みを浮かべながら言った。
「……その通りだけど、邪魔しないの?」
ローズは予想外の事に驚き、思わず聞いてしまった。
「しないよ。さっきからずっと捜しているけど見つからない」
素直で情に厚いローズの分身は、事情の書かれた掲示板を見るなり、放っておけなくて捜し回っていたのだ。
「……反転したのは性別だけって事かな」
カンナは何とも友好的なローズと分身とのやり取りを眺めながらつぶやいた。
「……捜すのを手伝うよ。こういう事は人が多い方がいいから」
分身は自ら協力を名乗り出た。
「ありがとう。人数も増えた事だし、急ごう、カンナ」
「……分かった」
分身の申し出を受け、三人で捜索する事にした。
「さっさと俺の分身が何かする前に解除薬を手に入れるか」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は解除薬入手を急いでいた。先ほどの妙な雨で生まれた分身がどこかに行ってしまったからだ。
「……しかし」
あまりの惨状に呆れてしまう。その惨状の中にナンパな自分の分身が一騒動を生み出している事にはまだ気付いていなかった。
「……急ぐか」
唯斗は解除薬捜索を急いだ。
その頃、分身唯斗は、楽しく活動していた。
「……大丈夫か」
分身はキス魔な男性の分身に襲われている女性を助けていた。
「あ、ありがとうございます。急に襲われて怖くて」
女性は不安を訴えながら震える手で涙を拭っていた。
ここで自然に分身は震える女性の手を握った。
「……あっ」
女性はあまりに突然の事に驚き、じっと優しく見つめる黒い瞳を見た。
「震えなくても大丈夫だ。二度と君が震えないように俺が悪党を退治してやる」
そっと手を離すも目は離さない。
「あ、はい。あの助けて頂いたお礼」
下心丸出しではないため余計に心を射貫かれてしまった女性。
「礼は君と出会った事で十分だ」
見返りを求めずに軽やかに去った。女性は姿が見えなくなるまで見送っていた。
「……っ痛」
暴れん坊な分身から必死に逃げていた女性。あまりにも逃げる事に必死で足を絡ませ地面に転んでしまっていた。
「……大丈夫か」
これまたタイミングを読んだかのような登場。
「……すみません」
差し出された分身唯斗の手を握って立ち上がろうとするも足を捻って動けない。
「足を捻ったのか。どこか座れる所まで連れて行こう。背中におぶされ」
女性が手で押さえている足首を確認するなり、彼女に背中を向けた。
「……い、いいです。そんな見ず知らずの方にそんな」
当然、断る女性。
「ここで君を放って置く事は俺には出来ない。どんな奴らが君を襲いに来るのか心配だからな」
嫌らしさのない笑みと女性が一番欲しい気遣いの心。
「えっ」
女性は、思わず驚きの声を上げる。
「それにもう見ず知らずではないさ。こうやって君と出会った。十分、知り合いだ」
優しく言う分身唯斗。
「……は、はい」
女性は恥ずかしそうに恐る恐る分身唯斗の背中に体を預けた。
そして、女性は安全な場所まで運んで貰った上に手当までして貰った。
「あ、ありがとうございます」
すっかり心を奪われた女性は恥ずかしそうにうつむきながら礼を言った。
「いや、無事で何よりだ」
にこやかに名前を名乗らずに爽やかに他の女性の元へと飛んで行った。
分身はことごとく女性達の危機に現れ、ただのナンパ男と違って格好良く軽やかに彼女達を助け、心まで奪って行った。忍者的な読心術と彼女達の心の隙間に入り込む話術でどの女性達も嫌な顔一つせず、成功していた。考えられないほどの無双補正。
後々、どうなることやら。