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〜 episode2 〜 ネアルコの町へようこそ
 
 ガッツ鳥がどこからやってきたのか、どんな進化を遂げてきたのか、それを説明できる人はこの町にはいない。なんでも、最初にこの地に人間が移り住んできたとき、すでにこの鳥たちはこの辺りをうろうろしていたらしい。特に縄張りを主張しあうわけでもなく、狩りで捕まえてきたわけでもなく、気がついたらこの鳥が民衆の家に住み着いていたのだという。まるで飼い犬や飼い猫のように、ガッツ鳥はこの町の住人の生活に溶け込んでしまっていた。働き者でよく人に懐く不思議な雰囲気の鳥である。体躯はずんぐりくりくりしていて、毛はふさふさのもふもふ。丈夫で病気にもかかりにくいので飼いやすい。このネアルコの町の名物になるには時間がかからなかったというわけだ。
 冒頭のダービーの開催される数日前のこと。
 事件の噂を聞きつけて、協力者たちがこの町へとやっていた。目的は様々だが、町人たちは快く出迎えてくれた。
 さっそくやってきたのは、この町の町長のフェデリコ・テシオであった。恰幅のいい初老の男である。
「みなさん、ようこそいらっしゃった。何ももてなしはできませぬがゆっくりしていって下され」
 彼曰く、食事も寝泊りも町長の家で世話をしてくれるとのこと。珍しい鳥はいるものの観光地と言うわけでもなく、大した宿屋がないらしいので、快適に過ごすなら広い町長の家に行くのがいいのだろう。もちろん、御代は必要なし。相手が誰でも快く招き入れてくれるようだ。おおらかなんだか無用心なんだかよくわからないが、泥棒も悪いことをする人もいないのどかな様子がありありとわかる。
 それだけに、今回の事件には町の人たちは、驚き戸惑うもののどうしていいか判らないようだった。 
「お恥ずかしながら、地元の警官すら昼間っから鳥と遊んでいる始末でしてな。手練の方々に来ていただけたのはありがたい。では、さっそく町を案内いたそう」
「あの……町長さん、それはいいんだけど……バーコードつつかれてるよ……」
 さっきから町長の背後をうろうろと歩き回っていたガッツ鳥が、彼の貴重な頭頂の髪の毛をくちばしでむしり始めたのを見やって、及川 翠(おいかわ・みどり)は恐る恐る指をさす。その鳥は翠と目が合うと、数本の髪の毛をくわえたままいたずらっぽく首をかしげた。そのまま向きを変えると、彼方へと走り始める。
「こらー! 待たんか。わしの髪の毛、返せ……!」
 町長は、怒ってガッツ鳥を追いかけていってしまったが、足の速さで追いつけるはずもない。取り残された翠たちは、唖然と目を丸くする。
「意地悪な野良ガッツ鳥もいますから、気をつけてくださいましね」
 代わってやってきたのは、この町で社会勉強のために鳥たちの世話をしていた泉 美緒(いずみ・みお)だった。飼育作業に適しているからか、メイド服のような旧制服を纏っている。少々汚れてもいい格好らしい。
「もふもふしに来たんですわよね。気持ちは分かりますけど、結構元気な子もいますから、じゃれついてきてお洋服汚れるかもしれませんわよ?」
「無問題よ。服なんか後で洗えばいいことだし、着替えているヒマがあったら一羽でも多く触らなきゃ」
 そんな彼女らの声につられてか、表をうろついていた数羽の野良らしいガッツ鳥もこちらへやってくる。町の外からの来訪者を珍しそうに眺めている鳥の一羽に、翠はもふりとしがみついた。弾力性に富んだ柔らかい羽の感触が気持ちいい。
「私もー」
 翠のパートナーのミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)もそのままの格好でガッツ鳥をもふもふしはじめた。鳥たちは特に嫌がった様子もなく、じゃれついてきた。少しの間、その場でふわふわと触りまくって遊んでみる。
「では参りましょうか。町長さんの家には、もっとたくさんの鳥さんたちがいますわよ」
 美緒も後からついてきていた鳥を連れて家に戻り始める。もちろん、翠たちももふもふしながらついていく。これは、しばらく町長の家に滞在することになりそうだった。
「はい、そこの子、よその家に勝手に入っていっちゃだめよ。町の人たちは気にしなさそうだけど、それとこれとは別よ。ちゃんと並びましょう」
 まちまちに歩き始めたガッツ鳥を整列させようとしていたのは、アリス・ウィリス(ありす・うぃりす)であった。放っておくと、道端の小虫をついばみ始めそうな鳥を見つけて、訓練とばかりに並ばせてみる。
「そんなもの食べなくても、ちゃんと並んでお家に帰れたら美味しいエサを作ってあげるからね」
「……くきゅる〜?」
 話しかけてみると台詞が通じたのか、ガッツ鳥は立ち止まって物欲しそうにアリスを見つめる。
「くるるるきゅるるる〜」
 エサとと言う単語に反応して、向こう側からもガッツ鳥たちが近寄ってきた。
「うわぁ、なんかいっぱいきたよ〜。ほとんど町中で放し飼いじゃないの……」
「庭では狭すぎるから、勝手に飛び出してくる鳥さんたちもいるみたいですわね」
 慣れてしまったかのように美緒はニッコリと微笑みながら言う。
「人間には危害を加えることはないですし、ご飯の時間になったら勝手に帰ってきますから、お外で遊ばせたままにしているご家庭も結構あるみたいですわ」
 ガッツ鳥たちは、ハーフフェアリーを見るのが珍しかったのかアリスの周りに集まり始める。
「くきゅるるる〜(エサくれ)」
「くきゅるるる〜(エサくれ)」
「くきゅるるる〜(エサくれ)」
「もふもふもふ……」
 と、これは翠。
「はい、整列!」
 ピッと呼び笛を吹いて、アリスはガッツ鳥たちを並ばせ始める。鳥たちは来客が珍しくてはしゃいでいただけなので、少し注意すればすぐに大人しくなった。なかなかに賢いらしく、次の指示を待つように首を揃えてアリスを見つめる。ついでに翠とミリアも鳥ともふもふしながらアリスを見る。美緒もじっと見つめている。
「え〜っと……。で、では、並んで順におうちへ帰りましょう」
 アリスのピッピッという笛の音に揃えて、全員が歩き出す。
「ところでみなさん。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど〜」
 そんな様子を微笑みながら見ていたスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)は、一緒に歩きながら鳥たちに話しかけてみる。捜査の協力のために、事件についてガッツ鳥本人(?)たち聞いてみることにする。
「八百長……って言って、鳥さんたちわかるでしょうかぁ……。とにかく、駆けっこの競技でわざと負けている子がいるらしいのですけど、知ってますかぁ?」
「くきゅる……?」
「ご主人様からゆっくり走るように言われたりしませんでしたかぁ?」
「くわっくわっ!」
「急に体調が悪くなったり怪我したりした子を知りませんかぁ?」
「くわっくわわっ!」
「くけけけけけっっ!」
「きゅるるるる……」
「美味しい特製のエサをくれたりする人がいるようね……。その中になにか変なものでも混ざっていたのかも……」
 口々に鳴き始めた鳥たちの話(?)をじっと話を聞いていたアリスが真剣な表情になって頷いた。
「え……、わかるの?」
 ふさふさと弾力にうずもれながらミリアは首をかしげる。
 これは、八百長だけではなく能力を減退させる逆ドーピングの可能性まであるのだろうか……。他の人たちにも知らせておいた方がいいだろう。
 とにかくスノゥはめっ! と鳥たちに注意しておく。
「もう、知らない人から食べ物をもらったり、撫でてもらってついていったりしてはいけませんよ!」
「くわっくわっ!」
「いや、私たちも“知らないお姉さんたち”なんだけどね、今のところ鳥さんたちからすれば……」
 ガッツ鳥にしがみつきながら、翠はぽつりと突っ込む。
「これからお友達になればいいのよ」
 ミリアは微笑みながら言った。



「ご覧の通り、我が家には三十羽ほどのガッツ鳥がいましてな。好き勝手に触ってもらってもいいですぞ。その代わりにつつかれないようにきをつけなされ」
 ほどなく、町長のフェデリコ・テシオは汗を拭きながら戻ってきた。バーコードは戻ってこなかったようだが。
「事件が解決するまで我が家にいてもらって結構ですので、どうぞご自由になさってくだされ」
 案内された町長の家はかなり広く、半ば牧場のようになっていた。
 鳥たちが寝泊りしている畜舎と柵で囲われた広場があり、ガッツ鳥たちが思い思いにたむろしている。次々とやってくる来訪者たちが物珍しいようで、近寄ってきた。
「最近、一羽一羽の見分けがつくようになりましたわ」
 丹念に掃除をして寝藁を用意しながら、美緒は楽しそうに言う。結構な重労働なのに苦にした様子はない。
「なるほど。町長は飼い主のいない野良ガッツ鳥を世話しているのか。すぐさま飼い主を探してやらなければならないな」
 町長宅にはすでに先客がいた。
 パートナーにせがまれてこの町にやってきていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、鳥をもふもふと撫でながら、頷く。
「ふむ、この心地よい手触り、俺が新しい飼い主になるにふさわしい。一羽お持ち帰りできないものだろうか」
「それなんですけど……。ガッツ鳥は帰巣本能が強くてネアルコ周辺から離れないらしいのです。引き取ってつれて帰っても、いつの間にかいなくなってこの町まで戻ってきてしまうと伺っております。飼い主がいなくても、この町に住んでいるだけで鳥たちは幸せなのでしょうか……」
 心底残念そうに言う美緒。彼女も一羽と言わず何羽もつれて帰りたかったらしい。
「ですから、せめてこの町にいる間は大切に扱ってあげたいと思っておりますの」
「そうか……、なら仕方ないかもしれないな。ペットとして連れ帰っても無理やり閉じ込めておくことになるのは可愛そうだ」
「会いに来ることはいつでも出来ますわ。この子たち結構賢くて、顔を覚えてくれていて懐いてくれるのですよ。ですから、私の場合はかなり離れた庭で飼っているのだと考えることにしましたの」
 前向きに言う美緒。
「町長さんは、この野良ガッツ鳥さんたちでしたら勝手に名前をつけてもいいし、エサをやっていつでも遊んでもいいと言ってくれていますわ」
 エースは期待はずれに少々落胆したものの、すぐに気を取り直して美緒に笑顔を向ける。
「まあいい。これからしばしばこの町に遊びに来ればいいだけのことだ。そういうことなら、俺も家から離れたこの庭で飼ってみることにするか」
 女性に紳士のエースは、来る途中で摘んできた一輪の薔薇を美緒に手渡す。
「よかったらガッツ鳥のことをもっと色々と教えてくれませんか。俺も世話をしたくなった」
「ありがとうございます。もちろん、喜んで。ただ……、その素敵なお洋服汚れるかもしれませんわよ?」
 美緒は嬉しそうに薔薇を受け取り花瓶に飾りつつも、念を押してくる。
「大丈夫さ。可愛い鳥たちと遊べるならそんなのも悪くはない」
 そう答えるエースには、すでに数羽のガッツ鳥が寄ってきて遊んで欲しそうにすりすりと身を寄せてきている。衣装に羽がついてしまっているが、彼は気にしなかった。
 さっそく美緒は、世話の仕方を教えてくれる。楽しげな様子で一緒に手入れするエース。噂どおり、かなり人懐っこくすぐに馴れてくれた。
「というわけで、エサを運んできたよ」
 飼い葉おけのような木製容器をずりずりと引きずりながらやってきたのは、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)だ。町に来るなり、鳥たちが何を食べるのか聞いてすぐに持ってきたらしかった。エサやりなどの世話を楽しみながら聞いてみる。
「乗ってもいいんだよね? ……ねえねえ鳥さん、オイラを乗せて」
「くるるるる……?」
 目の前のガッツ鳥は首をかしげる。いいのかよくないのかいまひとつわからなかったが、クマラは思い切って跨ってみる。意外に大人しくガッちゃん(ガッツ鳥の呼称:命名クマラ)は乗せてくれた。
「ありがとーっ」と首筋に抱きつくクマラ。と思いきや……。次の瞬間、凄い勢いでガッちゃんは走り出した。あっという間に畜舎を飛び出し凄い勢いで牧場を横切って柵を飛び越えて町の中へと走り去っていってしまった。「うわあああっっ!」というクマラの驚きの声だけを残して。後で迎えに行くとしよう。
「……何か間違えていたのか?」
 唖然と見送ったエースは美緒に聞いてみる。
「走るのが大好きですから嬉しかっただけだと思いますわ。すぐに戻ってきますわよ」
 と美緒。
 彼女の話では、レースではくちばしの根元あたりに手綱をつけて走らせるらしい。鞍は鳥の羽や腰が痛む恐れがあるので装着しないとか。確かに、そのまままたがった方が座り心地はよさそうだった。
「鳥は純朴なのに、結局乗り手である人間に振り回されるだけということか……」
 レース結果は『誰が乗るのか』でも変わってくるのではなかろうか。なら、今回の八百長事件も乗り手に問題があるのかも知れない。走るのが好きな生き物が思い切り走らない原因は機種にあるのかも知れないとエースは考える。
「ガッツ鳥に何の罪もない。むしろ人間たちの欲望の道具にされて可愛そうじゃないか!」
 彼は力説する。美緒はその勢いに苦笑しながらも、真面目な口調で答えた。
「だから大切に扱ってあげましょう。鳥さんたちは、習性でこの町を離れられないのですから……」



 さて、そのころ……。
 もふもふに埋もれる畜舎とは別に、町長宅には意外な人物が現れて住人たちを驚かせていた。表に止まっているのは、黒塗りのリムジン。降りてきたのは、いかにも金持ちのお嬢様といった雰囲気の少女だった。
御神楽 舞花(みかぐら・まいか)です」
 彼女は短く自己紹介をする。それ以上は必要なかったからだ。『御神楽』の名なら誰でも知っている。
 今回、舞花は、寺院工作員をあぶりだすためにレースを盛り上げようと、多額の資金を用意してやってきたのだった。
「賞金が多いほど、敵たちもそれを手に入れようと動きが活発になるでしょう。運用可能な25万Gの内、20万Gを賞金に、残り5万Gを運営諸費に充てるべくレースに出資します。運営費は、ご自由にお使いください」
「いやしかし……、それはありがたいのですが、この町の鳥レースの賞金はせいぜい300Gほど、最大のものでも1000G程度なのですが」
 町長のフェデリコ・テシオは、そのあまりの賞金の大きさに戸惑っているようだった。田舎の人物特有の閉鎖的な疑り深い表情になる。
「あの……、申し上げておきますけど、この町の土地を売るつもりはありませんよ。鳥たちのふるさとですから」
「……何の話をなさっているのでしょうか?」
 首をかしげる舞花に、町長は遠慮がちに聞く。
「鉄道事業の土地買収の交渉にやってこられたのでは……? その下準備とか……?」
「まあ、失礼ですわね。人を地上げ屋みたいに言わないでいただけます!?」
 憤慨したのは舞花の護衛役のエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)だった。町の人たちがやってきた彼女たちを見つめる目が少し変だった理由がようやくわかった。鉄道王の一族が、この町に鉄道の施設の準備にやってきたのだと勘違いをしていたのだ。自然や風土を守るのも大切だが、偏狭な人物はどこにでもいるものだ。
「帰りましょう、お嬢様。相手にする必要はありませんわ! そもそもこんな辺鄙な田舎町、鉄道を引くほどの場所ではありませんし、勘違いにもほどがありますわ!」
「そう怒るものではないですよ、エリシアさん。誤解を与えてしまったのはうかつでしたけど」
 御神楽の名、恐るべし……と舞花は苦笑交じりにたしなめる。お互いの呼び方が少々違うが、大資産家の令嬢の演出のためだ。それはさておき、舞花は町長に視線を戻した。
「ご心配でしたら、提供する資金額を減らしても構いませんけど……」
「あ、いや、これは失礼しました。なにぶん、この町には走るものといったらガッツ鳥くらいしかありませんからな。平にご容赦のほどを……」
 汗をかきかき平謝りする町長。
「しかし、いずれにしろ資金の使い道が……」
「多額の賞金を出せるレースなら、『ダービー』にすればいいのではないですか?」
 そう言ったのは、同じく大規模なイベントレースの開催の提案にやってきていた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)だった。真っ先に口火を切ってくれたのが舞花でよかった、と彼は彼女に視線をやる。いくら町おこしイベントを企画しようとも先立つものがなければ心もとない。ここは相乗りさせてもらうことにしよう。
「単なる一地方のギャンブルに留まらず名物レースにして皆で楽しめるようにしましょう。大レースとなれば大金が動く事になるでしょうから、不正を働き利益を得ている輩が本当にいるようなら、必ず釣られて参加してくると思います」
「な、なるほど、ダービーですか……」
 ゴクリ、と喉を鳴らす町長。
 本来ダービーとは競馬の三歳最高峰を決めるレースの名なのだが、日本ではボートレースや競輪にも使われている。いずれにしろ最大のレースの祭典ということで、細かいことは気にしなくてもいいだろう。
「この町には三百羽のガッツ鳥がいると聞いています。その全ガッツ鳥三百羽を対象として予選レースを実施していき、勝ち抜いた勝者による最強ガッツ鳥の決定戦を行えばいいのです。名付けて『ガッツ de ダービー』という具合に」
「それは素晴らしい……」
「数が多いので、週末に一回だけのところを、三日に分けて行いましょう。鳥たちも予選レースの後は休養が欲しいでしょう」
「よろしいのですかな?」
 町長は舞花に視線を戻した。
「私は構いません」
 舞花は小さく頷く。
「ありがとうございます。……では、さっそく準備に取り掛かりましょう。まずは全頭検査からですね」
 優斗は運営の手伝いをすることになった。
 あっという間に町中に噂が広がりお祭りの雰囲気に包まれていく……。