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ガッツdeダッシュ!

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ガッツdeダッシュ!

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〜 episode5 〜 予選開始

 さて、その頃。
「悪いな町長、ちょっとばかりお世話になるぜ。なに、迷惑はかけないさ……」
 準備に追われる町長の元に来訪者があった。
 少女の乗った車椅子を押している男は、蒼空学園からやってきた吸血鬼のダン・ブラックモア(だん・ぶらっくもあ)だった。あごひげをたくわえた精悍な顔つきながらも、車椅子の少女を見やる瞳は優しい光をたたえている。
「アニマルセラピーというのだったか……、動物たちと触れ合う療法にこの町の環境が適していると思ってな。ちょっと寄らせてもらったってわけだ」
「それは大歓迎ですが……、見てのとおり鳥しかいない町で、他に世話はできませんよ?」
 フェデリコ・テシオ町長はダンたちを快く受け入れてくれるものの、申し訳なさそうに言った。そんな彼にダンは小さく笑って。
「いやいや、こちらこそ、気遣いは無用だ。この子を……ちょっと遊ばせてくれるだけでいい」
「ダン……」
 頭をなでるダンを振り返って仰ぎ見た車椅子の少女、アメリ・ジェンキンス(あめり・じぇんきんす)は不安げな表情になる。ダンが危険なことをするのではないかと心配しているようだった。
「あら、いらっしゃいませ。かわいい子ですわね、鳥さんたちともすぐにお友達になれますわ」
 残っているガッツ鳥を連れて美緒がやってくる。
「……初めまして。邪魔にならないよう隅っこでじっとしているわ」
 難病と闘う少女らしくやや暗い影を落としながら遠慮がちに言うアメリに美緒は微笑んで。
「心配しなくていいですわ。この鳥さんたちも家族みたいなものですもの」
 そういわれてアメリはこちらをじっと見つめている鳥を見つめ返す。ふわふわした羽毛を持つの丸っこい鳥。……ちょっと可愛いかも、とか思ってしまった。
「遊ばせてもらいなさい、アメリ」
「でも……」
 ダンの台詞にためらうアメリ。
「行きましょう。お外で日の光を浴びるだけでも身体にいいですわ」
 目で了解を取ってから、美緒はダンから車椅子を受け取った。ダンに一礼した彼女は、鳥を連れ、アメリの車椅子を押して外に出る。
「……」
 それを静かに見守っていたダンは、町長にも目でお礼を言ってから身を翻し町の喧騒へと向かう。
 そんな彼を、アメリは一度だけ振り返った。心配そうな瞳はそのまま。
(ダン……何をするつもりなのかしら。アニマルセラピーなんてこの町へくるための方便よね……。大丈夫、って言っていた……彼は私に嘘はつかないけど……)
 レースの予選開始の銅鑼の音が鳴り響く中、ダンは雑踏の中へと姿を消し、もう見えなくなっていた……。
  


「予選、始まったわね。それまでに間に合ってよかったわ……」
 券売り場のすぐそばで小さなイベント用のテントを組み立て終えた布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は、ダンボール箱くらいの高さの台の上に立ちながらもほっと一息ついていた。
 大レースが開催されるに当たって、レースの予想屋をする。そのための許可を得るための手続きに少々時間がかかっていたのだ。なにしろ、この町には毎週のようにレースが行われているのに予想屋はいない。草レースのように客が思い思いに券を買っていくだけだ。最初は、「予想屋? なにそれ?」とかなり怪しがられたが、町長に何とか公認をもらえたのだ。
「さっき、出走全羽の抽選が終わったところよ。正式なプログラムもらってきたわ」
 佳奈子を手伝う、パートナーのエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が、大急ぎでやってくる。少々疲れた表情で言った。
「無茶なスケジュール立ててくれたものね。一日15レースで間隔は20分おきよ。出走は全部で300羽。どうするのよ、これ……? 券購入の締め切りは発走2分前だし、かなりの修羅場よ」
「3分で予想したらいいじゃない! エレノアさんは、次のレースの資料を用意しておいて」
 佳奈子は、オペラグラスを手に客席の向こうへと振り返った。コースと客席は木柵で仕切られている程度で、視界の遮蔽物はない。建物で囲われているわけでもないので、彼女の位置からでも遠目にレースのコースが見えるのだ。
「本当に、レースのコースというよりただの草原よね、これ。でもまあ、そのおかげで助かったけど……」
 スタート地点辺りで召集をかけられて集まっているガッツ鳥たちを、佳奈子はオペラグラス越しにしっかりと見つめる。システム的にしっかりと整備された競馬とは違い、『ガッツ de ダッシュ!』にパドックなどない。町の人たちは、ほとんど鳥を見ずに券を買うのだ。なにしろ、小さな町である。近所づきあいから「○○さんちのあの鳥」と言えば、普段の散歩などの光景からその鳥たちの様子を知っているからだ。せいぜい召集地点での輪乗りを眺める程度のようだった。
「……よし、これとこれとこれ、よ!」
 目星をつけたガッツ鳥の番号に、佳奈子は◎○△と素早く記入する。
「昨日のうちに過去の資料の読み込みをしておいてよかったわ。やっぱり実績のある鳥は本命よね」
 さっそく、佳奈子の予想をエレノアが小さな紙片に書き込み始める。
 何事か、とすぐさま人たちが寄ってきた。彼女らにずいぶんと興味を持ったらしく、予想の書かれた紙をもらっていく。
「……けっこうさばけるものね」
 小銭程度だが、ちょっとした盛況に佳奈子はほくほく顔になった。
 そんなこんなしているうちにレースは始まっていた。
「さあ、いよいよね。私たちの予想が当たって大繁盛するか、外れまくって潰れるか……」
 と……。
「ほう……予想屋か。面白い出し物が出ているな……これはいい……」
 不意に、全身に闘気を漲らせた男が二人こちらに向かってやっきた。
 白衣を纏いメガネを押し上げるその姿は佳奈子も知っている。同じ蒼空学園の名物男、ドクター・ハデス(どくたー・はです)だった。
「くくく……、野望達成のためにはありとあらゆる手段を用いて勝利をもぎ取る。これが俺の流儀だ」
「同感だぜ」
 そしてもう一人、こちらも蒼空学園の新入生なのだが、へそだしルックで帯剣しているアブナい男キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)だった。
 ハデスとキロスは佳奈子の傍までやってくると、腕を組み口をそろえて言ってくる。
「さっそくだが、次のレースを予想してもらおう。俺は、必ず勝たねばならない」
「おう、勝ったら払ってやろう。聞いてやるぞ、さっさと占え、女」
 不敵な薄ら笑みを浮かべた表情は人にものを尋ねる態度ではなかった。
『予想屋は閉店しました。長らくのご愛顧ありがとうございました』
 係わり合いになりたくなかったエレノアは、無言で柱に張り紙を貼る。
「たった一レースで店じまいしないでよ」
 佳奈子は苦笑してから、催促するようにじっと彼女を見つめているハデスとキロルに視線をやる。
「ずいぶん真剣ね。いいけど……、御代はもらうわよ?」
「勝てたらな」
 キロスがずいっと迫る。
「だめよ。私たちだって真剣にやってるんだからね」
「勝てたらな」
 もう一度キロスがいう。ゴリ押ししてくるつもりらしい。ハデスはハデスで佳奈子をガン見だ。困ったなぁ、もうどうしようか、この二人……と彼女が考えていると、向こうからキロスのパートナーの新入生夏來 香菜(なつき・かな)がやってきた。
「ごめんなさい、先輩。このバカ、私が責任を持って連れて帰りますので……」
 彼女は几帳面に蒼空学園上級生の佳奈子たちにお辞儀をしてくる。
「いいのよ、気にしなくて」
 佳奈子はホッとしながらも、新入生の後輩に優しく微笑んだ。
「さあ来なさい……! ほんとにもう、一寸目を離すとすぐにこれなんだから!」
 香菜はキロスの手を引っ張って向こうへ連れて行こうとする。
「待て、夏來 香菜よ。町中をぶらぶらしているキロスを見つけたのは俺が先だ。連れ帰るのは俺との賭けが終わってからにしてもらおうか」
「賭け事はいけないことだと思います」
 至って生真面目な口調で香菜は答えた。だがもちろん、そんなことで引き下がるハデスではない。
「まあ、そう言うものではない。よし分かった……夏來 香菜よ、貴様もオリュンポスに招待しよう」
「何を言っているのか意味が分かりません」
「これから鳥レースで賭けを行い、俺が勝ったら、キロス・コンモドゥスは、我が部下となりオリュンポスに入ってもらう。その代わり彼が勝てば、わが部下アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)をくれてやろう……という約束を今取り付けたところだ」
 ハデスとキロス……この二人、まあ偶然と言おうか必然と言おうか、このネアルコの町で出会い、キロスの野心溢れる性格や常識はずれな振る舞いに共感を感じて気に入ったハデスが、どうにかしてキロスを部下に引き入れようと考えているのだ。
 鳥レースを予想して一着を的中させたほうが勝ち、という予想合戦らしい。
「くれてやろう、ってどういう意味……?」
 香菜は気になって、ハデスの背後に隠れるようにしてうつむいているアルテミスを見た。彼女は、何故かほんのり赤くなってキロスとハデスを上目遣いに見比べている。
「オレが勝ってオレの物にするってことだ! 好きにしていいらしいからな、可愛がってやるぜ」
 キロスは楽しそうに高笑いする。
「ま、負けたら、キロスさんの物……キ、キロスさんの好きなように……。か、可愛がってくれるって……ど、どうしましょうか……」
 アルテミスは両手で頬を押さえぶつぶつ言っている。キロスとは性格は正反対だが、何故か惹かれているようだった。本人に自覚がないのか、賭けの商品にされて困っているようだが全く困っていないようでもあった。
「くくく……エサとも知らずに。キロス・コンモドゥス……オリュンポス入りは決まったようだな……」
 ハデスも薄ら笑いを浮かべる。
「ああ、それで予想を聞きにきたわけね……でも、それにしても……」
 話を聞いていた佳奈子は納得するが、香菜は納得しなかった。
「ハデス先輩……生意気を承知で言わせてもらいますけど、そういうことはおやめになった方がいいと思います。他人が聞くと著しく信用を損なう恐れがありますし、また無意識のうちに他人を巻き込み傷つけてしまうかもしれないからです。あなたにはあなたのルールがあることは理解しますが、皆があなたほど賢く強くあるわけではありません。己の希望を他人に強要するのはどうかと思います。そもそも……」
「……」
 ハデスは目を丸くして香菜を見つめる。委員長肌とは聞いていたがこんなに生真面目で説教臭いとは思ってなかったのだ。
「あれ……?」
 ややあって……香菜は、ハッと気づいて振り返る。彼女がハデスと向き合っている間に、キロスはいなくなっていた。
「あっ……! キロスったら、また……! どこに行ったのよ! ……って、……え?」
 そうして彼女がきょろきょろしている隙に、ハデスまでこっそりいなくなる。悪役歴が長く、こういう芸当は得意だった。ぽっと出の新入生に対応出来るものではない。
「まちなさい……!」
 香菜はキロスを追いかけてどこかへいってしまった。
「たいへんよね、あなたも……」
 佳奈子は予想屋を再開しつつも、その場に佇むアルテミスを慰めるように言った……。

「くくく……まあいい、予想屋に頼らずとも勝ちは確定なのだ……」
 いなくなったハデスは、しばらく後にレース運営のテントの前に現れていた。勝つためには手段は選ばない。キロスもそうだが、ハデスとて悪としては相当なものであった。
「レースに鳥を出場させたい。飛び入りで参加できたはずだからな、登録してくれ」
 昨夜のうちに用意してあったオリュンポス特製のガッツ鳥を連れて、ハデスは受付係りの少女に言う。簡単なことだ。誰にも負けない最強の鳥をこっそりと走らせ、自分がその鳥に賭ければいいのだ! 乗り手はアルテミスにでも努めさせればいいだろう、今の状態で役に立つかどうかは分からないが、これだけの性能があれば乗り手など不要だ。
「野望達成のためにはありとあらゆる手段を用いて勝利をもぎ取る。そう伝えたはずだ、キロス・コンモドゥス……。俺の勝ちだ……!」
「……なにこれ?」
 受付をしていた抽選係の詩穂は、半眼でハデスと鳥に視線をやる。そのガッツ鳥はメタリックな輝きを放ちとても強力そうだった。
「くくく……、見ての通りだ。オリュンポス製メカ・ガッツ鳥の『ガッツ de オリュンポス・マキシマム!』だ。どの枠でも構わんから、早く入r」
 台詞の途中で、ハデスは詩穂が呼んだ運営の警備員に両脇を抱えられ連れて行かれた。当然メカ・ガッツ鳥は没収だ。
「あんなふてぶてしい八百長犯、初めて見た……」
 詩穂は呆れ顔で肩をすくめる。
「フハハハ、やるなキロス・コンモドゥス……! だが、俺は諦めたわけではないからな……!」
 ハデスの叫び声が晴天にこだまする他は、今のところ特に問題なくレースは行われているようだった……。