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日帰りダンジョンへようこそ! 初級編

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日帰りダンジョンへようこそ! 初級編

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07:新設ですか? いいえ遺跡です





 所変わって、同じ頃。
 遺跡の外、入り口付近の一角。


「……失敗してしまいましたか」

 まだまだですね、と、朱鷺は残念そうにため息を吐き出した。
 とはいえ、見破られたことを別にすれば、きちんと迷宮を越えてアルファーナの元まで辿り着いたことが大したものだ、とクローディスは素直に「すごいな」と感嘆の声を漏らしていたが、そんな彼女に朱鷺は首を振った。
「見破られてしまった上に、勝てなかったのではまだまだです」
「とはいっても、相手は機晶姫だからな」
 人間とは見方が違うのだから、その目を誤魔化すのは難しいだろう、と続けたが、いえ、と朱鷺は再度首を振った。
「やるからには完璧を目指さなくては」
 そう言うと、きらりと目を光らせてクローディスを見やる。
「というわけで、クローディスさんのことを良く観察しなければ」
 首を捻ったクローディスは、今の自分の姿――格好はそのままにエプロンをつけただけのアンバランスな料理人スタイルを見下ろして苦笑した。
「あまり……参考にならない気がするがな」
 普段の自分からは大分かけ離れている気がするんだが、と続けるが、朱鷺には寧ろそちらの方が都合が良い、ようだ。
「普段とは違う一面を把握することで、よりリアリティを得られるのです」
「……そういうものか」
 陰陽師についても式神についても畑違いのためか、首を傾げるしかないクローディスだったが、すぐに料理へと気持ちを切り替えると、包丁をくるりと回す。そのままざくりと鮮やかに食材を捌いていくのを見て、ほう、と菜織が声を上げた。
「得意じゃないといっていたが、なかなかどうして」
 感心したような声で、同じくエプロン姿の菜織が言ったのに、クローディスは苦笑した。
「切ったり何だりはそこそこには出来るんだ。サバイバルの必須技能だからな」
「成る程、そういう応用ができるのか」
 良いことを聞いた、と、武家の出らしい刀捌きを参考にした包丁捌きで、手際よく食材を捌いていく。が。
 そんな彼女たちの『冒険』をはたから見やり、ダリルは僅かに眉を寄せた。
「……しかしあれは、何を作るつもりなんだ」
 というのも、彼女たちが手にしている食材のうちのいくつかは、食材……と呼んでいいのか判らないものが、ちらりほらりと混ざっているようなのだ。流石のルカルカも、ちょっとばかり不安げに「うーん」と苦笑した。
「用心の為に、口直しでも用意しておいた方がいいのかしら」
「……チョコバーか?」
 呟いたルカルカに、ダリルがまたか、という顔をしたが、ルカルカは構わずににっこりと笑った。

「当然じゃない」






 一方、迷路探索中の面々は、途中で体力を切らして蹲っていた新人を確保しているところだった。
 どうやら、迷子になった、というより遺跡を調べることに夢中になりすぎていたらしい。
「上司に似たんかねえ」
 笑いながらそう称した羅儀の言葉に、白竜とアリーセも、苦笑がちに少し笑った。
「しかし、本当に危険の無い遺跡なんですかね、これは……」
 壁面をそっとなぞり、本来はこれも罠だったのだろうと思われるスイッチやらを見ながら、白竜がまた僅かに眉を寄せるのに、羅儀はこれみよがしにため息をついた。
「何かあったら心配だ、って正直に言えばいいのに」
「勿論、不測の事態に備えて、いつでも本部に連絡は取れるようにしていますが」
「そういうことじゃなくってさぁ……」
 はあ、とため息をついた羅儀だが、そのため息の意味も、通じないのだろうなあと、案の定首を傾げる白竜に二度目のため息を吐き出した。
「本当に鈍いんだか、俺が判ってないんだか知らないけどな、もうちょっと、こう、なあ」
 ぶつぶつ言いはじめたが、独り言と判断して白竜が探索へ意識を戻したので、つまらなさげに肩を竦めた。
「まあでも、安全かどうかは兎も角、不思議な遺跡ですよね」
 そんな二人のやり取りの後、岩肌のようで、妙な違和感のある壁をなでながら、アリーセが口を開いた。
「古めかしい割りに、良く見ると埃っぽかったりとか、手入れがされてない、って感じも無いですし」
「そうですね」
 白竜もそれには同意して頷いた。
「……まあ、それについては、恐らく、ゴールした誰かが答えを持ち帰ってくるでしょう」
 




「ようこそおいでくださいマシタ」

 そしてその頃のその誰か。
 アルファーナの守る扉をくぐった先では、まるでその油断を狙ったかのように、その先にも随所に設置されていた罠を潜り抜けて、何とか辿り着いたその部屋では、まるで囚われのお姫様、と言った様子で一人の少女が椅子に腰掛けて微笑んでいた。
 その椅子も、部屋の内装も、地球で言うゴシック様式の豪奢なもので、先程まで通ってきた遺跡の内部とはまるで別世界のようだ。その余りの印象の差に、あるものは戸惑い、あるものは首を捻った。
「なんというか、遺跡のゴール、っていう感じじゃないね」
 まるでお城の中みたいだ、と天音が言うのに「そうデスカ」と、少女は困ったように笑った。
「そうデスカ。まだまだ、勉強が足りませんデスネ」
 
 そんな少女に歩み寄ったのは和輝だ。
「初めまして、お嬢さん。いや、それとも小さな女王、なのかな?」
 やや気障な台詞と共に膝を折った和輝に、少女はぱち、と瞬いたものの、直ぐに破顔すると、椅子からするりと滑り降りるとスカートの裾をつまみ、お嬢様然とした仕草で頭を下げた。
「初めマシテ。私はマリアンディア・D?……いえ、ディスリー、と申しマス。この遺跡の主を代行しておりマス」
 どうぞマリーとお呼びくださいませ、と微笑むのに、見た目が同じ年頃だからと言うのもあるのだろうが、和輝の後ろに隠れているアニスも、ほんの少しだけマリーと名乗った少女に表情を緩めて見せた。
 そうして和んだところで「代行って言ったな」と和輝が切り出した。
「ここの管理者は別に居る、ってことか?」
「イイエ」
 その問いにマリーは首を振ると、どこか機械的な音声をそれでも柔らかく響かせる。
「この遺跡は、私の管理下にありマス。ただ、所有者が違うのデス」
「所有者、ねえ」
 天音が考え込むように、小さく呟く。
「……もしかして、その所有者って言うのはクローディスさんなのかな」
「イイエ」
 その問いにも、マリーは静かに首を振った。
「お姉さまは攻略達成者であり、権限者ですが、所有者ではアリマセン」
 攻略者、と言う言葉に、じゃあ、とエールヴァントは少しばかり驚いたように声を上げた。
「ここは、本当に遺跡なんだね」
「ハイ」
 くすくすとマリーが笑った。
「れっきとした遺跡でゴザイマスヨ」
 その答えに、エールヴァントたちは顔を見合わせて首を捻る。
「じゃあ、いったい何のための……」
 誰かの小さな呟きに、マリーは微笑みながら口を開いた。
「それは……」




「それについては、お答えするわけには行きません」
 一方の地下牢。
 同じように、この遺跡は何なのか、という質問に対して、ベイナスはきっぱりと言った。
「何故品揃えが豊富なのか、という点についても秘密です」
 こちらは未憂たちの質問に対してだ。
 別に秘密にするような内容でもないのに、と首を傾げる未憂は、更に質問を続ける。
「作ってるんじゃないの?」
「それも秘密です。キッチンなどは、ありますが」
 余計に疑問が増えるような、彼女たちのそんなやりとりに、エッツェルは面白そうに肩を揺らした。
「秘密が多いんですねえ」
 とからかうような調子のエッツェルに、当然です、とベイナスはあくまで淡々としている。
「ここは”失格者の間”ですから。未クリアの方に、秘密を明かすわけには参りません」
「そりゃあ、そうですよね」
 その回答には浩一が苦笑した。
「それじゃあ、違うこと聞いてもいいかな」
 続く北都の言葉に、ベイナスは沈黙で先を促したのに、北都は続ける。
「迷路の壁を見てて気づいたんだけど、あの迷路って、至る所に小さな文字が刻まれてたよね」
 だがそれはあまりに断片で、時々マークのようなものも混じっているで、集めてみても文章になっていない。それは何故か、と問いに、それは、と初めてベイナスの言葉が、僅かに詰まるように止まった。どうやら、答えていいかどうかの微妙なラインの質問であったらしい。少し考えたベイナスは、ややして「あれは記号だからです」と口を開いた。
「壁や床ごとひとつひとつに、記号が付けられ、管理されているのです」
 私たちと同じように、と続いた言葉に、北都は軽く目を開いた。
「それって、もしかして……」
「あの迷路は、動く……んですか?」
 北都に続いて、浩一が驚いたように問うと、ベイナスは、聞いていらっしゃいませんか? とほんの少し笑った。
「クローディス様が申されていたかと思います。レベル2、と」
「成る程ねぇ……」
 そういう意味か、と納得して呟く北都と逆に、じゃあ、と問いかけたのは未憂だ。
「迷路じゃなくて、ここに直接来ることも出来るの?」
「はい、可能です」
 頷いたベイナスにぱあっと未憂は顔を輝かせると、それじゃあ、と更に質問を続ける。
「今度はここに、迷路にじゃなくって、お茶を飲みに来ちゃだめかなあ……?」
 その質問には、ベイナスは少し驚き、その判断を出来る立場にないのか、困ったように首を傾げたのだった。