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リアクション
三
「ぐぎぁらぎぁらぎぁ! がるるぐぁぐるるぅ! ぐれぅぎりぉろぅ!」
恐竜の着ぐるみを着て喚くテラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)に、耀助は眉を寄せた。
「……何だって?」
「紅茶の葉っぱじゃなかったのかと言っておる」
答えたのはチンギス・ハン(ちんぎす・はん)だ。「我様(おれさま)もそうだと思っていたが……」
「考えてみれば、今から摘んでもお茶会には間に合わないでござんしょうねえ」
グランギニョル・ルアフ・ソニア(ぐらんぎにょる・るあふそにあ)が嘆息した。「わちきも、テラーと一緒に紅茶が飲みとうありんした」
「あー、それは誰かが無理矢理乾燥させて使えば問題ないんだろうけど、ここはハーブ園だから。紅茶とかはもう行っちゃってるからな」
正確には、明倫館内の植物園である。主に薬草を育てており、医療にも使う。今回は急いで乾燥させ、ハーブティの他、クッキーに入れたり料理に使う予定とのことである。
「ぎゃぎゃぐあぎゃ!」
「うん、そうだねー。テラーが帰るなら、ドロテーアも帰るー」
テラーが楽しければそれでいい。逆に言えば、それ以外には興味のないドロテーア・ギャラリンス(どろてーあ・ぎゃらりんす)――チンギスとグランギニョルもそうだが――は、さっさと帰り支度を始めた。
「自由すぎる……」
さすがの耀助も、この四人をナンパする気にはならないようで、得意の愛の言葉も出てこない。代わりと言っては何だが、
「詩穂は【ティータイム】が出来るから、こういうのは得意なんだよ♪」
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がにっこり笑い、
「そりゃ、いい。今度、オレとお茶しない?」
と耀助に誘われていた。
「あの男、変わっているな。一体、女などのどこがいいんです?」
麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)と共にハーブの葉を千切っては腰の袋に入れていた和泉 暮流(いずみ・くれる)が、冷たい目を耀助に向ける。あはは、と由紀也は乾いた笑いを浮かべた。
先の「ミシャグジ事件(「葦原島に巣食うモノ」参照)」でカタルという少年を救おうとした由紀也は、パートナー兼片思い中の相手である瀬田 沙耶(せた・さや)から、ハーブを摘んでくるよう厳命された。
「わたくしより別の者を優先するなど……」
などと言っていたところを見ると、ヤキモチの類であろうが、そう思えばこの面倒な作業も苦ではない。ただし、巻き込まれた暮流は別だ。その場にいたわけでなし、沙耶に特別な感情があるわけでもなし、まして女性が苦手な彼にとって、那由多たちが近くにいるのは地獄の苦しみだった。アレルギー反応が出ないよう、二メートルは離れ、これも修行だと言い聞かせている。
「我らは偉大なる狼の神、狼主様の代理人! 聖地を荒らす悪しき者は神罰の名の下に噛み殺すわよ!」
突然現れたのは、セフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)とオルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)だ。
「狼……主?」
詩穂がぽかんとする。
「……なあ、さっきもこんなことなかったか?」
「……既視感?」
耀助と那由多は、ぼそぼそと囁き合った。
「これが噂の狼? うーん、立ててきた対策が役に立つかどうか。どう思う、暮流?――暮流?」
暮流の姿はそこになかった。いや、正確に言うならば大の字になって倒れていた。泡を吹いて。さもあらん、セフィーとオルフィナの豊満な肉体は、彼には刺激が強すぎたらしい。体中に蕁麻疹も出ている。
由紀也は諦めて、暮流を畑の外へ引っ張って行った。
「で、どうしろって言うんだ?」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、嘆息しながら尋ねた。耀助同様、全ての女性をこよなく愛すエースだが、白大狼の毛皮の外套を着用したセフィーは対象外のようだ。
「狼主様の為に極上の供物は用意してきてるわよね!?」
セフィーが刀を突きつけた。
「供物? 聞いてないけど、そんなのいるのか?」
と耀助。
「まずは食料! 新鮮な生肉。それに酒、金銀財宝!」
「肉は分かるが、狼が酒や財宝を欲しがるのか?」
「狼主様をただの狼と一緒にするな!」
「肉もただの肉じゃない。生娘の肉だ……」
オルフィナはニヤリと笑った。「服を脱げ。全員だ」
「はあ!?」
荷物を落として素っ頓狂な声を上げたのは、ドロテーアだ。
「テラーを裸にする気!?」
「気の強い女は嫌いじゃないぞ。我様が蹂躙してやろう」
言うなり、チンギスが【千眼睨み】を使った。オルフィナの体が硬直する。
「!?」
更に【ファイナルレジェンド】で吹っ飛ばそうとするのを、エースが止めた。
「ハーブが駄目になるぞ!」
代わりに飛び出し、【ヒプノシス】をかける。動けないオルフィナは、たちまち眠りに落ちた。
「あんたたち!!」
セフィーが雅刀を振りかぶると、グランギニョルが【サイコキネシス】を刀身にぶつけた。ぐらついた隙に、ドロテーアの【ペトリファイ】が襲い、セフィーの体は石と化した。
その時、グルルルル……と唸り声が聞こえてきた。のそり、のそりと牙を剥きだしにした狼が歩いてくる。小象ほどの大きさはあろうか。守り神の狼に違いなかった。
「うわー、不機嫌そうだぞ、こいつ」
と、その様を見た耀助は冷や汗を掻いた。
「ちょっと騒ぎ過ぎたかも……。耀助、何とかして」
「オレ? いやオレはいいよ。ていうか、オレなんかいなくても、何とかなるんじゃないか? これだけ人いるんだから」
「またそういうことを……」
「ち、ちょっと!」
詩穂が焦った声を上げた。テラーが、「ぐぎぅれごろぅぐらぅ!」と喚きながら狼の方へ歩いていくところだった。
「耀助! あの子を助けて!」
「オレぇ!? 無理無理! 大丈夫、あの恐竜娘なら自分で何とかする!」
「がぎぃぐぐぅぐぎぁ!」
何を言っているか分からないが、テラーは楽しそうだ。――と言っても、顔もよく分からないので、声の調子と保護者であるパートナーたちが動かないので、そう判断したまでだが。
しかし、狼は違う。先程の騒音に腹を立てたのか、はたまたそれで眠りを妨げられたのか、単純に腹を空かしているのか――とにかく、涎を垂らしながらテラーを睨みつけている。
「もうっ、何やっているのよ!!」
リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が大きく息を吸い、【咆哮】した。全身から響き渡る声は狼とテラーに直撃し、共に目を回した。
「「「テラー!!!」」」
パートナーたちが駆け寄り、気絶したテラーを抱え上げる。
「ぬしは何てことを!」
リカインは焦った。
実は耀助たちの邪魔をするため、彼女は同行している。周囲の人間を巻き込むのも予定通りの攻撃で、「実際の戦闘中に敵か味方か分からぬ契約者が取る行動」を想定してのことだったが、さすがに殺気を向けられるとは思わなかった。
「大丈夫、怪我はないから――」
「なんでテラーが楽しいのを邪魔するの!?」
これは駄目だ、とリカインは思った。完全に敵と認識されたようで、話を聞いてくれる様子もない。このままここにいれば、戦闘になるだろう。それは甚だ面倒だ。
リカインは隣にいた耀助に、笑みを向けた。
「耀助くん」
「何かご用でしょうか、お嬢さん」
耀助も満面の笑みを返す。
「私、逃げるから後をお願いしていい?」
「お任せを!」
耀助はリカインを庇うように、立ち塞がった――。
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