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ハイナのお茶会 in 明倫館

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ハイナのお茶会 in 明倫館

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   七

 お茶会の準備は、着々と進められていた。
 東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は、料理が苦手であるにも関わらず、パートナーの遊馬 シズ(あすま・しず)と共に厨房担当に立候補した。
 あらゆる料理のレシピを取り寄せた結果、秋日子が「作れそうだ」と思ったのは、「おにぎり」だった。なぜお茶会でおにぎり、というツッコミは、可哀想なので誰もしなかった。
 手に塩水を付け、ご飯をよそう。そこで秋日子は、はたと固まった。
「……あれ、ご飯ってどれくらいの量を使えばいいんだっけ? 具の量も……あれ、よくわかんないや……」
 一つ握るごとに、おにぎりのサイズが一回りずつ大きくなっていく。シズが呆れた声を上げた。
「一口おにぎりにしたほうがいいんじゃないか? ラップ使って丸くするだけだから、三角形に握る必要もないし」
 秋日子は目をぱちくりさせた。
「遊馬くん、すごい! そうか、そういうのもあるんだね! で、でも、美味しく作れるかな……」
 その辺はシズでも保証しかねるので、何も言わないことにした。
 シズはといえば、白玉粉、上白糖、片栗粉を使って求肥を作っていた。白餡と混ぜて練り切りを作るためだ。素人の手作りだが、上手く出来そうだ。季節を感じさせる形にしたいが、さて、どうしようかと考えながら手を動かしている。
 ちらりと秋日子の手元を見た。助言が幸いして、小さくて可愛らしいおにぎりがいくつも出来ている。同じ要領で手毬寿司を作るのもいいかもしれない。女の子には受けそうだ。
 しかし、
「秋日子サンには無理かなあ……」
「え? 何?」
 秋日子が汗を拭いながら顔を上げた。米粒がほっぺについている。それを取ってあげた方がいいかな、とシズはまた考え込んだ。


 エクスは、白玉のラズベリー餡を作るつもりでいた。少々季節外れだが、見た目が涼しげでいいだろう。それほど手間もかからないので、量が作れる。
 ところが、肝心なラズベリーがない。
 いっそフルーツ白玉でも作るかと思ったが、そんな簡単な物では腕の振るいようがない。やはり、ラズベリーが届くのを待つしかない。
「ええい、唯斗め、まだか」
 小さく罵ったとき、耀助と那由多が到着した、という知らせが入った。
「ふえ〜、くったくただあ〜」
 水の入った容器を下ろし、耀助は地べたに座り込んだ。那由多がエクスの方へやってくる。
「あの、水とハーブを持ってきました」
「おお、御苦労。わらわは、【葦原明倫館・食堂のおばちゃん】のエクス・シュペルティア。早速、係の者に配ろうか」
「食堂のおばちゃん……?」
 おばちゃんと呼ぶには若すぎる気がしたが、見た目通りの年齢ではないのかもしれないと那由多は納得することにした。
 エクスの指示で、お茶にするハーブは急速乾燥させることになった。料理に使う物は、取り分ける。
「ない物は仕方がない。客に出す料理を仕上げるとしよう」
 エクスは腕まくりをし、設置された簡易キッチンに向かった。


「腹減ったなあ。なんか食うモンない?」
 耀助は腹を擦りながら、会場をうろうろしていた。
「ねえキミキミ、食べてかない?」
と声を掛けたのは秋日子だ。彼女の目の前には、おにぎりがずらりと並んでいる。
「おお、サンキュー」
 耀助は、海苔で真っ黒になった自分の拳ほどもあるおにぎりを掴み頬張った。
「美味い!」
「本当!?」
「マジマジ。キミはオレの女神だ! 危うく飢え死にするところなのを救ってくれた! ありがとう! お礼にお茶でも!」
「お礼なんていいよ! 喜んでもらえただけで!」
 秋日子は嬉しくなって、梅、昆布、おかか、シャケと次から次へ耀助に差し出した。耀助もまた、美味そうに食べていく。
 隣でやり取りを見ていたシズは、軽く首を傾げた。秋日子の作ったおにぎりは、彼女の熱意と反比例するように不評で、皆、一口食べただけで後はお茶の席へ行ってしまったのだ。
 それなのに耀助は大絶賛だ。ただのお世辞とも思えず、シズは大きなおにぎりを齧ってみた。
 しょっぱかった。
 一口おにぎりも同様だ。これでは皆、避けるはずだ。どういうわけだろうとまた首を傾げていたが、しばらく耀助の姿を見ていて納得した。
 湧水やハーブを手に入れるのに、相当苦労したらしい。耀助の忍び装束は、彼が動くたびに土埃が上がった。顔や手のあちこちにも小さな傷がついているし、汗もかいている。
 故に、塩分補給という点で、秋日子のしょっぱいおにぎりはぴったりだったのだ。
 おそらく、この調子なら耀助が全て平らげるだろう。さすがに喉が渇くだろうから、麦茶を用意してやろうとシズは思った。


 イリス・クェイン(いりす・くぇいん)は給仕としてこのお茶会に参加していた。成人にはアルコール類を用意したイリスだったが、未成年との区別がつかないことから、それは禁止されてしまった。
 葦原切子のグラスに冷たい緑茶を注ぎ、シズの作った練り切りを茶請けとして出した。
 そのテーブルでは、涼しげな水色の生地に色とりどりの金魚模様の着物を着たレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)、和服のようなドレスのカムイ・マギ(かむい・まぎ)、いつもと違ってごく普通のスカートを着用しているセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の四人が、何やら熱心に話し込んでいた。
「胸が大きい人は、ビキニはNG!」
「そうなの?」
「ホルターネックタイプや、ストラップが太めのもの、柄は小さいのがいいわよ」
 セレンの「夏の水着を選ぶコツ」を、レキはふんふんと熱心に聞いていた。
「恋人は? いるの?」
「ううん」
「それならセクシー系より、カワイイ系よね」
「恋人」という単語に、カムイは耳を大きくした。レキは「いないけど、後学のために聞きたいな」とセレンにせがんでいる。
「そうね、あ、ちなみにあたしの恋人はこの人なんだけど」
 一人静かにお茶を飲んでいたセレアナは、肩に寄り掛かられて驚いた。
「セ、セレン、人前よ」
「人前だからやるんでしょ」
「仕方がないわね」
 セレアナは嘆息して、セレンのやりたいようにさせることにした。セレンはセレアナにぴったり寄り添ったまま、出された練り切りを美味しそうに次から次へと食べている。
「そんなに食べて太らない? 体型とか胸の形とか、どうやってキープしてるの?」
「死ぬまで美を追求するのが女に生まれた義務と責任よ」
と言ってからセレンは笑った。「なーんて。あたしたちは訓練でよく体を動かすから。カロリー消費も半端ないのよ」
「なるほど」
と、レキはセレアナを見た。
 貴族の出身であるセレアナは、グラスに口を付ける動作ですら優雅だ。セレンはそれを誇りに思っている節すらある。この二人のような恋人になれたらな、とレキは思った。それにはまず、相手を見つけなければならないが。
 カムイはグラスをぎゅっと握り、二人から視線を逸らすと、レキの方をちらりと見た。いいなあ、と内心、呟く。レキはそんなカムイの気持ちなど、全く気付いていないようで、セレンに紙風船をあげていた。ハイナ・ウィルソンに土産として渡した物と同じ品だ。
「あなた、あの娘が好きなのね?」
 囁かれて、カムイは心臓が止まるほど驚いた。いつの間にか、イリスが隣に座っている。
「ぼ、僕は……」
「いいのよ。ここにいるのは女の子ばかり。正直になりなさいな……」
 イリスはクスクスと笑った。カムイのように可愛くて純真な女の子を見ると苛めたくなるのは、彼女の悪い癖だった。