|
|
リアクション
同時刻。一方その頃、施設の敷地内では敵機が破壊の限りを尽くしていた。
他の施設を襲撃した四機と似通った意匠の機体本体を覆うように取り付けられた、薄く延ばした金属の装甲。頭頂部から脚部末端付近までを覆うその装甲はまるでローブのようだ。更に、右手に持った身の丈ほどのロッド状装備も相まって、まるで敵機の姿は魔術師のようだ。加えて特徴的なのは、機体が動き回るのに合わせてひらひらと揺れるローブ状装甲の合間から見える球体パーツだった。胸部に取り付けられた球状のそれは、どんな機能を有したパーツなのかは現時点では不明だが、そのパーツのおかげでこの敵機の印象は一層、未来的なものになっていた。
同系機と思われる他の四機が現代兵器然とした印象を受けるのに対し、この機体はより未来的なデザインをしていると言える。他の四機が現代軍事の産物なら、この機体はさしずめSFの産物のようであるとすら言えるだろう。
この敵機が暴れまわる施設内は、先程から断続的に起こる奇妙な現象によって破壊されていた。火炎に冷気、そして電撃――高度なレベルにまで達した魔法使いにすら比肩しうるほどの強力な魔法の数々、そして不可解なことにまったく見えない攻撃によって施設内に存在する建造物は破壊され、敷地内は建造物と応戦した防衛部隊が使っていた機体の残骸で埋め尽くされていた。
そして、今――敵機が放った火炎魔法による延焼でほぼ全域に渡って炎上する敷地内では、たった一機のプラヴァータイプがこの敵機を前に絶望的な戦いを挑んでいた。
装甲各所が陥没あるいは歪曲し、手にしたマジックブレードはへし折れているなど、既に機体は所々が損傷している。
そのプラヴァータイプの背後で大破寸前の鋼竜と焔虎――教導団の制式量産機が虫の息のスラスターをふかし、今にも停止しそうな機動で必死に戦線離脱していく。
敵機が奇襲をかけてきてから、自分たちが駆けつけるまで応戦し続けたこの施設の防衛部隊を逃がすべく、たった一機で戦いを挑むプラヴァータイプ――D.プルガトリオのコクピットでメインパイロットの土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は覚悟を決めたように小さく息を吐いた。
コクピットに表示される数値はどれもが心苦しい事実として雲雀の心を打ち据える。
全身の装甲は度重なる物理的衝撃、加えて超高温と超低温、そして高圧電流による複合的なダメージで深刻な金属疲労を起こしており、機体の稼働に必要なエネルギーも既に半分を切っている。
機体本体の損耗も深刻なら、武装も武装で深刻な損耗状況だ。マジックブレードで残っているのは柄だけであるし、両肩に装着されたマジックカノンも残弾は左右ともに一発もない。
「団長のご命令でありますから! それに教導団秘術科として、対策を考えなければならない相手であります――とか言って出てきちゃったけどよ……」
苦笑しながら雲雀は口火を切った。その表情は半ば諦めたようにも見える。
「本校の施設に襲撃!? しかも同時多発ってやつだよなこれ……ここは秘術科の腕の見せ所だ。危険は承知で魔法タイプの相手をしにいくよ――そう意気込んでカチ込みをかけてみたはいいけど、その結果がコレだもんな」
半ば諦めたようにも見える苦笑の表情は、やがて疲れたような笑みに変わっていく。
「そっちのシートでも見れるからわかってると思うけど――もう、剣も銃も残っちゃいない。余裕も調子もぶっこいて好き放題のクソ野郎に落とし前をつけさせてやろうにも、あたしらの方が先にヤキが回っちまったみたいだ」
だが、最後の最後に残った闘志までは捨てず、再び戦意を剥き出しにした獰猛な顔つきになって雲雀はサブパイロットシートに座る相棒へと問いかける。
「相手が相手だし、結構無茶する予定は結局変えねえでさ、最後の最後まであたしは無茶しきってやるつもりだけど……付き合ってくれるか、サラマンディア?」
するとサブパイロットシートから返ってきたのはどこか飄々とした、それでいて威風堂々とした豪快な返答だった。
「ハッ、一丁前の台詞はやる事やってからにしやがれチビが。ちまちますんのは性に合わねえ、俺は何事もパーッと派手な方が好きだぜ?」
サブパイロットシートに座る相棒であるサラマンディア・ヴォルテール(さらまんでぃあ・う゛ぉるてーる)の気持ちに感謝しながら、雲雀は決意の言葉を一言一言ずつ丁寧に宣言していく。
「ありがとよ。あの時、金団長に一目惚れして教導団に入学した時から……そして、一度はザナドゥに身を置いたあたしを、あの人が再び迎え入れてくれた時から――あたし、土御門 雲雀は軍人なんだよ。だから、軍人として後に続く仲間や組織の為、あのけったいな『壁』……その正体くらいは意地でも掴んでやらぁ! 最後の最後まで足掻いて粘って喰らいついて、たとえD.プルガトリオがブッ壊されて、あたしらがブッ殺されてもなァッ!」
雲雀の宣言を聞き、サラマンディアはサブパイロットシートで大袈裟なまでに手を叩き、歓声を上げた。
「ハッ! ハハッ! コイツぁイイ! 実に傑作だ! 俺はこういうのがやりたくておまえと契約したようなもんだからな! ……雲雀、最後の最後でちったぁおまえと契約した甲斐があったってもんだぜ!」
D.プルガトリオのコクピットに響くサラマンディアの歓声と笑い声。それに途中から雲雀の笑い声も加わり、一気にコクピット内は賑やかになる。
「へっ! 言ったからには最後まで付き合えよ! 言っとくが教導団は国軍、でもってコイツは上官からの命令だからな! ――じゃ……行こうぜ、サラマンディア」
「ケッ! まさか聞いてなかったのか? 一丁前の台詞はやる事やってからにしやがれチビが。それと誰に命令してんだ? 偉いのも俺の方なら、命令すんのも俺の方だろうがよ――まぁいい、今回だけは命令されてやるぜ……行くぞ、雲雀」
互いの名前を呼び、雲雀とサラマンディアは一秒のズレもなく、全くの同時にアクセルペダルを踏み込んだ。
二人の意志を受けたD.プルガトリオは、残された力でそれに応えようと、まるで機能停止間近であるのが嘘のようにパワフルな動きを見せる。推進機構を最大パワーでふかしての豪快なダッシュで敵機へとほぼ零距離まで一気に踏み込んだD.プルガトリオは、防御どころかブレーキすらも考えていない素振りで身体全体から力一杯ぶつかりにかかった。
だが、D.プルガトリオが敵機へと完全に触れる直前、不可視の障壁が突進を阻む。
「正体不明の能力に不可侵の壁なあ、面白えじゃねえの――何だコイツぁ……俺らが触れようとした瞬間にいきなり現れやがったッ……!」
驚愕に打ち震えた声を出すサラマンディア。いつも強気で豪放磊落な彼がどこか狼狽えたような声を出すような珍しい事態は、いかにこの能力が脅威であるかを如実に表している。
精霊の持つ豊富な知識を魔術に応用させる能力を持つサラマンディアはその能力を更に応用して、不可視の障壁を『見る』ことを試みた。その結果、かろうじて判ったのは、不可視の障壁は自機が攻撃を受けるのに反応して、自機を守るのに最適なタイミングとポジションへと出現するということだ。必要な時に、必要な分だけ。障壁の出現時間も面積も、防御対象となる攻撃に応じて臨機応変にその都度変化するらしい。
完璧なタイミングと完璧なポジショニングかつ自動的に行われる強固な防御。しかもそのカバー範囲は攻撃側の目には見えない不可視の領域。果たしてこの完璧を体現したかのような防御壁に、弱点など存在するのだろうか。
不可視の障壁への突進によって、あたかも軍用の隔壁に正面衝突したかのような衝撃に襲われたD.プルガトリオは瓦解寸前まで機体を揺さぶられ、中の雲雀とサラマンディアも痛烈なダメージを受ける。
「サラマンディア! 大丈夫か!?」
心配と焦燥がない交ぜになった声で問いかける雲雀。それに対し、サラマンディアは気丈に答える。
「おいおい、誰に何を聞いてんだ? おまえこそこれくらいでビビってケツまくりたくなったりしてねぇだろうな?」
それを聞いて安心したのか、雲雀は再び笑みを浮かべると、不可視の障壁へ激突した際に強打して朦朧とする頭を振って目を覚ますと、操縦桿を握りながら獰猛に言葉を返す。
「ビビる? ケツまくる? そっちこそ誰に何を聞いてやがんだ? あたしを――土御門雲雀をナメんなよゴラァ!」
大の男ですら一声で震え上がるような叫びを機外スピーカーで上げながら、D.プルガトリオは再度敵機へと突進するが、やはり不可視の障壁は間違いなく敵機との間に存在し、D.プルガトリオに指一本触れされることすら許さずに立ちはだかり続ける。
全速前進からの突進で激突によって機体にかかる衝撃は、もはや満身創痍のD.プルガトリオにとって一発一発が致命的までの危険性を孕んでいる。またも衝撃に襲われたD.プルガトリオは後方へと吹っ飛ばされ、盛大に尻餅をつくような形になる。
先程と同様に激しく揺れるコクピットの中、機体制御のOSは大洪水のごとくアラートを吐き出し、モニターを土石流のようなおびただしい警告文が埋め尽くしていく。
どうやら、今しがた尻餅をついた際に脚部および腰部の可動域を強打し、ならびに咄嗟に地面へと手をつく格好になったせいで、ただでさえ披露していた両腕部へと瞬間的に凄まじい負荷がかかったようだ。人間で言えば、受け身に失敗して骨を痛めてしまったようなものだろう。もとより無視できないレベルで損傷していたD.プルガトリオは、既に立っているだけでもやっとに違いない。
そこまで痛めつけられながらも、D.プルガトリオはまたも立ち上がった。立っているだけでもやっとの機体フレームに鞭打ち、もうろくに動かない可動域を叱咤して、三度目の突進を図る。
脚部が損耗している関係上、突進するD.プルガトリオは前かがみだ。それが図らずも頭突きをする姿勢へと繋がり、突進と同時に不可視の障壁へと頭部のパーツを盛大に叩きつける。それによって砕けたカメラアイが散らばり、飛び散った水色の細かい破片がまるで色を付けるように不可視の障壁にかかる。
頭部の可動域も損傷し、あたかも力なくうなだれたようになるD.プルガトリオのコクピットに通信のコール音が鳴り渡る。
『……もういい! 俺たちを逃がす為なんかに……無駄な犠牲を払うようなことはないんだ……! だから……貴機もただちに戦闘を中止して離脱してくれ……っ!』
通信を入れてきた相手は、殆ど動かない機体で今も必死に生き延びようと戦線離脱を試みる機体――雲雀とサラマンディアが逃がそうとしている防衛部隊のイコンのようだ。雲雀が通信に応答するべく通信機のボタンに手を触れた瞬間、『ブツッ!』という耳障りな音とともに相手からの音声が途絶する。ここにきて遂に通信機も壊れたらしい。
「無駄な……もんかよ……!」
もはや相手に音声を送ることのできないコクピットで、雲雀は一人呟いた。
先程、D.プルガトリオが頭突きをした際に、激しく揺れたコクピット内でまたも頭部を強打したのだろう。雲雀の額は切れて生傷が刻まれ、傷口からは少なくない量の血が流れ出している。
頭を打った衝撃で目の前が霞むことに加え、額から流れ出る血がかかって更に視界は悪くなる。愛機と同じく、もうほとんど力の入らない手足を、身体中から振り絞った力を注ぎ込んで動かすと、雲雀は髪飾りとしてつけていたリボンを取り、それを包帯代わりとして鉢巻の要領で額に巻く。
鉢巻を巻いたことが僅かだが、それでも確かに再び気力を呼び覚ましたのか、心持ちはっきりしてきた意識へと更なる気合を注ぐべく、雲雀はまるで自分へ贈るように、息も絶え絶えになりながら途切れ途切れの言葉を紡いでいく。
「あいつら防衛隊はあのけったいな敵のけったいな術と間近で戦って、それで生き残った――だったら、その生の経験を貴重な情報として本部に伝えられる……! あたしらとD.プルガトリオがここであの野郎をただの一発すらドツけなくて、その上返り討ちにあったとしても――きっと……教導団でも、他のガッコの誰でもいい……後に続く誰かがきっと……この戦いの記録を基に……どうしてあたしらがあの野郎をドツけなかったのかを必ず解明してくれる……! だから……何一つ……無駄な……コトなんて……あるかよッ!」
どこまでも激しく痛めつけられ続け、もはや息絶える寸前になろうとも、決して折れない雲雀の心。それに呼応するようにしてサラマンディアも途切れ途切れで息も絶え絶えな声を出す。
「ハッ……ハハッ……コイツぁイイ……これだから……人間ってヤツは……最高だ……!」
ぎこちない動きで首をめぐらせ、サブパイロットシートの方を見やった雲雀は、必死に口を動かした。
「サラ……マンディア……無理すん……なよ……もう……喋る……な……って……このまま……じゃ……ホントに……死ぬ……ぞ……」
するとサラマンディアは不敵に笑って言い返す。
「くたばった……時は……その時だ……それでも……くたばる……前に……チビ一人……連れて……飛ぶくらいは……できらあ……そんぐらい……ヴォルテールの……精霊にとっちゃ……どうって事……無え……よ」
だが、息も絶え絶えなサラマンディアを嘲笑うかのように、敵機が動いた。
両手のマニュピレーターを動かして左の拳を握ると、握り込んだ親指を少しだけ出し、それを人差し指で押さえ込む。そして、左手をその形に固定したまま左腕を上げ、D.プルガトリオに向けて伸ばす。それから一瞬だけ、まるで何かに集中するかのように一切の動きを止めた直後、人差し指で押さえ込んでいた親指を勢い良く跳ね上げた。その動きはまるで威勢良くサムズアップするようにも見える。
……いや、それ以上にそっくりなものがある。その動きというのは――。
「コイン……トス……?」
敵機の奇妙な挙動に雲雀は思わず声を上げ、朦朧とする頭で敵機の真意を推し量ろうとする。しかし、その思考は機体に走った衝撃で中断された。
驚いた雲雀が弾かれたようにモニターで機体状況をチェックすると、コイントスのような動きの直後にD.プルガトリオの両腕が肘上あたりから千切れるようにして吹っ飛んでいた。
その破壊の痕跡は、あたかも見えない銃撃によって両腕を撃ち抜かれたかのようだ。
今のダメージがもとで、コクピットシステムにも遂に深刻なダメージが押し寄せてきたようだ。サブカメラでかろうじて拾えていた機外の映像も、まるで映りの悪いテレビのように不鮮明になっていく。不鮮明な映像の中で敵機は再び拳を握り、『コイントス』の体勢に入ったようだった。
(あばよ……D.プルガトリオ……そして……サラマンディア……みんな最高の仲間だった……ぜ)
観念したように目を閉じ、雲雀が心の中で仲間たちへと別れの言葉を告げた瞬間、立ち尽くしているD.プルガトリオから若干離れた場所が衝撃で激しく揺さぶられた。
未だ自分とサラマンディアが生きていることに驚きながらも、恐る恐る目を開けた雲雀の目に飛び込んできたのは、ボロボロになったD.プルガトリオを庇うように舞い降りた二機のイコンだった。