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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

リアクション

『……敵機への損害、ほぼゼロと推察、こちらの火力での撃破を想定した作戦における難易度の修正もやむなしか……!』
 苦しげに呻くような悠の声。その声はどこか弱気が垣間見えるようにも感じられる。それに対して発破をかけるように、今度は垂が悠の機体に向けて通信を入れた。
「相手の構えがピーカブースタイルってんなら、ボディのほうはいくらかお留守ってコトだな! そういうことなら最大火力をボディにブチ込んでブッ倒せばいいだけの話だぜっ!」
 垂の叱咤を受け、すぐに回復した悠の戦意を受けてスマラクトヴォルケは再びミサイルポッドとガトリングガンを構える。
『了解した。スマラクトヴォルケの火器兵装の照準を敵機胴部に変更し、再度集中攻撃を行う』
「さっすが悠だぜ! 話が分かるなっ!」
 すぐに戦意を取り戻したスマラクトヴォルケの挙動に歓喜の声を上げながら、垂も操縦桿を操って光龍に再び大型ビームキャノンを構えさせる。
『朝霧、仕掛けるぞ』
「おうよ! ――オラオラァ! ボディがお留守になってるぜっ!」
 凄まじい気迫とともに操縦桿のトリガーを引き続ける垂。それに習うようにしてスマラクトヴォルケの搭載火器からもミサイルや機銃弾が一斉に放出される。
 それに対して、敵機はピーカブースタイルを維持したままガントレット周辺に虹色の粒子でビームシールドを形成し、そのまま機体背面のブースターをフル稼働させての全速力で真正面から光龍とスマラクトヴォルケの二機へと突っ込んでくる。
 敵機の突進を止めるべく、光龍とスマラクトヴォルケの射撃兵装は更に火を吹き続けた。しかしながら、敵機の突進速度は僅かばかりも衰えないばかりか、順調に加速を続けている。
 トリガーを引きながら垂は再びパイロットスーツの手袋の中で自分の手がじっとりと汗ばんでいるのを感じていた。手がじっとりと湿っているのに対し、口の中はからからに乾いており、心なしか息をするのも苦しい。
「嘘だろ……ノーガード……かよ」
 自分でも気づかないうちに垂は、まるで空気を求めて喘ぐようにそう呟いていた。
 真正面から全ての砲撃を一発も避けることなく受け続けながらも、それをもろともせずに平然と突き進んでくる敵機の姿は垂や悠たちに強烈な恐怖を与えていた。無論、垂たちは頭部への防御に面積を割かれているガントレットの装甲部分やビームシールドの外――防御範囲が頭部に比べて狭い胴体部分を集中的に狙っている。だが、敵機は胴体に高威力かつ何発ものビーム兵器や実弾兵器の直撃を被弾し続けているにも関わらず、ダメージやそれに伴う機能低下が生じている気配がまったくないのだ。
 大量に放ったうちの何発かは流れ弾として頭部の方に飛んでいくも、それらはことごとくビームと実体という二重の防御壁を有する両腕のガントレットに防がれていく。その防御力は胴部に輪をかけて高く、実体装甲にビームが直撃しても難なく拡散させ、それとは逆にビームシールドに実弾が炸裂した際には一瞬で蒸発させ、相手の攻撃手段に関わらず確実にして圧倒的な防御力を発揮できる性能を十二分に見せつけている。
「ッ……! マズったぜっ……!」
 焦燥の声を上げる垂。敵機の持つ予想以上の防御力と突進力は垂が思っていたよりも早く光龍の懐に飛び込むことを可能にしたのだ。咄嗟に垂が機体をバックステップさせて彼我の距離維持しようとするも、それより早く懐へと飛び込んだ敵機はガントレットに覆われた剛腕を豪快に振りかぶり、強烈な右フックで光龍を殴り飛ばす。
「……が……は……っ……!」
 あたかも急発進と急加速、更には急旋回という複数種のマニューバを同時に行ったかのような動きで吹っ飛んでいく光龍のコクピットの中で、凄まじい機動に振り回される垂の身体を引き裂かんばかりにメインパイロットシートの四点式シートベルトが食い込んだかと思えば、次いでやって来た凄まじい衝撃に身体を打ち据えられる。絞殺されかかったような苦悶の声を漏らしつつも何とか耐えた垂は、痛む身体に鞭打ってサブパイロットシートを見やる。
「げほっ……げほっ……はぁ……はぁ……」
 サブパイロットシートに座るライゼも似たような状況のようだ。むしろ、垂よりもダメージは深刻かもしれない。死にそうな様子で何度もせき込み、苦しげに喘いでいる。
「イコン一機を片手一本で殴り飛ばす……化け物かよ……!」
 まだ朦朧とする頭を振って思考を強引に晴れさせると、垂はメインパイロットシートに座り直した。そのまま操縦桿に手を戻し、同じく元の位置に戻した足でペダルを踏み込む。それからほどなくして、垂が操る操縦桿の動きに従い、アスファルトの路面に倒れた光龍が腕立て伏せの要領でその巨体を再び自立させようとするが、半ばまで自重を持ち上げた後、再びアスファルトへとうつ伏せに倒れてしまう。
「クソッ……パワーが上がらねぇ……! ここでヘバるワケにはいかねぇんだ……踏ん張ってくれ……!」
 悲痛な声を漏らす垂。そんな彼女の気持ちとは裏腹に、コクピットのモニターでは機体のエネルギー状況を示すバーグラフがどんどん短くなっていく。
 一方、敵機は光龍のすぐ近くにいたスマラクトヴォルケへと襲い掛かっていた。
『パワーなら互角、スマラクトヴォルケにも十分勝ち目はある――!』
 静かながら闘志に満ちた悠の声に合わせてスマラクトヴォルケがパイルバンカーを敵機へと突き出す。それに対し、敵機は左腕の肘をL字状に曲げ、左手のガントレットを盾のように構えると、その表面でパイルバンカーの先端を正面から受け止めにかかった。ぶつかり合う合金と合金。双方ともに激突した部分が破損することはなかったものの、その凄まじい硬度同士ゆえに互いは激しく弾かれ合う。
『スマラクトヴォルケのパイルバンカーを正面からガードするとは……!』
 ガントレットの持つ凄まじい装甲強度に悠は驚きを隠しきれていないようだった。そんな悠へと更なる追い打ちをかけるように、スマラクトヴォルケのコクピットで鳴り響いたアラート音が通信を介して光龍にも聞こえてくる。
 敵機は左の剛腕でパイルバンカーをガードした一方、スマラクトヴォルケがパイルバンカーを引き戻すより速く、スマラクトヴォルケの機体そのものを右の剛腕で掴んだのだ。
 パイルバンカーを掴み、スマラクトヴォルケの動きを封じたまま、敵機は一歩後退すると、背面のブースターとマッシヴな脚部パーツ特有の健脚による踏み込みで凄まじいまでの勢いをつけて超々短距離の加速機動を行う。そして、堅牢な装甲に覆われた左肩を前面に押し出す姿勢でスマラクトヴォルケに痛烈な体当たりを叩き込んだのだ。
 肩を前面に押し出しての体当たり――ショルダータックルが至近距離から炸裂し、スマラクトヴォルケは大きく後方へと押し出される。必死にブレーキを踏んで踏みとどまろうとするも、敵機のパワーは凄まじく、スマラクトヴォルケの足元には足部パーツが引きずられたことで強引に削り取られたアスファルトに轍ができている。
 重量級のハイパワー機体であるスマラクトヴォルケすら軽々と押し出す恐るべき敵機の怪力。だが、悠は冷静で物静かだった今までの口調からは想像もつかないような裂帛の気合いと共に叫んだ。
『翼! ネル! 那未! アクセル全開! これより敵機を押し返す!』
 悠からの号令に応え、仲間である三人、そして悠本人が同時――まさに一糸乱れぬタイミングで各コクピットに取り付けられたペダルを踏み込んだ。その瞬間、スマラクトヴォルケは四人から力を送り込まれたかのように荒々しい駆動音を立て、敵機へと立ち向かうように自らも体当たりを繰り出す。
 そして――なんとスマラクトヴォルケは機体を拘束されたまま敵機を押し戻していくではないか。
 先ほど自機がされたのと同じように強引な力で相手の足部パーツを引きずり、それによって足元のアスファルトを削り取って轍を描いていく。スマラクトヴォルケの猛反撃はそれだけに留まらない。更に敵機を押し戻し、そればかりかもう一段階加速。各部のエンジンから凄まじい熱量と噴煙を放出しながら猛り狂うスマラクトヴォルケはその勢いに任せて、残存していた施設の建物の壁に敵機を押し付けた――もとい叩きつけた。
『ああっ、施設が大変なことに……』
 通信帯域に流れるネルのぼやきの声、だが悠は毅然とした声でそれを一蹴した。
『構わん! 敵機の無力化が最優先事項だ!』
 しかし、そこまでされては敵機も黙ってはいられない筈だが、力比べの最中とあっては足を踏ん張る必要性から、迂闊に蹴りも繰り出せない。
 戦況が膠着するかと思われたその瞬間、先に動いたのは敵機の方だった。
 両腕と両足は膠着状態のまま、敵機はまだかろうじて自由に動かせる上半身のパーツを後方へと動かし、まるで空を見上げるような姿勢を取る。
「……! ヤバい! 悠、すぐに手を放して距離を取れ!」
 敵機の挙動から意図を察した垂がマイクに向けて叫ぶ。だが、時既に遅い。
 敵機は空を見上げるような姿勢で振り上げた頭部を一気にスマラクトヴォルケの頭部へと叩きつけた。予想外の攻撃方法に一瞬反応が遅れたスマラクトヴォルケは、メインパイロットである悠が乗る頭部への直撃を許してしまう。
『ピ……ブー……イル……ード……たと……ことは……頭部……ピット……と推察……たが……さか……そ……すら……叩き……ると……は……ロット……正気……か……?』
 友軍の通信帯域に流れてくる悠の声は、ろくに聞き取れないほどノイズが酷い。どうやら、スマラクトヴォルケのメインコクピットは相当の痛手を受けたようだ。
 一方、頭突きを仕掛けた側の敵機は特に不具合が生じた気配もなく、平然としている。メインコクピットへの頭突きでスマラクトヴォルケの操縦系統が混乱した好機を逃さず、敵機は半ば埋没していた鉄筋コンクリートの壁から歩み出ると、掴んだままになっていた相手の本体を両手で挟み込み、力任せに押しつぶそうとする。
 凄まじい馬力によって左右から凄まじい圧力をかけられ、スマラクトヴォルケの機体壁が鈍い音を立てる。このまま放っておけば圧潰するのも時間の問題だろう。