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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

リアクション

「ローザマリアか!」
 事と次第を理解し、羅儀は歓声を上げる。それに合わせたかのような絶妙のタイミングで通信が入り、枳首蛇のコクピットに若い女性の声が流れ出す。
『ご名答。狙撃手として、果たすべき仕事は果たすわよ』
 冷静な印象を抱かせるローザマリアの声に混じって、機械の部品同士が噛み合う重厚な作動音、次いで金属が硬い地面を跳ねる済んだ甲高い音がスピーカーから聞こえてくる。おおかた、ローザマリアの愛機であるグレイゴースト?が人間のように器用な手捌きでライフルのボルトを操作し、排莢と次弾装填の作業をこなしたのだろう。パイロットに似て、実に器用な機体である。
 枳首蛇のモニターに映し出されたレーダーの中で、グレイゴースト?を示す光点が移動していく。ローザマリアの狙撃は一度の射撃を終えたら素早く移動し敵に位置を悟られないようにしているのだろう。
 早速、横槍に気づいた敵機がまるで地面からそのまま引き抜いてきた電柱のようなアンチマテリアルライフルを狙撃地点と思しき場所に向けて撃っているが、既にローザマリアは移動した後であり、そればかりか敵機による砲撃の着弾を利用して、舞い上がる噴煙に交じり霧隠れの霧を噴霧。気付いたら辺り一面霧だらけ、という状況を作り出し攪乱してすらいる。
 彼女の狙撃手としての技量は、生粋の狙撃型イコン乗りとして狙撃一本で戦ってきただけあって凄まじい。もはや、驚嘆を通り越して恐怖すら禁じ得ないほどだ。
 更に、念には念を入れて、今頃グレイゴースト?は超電動バリアーも張っているだろう。まったくもって、恐ろしい狙撃手である。
 一方、ホーミングミサイルを避けた羅儀は一安心とばかりに息を吐こうとする。だが、それをまたもアラート音の介入が中断する。
「チクショウ! 今度は何だよ! ああクソッ! もう何でも来やがれってんだ!」
 弾かれたようにモニターへと目を落とした羅儀は素早くレーダーを確認する。すると、レーダーの中でミサイルを表す幾つかの光点が一斉に分裂し、それがまた更に分裂して瞬く間に無数な小さな光点でレーダーが埋め尽くされる。
「フザケやがって! 多弾頭ミサイルだ!」
 モニターに握った拳を叩きつけんばかりの剣幕で絶叫した後、羅儀は傍らの白竜の方を見もせずに口を開く。
「――白竜ッ!」
 傍らの白竜の名を呼ぶ羅儀。それだけで十分だった。
 名前を呼びながら羅儀はコンソール上で指を凄まじい速度で走らせ、変形コマンドを機体へと入力。瞬く間に変形シークエンスを終えた枳首蛇が人型形態となった時には既に操縦桿とトリガーを握った白竜の手で枳首蛇は左右それぞれの手でツインレーザーライフルを二挺のレーザーライフルに分割し、一発一発にかかるエネルギーを節約した射撃でひたすらに連射を繰り返し、施設内へと拡散していこうとする多弾頭ミサイルの数々を撃ち落としていく。
 たった一秒のラグもない完璧な連携。それをまるで息をするようにやってのけるあたりが、この二人がいかに優れたコンビであるかを如実に示していると言えるだろう。
 それでも、既に多弾頭ミサイルは機銃によるフルオート掃射のごとくばら撒かれており、一発の撃ち漏らしもなく撃ち落とすのは至難の業であった。ゆえに、半分以上は撃ち落としたものの、残るすべては施設の各所へと向けて、別々の方向へと更に拡散して飛んで行こうとする。
「マズい……!」
「このまま行かせちまうのかよ!」
 枳首蛇のコクピットで二人が歯噛みした瞬間――。
『こちら天御柱学院所属ソルティミラージュ……エンゲージ』
 突如として教導団の使用している通信帯域に入ってきた通信は若い男の声だった。それと同時に、枳首蛇がホバリングしているよりも高空からビームアサルトライフルの掃射が放たれ、残ったミサイルが撃ち落とされていく。
 そして、高空から一機のイコンが降りてくる。現れたのは鈍く光を放つダークグレーの装甲に鎧われたイコン。大がかりなカスタムがされているが、ブレイドランスを装備していることや、何よりその『さながら騎士のような』姿は間違いなく、とある機体の特徴だった。
「クルキアータ……! まさか本当に天御柱学院に配備されていたとは!」
 驚いたように機体の種別名を口にする白竜。すると、それに応えるかのようにダークグレーのクルキアータから枳首蛇に通信が入る。
『こちらは村雲 庚(むらくも・かのえ)壬 ハル(みずのえ・はる)。天御柱学院から救援に来た者だ』
 すると白竜は礼節の整った返事でそれに応えた。
「救援、誠に感謝します。私はシャンバラ教導団 情報作戦諸科 情報科所属 叶白竜 中尉。目下現在、第03イコン小隊の隊長として作戦行動にあたっています」
『了解だ。白竜、あんたが隊長さんか。同じ土俵に付き合う必要は無ぇ。機動力で翻弄……敵の無力化を図る』
 その応答とともにソルティミラージュは背面の推進機構を稼働させて高機動戦闘の準備に入った。
『それと、だ――』
 推進機構がエネルギーを放出する音に混じって再び庚の声が通信機から流れ出す。
『第03小隊ってのは味気ねぇ。もっと他の名前は――』
 庚が通信機でそう呟き、ソルティミラージュが加速に入ろうとする直前、そうはさせまいと敵機が動いた。
 敵機の胸部装甲が左右に開き、その下からは二門のガトリングガンが現れる。姿を見せるなりガトリングガンは高速で回転を開始し、凄まじい連射力で機銃弾を掃射し始める。
 中距離からの機銃掃射に対し庚は果敢に反応し、ソルティミラージュは側面の推進機構からエネルギーを放出して回避を試みる。だが、ガトリングガンの射角は広く、弾幕は厚い。いかにソルティミラージュの機動性をもってしても、『点』や『線』ではなく『面』での射撃の回避は困難を極めた。
 幅広く、そして濃厚な弾幕でソルティミラージュとその付近にいた枳首蛇が追い詰められていく中、唐突に通信機のコール音が二機のコクピットでスピーカーを鳴らす。
『確かに、第03小隊っていうのは味気ないね。俺もそれに賛成だ。って、今はお仕事お仕事♪ そいつのの武装をどうにかしてやろうじゃないの』
 唐突に入った通信は敵機と同じく未確認機からのものだ。その通信を通して少年の声が枳首蛇とソルティミラージュのコクピットでスピーカーを震わせた直後、どこからか放たれたビームが敵機の胸部ガトリングガンを直撃する。直撃したビームはガトリングガンを破壊こそしなかったものの、唐突にガトリングガンの回転は止まり、それに伴って掃射も停止する。敵機は今もガトリングガンを稼働させようとしているようだが、何かが引っかかったような小刻みな金属音が響くだけで、一向にガトリングガンは動かない。そして心なしか、ガトリングガンの表面がうっすらと光っているようにも見える。
『お! 上手くいったみたいだな! へへっ、ざまあみろ! カッチコチンに凍り付いてやがるぜ!』
 再び入る未確認機からの通信。その発信源を特定した白竜は小さく声を上げる。
「発信源はこの施設内、それも当機の付近か」
 すぐさま白竜はソルティミラージュに通信を入れる。
「当機および貴機の付近に未確認機がいる模様。注意されたし」
 どうやらその通信を聞いていたのか、未確認機からの通信が再び通信帯域に割り込んでくる。
『おいおい! ちょっと待ってくれ! 味方だから! 俺、味方だから!』
 通信帯域に響き渡るその声はかなり焦っていた。そして、それと同時に枳首蛇のコクピットでレーダーに光点が突如として出現する。光点が出現した場所は、たった今しがた白竜が特定した未確認機からの通信の発信源と思しきポイントだった。
 敵機の動向を警戒しつつ、枳首蛇とソルティミラージュは素早く回頭し、そのポイントをカメラアイで捉える。二機のメインカメラが見据える先で、風景の一部がおぼろげとなった直後、一機のイコンが現れた。
『プラヴァータイプか。どこの所属だ?』
 未だ僅かに警戒の色を残しながら、庚が問いかける。
 すると今度は先程の少年の声とは違い、真面目そうな少女の声が応答した。
『申し遅れましてすみません。蒼空学園のカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)です。それとこちらは私のパートナーの緋山 政敏(ひやま・まさとし)
 カチュアの声に続き、再び政敏の声が通信帯域に鳴り響く。
『んでもってこれが俺たちの機体――透けるブラジャー!! ……ではなく、蒼空学園で開発された遮蔽装置搭載型プラヴァー。蒼空学園で開発されたステルス機を改修し高機動近接戦を可能とした機体――その名も黒月だぜ!』
 政敏がそう言い終えたのに合わせるかのように、姿を現した機体――黒月が武器を構えてみせる。
『政敏、ひとまずは機体全域へのエネルギー供給が回復するまで防戦で行きましょう』
 すぐさま入るのはカチュアからの一言だ。それに納得がいかないのか、政敏が嫌そうな声を上げる。
『ちょ、ちょっと待てぇぇぇい! ここまでカッコ良く登場しといて、そっからすぐに消極的っつーか、逃げ腰っつーか、そんな戦い方してたらカッコ悪いだろうが』
『ですが、朧モードに移行してのステルス状態から一瞬だけ姿を現し、冷凍ビームの急速チャージと発射、その直後再び朧モードを再起動してのステルス状態突入――極めて短期間にこれらを連発したせいで現状の黒月はエネルギーの消耗が激しいんです。そこは理解してください』
『ちぇっ……わかったよぅ……あぁ、せっかくカッコ良く登場したのによ』
 夫婦漫才のようなやり取りをしばらく静聴していた枳首蛇とソルティミラージュは、ほぼ同時に通信機伝いに黒月へと語りかけた。
「お話の所、申し訳ありませんが――」
『話は済んだか?』
 重なり合った白竜と庚の声に、政敏とカチュアははっとなって口をつぐむ。
『何だい?』
『何でしょうか?』
 しばらくした後、二人同時に口を開いたようで、政敏とカチュアの声も重なり合う。
『で、これからどうするんだ? 白竜?』
「まずソルティミラージュと黒月の二機には私の指揮下に入ってもらいます。そして、私たちの三機に後方支援のローザマリア機を加えた四機――第03小隊全機で一斉攻撃を仕掛け、敵機の鹵獲を図ります」
 すかさず問いかけた庚に即答する白竜。すると申し合わせたようにローザマリアのグレイゴースト?から通信が入る。
『話はまとまったようだね。あたしのグレイゴースト?はロングレンジが本領。だから私はここから援護に徹する。あんたたちはその隙に敵を取り押さえて頂戴』
 的確な提案にまず頷いたのは白竜だ。
「了解しました。二機とも異存はありませんか?」
 通信機に向けて問いかけると、すぐに答えが返ってくる。
『こちらソルティミラージュ、異存なし。委細了解だ』
『俺も問題ないぜ! とっとと黒月と03小隊の面々で片づけてやろうじゃないの!』
 威勢の良い返事が来たのと同時、遠方からの砲撃音がまるで号砲のように響き渡る。ローザマリア機からの援護射撃が始まったのだ。
「全機発進! まずは散開して多方面から敵機へのアプローチを!」
 通信機に向けて白竜が指令を出す横で、羅儀が勢い良くペダルを踏み込みながら問いかける。
「どうすんだ? あのクルキアータのカスタムに合わせるんなら、飛行形態のままで行くが」
「それが妥当だろう。目下現在、こちらは四機編成とはいえ、火力の彼我戦力差は同等か敵側が優勢。こちらに優位があるのは機動性だ。それに、ソルティミラージュと足並みを揃える上でも機動力はあった方が良い」
「了解。それじゃ、行きますか!」
 手短にやり取りを終えると、羅儀は操縦桿を捌き始める。操縦桿に集中していることで羅儀の両手が塞がったのを見て取った白竜は、彼の意図を言葉なくして察し、ソルティミラージュへの通信を素早く繋いだ。
「すまねえ、助かるぜ!」
 白竜に礼を言って羅儀はマイクに向けて威勢良く叫ぶ。
「単純な機動性なら飛行形態になったフィーニクスタイプのが上だ。そういうわけだから、下半身のマイクロミサイルと多弾頭ミサイル、それに二連装ガトリングガンは俺らが引き受ける! そっちは上半身のミサイルを頼む!」
 ソルティミラージュに向けて告げながら、羅儀は操縦桿を大きく倒した。それに応じて飛行形態の枳首蛇は大きく機首を傾け、一気に急旋回へと移行する。
 敵機はうまいことその陽動に乗ってきてくれたようで、急旋回していく標的を撃墜せんと左右腰部と両脚部のミサイルポッドが開き、噴煙を引きながら発射された多弾頭ミサイルとマイクロミサイルの群が枳首蛇へと殺到する。更には、先ほどからしきりに駆動させ続けていたのか、凍結が解けて再使用が可能となったガトリングガンまでもが火を吹いた。