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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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 ミルトが自己紹介と目的を語る間にも、彼のブルースロート――Seele―?は搭載された装備を起動し、それを展開していく。
『それにしても、こーんな目立ちそーで重そうな機体、五機もどうやってここまで運んだんだろうねー?』
 ミルトの疑問はもっともだ。
『全部に飛行機能がある訳じゃないし、イコンでイコン抱えて飛ぶとか無理な感じだし……海京なら周りが全部海だから侵入し放題なところはあるけど。パラミタに敵のプラントがあるのかな?』
 教導団および救援に来た各機のコクピットには通信回線を通して送られてくるSeele―?のコクピット風景と、猫の目のようにくるくると表情の変わるミルトの顔が映し出されていた。
『まだ何かあるんじゃないかなぁ……なーんかやな感じ』
 次に映し出されたのは、しかめっ面のミルトだ。過去の機体を思い出して、しかめっ面をしたのだろうか。一瞬上空を見上げてぽつりと呟いたのだった。
 ブラッディ・ディバインの新型イコン開発者が当時の特殊機体の制作者と同じ為、ミルト本人はよく知らないが、何となくイコンパイロットとして直感的な共通点を感じているのだろう。
 ミルトが疑問を次々と口にし、表情をくるくると変えている間に、ブルースロートの持ち味である、極めて高い電子戦能力および、それを活かした電子戦装備が牙を剥いていた。
 もし、語りや表情の変化で戦域にいる者たちが気を取られている間に電子戦を人知れず始めていたのが意図的なものだとすれば、ミルトは実に末恐ろしいパイロットだ。
 パイロット不在の遠隔操作を考慮しての敵機体へのジャミングや無線・電波傍受からシステムへの強制介入でコントロールを一部奪うといった電子戦攻撃が同時並行で敵機へと襲い掛かる。もし、この電子戦攻撃が効果を発揮すれば、ただちに敵機は攻め落とされ、無傷の状態で教導団の手に落ちることになる。だがしかし、結果は意外なものだった。
『ウソ……冗談でしょ? この機体は遠隔操作じゃないし、それどこかこの機体のパイロット、さっきからずっと操縦補助システムや各種管制システム――みんなが当たり前に使ってるシステムを全部切ってて、オールマニュアルで動かしてるよ……』
 その呟きを聞き、真っ先に驚きの声を上げたのは、レリウスだった。
『何……だと……? 全くのマニュアル操縦だというのか……』
 もはや驚愕を通り越して狼狽の色すら感じられるレリウスの声に、同じく狼狽したような声音でミルトは応えた。
『うん……詳しくは実際にコクピットを開けて、実物を見てみないと何とも言えないけど――電子戦をしかけてみて判った限りではプログラム制御の類は殆ど起動してないよ。そりゃさすがにOSは積んでるだろうけど、それでもきっと使ってるのは最低限のOSだけだと……思う』
 一般的にはイコンの技術が進歩し、機体性能も進化するに連れて、その構造は複雑化の一途を辿る。ゆえに、イコン本体やそれに伴う武装といったハード面は、OSや各種補助・管制システムなどのプログラム、即ちソフト面と手を携えて共に歩むように進化してきたのだ。よってハード面とソフト面の進歩は正比例する。逆に言えば、高性能化した本体や武装を有するイコンを操縦するには、もはやシステムによるサポートが不可欠な所まで来ているのだ。
 だが、現行機の中でも最新型である第二世代機すら明らかに凌駕する性能の本体および武装を持つにも関わらず、敵機はシステムによるサポートを要さずに操縦されている。
 矛盾を孕む不可解な存在であることが判明した敵機を前に、レリウスやミルトたちが思考の迷宮へと迷い込みかけたのを助け出すように、唯斗が彼等を一喝する。
『確かに面妖な敵であることは否めません! なれど、今は眼前の敵との戦いに一意専心すべき時! 迷い、悩み、熟考に熟考を重ねるのはこの戦いを終えた後で、いかほどでも出来ましょうぞ!』
 その言葉に違わず自ら率先して、唯斗とエクスの二人が乗る魂剛が敵機と静かに睨み合う。その様相はさながら達人同士の立ち合いだ。どうみてもイコン同士の戦いであるはずなのだが、不思議と人間同士の戦いに見えてしまう。
 まるで数時間に感じられるほどの緊迫した数秒間が経過した頃、再びシュペーアのコクピットでアラートが鳴る。どうやら、また何かが接近してきているらしい。しかも、その接近してきている何かは全速力でこちらに向かっているばかりか、もはや激突することも厭わず……というより、激突するつもりでこちらに向かっているようだ。その証拠に接近を知らせるアラートは驚くほど短い間隔で大音量かつ小刻みなものへと変わっていく。
『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
 裂帛の気合いを込めた雄叫びが無線帯域に全域に響き渡った瞬間、戦場に飛び込んできたのは新たなイコンだった。
 新たなイコンは甲高い耳鳴りのような音――大型超高周波ブレードのフル稼働音を盛大に鳴らしながら、斜め上方から急降下しつつ敵機へと斬りかかる。まるで機体同士を衝突させるかのような攻撃に、同じく大型の振動ブレードで斬撃を受け止めた敵機は、思わず後方へと吹っ飛ばされそうになるのをバーニアの噴射で咄嗟に堪える。
『さあ、始めようじゃない。聖像同士による、とんでもねえ戦争ってヤツをね!』
 戦場に飛び込んできた新たなイコンから発せられた通信は若い女性、それもまだ少女と言える年頃の声だった。
「シュペーアより魂剛へ。あの機体に見覚えはあるか? こちらでもデータベースを照合しているが、該当する機体のデータが存在しないようだ」
 レリウスからの通信に唯斗もしばし考えた後で、困ったように答える。
『申し訳ありませんが、俺にも見覚えがありません。空戦を想定した機動性やフォルムの特徴から見て、天御柱学院のジェファルコンタイプとは思いますが……』
 濃いヴァイオレットと薄いヴァイオレットが入り混じるツートンカラーに要所要所を彩る発光パーツという外観を持つこの機体は、確かにジェファルコンに似ていると言えなくもない。だが、ジェファルコンに比べてそのフォルムは格段に細身で、更にはビームサーベルもかなり細い。また、要所要所の発光パーツやビームサーベルの発光色は本家ジェファルコンが薄い水色なのに対し、この機体のものはエメラルドグリーンだった。
 ヴァイオレットの機体は再び大型高速振動ブレードを振りかぶると、その刃を敵機へと苛烈に打ち込んでいく。その怒涛の攻めにさしもの敵機も一度距離を取らざるを得ない。そうして敵機が離れていったのを見計らって、レリウスはヴァイオレットの機体へと通信で呼びかけた。
「救援に来てくれた方とお見受けする。失礼だが、あなたの姓名をお教え願えるか?」
 すると返答はすぐに返ってくる。
『あたしは、と……ジナイーダ・バラーノワだ。所属は聖カテリーナアカデミーだよ。よろしくね!』
 ヴァイオレットの機体――ザーヴィスチに乗るこの少女の本名は富永 佐那(とみなが・さな)といい、その仲間である二人はそれぞれ立花 宗茂(たちばな・むねしげ)足利 義輝(あしかが・よしてる)という。しかし、ゆえあって現在、佐那は『ジナイーダ・バラーノワ』、宗茂は『伊東万所』と名乗っている。また、本来の所属は天御柱学院だが、名前と同様に現在はそれとは違う所属――『聖カテリーナアカデミー』の所属を名乗っているのだった。
 佐那が名乗りを終えた直後、今度は別の声が通信帯域に流れてくる。どうやら声の主は若い男のようだ。
『金鋭鋒殿は、所属不明のイコンと言ったが、あれは本当にイコンなのでしょうか。此処まで人に近い動きを再現し、あの剣裁きに太刀筋――まるで公方様と手合わせをしているかの如し。巨大な機晶姫……といった可能性を疑ってみたくもなります』
 その声の発信源はサーヴィスチだ。おそらく、佐那のサブパイロットのどちらかの声なのだろう。
『私が相手のイコンの利き腕を探りましょう。あそこまで人に近い動きなれば、ましてや達人が如し剣裁きなら、利き腕の様な癖も僅かながら再現されている筈です。センサー機器等の管制も併せて担当し太刀筋や間合いへの踏込を読んで解析し見切る様努めましょうぞ』
 通信機を入れっぱなしになっているのか、まだサーヴィスチのコクピット内での会話は通信帯域に流れてきていた。
『わかったわ! そっちはよろしく、むね……万所!』
 すると聞こえてきたのは堂々とした返事だ。先程からの声の主はおそらく、佐那のサブパイロットの一人である宗茂だろう。
『心得ましてございます。利き腕が分かりましたならば、接近して仕掛ける際に利き腕が右なら左から切り込む様にして戦うのを、ゆめゆめお忘れなきよう』
 佐那に言い含めると、宗茂は会話を終えたようだ。
 援軍を加え、未確認の敵機体へと立ち向かう教導団。
 この戦いの行方は、果たして――。