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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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(ティー……さよならだ)
 心の中で別れの言葉を継げ、鉄心が左右それぞれの手に力を入れようとした時――。
 短い間に何度も聞いたあのけたたましいアラート音がまたもコクピット内で盛大に鳴り響く。
 咄嗟にモニターへと目をやった鉄心は思わず歯噛みした。レーダーには新たな反応が五つ。
「新手か……こんな時に……っ!」
 絶体絶命の状況で、更に新手が襲来したとなれば、せめて逃がそうと思ったティーたち三人すらも無事に逃がせそうにない。
「もはや……ここまでか……」
 力なく呟き、顔を伏せた鉄心が諦めと共にコンソールと操縦桿に触れた手から力を抜いた瞬間だった。
 他の機体との最接近を知らせるアラート音が鳴った直後、巨大で重たい金属の塊同士が豪快にぶつかり合う重厚な轟音が鉄心の耳朶を震わせる。
 はっとなって顔を上げた鉄心の前で、深緑のシルエットに変わってモニターに映る風景を埋め尽くしたのは、水色に輝くパーツが所々に光る白いイコンだった。
「イーグリット!?」
 新たにモニターへと大写しになった機体を見て、鉄心は思わず声を上げる。
 間違いない。何を見紛うものか。
 今、サルーキのコクピットでモニターに大写しになっているのは天御柱学院の前正式採用機であるイーグリットだ。
 Pi!
 そしてサルーキのコクピットで響くビープ音。ただし今度はアラートではなく通信のコール音だ。
『悪ぃ、待たせちまったな! あたいは天御柱学院の狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)! あんたらを助けにきたぜッ!』
 いきなり通信機を震わせる豪快な声、男勝りで蓮っ葉な喋り方だが、どうやらパイロットは女であるらしい。
 先ほどの重厚な轟音はこのイーグリットが飛行中の加速による勢いを乗せた飛び蹴りを敵機に叩き込んだ時のもののようだ。
『同じくグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)。僕たち二人は君たちを援護するよ』
 続いて聞こえてくるのは少年声。同じイーグリットから聞こえてくるあたり、サブパイロットなのだろう。
「救援……感謝する!」
 感極まった声で言う鉄心。
『良いってことよ! まぁ、あたいが把握してる分では後四人……っつっても実質二人来るみてえだけどよ、アイツらイコンじゃねえからな……いつ頃着くかはわからねえぜ』
「どういうことだ? イコン……ではない?」
 鉄心の疑問に対し、まず返ってきたのはため息がマイクにかかる音だ。そして、乱世の音声がそれに続く。どうやら、苦笑していることが声音から窺えた。
『説明すると長くなっから現物を見てくれよ。まぁ、一つ言えることとしちゃあ――あの敵パイロットは「うるさいカトンボめ」とか言うだろうよ……ってこったな』 
 救援に喜んでいた鉄心だが、ややあって冷静な顔に戻ると、乱世へと告げる。
「注意されたし。敵機の性能は君たちの第一世代機はもとより、俺たちの第二世代機すら凌駕している」
 すると返ってきたのは、先ほどよりも更に乱暴な口調の声だった。
『ハッ! 第一世代機だとか第二世代機なんざ関係ないね! ソイツが敵ならブッ倒す! それがあたいらとコイツ――バイラヴァだぜ!』
 乱世が頼もしく言い放つと同時に新たなアラートが鳴り、別の機体の接近を知らせる。
『お! あたいの知ってる以外にも助っ人がお出ましのようだぜ! ったく、何やってんだよ? あんたのがベースにしてんのはコイツのベース機――イーグリットの後継機で有名なジェファルコンじゃなかったのかい?』
 通信機を通して乱世が誰かと会話しているのがサルーキのコクピットにも聞こえてきた直後、再び通信のコール音が入電を知らせた。
『遅くなったね。天御柱学院所属、高崎 朋美(たかさき・ともみ)以下二名、ウィンダムでそちらを援護するよ』
 通信機から聞こえてくるのは中性的な声、それに続いて柔和そうな女の声と粗暴そうな男の声が聞こえてくる。
高崎 トメ(たかさき・とめ)どすえ〜。ほな、よろしゅうたのんますな〜。急襲攻撃……とは『この後に続く戦闘』を有利に進める為に行なう奇策という事やねぇ。まだまだ、敵さん攻めてくる気で居てると思いますよ。ここは、施設の破壊をこれ以上させない事も大切やけど、なんとか余力を振り絞って、敵さんの攻撃パターン、イコンスペック等の情報をなるべく戦闘中の方々から後方に送って貰って『次回以降の戦闘』の為の収集・分析を行なうのがいいと思いますなぁ』
ウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)だ。単純な破壊ならもっと楽だが……敵さんイコンの行動反応パターンやスペックのデータも取りながらってのは、難しいね。ぎりぎりまで力を出して戦わないと、こっちの命が危ないが、これから先も続きそうなこの『敵』との戦い…未来を自分達が掴むためには、情報集めの重要性は理解してるさ。っつっても、考えるのは後ろの連中の仕事だ。俺達は目の前の敵と戦う!』
 朋美およびサブパイロット二人の会話が終わるのを待ち、乱世は通信を入れたようだ。味方全員に行き渡る帯域で通信しているようで、サルーキのコクピットにもそれが聞こえてくる。
 先程、乱世が言った通り、朋美が乗ってきたのは天御柱学院が開発した第二世代機――ジェファルコンタイプのようだ。
 それに続き、またも新たな機体の接近を知らせるアラートがサルーキのコクピットに響き渡る。
「識別は――天学か!」
 サルーキのコクピットでモニターに表示された情報を見て、鉄心は思わず声に出していた。だが、次の瞬間に凄まじい速度で飛来した機体は、イーグリットタイプともジェファルコンタイプとも違う、どちらかと言えばそれらとは似ても似つかない機体だ。
 鮮やかなコバルトブルー一色に染め上げられた機体は古来日本において戦国時代に栄えた鎧――具足を思わせ、携行している格闘武器……天御柱学院の機体である以上、新式ビームサーベルなのであろうが、それも一般的に配備されているものとは違い、まるで拵の施された打刀の柄を思わせるなど、全体的に『和』の意匠で統一されている。特注の新式ビームサーベルを腰のハードポイントに装備している関係で、まるで刀を帯びているように見えるのもその印象をより一層強めている一因だろう。
 更に特筆すべきは、鮮やかなエネルギー翼を形成する飛行ユニットだ。澄み渡る水色のエネルギー翼は天御柱学院のジェファルコンが一対二翼という仕様であるのに対して、四対に渡って装備されており、都合八枚もの翼で空を舞っているのだ。
「速度計測、それによる機体識別予測は――第二世代機。天学の機体ということは、ジェファルコン……タイプか?」
 解せない様子で鉄心が呟くのに合わせたかのように、突如として通信が入る。発信源は――天御柱学院のものと思しき謎の第二世代機だ。
『その通りだ。不知火・弐型――綺雲 菜織(あやくも・なおり)有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)。これより援護行動を開始する』
『相手の戦い方に乗せられる必要もありませんからね。高機動とはいえ、射線は一点。他の方との位置関係で死角に回り込まれないよう、コース算出且つ速度で劣るのなら射撃位置への到達距離を少なくすれば良く、こちらも互いの位置関係から私の方で算出をして行きます。要は、他の機体と連携し全体で包囲をかけ、追い込んでいけば良い。解析情報を元に敵機体――軽量化もしているでしょうから装甲の薄い部分もあるはず。それも私が割り出しますから、情報の共有化はできるようにしておいてください』
 通信機を通して聞こえてくるのは凛とした菜織の声、それに続いて聞こえてきたのは物腰丁寧な感じのする美幸の声。発信源はともに、まさにたった今この空域に現れた機体――不知火・弐型である。
『この機体を撃破するのは無論だが、天御柱学院としての機体の確保を行いたいところだ。そちらの面でも相互協力を願いたい』
 その申し出に対し、鉄心は一にも二もなく頷いた。
「ああ。もちろんだ。教導団としても機体の鹵獲は可能な限り実行する予定だ。こちらこそ協力をよろしく頼む」