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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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『もう鹵獲だ何だまどろっこしいことは言わねえ……ヤツはここでブッ潰す! シフ! 浩一! 俺に続け! 行くぜ、天学のイコンがどれだけの性能か思い知らせてやる!』
 昌毅からの号令を受け、フレスヴェルグの後方にアイオーンとマインドシーカーが並び立つ。それを確認し、まずはフレスヴェルグ自身がバスターライフルを構えた。
 それに続くようにしてフレスヴェルグの左斜め後方に立つアイオーンがバスターライフルを構え、右な斜め後方に立つマインドシーカーもそれに次いでスマートガンを構える。
 二機が銃を構えたのを確認し、フレスヴェルグは号令を兼ねた雄叫びを上げながらトリガーを幾度となく引き、ビーム光を乱射する。
『オラ! オラ! オラ! 受け止められるもんなら受け止めてみやがれ!』
 フレスヴェルグの猛攻に乗り遅れまいとアイオーンもバスターライフルのトリガーを引いた。
『たとえ念動力の障壁とはいえ、新型武装を装備した第二世代機が三機がかりなら!』
 そして、猛攻を放つ二機に続いてマインドシーカーもスマートガンを連射する。
『斎賀さんの言う通りですね。天学のイコンの性能をテロリストに思い知らせてやるには――いい機会です!』
 フレスヴェルグを先頭に三角形を描く陣形で立つ三機のイコンによる一斉射撃に対し、敵機は今までと同じように不可視の障壁を展開する。しかし、今までとは違い、不可視の障壁は攻撃を完全に受け止めきれてはおらず、いくつかの攻撃が完全に減衰しきれずに障壁を突破し、敵機本体の装甲に傷をつける。
 フレスヴェルグとアイオーンのバスターライフルが放つ銃撃がローブ状装甲を貫通し、マインドシーカーが構えるスマートガンの銃弾がローブ状装甲を幾度か撃ち抜いてあたかも虫食いのような穴を穿つ。
 それをしかと見て取った昌毅の判断は速かった。防ぎきれなかった銃撃を被弾しながらも敵機が右手の杖を掲げ、その先端に今度は冷気の塊を生成し始めるのも構わず、フレスヴェルグの機外スピーカーからは威勢の良い声が鳴り響く。
『シフ! 浩一! 援護してくれ! 俺は――ここで一気にヤツを押し切るッ!』
 敵機が右手に持つ杖の先端に生成される冷気の塊がどんどん巨大化していくのにも恐れることなくフレスヴェルグはブーストを全開で放射、突撃を開始する。
『了解。お気をつけて――!』
 杖に冷気をチャージさせまいと、巨大化しつつある冷気の塊を撃ち落とすようにアイオーンがバスターライフルから銃撃を放つ。
『今ここでの突撃なら……実に上策です!』
 咄嗟に杖を傾け、チャージ中である冷気の塊に銃撃を撃ち込まれるのを敵機が避けた直後、今度は杖を傾けた位置へと先回りするようにスマートガンの銃弾が放たれる。
 他の四機同様、この敵機のパイロットも凄まじく卓越した操縦技術の持ち主なのだろう。回避行動中を狙われたにも関わらず、右手首のスナップだけで杖の動きを操り、敵機は杖への被弾を避けようと試みる。
 咄嗟に行った右手首のスナップは功を奏し、敵弾の直撃は避けられた。しかしそれでもスマートガンの銃弾は敵機の杖をかすめて飛んでいき、結果的には杖の破壊にこそ至らなかったものの、見事に冷気のチャージを中断させたのだ。
 マインドシーカーが作ってくれた貴重なチャンスを活かしきるべく、フレスヴェルグは更にブースターを点火して踏み込みのパワーとスピードを一瞬にして最大限まで跳ね上げ、まるで瞬間移動でもしたかのように敵機の近距離へと肉薄する。
 文字通り敵機の胸に飛び込んだおかげでフレスヴェルグが通った後にはその足跡がくっきりと刻まれている。超大型トレーラーや戦車はもとより、10m超の巨大建造物であるイコンが通ることを念頭に置いて舗装されたはずの道路すら軽々と踏み抜かんばかりの勢いで敵機へと接近したフレスヴェルグは、その踏み込みの勢いのまま敵機へと体当たりを敢行した。
 やはり展開される不可視の障壁。だが、またも今までの戦いとは違い、強固だったはずの障壁はフレスヴェルグの突進を完全に受け止めきれずに、じりじりとではあるがフレスヴェルグに前進を許している。
 一方のフレスヴェルグは不可視の障壁に押し留められながらも、背部のブースターを小刻みなリズムでフルパワー放出していた。おそらくコクピットでは昌毅が怒りに任せてめった蹴りにするようにペダルを連打していることだろう。ペダルを踏み抜かんばかりのベタ踏みの連発。不可視の障壁に抑えられていなければ、今頃機体は額を前方の地面に打ちつけんばかりにつんのめって盛大に転倒していただろう。そうでなくとも、ブースターがオーバーロードで破損してしまう危険性すらある。
 だが、昌毅にここで出し惜しみする気は毛頭なかった。フルブーストでの突進という力技で少しずつではあるが強引に進み、まるで不可視の障壁を押し戻すかのように敵機へと接近していく。ある程度まで接近したフレスヴェルグは動力機関の稼働率を最大まで開放し、エナジーバーストを起こしたエネルギーを鉤爪に集めて力任せに障壁を蹴破った。
 障壁を破られたことに驚く暇も敵機に与えず、フレスヴェルグは右手のマニュピレーターを握り、拳を作った右腕を大きく振り上げる。
 そして、フレスヴェルグはフルブーストの勢いを乗せた右拳を力任せに障壁へと叩きつけた。
『こいつはおまえが殺した雲雀の分!』
 絶叫ととともに振り下ろされたフレスヴェルグの右フックは敵機の頭部へと吸い込まれていく。遂に不可視の障壁を破ったフレスヴェルグの右拳は敵機の右頬に炸裂し、敵機を豪快に殴り倒した。大音響をたてて転倒した敵機は右手に持っていた杖状の装備を文字通り杖にして立ち上がろうとするが、フレスヴェルグがそうはさせない。
 敵機が杖を立てた瞬間、すかさず右足を踏み出すような蹴りを放つ。総重量にして約10トンにも達するほどの巨体を支えるイコンの足に踏みつけられ、敵機の持つ杖状の装備はあっけなくへし折られる。半ばからへし折れ、地面に転がった杖の下半分は本体から離れたことで自爆装置が起動したのか音と光を周囲に撒き散らしながら消滅し、それに構うことなく更に詰め寄ったフレスヴェルグは未だ上半身をやっとのことで起こそうとしている敵機へと馬乗りになった。
『そしてこいつも……おまえが殺したサラマンディアの分だァッ!』
 再び機外スピーカーから迸る昌毅の絶叫とともにフレスヴェルグが今度は左拳によるフックを敵機の左頬に振り下ろす。
 二度に渡る強烈なパンチングを受けてとうとう敵機のカメラアイが破損し、割れたカメラアイがあたかも霧のように飛び散っていく。それでもフレスヴェルグは敵機を殴るのを止めない。再び右フックを右頬に、その直後に左をフックを左頬にというコンボを怒りに任せて幾度となく繰り返す。
 既に原型を留めないまでに歪んだ頭部をぎこちない可動音で動かしてフレスヴェルグを睨み付けながら、敵機も反撃を試みようと右手を突き出し、念動力による衝撃波を相手の機体へと果敢に撃ち込もうとする。だが、その衝撃波には既に先程猛威を振るっていた時の精彩は影も形もない。フレスヴェルグの装甲に至近距離から直撃したにも関わらず、空き缶や金属板を叩いた時のような音以外に出るものはない。
 同一の機体とは到底思えないほどに精彩を欠いた念動力は、最強の陸戦兵器であるサロゲート・エイコーンの装甲を前にしてはもはや豆鉄砲にすらならなかった。防御の面でも同様だ。頬左右へのフックが迫る度、敵機は毎度毎度不可視の障壁を張るも、そのことごとくが易々とフレスヴェルグの拳によって叩き壊され、何の防御壁にもならないまま頭部へのフック直撃を許す。もろくなった不可視の障壁は、さながら炎天下のマンホールに落ちた氷のようだ。
 念動力が使えないとわかった敵機はかろうじて上半分が残った杖を掲げ、先端へとチャージした火炎を放つが、それも念動力衝撃波と同じくフレスヴェルグの装甲に傷一つつけらない。すぐに火炎から冷気に切り替え、更には電撃に切り替えて次々に魔法攻撃を放つも、そのいずれもが同様の結果に終わる。それこそ、これらの魔法攻撃でフレスヴェルグの受けたダメージなど、人間で言えば火炎は熱いというより温かいレベル、冷気は寒いというより涼しいというレベルに過ぎず、電撃に至っては下敷きの表面をこすった時に静電気がパチパチした程度だ。
 そうしている間にも敵機はフレスヴェルグに馬乗り姿勢のまま頬はもちろん身体中を殴られ続け、ローブ状装甲および杖状装備はもはや原型を留めないまでに破壊され、機体本体も既にスクラップ同然だ。
『雲雀とサラマンディアの仇だこの野郎! 死ねぇ!』
 敵機がスクラップ同然になってもなおフレスヴェルグが殴り続けていると、唐突に敵機の胸部装甲が展開しハッチが開き、内部に格納されていたコクピットブロックが射出されて飛び出す。どうやら、緊急脱出機能が作動したようだ。
『捕まえて!』
 弾かれたように叫ぶシフの声がアイオーンから聞こえてくるのが早いか、フレスヴェルグは本格的な加速飛行に入ろうとするコクピットブロック――もとい脱出ポッドを両手で挟み込むようにして掴み、しっかりと捕まえる。
『おおっと、逃がしやしねえぜ? おまえには……たっぷりと吐いてもらうからな――』
 脱出ポッドの中の敵パイロットに言い聞かせるような昌毅の声が機外スピーカーを通して放たれる。
『しっかし……かってえな……この……! ったく、まるで缶切りなしで缶詰を開けてるみてえだぜ』
 機外スピーカーで敵パイロットに向けて言い終えた後、フレスヴェルグが手に持ったままの脱出ポッドの繋ぎ目――開閉部分にあたる箇所に指を突っ込んでこじ開けようとした時だった。
『――こちら対ヴェレ班の久我浩一です。そうですか、対ヴルカーン班が戦闘終了……なんですって!? ――いけないっ! 斎賀さん! すぐにそれを放してください! 敵パイロットはさっき杖の半分が消滅した時と同等かそれ以上の威力で……自爆するつもりです!』
 焦った口調の浩一にそう言われ、フレスヴェルグは手に持つコクピットブロックを反射的に上空高くへとオーバースロー気味に放り投げる。間一髪、放り投げられたコクピットブロックは頭上で大爆発を起こし、もし後一秒でも投げるのが遅れていたら今頃フレスヴェルグは甚大な損傷を負っていたかもしれない。
『あっぶねえ……って!? こっちもかッ!』
 安堵の息をほっと一息吐こうとして何かに気づいた昌毅は咄嗟にフレスヴェルグをジャンプさせる。正確に言えばジャンプというより前方の地面に向かってタックルするような前転で迅速かつ大幅に敵機からフレスヴェルグが飛び退いたのと同時に、コクピットブロックが抜けたまま残っていた敵機の残骸も他の部位と同様に大爆発を起こして消滅する。
 閃光と爆風、そして轟音の余波がようやく収まった頃、フレスヴェルグが前転した状態のままコクピットブロック周辺を覆っていた手を放すと、それに伴い解放されたハッチから昌毅とマイアが降りてくる。その姿を認め、アイオーンとマインドシーカーも膝をつく姿勢で停止すると、コクピットハッチが開き、膝頭を伝ってパイロットたちが降りてくる。
「なんとか……しのげたか……くぅ――結構な戦いだったぜ」
 緊張の糸が切れたのか、全身から脱力した様子で昌毅はフレスヴェルグの踵に背に寄りかかったまま座り込む。
「ええ。俺たち三機の連携、そして雲雀さんとサラマンディアさんの奮闘がなければ、今頃倒れていたのは俺たちだったかもしれません」
 昌毅の言葉に相槌を打った浩一も同じような状態なのか、脱力しきった様子でマインドシーカーの踵に背を預けている。
 脱力した様子で安堵の息を吐いていた昌毅だったが、次第に表情をきりりと引き締め、複雑な思いがない交ぜになっていることを窺わせる表情で呟いた。
「ああ、そうだ……あいつらの――雲雀とサラマンディアの犠牲があったからこそ、今こうして俺たちは……ここにいられる」
 浩一の言葉に誰も口をはさむ者はいなかった。皆が一様に悲痛な顔で彼の言葉に聞き入り、ことマイアに至っては血が出んばかりに唇を噛んで涙ぐみ、下を向いて必死に落涙を堪えている。
 彼に次いで言葉を発しようとする者は誰もおらず、ただ長い沈黙だけが場を支配していく。
 しばらく沈黙が続いた後、それを唐突に破ったのは彼等以外の声だった。
「雲雀とサラマンディアなら大丈夫だ。重傷を負って気絶しているが、まだ手の施しようは十分にある」
 その声にはっとなった浩一たちは揃って声の主を振り返る。振り返った先にはパワードスーツを纏った三人の兵士と、先頭の兵士に担がれている雲雀とサラマンディアの姿があった。
 じっと見つめてくる浩一たちに向けて先程の声の主――パワードスーツ隊の先頭を張る兵士はヘルメット越しの声で答えた。
「失礼。僕はトマス・ファーニナル少尉。このトマス隊の隊長だ。教導団員として君たちの救援、心より感謝する。他ならぬ君たちと……そして、雲雀とサラマンディアのおかげで、取り残された作業員をはじめとする非戦闘員を一人残さず救助できた。もちろん、雲雀とサラマンディアたちもだ。君たちの助けがなければ……トマス隊だけでは正直どうにもなかなかった。改めて礼を言うよ。教導団員として、そしてトマス隊の隊長として、君たちの救援――心より感謝する」
 雲雀を左肩に、サラマンディアを右肩にそれぞれ背負っている為に両手が塞がって敬礼できないトマスに代わり、後方に控える二人の隊員が最敬礼を浩一たちに送る。
「はは……ははは。良かったぜ……ホント――良かったぜッ!」
 雲雀とサラマンディアが助かることを知り、浩一は弾かれたように立ち上がって喜びを表す。そして、その隣では遂にたがが外れたのか、マイアが号泣していたのだった。