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大嵐を起こすために顔を洗う妖怪猫又

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大嵐を起こすために顔を洗う妖怪猫又

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第4章 猫又寄せの玩具作り

「東雲、なぜ俺をここに連れてきた?」
「なんとなーく街並みが日光江戸村っぽいから、三郎さんも懐かしく思ってくれるんじゃないかなと思って」
 五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)はパートナーの方へ振り返り、どこか似ているところはない?と聞く
「俺が知っている日本の風景とは、どこか違う気がするが…」
「んー…そうなのか。…三郎さん?」
 雑貨屋をじっ…と眺めている上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)の名を呼ぶが、彼は返事をせず何か考えるように足を止めている。
「(菓子がこの値段か。子供の小遣いでも簡単に、手に入るようになったんだな。塩も他の物も、あの頃に比べて随分と安値になったものだ…)」
 自分がいた時代と比べると、どれも一般庶民が買い安い値段になっている。
「(現代文明に慣れてない三郎さんを労わる為に、葦原を選んだんだけど…。返って心の傷を蒸し返してしまうかな…?)」
 品物や建物を無言で眺める三郎景虎に寄り、ちらりと彼の顔を見る。
「散歩には不向きな日だが…。たまには、こういう場所に出かけてみるのもいいな」
 あの子なりに、俺を労わってくれているんだろう…。
 町並みは少し違うが、どこか懐かしい感じがする。
 だが、過去は過去。
 東雲が思っているほど、ささくれ立った部分は刺激されていない。
 心配をかけてしまったことは心苦しいが、もはやどうにもならないことだ。
 ……俺の心に刻まれたものも。
「(それを口に出して伝えるのは…。今の俺にとっては難しいな。まぁ…せっかく来たのだから、ここは東雲に任せよう)」
 こうやって手を引いてもらうのも、なんだか懐かしい気がする。
「何か欲しいものはあるか?あいすや綿飴もあるぞ」
 彼に兄の面影を見ていたが、年下に見えるせいか弟のように可愛がっている。
「誘ったのは俺だし、何かあれば買ってあげるよ」
「いや…、特にないんだが…。……ところで東雲、その面妖な物体は何だ?」
 東雲の頭に張り付いている、生き物なのか無機物か不明な物体を指差す。
「シロをモデルに、編みぐるみを作ったんだ」
「何…っ、そうだったのか」
 ンガイ・ウッド(んがい・うっど)と見比べてみるが、どの辺りが似ているのか分からない。
 とりあえずそれが“編みぐるみ”というものだということだけを理解した。
 超初心者級の腕前で作られたそれは、平行な位置につけられていない目玉で、三郎景虎を見ているような気がする。
 口の部分は微妙に曲がり、不機嫌なのか笑っているのか、まったく不明だ。
 シロ本人も、何をモデルにして何を作ろうとしたのか、分からなかったが自分がモデルだと言われ、“似ているのはやはり色のみであるな…”と、心の中で呟いた。
「(我がエージェントは気配り上手であるが、手先は不器用であるな。それにしても、散歩に行くと言うのでついてきてみれば、ネガティブ侍のためだったとは)」
「シロもあまり喋らないね?やっぱり、天気が悪いからあまり楽しくないかな…?」
「天気はどうでもよい。…この土地、妙に騒がしいような気がするのであるが?」
「そう?大雨なのに買い物客がいて、賑やかだなって思うけど」
「東雲が選んだ場所に、不満でもあるのか?」
「むっ、そういうわけではないのである!」
「ね、ねぇ。そろそろお茶にしない?そこに喫茶店があるよ」
 ケンカしそうな2人の間に入り、茶屋へ行こうと誘う。
「茶か。東雲が勧めるなら、俺はかまわないが…」
「ん…我がエージェント、頭にあった編みぐるみはどこへ…?」
「あれ?ちゃんと乗せてたはずなのに」
 シロに言われ、そこにあったはずの物に触れようとするが、どこにもない。
「―…あれは、浮遊する物なのか?」
「えっ。そんな凄いのは作れないよ、三郎さん。って、浮いてる…どういうこと」
「ぬいぐるみなのかにゃ?」
「だ…、誰かそこにいるの?」
「姿が見えないようだが…、何者だ?」
「なんだかよく分からない、つまらないにゃっ」
 声の主は名を教えず、ポイッと編みぐるみを投げ捨てた。
「せっかく作ったのに…」
「(東雲の手作りの物を無残に捨てるとは…っ)」
 三郎景虎が傘を放り投げると、その中に編みぐるみが落ちる。
「泥はついていないな。一生懸命、作ったんだろ?」
「うん、ありがとう」
 東雲はニコッと笑顔を向けて礼を言い、受け取った編みぐるみを頭に乗せる。
「この地を騒がしている者の仕業なのでは?」
「そうなのかな。よく見れば、可愛いと思うんだけど、これ…」
「ぶちゃいくはキライだにゃあ!」
「―…ぶ…不細工!?」
 まったく似ていない物だが、なぜか自分のことを言われた気がしたシロは、ムッとした顔をする。
「おのれぇ…どこにいる!?姿を見せるのである!…むっ、猫?」
「フゥウゥゥゥ〜…にゃぁあああーーー!!」
 お供え物を貰えず、イライラしている猫又は顔をごしごしと洗い、シロに八つ当たりして落雷を落とす。
「ほれほれ、どこを狙っているのである。我に命中しないようであるが?」
「そのうち当たるにゃっ」
「落とされる前に、建物中へ避難するのである。…ふぎゃぁああっ!?」
 だが、下手な鉄砲も数撃てば当たる、ということだろうか。
 茶屋へ逃走しようとしたが、雷がシロの脳天に直撃してしまう。
「―…東雲、茶屋へ行くんだったよな」
「ぇ…?でも…、シロを放っておくのは可愛そうだよ」
「焦げて気絶しているだけだろ?目を覚ませば勝手にくるはずだ。俺たちは先に、茶屋へ行くとしよう」
 三郎景虎は冷たく言い放つと、彼の手を引いて茶屋を探す。



「誰かの悲鳴が聞こえましたね…」
 雷が落ちる瞬間を目撃した御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、民家の近くにいた誰かに落ちたのだろうか…と呟く。
「犠牲者が増えないうちに、玩具を一刻も早く完成させましょう。座敷わらしさん、お社を作業場としてお借りしてもよろしいですか?」
「いいけど…。あんまり大きい社じゃないから、1人しか入れないよ?」
「そこに仕掛けるわけではないので、私が入れるくらいならスペース的には問題ありません。では、お借りしますね。使い終わったら、すぐに片付けます」
 舞花はそう言い、軽く頭を下げると雑貨屋で買い集めた材料や工具を社へ運ぶ。
「普通の猫じゃらしでは効果がないとのことですし…工夫してみます」
 必要なものは、すでに用意を整えているため、すぐさま作り始める。
 プラスチックの薄い板を彫刻刀で丸型に削り、スクレーバーの端っこで引っ掻くように、堀削って耳の部分を作る。
「これが乾いたら、油性ペンで灰色に塗っておきましょう」
 ネズミの耳を丸い器に接着剤でつけ、フーフー…と息をかけて乾かす。
「色も濡れましたし、足の部分をつけましょうか」
 足をつけたバネが取れないように、ボディーの中側にはんだ付けをする。
「空気を送る長い尻尾も必要ですね。玩具が完成しましたから、後片付けをしておかなければ…」
 座敷わらしまでへそを曲げないように、使った道具やプラスチックの破片などをキレイに片付ける。
「ふぅ…、少しでもお役にたてると良いのですが」
 道具箱などをいったん置かせてもらうと、社を出て民家へ向かう。
「風がもの凄く強くなってきましたね、このままだと作物の収穫が出来なくなってしまいます…。すみません、少しの間だけ荷物を置かせてください」
「玄関のその辺りなら、濡れてないと思うけど?」
「ありがとうございます」
 舞花は民家に入り、住人に許可をもらう。
「おばさーん。穏やかな時の猫又ちゃんの好物や、性格とかも覚えていたら教えてくれない?」
 壊れかけの傘を閉じ、木賊 練(とくさ・ねり)が住人に声をかける。
「かつおぶしや肉とかが、好物なんだけどなぁ。ただ好物を与えただけじゃ、満足しないほど怒ってしまってねぇ。…性格は、ちょーっと覚えていないべさ」
「そっかー…」
 練は長屋の住民たちから、猫又についての情報を集めている。
 好物がかつおぶしと肉ということは覚えているようだが、性格などは忘れてしまったらしい。
「不要な廃材などがありましたら、譲ってほしいのですけど」
 いらない物があったらもらえないだろうかと、彩里 秘色(あやさと・ひそく)が交渉する。
「そんなもの、何に使うのかねぇ?」
「玩具を作る材料に必要なのです」
「木の板とかビニール、それと…ゼンマイくらいしかないべさ。あぁ、絵の具もあったかねぇ」
「ビニールは防水用に使えそうですね。ありがとうございます。…木賊殿、これだけあれば作り始められるのではないですか?」
「ボディーの部分くらいなら作れるかな。まだちょっと足りない物があるんだけど、コレに書いておいたから買出しよろしくね」
「はい、では行ってまいります」
 財布を受け取ると秘色は、壁に立てかけておいた傘を掴み、雑貨屋へ走る。
「ひーさんが戻ってくるまで、ボディーをいっぱい作っておこう!ビニールを手洗い場で洗って、ティッシュでキレイにふきふき…」
 汚れや水気で玩具が壊れないように、丁寧に拭き取る。
「板にペンで目印をつけて、彫刻刀でガリガリッ」
「これ、使いますか?」
「うん借りるね」
 舞花に借りたスクレーバーを使い、中を掘ったり魚型に形を整える。
「ゼンマイとネジをつける穴を空けておかなきゃ」
 腰道具から電動ドリルドライバーを取り出し、魚の頭に穴を開ける。
「金魚っぽい色とか、ちびっこいマグロみたいな感じとか…いろいろ塗っちゃおう」
 木の色のままじゃつまらないだろうと思い、すぐに飽きてしまわないように、ぺたぺたと絵の具でペイントしてみる。
「いらない部分は、ハサミで切って…。防水用に貼り付けちゃおう」
 ボディーとなる部分に接着剤をつけ、透明なビニールを貼り付けていく。
「あ、そうそう。対電フィールドで守ってあげるけど、無効化は難しいと思うから。回復は各自でお願いね」
「分かりました」
「ひーさん、まだかな…。あっ、帰ってきた」
「お待たせしました」
「わっ、びしょ濡れじゃん。おばさん、タオル貸して!」
「はいよ」
「ありがとう。ひーさん、早く拭いたほうがいいよ」
 礼を言うと練は秘色に渡す。
「では、お借りします」
 ふかふかのタオルを受け取り、雨に濡れた髪や顔を拭く。
「パラミタの猫又については分かりませんが。地上の妖怪のイメージでは…、魚の油を好んだりしますが、その他のことは分かりません…」
「んー…。博識だけじゃ分からないこともあるのね。うーん…、かなり作業が山積みかも。カメラとか会話機能もつけたいし…。集中したいから、少し黙るね」
 練はパートナーの話を聞きつつ、買ってきてもらった歯車をつまんで組み込む。



 練が黙々と作業している隣の部屋では、刀村 一(とうむら・かず)が玩具を作っている。
「傷つけないようにしたほうがいいんだったな」
 小さな布に、鈴や綿を指で押して詰め込み、あてても痛くないリンリンまきびしもどきを完成させる。
 周囲の空気に合わせて、ふわふわで面白いものを考えたようだ。
「キズつけちゃうこととかはやめてね!あいては、小さな女の子なの!」
「何…、猫又の“女の子”だと!?」
「―…カズくん、まじめに作って!」
 いきなり立ち上がって吼えるように言う彼を、リン・リーリン(りん・りーりん)が大きな声で叱りつける。
「す、すまん…」
 パートナーに怒られた一は声のボリュームを下げ、畳の上に座って作業を続ける。
「むしろ自分は“少女”より“女の子”というほうが萌え…痛いですごめんなさいリンちゃん!」
「りっぱなオジサマになるんだったら、きちんと作れるようじゃなきゃダメなの!」
 雑念で手を休めた彼の背を、リンがぱしぱし叩く。
「ぬいぐるみに目玉をつけて…っと。(大きな耳に、可愛い2本のしっぽをふる猫耳幼女!早く会いたい…早く会いたい…早く会いたい…早く会いたい…!!)」
 心の中で猫又の姿を妄想しつつ、大きなガラス玉を灰色の布に、ちくちく縫い付ける。
「綿毛のねずみぬいぐるみを、長い紐につけて完成っ。リンちゃんは、この紐を動かしてくれ」
「うん、分かったの!カサもリンが持ってあげるの!」
「よし…行くぞ!(幼女に会うためにっ)」
「準備出来た?対電フィールドで、雷は完全に防ぎきれるか不明だから、気をつけて」
 一が玩具を完成させたかどうか、練がふすまを開けて確かめる。
「あぁ、今出来たところだ」
「あたしは、このネジをつければ完成っ。ふぅー…、ちょっと時間かかったかも。ホントは避雷針とか作りたかったけど、そんな時間ないしねー!」
「へぇー。皆の玩具も面白そうだな」
「うぅ〜…、捕まえたくなるにゃんっ」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がフリフリと振っている、鞭の先っちょにある羽虫の玩具を、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)がジー…ッと見る。
「クマラがじゃれてもな…」
「ふってると、じゃれじゃれしたくなるっ」
「だからじゃれるなって」
「そっちの紐は、戦乱の絆?」
「猫は紐がスキっぽいんだよな。じゃれてくれるかわからないけど」
「ボロボロにされそうだにゃんっ」
 ただの紐として扱われた戦乱の絆が、爪の餌食にされる未来しか見えない。
「…なぁ。猫又ちゃんを、捕まえようとしている人っているのかな?」
「捕まえるっていうより、遊んであげる感覚のヤツが多いんじゃないか?」
「うーん…」
「ただ、捕まえる人に一つ言いたい…!痛い手段で捕まえことは紳士として絶対に許さないからな!幼女ちみっこは、愛でるべきものたちんなんだ!!」
「カズちゃん、早く探しに行くのっ!走らないと、おもちゃを動かせないの!」
 暴走し始める一の頭をぺしぺしと叩き走らせる。