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リアクション
「ふふふ……、リブロとレノアがテロリストにやられたようね。でも彼女らは、我ら四天王の最強の二人。この私には……。……勝てないじゃない……」
肝試しの森の入り口付近でエーリカ・ブラウンシュヴァイク(えーりか・ぶらうんしゅう゛ぁいく)は困って立ち尽くした。彼女は、夏祭りでテロ退治を行っていたリブロのパートナーで、今夜は彼女らとは別れて肝試しにやってきていた。
悪い噂は聞いている。だが、リブロとレノアたちならきっとテロリストたちなど全滅させてくれるだろう。安心して肝試しを楽しめるはずだった。なのに、負けてパイ拓まで取られてしまっていたなんて。
「ど、どうしよう……、テロリストがそんなに強いなんて聞いてないわよ。私……パイ拓取られちゃうの……?」
しかも……、とエーリカは一緒に誘ってやってきた雅羅にチラリと視線をくれる。
一緒に肝試しを楽しもう、と誘ったのが運の尽きかもしれなかった。災厄少女……、もう襲ってくれと言わんばかりではないか。エーリカが巻き込まれないはずはなかった。
「実は私、今朝へんな手紙を受け取ったのよ。これ……」
雅羅はポケットから封筒を取り出すと、中に入っていた紙を広げて見せる。
「なになに……。『今宵、貴女のパイ拓をいただきにあがります。 四代目 二十面相』……なにこれ?」
手紙を覗き込んでいたエーリカが聞くが、雅羅は首を横に振った。
「さあ……? 美緒ももらったみたいだけど、誰かのイタズラかしら」
「で……、取られたの、パイ拓?」
「まだよ。……って、取られたいわけじゃないけど、誰か私のこと狙っているのかしら?」
「雅羅は人気あるからね〜、誰が相手でも不思議じゃないよ」
エーリカは軽口を叩いて気を取り直した。
「そうよね。そんなに簡単に取られるわけないよね。リブロたちがやられたのは、相手が悪かっただけだし」
「私だってまだ無事なんだし」
そんな話をしながら、エーリカと雅羅は森へと入っていく。
「……?」
少し歩くと、森の片隅に小さな墓地があるのが見えた。いかにもな雰囲気の不気味な墓地なのだが、その入り口に人影が見えて、雅羅は立ち止まった。
「あ、あそこ……誰かいるわ……」
雅羅はちょっとビビりながらも近寄っていく。
「うっ、こ、これは怖い……」
墓地の入り口で、見たこともない少女がすすり泣きをしていた。演出だろうか。唾をゴクリと飲み込みながら、雅羅は話しかけてみる。怖いならやめておけばいいのに……。
「あ、あの……あなた……どうしたの?」
「あ……」
泣いていた少女は、雅羅を見るとほっとした表情になった。
「この先の道に、おじいちゃんの形見のペンダントを落としてしまったの」
どうやら、普通に言葉の通じる少女らしかった。人間らしいので少し恐怖が和らぐ。
「あなたたち、肝試しにいくの? だったら取ってきて欲しいんだけど……」
「自分で取ってきた方が早いと思うけど」
落とした物は落とし主が一番よく知っているのではなかろうか、と雅羅は答えた。
「だ、だって……お化けが追いかけてきたんだもの。もう怖くて中に入れないよぅ……」
少女は、再びしくしくと泣き出す。
「し、仕方がないわね……。わかったわ」
雅羅は、少女が通った道を聞き出すと、なんとか探してみようと安請合いした。
「ありがとう……お願いします」
そういうと、少女は少し元気を取り戻したようで、一人去っていく。だが、あれ……? そっちは森の奥のような……。
「……なんだったのかしら?」
雅羅は首を捻りながらも元の道に戻った。少女から聞き出した金色のペンダントが落ちていないか、探しながら歩く。
森の中は、もうそれだけで不気味で何も出てくる必要すらなかった。
ビクビクしながらエーリカと雅羅は奥へと進んでいく。
「……!?」
しばらく歩いて。ふと……。正面に何か白いものが浮かび上がったのが見えて、雅羅は立ち止まる。
わずかに森の木々の隙間から漏れ入ってくる月の光に照らされて、ぼんやりと光る丸い物体……。
「ひっ……!?」
雅羅は小さく悲鳴を上げた。ガサガサガサ……、と足音が聞こえてくる。そして、その正面のぼんやり光る物体がこちらへ近づいてきた。
「ケケケケケ」
笑い声を上げたのは、宙に浮かぶマスクだった。のっぺりした不気味なつくりに口の端から赤い液を垂れさせて……。
「あ、あ……」
雅羅は、それがこっちにやってくるのがわかると、全速力で逃げ始める。一緒にビビってていたエーリカもだ。
「ケケケケケ」
そのマスクは追いかけてきた。
「きゃあああああっ!」
浴衣に下駄の雅羅は足を絡ませて転んだ。マスクはすぐ傍まで迫ってくると、真っ赤な液体を口から吐き出す。
「ケケケケケ」
そいつは怯む雅羅に襲い掛かってきた。
「ひ!?」
立ち上がってさらに逃げ出そうとしていた雅羅は、正面に立っていた何かにぶつかる。
「おっぱい」
「え?」
雅羅がぶつかったのは一人の男だった。彼の手が、わしっ、と雅羅の胸を鷲掴みにする。
「え?」
何が起こっているかわからない雅羅はその場に硬直する。
「ケ?」
マスクも、それ以上に禍々しい邪気を察知し動きを止める。
ダンっ! と地面を踏みしめる力強い躍動。一旦、雅羅の胸から手を離し、男は庇うように前に出る。
「ふっ……、【七曜拳】! オラオラオラオラオラァッ!」
カッコイイ声で拳聖の技を放ったのは、波羅蜜多実業高等学校から女の子の胸を揉むためにやってきたピンクモヒカンゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)だった。
なんてこった……この男がヒーローだった。しかも、腐っても拳聖だ。
ダダダダダッ……! 必殺技が炸裂し、マスクはなすすべもなく吹っ飛んだ。そのまま、暗闇の彼方へと消えてしまう。
「待たせたな」
ゲブーは腰を抜かしていた雅羅を抱えて立ち上がらせると、歯をキラリと輝かせる。
「テロリストの噂を聞いてな。雅羅……、お前を守るためにやってきたぜ」
「……あ、ありがとう……」
雅羅は唖然としつつもゲブーを見つめる。堂々の仁王立ち。なんか……一瞬凄いと思ってしまった。
「さあ、俺様がきたからにはもう安心だ。お前のおっぱいは俺様が守る。テロリストなどに好きにはさせねえぜ」
わしっ、むにむに。
「え?」
背後に回ったゲブーは、もう一度両手で雅羅の胸を揉む。
「手ブラでガード。俺様のこの手が光ってるぜぇ」
「きゃああああ!」
前言撤回。雅羅はようやく悲鳴を上げた。
「がはは、照れなくてもいいぜ! 俺様にとっては当然のことだからなっ!」
「や、やめてぇぇぇぇ!」
「ついでに触診もしとくぜー! 大きなおっぱいは負担がかかるからな、ゲハハハハh」
ズン!
不意に……、何もない空間からの銃撃がゲブーのこめかみを撃ち抜いていた。
「ぐはっ!?」
何事か、とゲブーは攻撃の主を探した。その視線の先……茂みの彼方から狙撃したのはお役御免となり暇になってしまったダリルだった。
「みな楽しんでいる。少しは大人しくしていろ」
パンドラガンを手にダリルは言うと、姿を消した。
「……き、貴様……! 雅羅っぱいは俺様のもの……」
ゴフ! と血を吐いてゲブーは倒れた。
「わ、私……何もできなかった……」
エーリカは傍でがっくりとうなだれる。マスクお化けはともかく、ゲブーの迫力にも、ダリルの鋭い攻撃にも、対応することのできなかった恐ろしさに身震いする。
「リブロが負けた理由がわかるような気がする……、あんな連中にパイ拓狙われたら、私……」
胸の前で両腕を合わせて怯えるエーリカに、雅羅は微笑む。
「大丈夫よ。それでも何とかなっちゃうのが、この世界のいいところ」
数々の修羅場を潜り抜けてきた災厄少女の言葉に、エーリカは凄さを感じた。
「さあ、行きましょう……それから、助けてくれてありがとう」
倒れているゲブーにもいなくなったダリルにもお礼を言ってから、雅羅は身を翻す。
「……怖いから、帰ろ……」
「え?」
「……うっ……ゲホゲホ! ……ゴホッ……! 痛い……」
その少女は、森の中で倒れこんでいた。
足元には、蛍光塗料の塗られたあの不気味なマスクが転がっている。身に纏った真っ黒な衣装から血がにじみ出ていた。もしかしたら骨も折れているかもしれない。さっき雅羅を追ってきたマスクお化けの正体であった。
あのピンクモヒカンは、やせてもかれても拳聖だった。見かけより遥かに強い。その会心の必殺技を食らって何とか逃げ出したものの、もう限界かもしれない……。
「ごめん……ひいおじいちゃん……。私……失敗しちゃったみたい、だ……」
「あなた……大丈夫ですか。何があったのです……?」
そんな少女を見つけ、駆けつけてきた青年がいた。肝試しの参加者を守るために警護をしていたマクフェイル・ネイビー(まくふぇいる・ねいびー)だった。
「戦闘音と悲鳴が聞こえましたけど、あなたがやられたのですか? 誰に……?」
少女を抱き起こしたマクフェイルは、彼女の足元に散らばる道具類を見つけて目を見張った。謎のマスクの他には、塗料と紙、簡素な衣装……。
塗料と紙は、今回パイ拓取りのフリーテロリストたちが必携している物だ。奴らは塗料の代わりに墨だが、用途は同じなのかもしれなかった。
「あなたは……」
「……」
少女は、マクフェイルの助けなど不要とばかりに身を起こしよろよろと歩き始める。
「送りましょう。この森は危険です。医務室がありますのでそこで手当てをしてもらえばいいですよ」
「……」
ほどなく、無言のまま少女は倒れた。疲れもあったのだろう。誰の助けも借りずにここまで全て一人で活動してきたのだ。
マクフェイルは助け起こし両手で抱き上げた。
「無茶もほどほどにしておかないと……」
彼はそのまま、森の入り口の方へと向かう。診療室へと運び込もう……。
「四代目 二十面相(よんだいめ・にじゅうめんそう)」
しばらくして……目を閉じたまま、彼女は短く言った。怪盗二十面相の子孫らしかった。
「……あんたにだけは、教えておく。……次はこうはいかない……ひいおじいちゃんの名にかけて……」
「そうですか」
マクフェイルは優しく微笑んだ。
「……それから、助けてくれてありがとう」
そこいらのフリーテロリストとは違う。
怪盗にふさわしく、パイ拓を取るために。
美緒と雅羅に予告状を出し、墓の前でペンダントを失くした少女を演じ、先回りしてマスクお化けに扮してあと一歩のところまで追い詰めた。
喧嘩慣れしたモヒカンの暴力に負けたが、怪盗は暴力で負けても恥ずかしくない。大切なのは技と誇り。
「おや……こんばんは」
「その娘……誰?」
怖くて引き返してきた雅羅が覗き込んできた。以前の縁で知り合いのマクフェイルは軽く会釈をする。
「何かあったの? どこかで見たことあるような……」
心配げな雅羅にマクフェイルは小さく微笑む。
「……さあ? 私は何も知りません」
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