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リアクション
『あの時の約束を、今』
「ヴィオラ、ネラ、覚えているかな? 以前に私がここから、旅先の君達に向けて手紙を送ったことを」
『娘』たち、ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)、ヴィオラ、ネラと果実狩りにやって来たアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、昔の事を思い出して二人に告げれば、ヴィオラは懐から手帳に挟まれた紙片と写真を取り出して頷く。
「はい。ミーミルが届けてくれたのを、今でも大切にしています。旅の苦労がこれ一つでとても、癒されました」
「こん頃のちびねーさんは、今より可愛らしい感じやなー。今はもう、おねーさん、って感じや。いつまでもちびって付けるんは失礼かもしれんなー」
写真を覗き込みながら言ったネラへ、ミーミルがううん、と首を横に振る。
「私にとって『ちび』という名前は、とっても大切なもの。それは私がこれからどうなったとしても、変わらないよ」
「そっか、そやったな。ねーさんはねーさんで、ちびねーさんはちびねーさんや」
ネラの言葉に、ミーミル、ヴィオラがうん、と頷く。そんな三人をアルツールが微笑ましく見守る。
「ところでお姉さま、さっきの手帳ですけど……」
「……ああ。カリス・アーノイド……私に『ヴィオラ』をくれた人。
彼の手帳には、私たちと同じ『聖少女』の存在を仄めかす記述があった。私とネラは手がかりを探しに各地を回ったが……目ぼしい手がかりは見つけられなかった」
表情を暗くするヴィオラに、アルツールが労いの言葉をかけようとして、だが、とヴィオラが顔を上げる。
「この前やって来た『世界樹』の話では、こことは違う世界があるらしい。もしかしたらそこでは、『聖少女』が存在しているかもしれない。
この世界にはもう私たち以外に存在していなかったとしても……もし別の世界で彼ら、彼女らが、私たちのように幸せに暮らしているのであれば、それはとても嬉しいことだと思う」
空に目を向けるヴィオラ、彼女の目にはどこかの世界で、聖少女たちが他の人たちと一緒に日々を過ごし、笑顔を浮かべている光景が映し出されていた。
「ま、何はともあれ、焦らんことだ。まだこの世界に、君らと同じ聖少女がいないと決まったわけでもない。
重要なのはあくまで、聖少女を見つけて保護する事であって、藁の様な情報を手当たり次第掴む事ではない。無我夢中で掴んで溺れたら笑い話にもならん。
最も重要な事は何か、迷ったら思い返してみるといい。……ヴィオラ君の言うことが本当ならば、それはそれで好ましい事、だがな」
同行していた司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が口を挟む。『未来から来た世界樹』が仄めかす『こことは違う世界』の存在が示唆されている現状、ここで窘めておかねばうっかり突拍子も無い行動に出かねない、と考えてのものだった。
「……はい、そうですね。すみません、気遣っていただいて」
「いやいや、単にワシのお節介と取ってもらって構わんよ。
おぉ、そういえばシグルズ君の連れて来た白馬。何でも以前ここに来た時も連れて来たと聞いたぞ」
話を振られたシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)があぁ、と頷き、白馬へ視線を向ける。
「前の時は、ミーミル君が乗っていたね。どうかな、お嬢さん方。乗ってみますかな」
「ホンマに!? わー、うち一目見た時から気になってたんやー」
「こら、そのような態度は失礼だぞ。
……あの、失礼でなければ、お願いします」
「失礼なんてことはないさ。さ、どうぞ」
シグルズの手ほどきを受けて、ヴィオラとネラが白馬へ跨る。
「おー、すごいなー、世界が違って見えるでー」
「確かに。なんて広くて、そして壮大なんだ……」
感想を漏らす二人、それがかつてミーミルが言ったものと同じ内容であることに、やはり三人は『姉妹』なのだなということを強く実感するアルツールであった。
『四季の風景を、あなたと』
「……しかし、本当に受けてしまってよかったのか? 断ることも出来たと思うが」
魔法の絨毯を操縦するダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の声に、彼の案内でここまでやって来た魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)が答える。
「断る理由がなかったし、要は果物を採取すればいいのでしょう? 結果云々より、私は果物狩りを楽しむつもりよ」
「そうそう、誰が一番沢山取れたかとかは、実はどうでもよかったりするの。
どれも美味しそうだし……それに、こうしてロノウェと一緒に遊べることが楽しいって思うんだ」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)のストレートな言葉に、ロノウェが視線を外す。
「そういえば、ザナドゥの秋や冬はどういう感じなんだ?」
「ザナドゥは地上みたいに、ハッキリ四季が出るわけじゃないから。草木もこんなに多くないし。気温だってさほど変わらないわ。何となく暖かくなった、寒くなったって感じる程度よ。
今まではそれで当たり前って思ってたけど、こうして地上に出て四季を知った後だと、変化がないのを物足りなく思ってしまうわね」
何となく薄暗い世界、一年を通じて大きな変化のない世界。あまり大きな変化があっては落ち着けないが、あまり変化しない世界もそれはそれでキツイな、ダリルはロノウェの回答を受けてそんな印象を抱く。
「そうか……。ロノウェには是非、四季折々の特徴を感じてもらいたい」
「そうね。悪くないわ、それは」
そうこうしている間に、目の前に栗の木が立ち並ぶ場所へと到着する。
「栗を落とす作業なら、ルカにお任せ!」
「……ちょっと待って。何でそんなに殴るフリをしているのかしら?」
幹の前でシャドーボクシングを見舞うルカルカへロノウェが呼びかければ、ニッコリ笑ってこんな回答が返ってくる。
「ほえ? こう、幹を拳でガガガガッ、と」
「……そんな事したら、あなたの力じゃ幹が折れるでしょ。というか、樹を傷付けるやり方は良くないんじゃない?」
「エリーも「魔法で一網打尽ですぅ」ってやってると思うな〜」
「……、とにかく、乱暴なやり方はいけないわ。はい、これ」
言って、ロノウェが火バサミとバケツをルカルカに渡す。
「これで、落ちてるクリを一つ一つ拾っていくのが確実じゃない?」
「えー、それはいくらなんでも面倒だよ〜」
駄々をこねるルカルカだが、結局ロノウェを折れさせることは出来ず、バケツとハサミ装備で(おまけに加速した状態で)栗を拾っていく。
「はぁ……決める時はビシッと決めるくせに、普段はなんかこう、ぶっ飛んでるわね」
「しかもあれで本人は普通のか弱い女の子、って思ってるからな。最近はすっかり慣れてしまった」
農場を縦横無尽に駆け回るルカルカに苦笑しつつ、ロノウェとダリルも果実の収穫に勤しむ。
『過去を振り返ったり、過去に決着をつけたり』
(そういえば、『ニセカンナ』をやったのもここだったっけ。あの時のドタバタも、今じゃ過去の思い出ね……)
そんな事を思い返しながら、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が隣を歩く飛鳥 馬宿に話しかける。
「ねえ、前にここで果実狩りをした時も、馬宿君いたんだっけ?」
「ああ、そうだった。あの時のおば……豊美ちゃんは確かに校長の二人が不手際を犯したとはいえ、その二人に正座をさせて説教するとは、今思えば恐れ多い事をしたと思っている」
「あはは。ま、いいんじゃない? 多分二人とも忘れてるか、気にしてないわよ。
……校長同士の激突が日常だったあの頃も、今は遠い。言い争いも結局は友情だったってことが分かったし、何より二人には近くで支えてくれる相手がいる。
もう私が何かをする必要はないわね」
リカインのその言い回しに、馬宿は何となく引っかかるものを感じる。杞憂であればいいかと思いながら、馬宿は手を伸ばして林檎を掴み取り、リカインに渡す。
「『煉獄の牢』では閉じ込められ、大変な思いをしたと聞いた。出来るなら傍にいてやりたいが、都合それも叶わぬことがあるだろう。
だが、俺に出来る事であれば何でもしよう。果実は良い栄養を含んでいる、沢山摂って疲れを癒すといい」
受け取りながら、かけられる言葉に自分を気遣ってくれるのが分かって、リカインは嬉しがりつつも照れ隠しに言葉を紡ぐ。
「お、女の子の前で食べるのを助長するのは、どうかと思うわ!」
渡された林檎を齧る、確かに疲れを癒してくれそうな、元気の出る思いがした。
(まあ、リカインにとっては十分、イチャコラって感じよね。
……さて、と。ちょっと話をしてみようかな)
リカインと馬宿のやり取りを横目に見つつ、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)がテレパシーを飛ばす。対象は『未来から来た世界樹』の一人、ミーナ。
『はーい、何かな?』
結構早く、返事が返ってきた。こういうのには慣れてるのか、驚いた素振りはまったく見られない。
『えっと……閉じ込められたのの1人、だけど』
『もしかしたらそうかなー、って思ったよ。あ、もしかして僕がしたこと、恨んでる? これからお礼参りとかしに来ちゃう感じ?』
『しないわよ。ていうかお礼参りの使い方違うでしょ。このくらいで恨み持つような器と肝の小さいのは、そもそもあんなことしませんし』
『うんうん、そうだよねー。……で、何の用かな? よっぽど変なことじゃなかったら、質問とかあるなら何でも答えちゃうよ』
相手の言い回しに、どうも調子が狂わされるな、とシルフィスティは感じる。「テレパシーを遮断するような空間つくれるなんてすごいねー」とおだてて反応を見ようと思ったが、その意図すら彼には気付かれているかも知れないと思わされる素振りだった。
『未来の世界樹も、契約をしているの?』
結局、世間話の範疇で聞いてみたいことをテレパシーに飛ばせば、ミーナから回答が返ってくる。
『君たちのような契約は、してないよ。たとえば僕やコロンが死んでも、ブリーダーさんには何の影響もない。
だからかな、僕たちの役割はとっても重いけど、命はとっても軽い。死んだらまた代わりを作ればいいや、な感じでね。一応、得られたデータを元に改良を繰り返して、より強靭な世界樹を作るみたいだから、まったく何も引き継がれないってわけじゃないんだろうけどね』
『……言わば道具、って所かしら』
『あはは、まあそんな所だね』
キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)は一人、樹の幹にもたれ、過去の思い出に触れようとしていた。しかしどうしても、思い出そうとしても思い出せない思い出があり、キューは頭に手を当てて嘆く。
(闇に囚われ、リカインを生贄に捧げようとした忌まわしき思い出……出来るなら全てを知り、ケジメを付けたい……)
空を見上げ、ため息をつく。『果実を収穫しようとすると、過去の思い出を思い出す』という話を聞き、もしかしたらと思って来てみたが、苦く辛い思い出は果実にとっても同じ事だろうと考えると、このまま思い出さず、楽しい思い出を積み重ねていく方がいいのでは、そう考える。
「……ん?」
ふと、横に立つ気配に振り返れば、白い髪をしたほんわかとした表情の幼女が立っていた。
「……もしアナタが、思い出したいことがあるなら、協力しマスよ?」
「…………」
しばらく悩んだ後、キューは幼女の目を見て、そして告げる。
「我は、たとえ生涯苦しむことになろうとも、思い出したい。そして自分なりに、ケジメを付けたい。
我のワガママだとは理解している。それでも……力を貸してくれるか」
こくり、幼女が頷いて、小さな手を伸ばす。その手をキューが握れば。
「ぐっ?! うおおぉぉぉ!!」
頭の中を掘り返されるような衝撃に、キューが呻く。やがてこれまで思い出せずにいた思い出が蘇ってくる。
力を求め、精霊を欲しようとしたこと。同じ契約者を傷付け、パートナーであるリカインさえも生贄に捧げようとして、彼女に救われたこと。
それはともすればキューを精神的に殺すほどの威力を秘めていたが、キューは耐え抜いた。衝撃が収まり、肩で息をするキューが握っていた感覚が失われた事に気付けば、目の前に萎びた梨が転がっていた。
「……すまない……」
ただそれだけを口にし、キューは梨を拾い上げ、大切に胸に抱く。
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