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【祓魔師のカリキュラム】一人前のエクソシストを目指す授業 7

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【祓魔師のカリキュラム】一人前のエクソシストを目指す授業 7

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第2章 砂漠の町・エリドゥ Story2

「ルルディちゃん、香水にするお花を咲かせて!」
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)はルルディを召喚し、香水用の花を咲かせてほしいと頼む。
「…承知しました」
 淡い白色のドレスを纏った少女は小さく頷き、植物の茎に白い花を咲かせた。
「入れ物を…どこか平らなところに置いてください」
「うん!」
 香水の蓋を開けたノーンは、白い花の傍に置いた。
 花びらは床に置かれた小瓶の真上へ舞い、細かい白い真珠の粒のような、透き通った水滴となって瓶の中へ零れ落ちていく。
「じっくり時間がかるみたいだね?でもキレイ…」
 粒が瓶の中へ落ちる様子を、うっとりと眺める。
「1つ出来ましたが…。まだ必要なら作ります」
「ううん、とりあえずそれだけでいい。皆、宿に荷物を置いたら、すぐ調査とか始めちゃうはずだから」
 ルルディから香水を受け取ると宿から出る。
「ノーン、屋外で聞き込みしますわよ」
「おねーちゃん、情報をもらうだけじゃなくって、名産品も買おうよ!」
「確か露天がありましたわね。この騒ぎですし、向こうも商売が大変ですものね。ただし…行動しづらくなるほどの、買い込みはいけませんわよ」
 1つ2つなら分かるが、それだけにとどめるようなノーンではない。
 きっとノーンに甘いエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は、あれもそれも…と許してしまうだろう。
「そちらは準備出来たんですの?」
「テスタメントは終わっていますが、真宵まだですね」
「余計なもんは置いていかないと…」
 重い物は邪魔だと言い、真宵は1冊の書物を無造作にベッドへ放り投げた。
「真宵、また魔導書を置いていく気ですか!?」
 それを見たベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)は、怒り顔をしてパートナーに詰め寄る。
「ほらわたくしの手はもう別の重たい物で埋ってるの」
 片手に持っている祓魔の護符をひらひらさせ、これ以上持てるはずがないのよ?とテスタメントに見せつけた。
「ていうか、もっと丁寧に扱ってください!」
「あ〜はいはい」
 テスタメントの苦情を聞き流し、適当にあしらう。
「支度が終わったなら、さっそくグラッジを祓いに行きますよ。今回の任務も完璧に遂行し、ランクアップを狙うのです!」
「は?何であなたの方がランク高いのよ」
 悔し紛れにパートナーの頭を、拳でぐりぐりする。
「イタタッ!!そ、それは、テスタメントを先生方が評価してくれたからでしょうっ。どんな行動していたか、この小型カメラでばっちり確認されていますからね!」
「いいわ、すぐに追いついてやるんだから。今回のわたくしは探索以外も行うんだからね」
「ぇ…?探索中心だか評価が低いわけじゃないのでは…」
「他に何があるっているのよ!?」
「や、やめてください真宵。青色の髪の魔女…、ははーん真宵のことですね。真犯人ですね判りました通報します」
 攻撃的な真宵に対して、テスタメントは口で反撃してみせる。
「ふぅ〜ん、誰のことを言っているのかしらねぇ?」
「聞こえませんでしたか?縮めて言いますと、“真宵が魔女で、真犯人”です」
「わたくしは地球人よ?ち・きゅ・う・じ・んっ。しかも、その魔女は犯人じゃなくって、被害者リストにあったじゃないの」
 軽い冗談だと分かっていても、真宵は攻撃の手を緩めようとしない。
「痛い痛いのです真宵。だ、だだだ、大丈夫ですよ真宵に充実したリアルなんてないですから」
 頭に拳が抉り込みそうなほどぐりぐりされ、彼女の怒りを静めようと“狙われる心配はないのでは”と告げる。
「そんなもの、どうだっていいわ」
 テスタメントで憂さ晴らしするのが飽きたのか、プイッとそっぽを向き、先に外へ出てしまった。
「…明らかに獲り付かれて人格が変わった後なのです」
 真宵の背を見つつ、彼女に聞こえないように小声で、ぼそっと呟いた。



「治療術師が1箇所に集まりすぎるのは問題だと思う。そこで屋内、屋外、海辺の担当に別れてみてはどうかな?」
 居所も把握しやすくしておいたほうがよいだろうと、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が提案する。
「私はレストランやカフェのほうを担当するよ。お腹いっぱいで幸せになったり、カップルたちが集まったりすると思うからね」
「では、私のほうは海のほうを担当しますわ。腐敗毒まで進行してしまった人がいましたら、海辺近くまで運んできてくださいな」
「安易に担当エリアから遠く離れることは出来ないから、各エリアの境目で被害者を運び、渡すようにしようか。屋内担当は、終夏さん以外にいるかな?」
「―…で、では私…行きます」
 人手が足りないのならと高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は、おどおどとした様子で小さく手を挙げる。
「玉ちゃん、私たちもカフェとかの担当しよう!」
 刀真の背で熟睡したおかげで、すっかり眠気がなくなった。
 その刀真は町に到着して、ベッドの上で横になっている2人見て“可愛い顔して寝ているな”と呟き、それを月夜たちに聞かれてしまいビンタをくらった。
 彼は頬を冷蔵庫にあった氷で冷やしつつ、男子部屋のほうで映像の編集をしている。
「月夜が行くのならそれでよい」
「他に、屋内を担当するものがいないのであれば、私とミリィも同行しよう」
 宝石を扱える者が、誰もいないのは厳しいだろうと涼介も五月葉 終夏(さつきば・おりが)たちと行動することにした。
「山の次は海なんて至れり尽くせりね!」
「……セレン、遊びに来てるんじゃないわよ?しかも、山じゃなくって森だったじゃないの」
「判ってるって」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は恋人の鋭い突っ込みを気にせず、こっそり海で楽しむ気満々だ。
「お父様、荷物を置いてまいります」
 ミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)はそう告げると、女子用の部室にトランクケースを置きに行く。
「今回の魔性はリアジュウを狙うと言う。今までリアジュウ爆発しろだの呪われろだの聞いて来た。危険な生物のようだが……エルデネスト、アウレウス、何か言いたそうだがどうした」
 リアジュウという怪獣や獣がいるかのように、真面目に語るグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)だったが…。
「グラキエス様、ある意味生物ですが違います」
 その名称の生物ではない、とエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が説明する。
「主、リア充のリアルが充実している、という言葉です」
「現実の日常が充実している、もしくは現実に存在する好きな人と実した暮らしをしている者などのことです」
「……成程、好きな人と一緒で充実している状態を指すんだな?では俺もリアジュウだ。あなた達が一緒だからな」
「大体こう言った意味ですが……おや、これは嬉しい事をおっしゃる。では更にお心が満たされるよう、尽力致しましょう」
「む?主がリア充?……な、なんと……私共をそこまでっ……。主よ、勿体無いお言葉です!」
 アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)は歓喜のあまり涙を流す。
「捜索は海でよろしいかと。海辺はリア充が好む場所の一つです」
「分かった。俺たちも海のほうを担当しよう」
 グラキエスたちは宿へ行き、必要最低限のものだけ持って海辺は向かった。



「手荷物は必要最低限にしおかねばな」
 紐をつけたエレメンタルケイジを首から下げ、林田 樹(はやしだ・いつき)は宿を出た。
 集合場に到着すると数秒後、パートナーたちも息をきらせながら走ってきた。
「行こうか、イツキちゃん。で、どこを担当する?」
「私たちは屋外を担当しよう。事故が起こりそうな、街道や工事現場、建築現場などを中心にな」
「ルカたちは、海側のほうを担当するわ」
「分かった、教導団最終兵器の乙女」
「ル、ルカ最終兵器なんかじゃ…っ」
「喋っている暇はないぞ、ルカ」
 話しが長くなるだろうと判断した夏侯 淵(かこう・えん)は、パートナーの腕を引っ張る。
「うわぁあん、淵っ。引っ張らないでよ」
 きゃあきゃあと喚きたてる声が、樹たちから遠退いていく。
「屋外を担当する者はないか?」
「そっちはスペルブックを使える人が、1人だけみたいね?私たちがついていくわ」
「うむ、頼む。蒼学の黄色いリボンの乙女。…後は呪を解除出来る者か、使い魔を呼び出せる者がいるとよいのだが」
「ホーリーソウルを使えるものがいないのか?5人では厳しそうだし、俺たちも行こう」
 樹の言葉に必要な人材が足りないのなら同行しようと、佐野 和輝(さの・かずき)もチームに加わったが…。
「(大人数じゃないし見知った顔の相手もいるから、大丈夫みたいだな)」
 少人数で美羽たちもいるから、人見知りなアニス・パラス(あにす・ぱらす)も、何も出来なくなるほど怖がることもないだろう、と考えてのことだった。
「なぁ、お袋。イルミンの校長の話しでは魔性たちが、グリュックリッヒ ダムドって叫びながら、暴れてんだっけ?」
「そうらしいな」
「つまり、リアジューにしか目が向かないってことは、俺は色々セーフっ?」
 グラッジがリア充を標的にするなら、年齢と同じ年数くらい彼女がいない自分は超安全だろうか。
 緒方 太壱(おがた・たいち)の目の端から、熱いものが流れた。
「アキラ、妙にバカ息子が生き生きしているが?」
「…リア充から一番遠いと思っているから?」
 そのポジションを喜んでいるのか、ヤケっぱちになっているのか、緒方 章(おがた・あきら)には分からなかった。
「生まれてからずっと、恋人がいない俺を狙うネタがあるなら、かかってこい!」
「(何かイタイ台詞が聞こえますが、聞かないフリをするのが親心です…ね)」
 リア充のリの字もないぞ!と主張する太壱に、章は憐憫の眼差しを向けた。
「で、…アキラ。後ろから近づいてきた彼女は、見たことがあるな…」
「あれは“先生”の娘の…」
 樹の声に章も焦茶色の髪をした女の方へ、ちらりと視線を向ける。
「へんぷくさんも取り立てて騒いではいませんね、まずは一安心ですか?」
「ディテクトエビルに反応はない、危険ではなさそうだな…。(向こうは向こうで、何をしているのやら…)」
 特に害意などは感じられないため、放っておいても問題ないだろうと樹はセシリアから視線を外し、バカ息子を観察する。
 彼は店舗の修繕工事を行っている現場の周りをうろちょろしているようだ。
「こりゃひでぇな、壁がぶち壊れてやんの。どう見ても、自然に風化したとかじゃねぇな。…グラッジに憑かれたやつがやったのか?まっ、リア充しか狙われないみたいだしな、リア充しか」
「―…なんか、2回言ったね。“リア充しか”って…」
 そこが重要!と言いたげなセリフに、章は思わず眉を顰めた。
「こんな状況でも、店の修理してんだな」
 太壱は章と樹の睨むような視線を気にせず、店を見上げたり修理を行っている者の様子を見たりして調査を続ける。
「(他の人はとっくに気づいてるのに、タイチはまだ気づいていないみたいね)」
 調査に集中している彼の背後に、セシリアはそっと忍び寄り…。
「た〜い〜ち!…えへへ、“来ちゃった”♪」
 真後ろから元気な声音で話しかけた。
「何でお前がここにいる…ツェツェ」
「あれ〜、驚かないね?」
「ま、まぁ…ちょっとは驚いたけどさ…」
「今、調査してるんだけ。何か分かった?」
「フンガ〜!付きまとうなツェツェ!コレじゃ俺までリアジュー扱いじゃ…」
「おめでとう、太壱君」
「冗談でもやめてくれ、親父!」
 これからも彼女いないかも、と非リア充のフラグが章の手によって折られようとしている。
 ぶんぶんかぶりを振り、リア充に仲間入りさせるな!という態度で全力で拒否する。
「え、村のレストランで恋人が欲しいとか、言ってなかった?」
「それはそれ、これはこれだ。くそったれ、ヤケバナナ食ってやる!」
「なーにーよー、わたしだってエクソシスト見習い免許持ってるんだから。来ても当然でしょ?なに、来ちゃまずいわけ?それともあんたまたヘマやった?」
 “なんで来たんだよ”と態度を取る太壱に、セシリアは頬を膨らませて彼の手からバナナを取り上げた。
 何かやらかして知られてマズイことでもあるのか、と詰め寄る。
「こ、こっちくんなよ。ヘマなんかしてねぇし」
「―…む〜、あやしぃい〜」
「お袋、親父!俺、ヘマなんかしてないよな!?」
 樹と章に助けてを求めてみるものの、2人は“微笑ましい光景を、温かく見守るモード”に入っている。
「あ、タイチのお父さんとお母さん、どうも〜♪」
「それはそうと小娘。免許を持っているからといって、構ってやる暇はないのだが?」
 娘を私たちに接近させ、それを通してその親がどこからか見ているかもしれないと思い、樹は彼女に心を許そうとしない。
 章のほうも当然警戒しセシリアに話しかけず、黙ったまま彼女を睨む。
「そんな警戒しないでください…パパーイはお留守番だし。さっき“エリドゥに行ってくる”ってメールで連絡したから大丈夫です!…あ、返事来た!」
 セシリアはアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)から送信されたメールを開き、樹たちに見せる。

『エクソシストの訓練、とのことですが
魔性に魅入られないように、くれぐれも気をつけて行動してください。
それと、非常食のカレーを、寸胴の中と冷凍庫に確認しました。
他のパートナー達に食べ尽くされないように気をつけながら
ゆっくり食べさせて頂きますね。
Alt』

「ってことで、大丈夫です!パパーイはお留守番です!大切なことなので2度言いました!ってことで、わたしも魔性探しします。アークソウルが使えるので、嫌なモノくらいはわかりますからっ!ってことでタイチ、行くわよ!」
「はぁあ!?ツェツェとペアなんて、無理に決まってるだろ。リア充と勘違いされるかもしれないし」
「えぇー、勘違いするほうがおかしーってことで、問題ないよ」
「いやいやいやっ、そんなの通じる相手じゃねぇーからっ」
「細かいこと気にしてちゃ、何も出来ないわよ」
「まあ良い…我々と共に行動するぞ、小娘」
 バカ息子とこの娘の2人きりでは真っ先に餌食にされるだろう。
 やつが来ていないのなら、現時点では何か問題が起きることもないか…と判断し、樹がセシリアに言う。
「手分けして聞き込みすれば早い…え?一緒に行動…ですか?」
「今回は“仲睦まじい輩を中心に狙う魔性”がおるようだ。別々に行動しては、奴等に好機を与えることになる、…一塊で行動した方がよいだろう」
「ありがとうございます!タイチのお母さん。わたし、今日始めて参加するから、分からないところがいっぱいあるんです。アークソウルの詳しい使い方を教えてもらえませんか?」
「よかろう。宝石はエレメンタルケイジに入れないと効力を使えない。生物に憑依していない者は探知可能だ。闇黒属性や猛毒、石化に対して抵抗力を高めることが出来るが、解除と抵抗力は別物だぞ」
「―…つまり、それらにかかってしまった場合…症状の進行を抑えることは出来ても、解除には至らないってことですね?」
 セシリアは今のうちに疑問点を潰しておこうと、確認するように言う。
「うむ、そういうことだ。扱い始めた時点では、探知能力の範囲は広くない…という点も覚えておけ」
「なるほどですね、分かりました!」
 こくこくと頷きながら、樹の説明を真面目に聞き理解する。
「リオン、お店が壊されちゃってるね」
「私たちが到着する前に、ここで憑依された者が暴れたのだろう」
 アニスの空飛ぶ箒ファルケに乗せてもらい、建物の外装を眺める。
「目に見える者の気配を感じたりしないか?」
「う…う〜ん。修理している人の近くに、なんかいるみたい」
「ふむ。(この距離では、あの者にも術があたってしまうが、章によるものならば問題あるまい)」
 禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)は気を沈め、哀切の章を唱える。
 弟子の少女の視線と声に合わせて光の波を操り、グラッジを掴むように包み込む。
「フェリゲ ツェアシュテールンク グリュックリヘン パーソン!(幸せなヤツなんて全滅してしまえ!)」
 グラッジは反省の色を見せずに捨て台詞を吐いた。
「ありゃりゃ、行っちゃったみたい」
 魔性が修繕屋の傍から離れて去ると、アニスのアークソウルから輝きが消えた。
「仕事してるだけでも狙われんのかよ」
 ほぼ一瞬の出来事を見上げ、太壱は“恋人がいる=リア充”とは限らないのか…というふうに呟く。
「職場で充実しているだけでも、該当するのだろう?ゆえに、学業も同様だな」
「げっ!そうなのかよ、お袋」
「小娘が傍にいようがいなかろうが、バカ息子もそれに入るということだ」
 学び場で充実しているのなら、狙われる可能性はある、と説明してやる。
「マジかよ…」
 俺は安全だッと思っていたが、樹の言葉によって安心感が崩れ去った。
「へこんでる暇なんてないわよタイチ、なんかこっちにくるよ!」
「え、えっと本開いておかないと…。うわ、なんだ!?壁がめっちゃへこんで…げげっ!」
 セシリアに急かされ、慌ててスペルブックを開くが…。
「リア充は皆、地獄に落としてやるぅううーーー」
 店内の壁をぶち破った女が、太壱の首を掴みギリギリと絞める。
「クハハッ、砕け滅びろ」
「ぐぇえ、ぐるじぃ〜」
「タイチ、負けないで。タイチならきっと勝てるわ!…〜んもぅ、なにやってるのよ。早く祓っちゃいなさいよ、タイチ」
「ツェツェ…ッ。そ、そのいらん根拠と…ぅぐぐ…っ。俺の名前をー…叫ぶの連呼すんのやめろ〜…」
 魔性に憑依された女の手から逃れようともがきつつ、悪い状況に発展しかねないセリフを言うセシリアに苦情をぶつける。
「このヤロウー、恋人までいやがって、シネシネシネェエイ」
 首を絞められながらも“バ、バカ、恋人じゃねぇー”と必死に否定する太壱を無視し、魔性は憑依体を操り手を緩めようとしない。
「後ろがガラ空きよ」
 美羽は自分にパワーブレスをかけ、女の背後から片手首と脇をがっちり掴み、太壱から引き離す。
「離せぇえ、ワタシはリア充をぶっ壊したんだ。オマエからも、リア充臭がするぞ。オマエからぶっ壊してやろうかァアッ」
 女はめちゃくちゃに身体を揺らして美羽の手から逃れる。
 黄色いリボンをした少女にターゲットを変え、砕けたレンガの破片を念力で操り襲いかかる。
「―…カタクリズム!憑依した状態で魔法も使うんだったわね…」
 美羽は地面に片手をつき、それを主軸にくるくると回転し、アルティマレガースで強化した脚力で蹴り飛ばす。
「その体、持ち主に返してもらうわよ」
 石畳の地面に足を滑らせ、足払いをかけて取り押さえる。
「ベアトリーチェ、早く詠唱を…っ」
「了解です、美羽さん!」
 彼女のパートナーはスペルブックの哀切の章を唱え、清らかな光を器の中へ浸透させていく。
「ウグググゥ…、ヤ…ヤメロォオッ」
「それはあなたが好き勝手にしていい命ではありません。離れてください!」
「フ、フフフッ。ワタシを追い出しても、この女には“不幸”が染みついているぞ。不幸に襲われてシンデシマエバイイ…ッ」
 器から祓われたグラッジは捨てセリフを残し、反省する様子を見せずに逃走してしまった。
「“アークソウルの反応があった”ということは、もう一体いるはずだ」
 大地の能力を秘めたこの宝石は、憑依されていない生命体に反応を示すものだ。
 その対象はまだどこかにいるはず。
 警戒する樹だったが魔性は襲うそぶりをせず、樹たちの周りをうろつく…。



「2体逃げてしまったか。あいつらを追うよりも、被害者の治療が先だな。目を覚まされてからでは厄介だ、アニス治療してやってくれ」
「う、うん…。呪いの解除もしなきゃいけないんだよね?」
 アニスは空飛ぶ箒ファルケから降りると、ペンダントに触れつつ祈りを捧げ、治療を始める。
「(憑かれちゃってたから、先に精神から治そうかな…)」
 コンクリートに横たわる女をホーリソウルの光で照らし、精神を蝕んでいる気を徐々に浄化する。
 その女の幸せを嫉ましく思い、執拗なまで深く蝕んでいるせいで、なかなか治療が進まない。
「―…アニス、時間かかりそうか?」
 集中の妨げにならないように黙っていた和輝だったが、そんなにも深刻な状態なのか気になり、そっと声をかける。
「ん〜、ちょっと深みたい。少しかかるかも…。―………ふぅ、精神の治療は終わったよ」
「次は呪いの解除か。続けて行えそうか?」
「うん…聖霊の力で回復してるから、この人1人だけだし大丈夫かな」
「まだ1体、近くにいるんだろう?アニスが治療に集中している間、周囲の気配探知を頼む」
「承知した」
「誰か来そうだったら、その度に伝えればいいんですか?タイチのお母さん」
「あぁ、その通りだ」
 樹は小さく頷き、ペンダントに精神を集中させる。
「へんぷくさん。人がこっちに近づいてこないか、警戒をお願いね」
 肩に乗っているコウモリは章の指示に従い、彼らの周りを飛び回る。
 しかし数秒も経たないうちに、へんぷくは彼の元へ戻った。
「何々、誰かこっちに来たって?ふむふむ…。なんか慌てた感じで、探し物をしてるって?」
 へんぷくのジェスチャーを読み取り、樹たちにも理解出来るように話す。
「む、魔性が私たちから離れていくぞ」
「タイチのお母さん、その人に入り込もうとしてるんじゃないんですか!?」
「バカ息子、ボケッとしていないで動け」
「タイチ、あの人の正面へ向かってるわ」
「お、おう。やられっぱなしでいられるかってーの!」
 セシリアにポイントを教えてもらい、哀切の章の光の嵐で狙われた対象を包むように守る。
 だがグラッジは諦めるどころか“グリュックリッヒ ダムド!”と怒り叫び、しつこく入り込む隙を狙う。
「あれは…、僕のハニー!急に怒り出してどこかへ行ってしまったと思ったら、こんなところにいたんだねっ」
「ハ…ハニー?…古っ」
 太壱は今時そんなふうに呼びあってんのかよ…と言いたげな顔をする。
「うわ、バカ。こっちくんなって」
 まだ目を覚まさない女の彼氏が、術の守りから抜け出してしまった。
「あ、影っぽいのが出てきた。あとちょっとで呪いを解除できそうだよ、和輝。……ぇ…っ。…や、やだっ。誰かこっちに来る!」
 見知らぬ男が走っている姿が視界に入り、アニスはすぐさま箒に飛び乗り離れた。
「なぜこんなところで眠っているんだい、ハニー…」
「―…おまえはその女の恋人か?」
「あ……、えぇ…。あの、彼女は…なぜこのようなことに?」
 男は樹の問いかけに答え、どうして眠っているのか聞く。
「あまり詳しく話してやれないが……。さきほど言っていたように、突然怒り出すことはないだろう」
「え、どういうことですか?」
 状況がさっぱり分からず、困惑した表情で言う。
「私としても、話していいものかどうか…」
「タイチのお母さん、グラッジがそっちに接近しています!」
「く、しつこいやつだ」
「ジー ユーブング ツエイネム シュタイン!(お前らを石にしてやるぅうっ)」
 ねっとりとした灰色のアメーバー状のものが樹たちに迫る。
「石化の魔法か…っ」
 樹が恋人たちの前に立つと、ペンダントの中にあるアークソルウはアンバー色に強く光る。
 グラッジの魔法は光の壁に阻まれながらも、進入口を探すかのようにその周りを這い回っている。
「―…む、和輝。あの者たちの上に、鉄骨が落ちるぞ」
 突然、工事用である足場の一部が崩れ始める。
「不幸が訪れる……か。ヘタしたら、死ぬような不幸だな」
 鉄骨は呪いにかかった者の心臓を目掛け、まっすぐに落下しようとしている。
 2丁の曙光銃エルドリッジで路地へ撃ち飛ばす。
 不幸を与えようとしていた素は、街路樹まで滑り転がった。