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壊獣へ至る系譜:炎を呼び寄せるディーバ

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壊獣へ至る系譜:炎を呼び寄せるディーバ

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■ 少女が歌い踊る炎 ■



 サラマンダーに占拠された村は真夏の如き熱を内包していた。
 カラカラに乾いた大気は砂漠のそれと酷似して、彼らがどれくらい滞在していたのかが容易に想像できた。
 熱せられた地面から昇る陽炎を掻き分けるように夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)は村の中心を目指して突き進む。
 大きさ約二メートルの個体がざっと数えて三十体前後。それだけの数だというのにこの影響力。それを目を細めて観察する草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)は傍らの甚五郎を見上げた。
「不気味じゃのぅ」
 遠くに少女が見える。サラマンダーが放つ熱気に作り出される陽炎が幾重にも重なりあい、視界全てが歪み三半規管の機能を試されている感じだ。
 熱さだけで一歩進むのも気合がいる。
「凄い殺気ですぅ」
 警戒し続けるブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)と羽純の間で周囲をきょろきょろと眺め回すホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が小さな声で呟いた。口を開けただけで口内の水分を持っていかれそうな干上がり具合にどうにもしゃべりにくそうである。
 不意にブリジットが止まった。
 甚五郎も足を止める。
「警戒線に触れた様です」
 網、ではなく、線。視認できていたサラマンダー達が全て甚五郎達に振り向いた。
「一気にかたをつけるぞ」
 甚五郎の号に羽純はその場でブリザードの陣を描いた。後方からの攻撃がどこに命中するのか予測したブリジットはマスケット・オブ・テンペストを構え、アルティマトゥーレの発動で冷気を帯びた弾を足止め代わりにサラマンダーに撃ち込んだ。嵐が去る余韻の中を突っ切るように駆け抜けたホリイがホークアヴァターラ・ソードを振り上げる。
「ワタシはサラマンダーを倒す係です〜」
 トドメとばかりに振り下ろされた絶零斬の冷気が辺り一帯の温度を引き下げた。
 一斉に攻撃モーションを取るサラマンダーに軍用バイクを走らせながら様子見をしていた湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)は慌てて背中にひっついているロビーナ・ディーレイ(ろびーな・でぃーれい)を急き立てた。
「退治とかまでいかなくても何体か引きつけられれば……ロビーナ、頼んだぜ」
「言われなくとも。あたいに任せてぇ!」
 野球バットを握り締めるゆる族は宣言も声高く、ホームラン予告する様も決まっていた。
 気合十分な彼女に忍は隠しからたいむちゃん雪だるまを取り出すと自分の背後にそれを放り投げる。
「カッキーン!」
「って、だからなんでホームランなんだ! 当てろ、当てろ!」
 鳴らすエンジン音に数体のサラマンダーがざわめくように動き出す。
 侵入者にそぞろと蠢くサラマンダー達に上空で待機していたリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は不安げな顔で空飛ぶ箒スパロウの後方に居る桐条 隆元(きりじょう・たかもと)を振り返った。
 上空から見れば、サラマンダーが一気に動き始めたのがわかるような気がした。
「お、女の子を中心に綺麗な円形ですね」
「中心に行くほど密集してやがる」
「スマートに行きたい所だが、難しそうだぜ」
 ケルピー・アハイシュケ(けるぴー・あはいしゅけ)と彼の上に乗るナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)がそれぞれ息を吐いた。
「場があちらに有利すぎるのだよ」
「た、隆元さん。あ、雨とか呼べませんか?」
「なるほど。名案だ小娘」
「お、なんかやんのか?」
「早く助けてやろうぜ! さっさと助けてやろうぜ!」
 集中に入った隆元に待機を命じられた二人が余った勢いを発散させるようにぐるぐるとリース達の周りを二周した。
「こ、これで少しでもサラマンダーさんが弱ってくれるといいんですが。ゆ、融合したり大きくなったり不思議な現象です」
 天候操作にて呼び寄せた雨雲から用意が整っていたぞと言わんばかりに、ぽつり、ぽつり、と雨粒がこぼれ始めたのを確かめて、リースは密やかに握り締めた右手を胸元に引き寄せた。
「よっしゃ、行くぜ!」
 隆元からもういいだろうと頷いたのを確認し、ケルピーが少女目指して急下降する。
「どけどけぇええッ! 俺様のお通りだぁああ!!」
 ピンポイントに少女の隣に降り立とうとしたケルピーに、小雨に多少鈍くなったサラマンダー達の行動はそれでも素早かった。
「う、うわわッ」
 火ブレスの一斉射撃を受けてナディムがイナンナの加護の元、その場を凌ぎ、二人は再び上空に舞い戻った。
「うひぃ、元気良すぎ」
「ちらりと見たがお嬢さんは無事そうだ。サラマンダーが近くにいるから火傷してるとか暑そうとかの様子じゃない。どう思う? たかもっちゃん」
 俺から見れば守られているようにも見える。ナディムから意見を求められて隆元は天候操作に動かしていた手を一旦止めた。
 四人が居る場所はそれなりに高い位置なのだが、それでも耳に届く少女の歌声。
 ディーバが謳う旋律はどこまでも現実味を欠いていた。



 続々と村に駆けつける契約者達の目を避けるように物陰に隠れた佐野 和輝(さの・かずき)は知らずに溜息を吐いた。
「動くのが、早い」
 逃げ出したのは自分も都合が良かったが、先日捕まったばかりなのに既に次のトラブルを招くのはあまり宜しくない。妙にアグレッシブな奴だとは思っていたが、こう派手だとこちらまで火の粉が降ってきそうで、頭が痛い。禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)の好奇心に付き合った結果がこれだとするのなら、厄介な人間と関わってしまったものだ。
 通信手段はこれしかないかと和輝はため息を吐いた。
「(おい)」
『(ああ?)』
 送ったテレパシーも何だが、返ってきたテレパシーも不躾だった。若干不機嫌そうである。
「(ご挨拶だ)」
『(そっくりそのまま返す。なんだ、来たのか)』
 一瞬の間を置いてテレパシーの相手である破名・クロフォードが軽く笑ったらしい。
『(嗚呼、わかった。慎重な和輝の事だからアレだろ。証拠を消しにでも来たのか? ルシェードに関わりたいのはお宅の『ダンタリオンの書』だしなぁ)』
「(ああ)」
『(安心しろ。今回は俺のだ。全然関係ないぞ。そっちと繋がる可能性のあるモノなんて一つもないから勘付かれる前に帰れかえ――あー)』
「(あ?)」
『(どうせだからサラマンダーをどうにかしてくれ)』
「(あ?)」
『(ああ、俺でもあれは厄介なんだ。彼女に近づけるように数を減らすだけでいい。でも、くれぐれも彼女の意識をと――)』
 そこで、ブツンと切れた。
「どうしたの和輝?」
 周囲に視線を走らせるアニス・パラス(あにす・ぱらす)が異変に気づいて和輝を見た。
「いや、テレパシーが切れた」
「誰とだ?」
 聞いてきた『ダンタリオンの書』に軽く肩を竦める。
「破名とだ。サラマンダーをどうにかしてくれと頼まれたよ」
 その後何か言いかけたようだが、ルシェードとは違い顔すら知らない破名からでは推測も成り立たず、とりえずはサラマンダーだなと、頼まれたから仕方ないかという態度で和輝は動き出した。