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リアクション
■ 悪魔が歌い踊る焔 ■
「た、隆元さん」
地上に再びサラマンダーが現れて、リースは後ろを振り返った。
「落ち着くのだよ。焦らなくても雨は本降りになるものだ。わしがそう操作したのだからな。心配せずとも良い」
断言した隆元の言葉を支持するように、小雨は速やかに本降りになった。
どこからともなく呼ばれて現れ、落ち着きなく動きまわるサラマンダー達は互いに接触した側から融合し、数を減らしながら段々と巨大化していく。それを眺めて雨に濡れる破名の姿はとても殊勝そうであった。
「すまないな。こんな大事になるとは俺も思っていなかったんだ」
「何を始める気だ?」
囁きを聞き咎めるように、ベルの腕を引き、背後に庇う和深が聞き返した。
「説明してあげなさいよぉ。責任は取るって言ってたじゃないぃ?」
無言で古代文字を展開していく破名に、べたべたと少女を触りた押していたルシェードが面倒臭そうに声を掛けた。そして、それでも無言の男の様子を見て、近場に居た和深を上目遣いで見つめながら続ける。
「あんた達がこの子に余計な事したからぁ、はなちゃん全部が面倒になって、あんた達全員丸焼けにして証拠全部消すつもりなのよぉ」
「ルシェードッ」
「なんだと」
「なんだって」
破名の慌てぶりに恭也と紅鵡が反応した。
「そうよねぇ、意識が無くなったら制御盤? だっけ? そのナンダカのはなちゃんのやりたい放題なんだよねぇ。いいなぁ、起動も終了も限界を超えて自由に弄れるなんて、そういうところ便利そうで羨ましいぃ」
「ルシェード」
「さっさと脳が潰れればいいのにぃ」
咎められぶすくれたルシェードに構わず破名は一点を指さした。
「――歌え」
「くッ」
密やかにベトリファイをもって男の石化を狙ったメシエにサラマンダーが襲いかかる。高速融合を繰り返し五メートルほどにまで成長したサラマンダーにメシエは指印をブリザードに切り替えた。
少女の頭上に一際大きい文字が出現する。
突如現れた文字は点滅しながら形を変えた。
その現象に顔色を変えたのはブルーズだった。
「ブルーズ」
天音も気づいた。
「あれ、数字、だよね。大きい数字から小さい数字に、数が減っていってるのってどう見ても」
「カウント、 ……ダウン」
「止めるぞ」
息を飲んだブルーズの隣で、額から伝う雨を拭った和輝は小さく呟いた。
「(当人が証拠隠滅を図るというのならこれは乗るべきだろう)」
「(和輝?)」
自分たちが介入した痕跡は無いと破名に断言されながら、ルシェードとは違い素性を隠す男に信頼は欠片も置けず、もしかしたら裏切られるのではという考えが捨て切れない。それにサラマンダーをどうにかしろと頼まれたのだから、この騒ぎに乗じる手はないだろう。
「(アニス。神降ろしを頼む)」
「リオン」
パートナーに振り返る。
「なんだ」
「あいつが展開している文字は読めるか?」
「魔女が言っていただろう。完全に暗号化されて読めないのだよ」
「そうか。 ……何を始めたのかわからないが、邪魔させてもらう」
言って、靴底で濡れる地面を擦り上げた。
「なんか雰囲気がやべえな」
「お嬢さんがあの黒い男に操られてるぞ。どうにか引き剥がせないか」
「ピューって言って格好良く掻っ攫うんだな、いいぜぇ、行こう!」
「リース援護頼むぞ」
破名に指示を受けるごとに様々な声で謳う少女目指してケルピーとナディムの二人組が男の背後側から急降下を開始する。
「と、甘いな」
破名の言葉と共にサラマンダーの尾で胴を払われたのは同じく別の角度から空を滑っての接近を試みたセレンフィリティだった。
「気合が足りないなぁ、気合がぁ」
吹っ飛んだセレンフィリティを受け止めた甚五郎が豪気に一同を一喝する。
「あのサラマンダーが邪魔じゃのぅ」
「ホリイ、ブリジット」
「はいー! 準備は万全です」
「援護は任せて下さい。勿論前線にも立てます」
魔法の詠唱に入った羽純に気づき甚五郎は他の二人の名前を呼び、自分は先頭に立つとガードラインを引き、百獣の剣を構えた。
「大きくなっただけだ、すぐに終わらせてさっさと少女を取り戻すぞ!」
地面を蹴った甚五郎にパートナー達がそれぞれ続いた。
「セレン大丈夫?」
駆け寄ってきたセレアナに痛む腹を抑えながらセレンフィリティは答える代わりに笑ってみせて、腰に下げた機晶爆弾に手を伸ばした。
「ラスボスがちょっと大きくなったわね」
「そうね。それこそラスボスっぽくていいんじゃない?」
セレンフェイリティがラスボスと繰り返すのでセレアナは何かMMORPGみたいだと一瞬でも思い浮かんでしまった自分の思考を首を振って振り落とす。
二人は握った利き手を軽く叩き合うとサラマンダーに振り向き直った。
「ただでさえデカイのに更にでっかくなったら困るよなぁ」
自己主張するように軍用バイクのエンジンをふかした忍は、その場に留まると、たいむちゃん雪だるまから氷術の魔法に切り替えた。
「ロビーナ!」
「あいな、任せてぇ! スパコーンッ」
「だからなんでホームランなんだよ! 当てろ! 当てて注意を引きつけるんだ」
誘導役を買って出る為何度も氷の塊を野球バットで打ち出すロビーナは雨に濡れながらも興奮していく自分を抑えられない。サラマンダーの熱気に煽られてその頬は熱るばかりだ。
「さぁ、熱きサラマンダ殿らよ! その身を焦がしながら、あたいを奪いあってぇええええ!!」
「って、トリ! 変な誘い方すんなよぉー。ファイアプロテクトかけてもそんなに集めたらこっちが丸焼きになるわーッ!」
熱に浮かれて頭が湧いたとしか思えぬ台詞を絶叫に変えるロビーナに、火ブレスをスレスレで躱した忍は半泣きで叫び返していた。
「ルカ」
呼ばれてサラマンダーに百獣拳を叩き込んだルカルカはダリルに振り返った。
「先程から見ていて気づいたんだが、戦闘が激化するごとに文字の明滅期間が長くなっている」
「え?」
「あれがもしカウントダウンと仮定するならこの場合、考えられるのは自爆か一発逆転の必殺技だ。あの男は派手にやろうと言っていた。言葉通り派手に決め込んでいるが、屋内に居た時の余裕が見られないうえ、カウントダウンは遅くなっている」
「そう言えば時間を稼ぐとかなんとか……」
「なら、自爆の線が濃厚だな」
ルカルカは首を横に振った。
「想像でしか無いわ」
「事情が変わったと言っていただろう?」
「なら説明があってもいいじゃない? 内容によっては協力してもいいのよ?」
「なら自爆の線で決定だ。それなら説明している余裕も無いだろう」
納得いかない顔をしているルカルカにダリルは全ての可能性に全力で対処できる様に考えを巡らせながらコードを呼び寄せる。
「ベル、歌うのか?」
傀儡としてただ歌う少女に増々心を痛め奮い立ったのはベルだった。下がっていろと注意を促す和深にベルは深く頷いてみせる。
本降りと言うには戦闘に支障を与えない弱い雨の中、ベルは両手を胸に添えて祈りを込めて幸せの歌を緩やかに歌い始めた。
近くで聞こえる幸せの歌声にルシェードは思わずそちらを見遣った。優しい願いが織り交ざった歌に、思わず目を伏せてから破名を見上げる。相変わらず口しか見えない男に肩を竦めた。
「今ほっとしなかった?」
「な、何よ、あんたぁ」
真隣りに現れた天音にルシェードは仰天した。
「にしても凄い事になってるね。僕は全然読めないけど、君はコレ読めるの?」
最早少女の肌と言わず、そこかしこに展開している古代文字を指して天音が首を傾げるとルシェードはむっと不機嫌になった。
「あたしもぉ、わかんないわぁ」
「じゃぁ、何やってるの? 「はなちゃん」に何を頼まれてるのかな?」
聞かれてルシェードは嫌な顔をした。敵地に侵入して危機感などまるで感じさせず笑顔で遠慮無く質問してくる天音に不信感が募ったらしい。
「それって、こんなの読めない癖にっていう嫌味かしらぁ?」
「そんな風に取られるのは心外だな」
にこり、というよりは、微笑。その微笑が気に触ったのだろう。ルシェードは突如として絶叫した。
「あーもう! やってらんないわぁ。本当にやってらんないわぁ。いくらはなちゃんのお願いだからって、昔の人間が弄り倒したのを解析して元に戻せって、しかも自爆する前になんとかしろなんてそんな理不尽なことできるわけないじゃないー! 呪うわ、呪ってやるわぁッ!」
それはいかにもストレスに耐性の無い子供っぽ切れ方だった。
ルシェードは少女の両肩に自分の両手を乱暴に乗せ、
「ルシェード・サファイスの名において、ルシェード・サファイスが命じる 還れ!」
呪いの言葉を有らん限りの声で吐いたのだった。
ルシェードを中心にして、光が、炸裂する。
光が収まった頃、契約者の目に映ったのは、ハーフフェアリーの少女の右腕を掴み引き上げて、検分するように見下ろしている黒衣の男の姿だった。あれだけ出現していたサラマンダーも古代文字も跡形もなく無くなっている。
「手ぇ、離せよ」
得物を手に凄んだのは恭也だった。一歩、一歩と破名との距離を縮める。
「女の子を静かに離すんだ。でないとその腹に穴開けるよ」
銃口を向ける紅鵡に破名は少女を無造作に地面に転がした。
「テメェ!」
殺気立つ恭也に向かって、破名は気障ったらしく腕を胸に当てて一礼した。
「協力、感謝する」
「協力だとぉ? こんなふざけたことしておいて協力感謝だと?」
「心外な。俺はひとつとてふざけてない」
「じゃぁ、そのまま逮捕されなよ」
「丁重に断る」
動くなの制止を気にも止めず、破名はルシェードの腕を掴み、肩に担いだ。
「なんてことすんのぉ」
「ルシェード」
「わかったわよぉ」
年頃の女の子を無体に扱うなと抗議するルシェードに破名の声は不機嫌そのものだ。
警告を無視して逃亡を図ろうとする男に紅鵡は迷いなくトリガーを引き絞る。
破名を狙った銃弾は男の背中を叩いたルシェードが召喚したミイラに阻まれた。二人の姿がミイラによって遮られ、契約者の視界から消える。
「チッ」
苛立ちを隠せず紅鵡はミイラに銃弾をぶち込む勢いで撃ち込んだ。衝撃に重心を失ったミイラは後ろ向きに倒れるとそのまま塵へと戻った。
そして、どんな手を使ったのか、二人の姿はこの場から完全に消失したのだった。
「……ぅ」
「大丈夫かい?」
側に駆け寄り、ハンカチで顔についた泥を拭うエースは目を開けた少女にそっと声を掛ける。
少女はゆっくりと瞬きを繰り返すとエースの手を小さな両手でハンカチごと掴んだ。
「苦しくない」
つぶらな瞳をこれでもかと大きく見開いて、自分の喉や胸や腹を触った。そして、立ち上がる。
「苦しくないし、痛くないし、立てる! 薬師様のお薬飲んだら、わたし苦しくなくなったの!」
嬉しさに一頻り喜んでから、やがて父と母の姿を求める。
雨の止んだ空から太陽の光が差し込み始めた。