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【第三話】始動! 迅竜

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【第三話】始動! 迅竜

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同日 同時刻 葦原島 イコン整備施設

「……生きてるか?」
 恭也はサブパイロットシートの岱に向けて問いかけた。
「ああ。なんとか生きているようだよ」
 すぐに返事が聞こえてくるあたり、岱もなんとか無事なようだ。
「外がどうなってんのか確かめねえとな……っつっても、できれば見たくはないが」
「違いないな。まあ、見ても見なくても敵がとどめを刺しにかかってくることは違いないのだから、ここは見ておくべきだと言っておくよ」
 自らを叱咤する意味も込めて苦笑すると、恭也と岱はシステムダウンしたコクピットシステムの再起動を試みた。
 だめもとで起動スイッチを入れみると、モニターにOSのスタートアップ画面が表れる。
 スタートアップ画面を皮切りに各種コンソールやボタン、メーター等に内蔵された発光機能が復活し、コクピットはすぐに元の明るさを取り戻す。
「……こっちも生きてるみてえだな」
 小さな笑みを浮かべ、コクピットの開閉操作をする恭也。
 システムが復活したことで開閉コードを受け付けているはずだが、先程のダメージでフレームが歪んでしまったのだろうか。
 ハッチは僅かに持ち上がるものの、何かに引っ掛かったように止まってしまう。
 仕方なく恭也と岱は開かなくなったコクピットハッチを内部から押し出すようにして、力任せにこじ開けた。
 鈍い音を立てて少しずつ開いていくハッチの間から光がスポットライトのように射し込んでくる。
 それと同時に、外から聞こえてくる音もどんどんクリアになっていく。
 外の様子が十分に見えるだけハッチを開き終えた恭也と岱。
 ハッチの合間から外の景色を見て、二人は絶句した後、観念したように笑った。
「……こいつぁ参ったぜ」
「……ああ。ここまで判り易いと、もういっそ微塵の迷いも無く観念して割り切れるから、むしろ助かるのかもしれないけどね」
 コクピットの外に広がっていた風景は、この上なくわかりやすいものだった。
 アサルトヴィクセンは中破、というよりもはや大破に近い破損状況で動けなくなっており、しかも、“ドンナー”二機の自爆を間近で受けた衝撃で転倒し、仰向けの状態になっている。
 そして、それを囲むようにして十機の“ドンナー”が円を描くように立っているのだ。
 極めつけは十一機目の“ドンナー”だろう。
 既にビームエネルギーを刀身に纏わせた“斬像刀”を両手持ちし、頭上高く振り上げている。
 その切っ先が振り下ろされようとしている先はもちろん、恭也と岱のいるコクピットだ。
 きっと数秒後には、振り下ろされた“斬像刀”がコクピットごと二人を断ち割り、そればかりか機体そのものを真っ二つにしていることだろう。
 それがほぼ確定的なのは一目瞭然だからなのか、周囲の“ドンナー”たちは見ているだけで手を出す気配はない。
「……流石に負けたか。こっちは第三世代機まで持ち出したってのに、情けねぇぜ」
 観念した様子の恭也は、苦笑する顔すらどこか晴れやかだ。
 岱も同じく観念した様子だが、恭也とは少し違い、胸を張るようにはっきりと言い切った。
「負けてなどいないよ」
「岱――」
 その言葉の意図を確かめるように恭也が岱の方を向くと、岱は迷いの無い顔で答える。
「あたしたちは最後まで誇りを貫き通した。そうだろう、相棒?」
「おうよ。ま、その結果がこれだけどよ」
 再び、どこか晴れやかな苦笑を浮かべる恭也。
 そんな彼に岱は、何かを確信したように言う。
「なら、あたしたちは負けてなどいない」
 すると恭也も何かを思い出したようだ。
「ああ――そうだったな。お前はいつも言ってたっけ」
 そして岱は静かに頷くと、胸を張って告げた。
「己の誇りを貫く、それが負けないって事なんだよ」
 岱の言葉を聞き、恭也は笑みを浮かべる。
 だが、今度は苦笑ではなく微笑だ。
「違えねえな」
 互いに微笑を浮かべて頭上を見上げる二人に向けて、“斬像刀”の切っ先は今まさに振りおろされようとしていた。
 ――PiPiPi!
 その時、コクピットシステムがアラート音を鳴らす。
 アサルトヴィクセンのセンサーが高エネルギー体の接近を感知したのだ。
 既に観念している二人は、突然のアラート音にも妙に落ち着いた様子だ。
 妙に落ち着いた心境で、今まさに振り下ろされようとしている“斬像刀”を見ていた二人は、驚愕に目を見開いた。
 強烈な光の奔流がすぐ近くを通り過ぎ、自分達に“斬像刀”を振りおろそうとしていた“ドンナー”とその延長線上にいたもう一機の“ドンナー”を呑み込み、消滅させたのだ。
 他の“ドンナー”たちは間一髪で跳び退くことができたが、アサルトヴィクセンと二人にとどめを刺すことに集中していた一機だけは間に合わずに光の奔流に呑み込まれた。
 光の奔流は次第に霧散していくが、その途中で光の粒子となって大気中に散っていくのを見て取った恭也は、何かに気付いた様子で呟く。
「荷電……粒子砲? でも、一体どこから……?」
 どうやら、敵はそれを考えている暇を恭也には与えてくれないようだった。
 すぐさま別の“ドンナー”がアサルトヴィクセンに近付いて“斬像刀”を振り上げ、今度こそ二人にとどめを刺そうとする。
 荷電粒子砲と思しき謎の砲撃は僅かに気になるものの、再び観念する恭也。
 目を閉じ、静かに覚悟を決める恭也だったが、またも鳴り響いたアラート音で強引に意識を引き戻される。
 ――PiPiPi!
 それでも、モニターを特に気にする風もない恭也に対し、岱はモニターに表示される情報にゆっくりと目を向けた。
 どうやらアラート音はイコンの接近を知らせるものだったらしい。
「機体種別はサロゲート・エイコーンのようだね」
 ふと呟いてから、岱は何かがおかしいことに気付く。
「……!」
「どうしたよ?」
 焦りなど感じられない声で問う恭也。
「接近してくる機体はサロゲート・エイコーン……即ち、イコンなんだよ」
 その言い方が気になったのか、恭也は面倒くさそうにモニターへと目を向ける。
「確かにイコンだな。間違いねえ。それがどうしたんだ? ここは戦場なんだからイコンの一機や二機が出てきたところで――」
「違うんだ! おかしいのはイコンが出てきたことじゃない……このイコンがイコンにしてはあり得ないような速度でこっちに近付いているんだよ!」
 驚きのあまり声を大きくなった声で岱は、恭也の言葉を遮った。
 だが、それにも恭也はさほど驚いた様子は見せない。
「きっとセンサーがいかれたんだろ……アサルトヴィクセンは俺ら以上にしんどいんだ……もう、休ませてやれよ」
 二人がそうした会話を交わしている間にも、“斬像刀”を握る“ドンナー”の腕には力が込められ、駆動系が軋むような音を鳴らす。
「――識別信号は……」
 急いで識別信号を確認する岱。
 そして、遂に“斬像刀”は振りおろされた。
「……教導団!?」
 確認した識別信号から判明した所属を口にする岱。
 その瞬間、“斬像刀”の切っ先はコクピットに到達する途中で止まった。
 振り下ろされるまさに瞬間、響き渡った何発もの銃声。
 連続する三発の銃声が小刻みに繰り返され、十一機目の“ドンナー”の両手からスパークが散る。
 何発もの銃弾に撃ち抜かれ、両手の動かなくなった“ドンナー”は寸止めの姿勢を取ったまま棒立ちだ。
 見れば、流れ弾の何発かが脚部に命中したようで、腕はもちろん脚もろくに動かないようだ。
 はっとなって“ドンナー”を凝視する恭也と岱。
 同時に上空から噴射音と風切音そして金切音が入り混じった爆音が轟いた。
 弾かれたように頭上を見上げた二人が見たのは、一機のイコンが上空より舞い降りるようにして低空域へと移動する光景だった。
 ベースは教導団の鋼竜だろうか。
 ただし、施された様々な改造のおかげで、もはや別物だ。
 背部に装着された、戦闘機を思わせる固定翼。
 翼と同じく背部に並ぶ合計四機のターボファンエンジン。
 巨大なバルカン砲のボディに小銃のグリップを無理矢理付けた荒唐無稽な携行火器。
 そして、蒼空からの陽光を受けて輝く銀色のカラーリング。
「――いや、一つあったよ」
 得心のいった表情と声音で岱は恭也へと告げる。
「紫月から聞いていた機体――先のツァンダ上空での戦いに投入されたという、教導団の機体だ。確か……名前は――」
 Pi!
 岱が言いかけた所で、タイミング良くアラート音が割り込んだ。
 入電を告げるアラート音を受け、反射的に岱が回線を開く。
 すると、好人物そうな青年の声が通信機から流れ出す。
『何とか間に合ったようだな。こちら高速飛空艦“迅竜”所属機“禽竜”パイロット――源 鉄心(みなもと・てっしん)
 鉄心の声に続き、今度は優しそうな少女の声が聞こえてくる。
『同じく禽竜パイロットのティー・ティー(てぃー・てぃー)です。お怪我はありませんか?』
 ティーから問いかけられ、恭也と岱が答えようとした時だった。
 横合いから超音速で急接近してきた漆黒の“フリューゲル”が大出力のビームサーベルを禽竜に向けて振り下ろす。
 咄嗟の反応でコンバットナイフを抜いた禽竜は、大出力の光刃をナイフの刀身で受け止める。
 光刃と鋼刃は反発力で互いを弾き合うが、両機とも再び刃を強引に押し込み合う。
 アクチュエーターが生む腕力はもちろん、ブースターによる推進力も乗せて両機とも一歩も譲らず刃を握り続けるその光景は、まさに鍔迫り合い。
 ――そう、驚くべきことに禽竜のコンバットナイフは、現行機を凌駕するほどの大出力を誇る“フリューゲル”のビームサーベルと鍔迫り合いを演じているのだ。
『――ッとォ! 随分とカッコイイご登場じゃねえか、ええ?』
 再び、ダンスチューンに重なった“鳥”の声が通信帯域に響く。
 最新技術によるビームコートが光刃の粒子を弾く中、禽竜のほぼ零距離へと肉迫した“フリューゲル”が接触回線によって話しかけた声が、禽竜を通して通信帯域に流れ出したのだろう。
『“鳥”といったな? 単刀直入に聞こう――』
『あ――?』
 鍔迫り合いの最中、鉄心は接触回線を通して“鳥”へと問いかける。
『偽りの大敵事件……その復讐の為にお前たちはこんなテロを繰り返しているんだろう?』
 鉄心の口から『偽りの大敵事件』という言葉が出たことに“鳥”は驚いたようだ。
 通信回線を通して息を呑む気配が伝わってくるのが鉄心にも感じられた。
『そこまで知ってんなら、もう聞くこたぁねえさ。察しの通り、俺等が九校連に攻撃を仕掛けてるのはそれが理由だ』
 “鳥”の声音には濃密な怒気が感じられる。
 それを表現するかのように、“フリューゲル”の飛行ユニットが持つ推進機構もひときわ激しくエネルギーを噴射した。
 あたかも怒声のようなブーストで一気に加重をかけてくる“フリューゲル”に押され、禽竜は思わず姿勢を崩す。
 だが禽竜も負けてはいない。
 四連装ターボファンエンジンを逆噴射して加重に耐えつつ、コンバットナイフを盾のように前へと突き出して光刃を防ぐ。
 更にはそのまま“フリューゲル”を押し戻しにかかった。
『そちらはそのつもりでも、こちらはにはまだ聞くべきことがある……お前たちがどういった経緯で『偽りの大敵事件』について話を聞き及んだのか――聞かせてもらおう』
 怒声を発する“鳥”の気迫に負けじと、鉄心も気迫を込めた声で再び問いかける。
『んなこと答える義理はねえよ』
 答える“鳥”の態度はにべもない。
 既に気持ちは落ち着いたのか、先程のような怒気は感じられないが、禽竜を躊躇なく撃墜しようとしているのは変わらないようだ。
 その証拠に、さっきからかけられている加重は一向に緩んでいないどころか、ますます強くなっている。
 規格外の出力を有する禽竜ですら、“フリューゲル”の勢いに苦戦しているようだ。
 タイプも同じなら性能も同程度。
 互角の勝負ゆえに戦況は膠着状態へと陥りつつあった。
 そしてそれは、この勝負が引き分けへと近付いていることのようでいて、違う。
 この状況をこのまま維持すれば、“フリューゲル”の勝利という形で終わる可能性が高い。
 このままでは禽竜の四連装ターボファンエンジンがオーバーロードを起こしてしまうかもしれないのだ。
『なら多少強引な手を使っても聞かせてもらうぞ――その為にも、今ここで墜とされるわけにはいかない』
 やおら鉄心が言うと、直後に禽竜は、まるで爆発したような激しさで四つのターボファンエンジンを同時にブーストする。
 それと同時に機体を傾けた禽竜は、空中でバランスを崩してひっくり返るような状態となった。
 だが、それこそが鉄心の狙いだったのだ。
 空中で『転倒』する動きと勢いを利用し、禽竜は痛烈なキックを“フリューゲル”の脚へと叩き込む。
『なっ……!』
 作戦は見事に成功し、禽竜と、それに蹴っ飛ばされた“フリューゲル”の間には距離ができる。
『ひとまず仕切り直しだ』
 鉄心の声は落ち着き払っており、禽竜はもう『転倒』から立ち直っている。
『カミロみてぇな真似しやがって!』
 かつて海京でイーグリットと交戦した鏖殺寺院のエースパイロットの名前を出して激昂する“鳥”。
『あのままではそちらが優勢だったからな』
 “鳥”の剣幕も鉄心は涼しげな声でいなす。
 接触状態が解かれても会話が成立しているあたり、二機もとい二人は共通帯域で喋っているようだ。
『行くぞ――お前の相手は俺たちがする』
 歴戦の軍人らしい落ち着き払った声で鉄心が言うと、それに呼応するように禽竜は全ターボファンエンジンを同時ブーストし、急上昇を開始した。