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リアクション
蒼フロ院議員・ダイソウトウ
「あ、来た来た。おーい、ダイソウトウさーん」
待ち合わせ場所にようやく姿を見せたダイソウ トウ(だいそう・とう)に向かって、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が手を振っている。
「早いな、レキ」
「ふふん、一番乗りー!」
レキが人差し指を立てて右目をつぶってみせた。
「久しいものだ」
ダイソウは、短い言葉に久しぶりに吸うパラミタの空気の味わいを込めた。
「トウさん、いいんですか? 私たち、ニルヴァーナでやるべきことをずいぶん残している気がしますが」
彼の隣で、キャノン モモ(きゃのん・もも)は彼を見上げて言った。
彼女の言葉を聞きながら、ダイソウは空京の風景を楽しみながら、
「仕方あるまい。何せパラミタの立法機関蒼フロ院からの登院の呼び出しなのだ。
無下にするわけにはいくまい」
「……蒼フロ院って何ですか?」
「……いや、知らぬ」
「……」
閉口するモモの後ろでは、キャノン ネネ(きゃのん・ねね)が扇子を広げながら、
「蒼フロ院って何ですの?」
と、選定神 アルテミス(せんていしん・あるてみす)に問うが、
「我はエリュシオンの神なるぞ。シャンバラ側の行政機関など知らぬ」
「あら、そうでしたわね」
二人も蒼フロ院とやらには掴みどころがなく、会話が続かない。
良く分からないもの、というか存在しないもののためにわざわざパラミタに帰ってきたダークサイズ一行。
「……ったく。やっぱりね」
と、吐き捨てるような声と共に、ダイソウの足をコツンとこづく音がする。
ダイソウが見下ろすと、早くも眉間にしわを寄せた茅野 菫(ちの・すみれ)が、
「あんた何にも知らないんじゃない。とっととニルヴァーナに帰るよ。早く仕事してよね」
と言いながらダイソウのマントを引っ張る。
「しかし菫。私は総選挙に当選したのだぞ。この指令書を無視すれば、議員資格がはく奪されかねんではないか」
ダイソウが、懐から高根沢 理子(たかねざわ・りこ)から贈られた、手紙と世界共通ギフト券の束を出す。
菫は、ギフト券を一瞥して再度ダイソウを睨みつける。
「ダイソウトウあんた、このギフト券ちゃんと見た?」
「うむ。50万円相当、使用期限は一カ月。大人の一カ月などあっという間だぞ。早く使わねば」
「違うわよ! ここよここ。みんなで使おうパラミタ商店街お米券!」
「何っ」
「これお米券じゃん!」
菫は、蒼フロ総選挙がいわゆる議員を選出する方の選挙ではないことを知っているし、
ダイソウが自分が議員に選出されたと勘違いしていることも知っている。
彼女なりの優しさからか、副賞のギフト券が『お米券』と表記されているのを指摘して本人に気付かせようとしたのだ。
それを感じ取った、レキの隣にいるチムチム・リー(ちむちむ・りー)。
「やっぱりアル。普通に考えて、悪の組織が議員になれるわけが……もごもご」
「ん? 何か言ったか、チムチム」
「あはは、何でもないってー」
ダイソウが聞き返すのを、チムチムの口を塞いだレキが返答した。
ダイソウはギフト券の注意書きを見つけ、
「菫、見るのだ。お米以外にも使えると書いてある。問題ないようだ」
(ダメだこいつ……早くなんとか、いや、もうどうにもなんないわ……)
菫ががっくり肩を落とし、今日一日がどうなることやらと思うに至る。
そんな彼らの目の前に、突然一台の【黒塗りの高級車】が停車した。
「まあステキ。いつの間にこんなリムジンを手配したんですの? ダイソウちゃん」
高級車にまず目を輝かせるのはネネ。
彼女は嬉しそうにダイソウを見るが、ダイソウには思い当たるところはない。
「ハイヤーを呼んだ覚えはないのだが」
「ちょっと、ハイヤー呼ばわりなんて失礼ね」
運転席のウィンドウが降りると、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が左腕を窓枠にかけサングラスをくいと下げ、ダイソウを見上げる。
「おまたせ。さあ乗って」
祥子がアゴをくいと振り、ダイソウ達に乗るように促す。
その西洋人ぶった仕草が妙に決まっている。
ダイソウは祥子を見下ろして労って言う。
「出迎えご苦労。議事堂へ向かうのだな」
「何言ってるのよ。その前にその格好を何とかしなきゃね。そのためのギフト券でしょ?」
祥子は外したサングラスでダイソウ達の服を指さす。
なるほど祥子の指摘通り、真っ赤な軍服のダイソウ、【スペースセーラー服】のモモ、派手なドレスのネネ、何かのコスプレかと見まごうアルテミス。
到底、民意を背負う議員たるべき格好ではない。
「とっておきの老舗呉服屋に連れてってあげるわ。議員の信念は服装に現れるものよ」
議員の信念など基本的にどうでもいいネネは、リムジン付きの呉服屋ショッピングにすっかり喜んでドアを開ける。
「くわー!」
「まあ」
ネネの脇をすり抜けて、祥子同様サングラスをつけた【DSペンギン】が5羽飛び出し、
ぺたぺたと足音を立てながら【黒塗りの高級車】を囲むように配置、後ろでに腕(羽?)を組んで胸を張って立つ。
そして助手席からは桐生 円(きりゅう・まどか)が降りてきて、
「ボクのペンギン部隊で護衛もばっちりだよ」
と、彼女にはいくぶんサイズが大きいと思われるサングラスから瞳を覗かせる。
「ずいぶん大仰なのだな……」
こういうことに疎いと思われるアルテミスがつぶやく。
円がアルテミスに胸を張り、
「当り前だよ。民主主義の最高権力者だもの。議員と言ったらリムジンと高級服とSPと秘書、そして補佐官」
と、大きなサングラスをキリリとあげる。
「ホサ官? ホサれた官僚のことか」
「補佐官だよ!」
円がアルテミスに向かって両腕をふりふり抗議するが、すぐに思い直し、
「乗った乗った。今日はスケジュールびっしりなんだからね」
と、アルテミスを車に放り込み、続いてネネとモモを追い立てる。
ダイソウも後部座席に乗りながら、
「議員とは忙しいものなのだな」
「スケジュール管理はばっちりだよ。今日は討論会があるんだからね」
「討論会?」
後から彼を押しこんで後部座席に乗り込む円に聞き返した。
後部座席には続いてレキとチムチムも乗り込み、せっかくの高級車が寿司詰め状態になっている。
空いた助手席には菫が乗り込み、祥子を横目に見る。
「あんたたち……確信犯でしょ」
「れっつらごー!」
菫の指摘を打ち消すように、祥子は嬉しそうにアクセルを踏む。
発進した【黒塗りの高級車】の四方とその上には、シークレットサービスを彷彿とさせる陣形で、
ペンギン部隊がそのスピードに見事について走っていった。
☆★☆★☆
空京の一角にある、日本発祥で空京支店を出店している老舗呉服屋。
祥子が言うには、創業は元禄元年、300年を超える歴史を持つのだとか。
「さあ着いたわ。議員は登院一日目が肝心よ。箔がある服装で、他の議員を圧倒しなきゃ。もちろん秘書もですよ、アルテミスさま、さあさあ」
「祥子、秘書とはどういうことなのだ」
まっさきに店に飛び込んだネネ、続くダイソウとモモの後に、アルテミスが祥子に背中を押されながら、
「なぜ選定神たる我が秘書などせねば……モモや他の幹部にさせればよかろう」
と、祥子を咎めるが、
「アルテミスさま。議員の秘書はダークサイズの秘書と違います。ダイソウトウを……」
祥子はここまで言いかけて、口をアルテミスのすぐ耳元へ持って行き、
「公私共に支えるのが、議員の秘書の仕事なのです」
とささやいた。
アルテミスの眉がぴくりと動く。
「こ、公私共に、だと?」
「そう、公私共にです!」
「……」
アルテミスは目を閉じて少し黙った後、ギラッという音が聞こえそうなほどの鋭い眼差しで祥子を見た。
さすがの祥子も、殺意かと思うほどの神の威圧的な瞳に、ごくりと息をのむ。
「祥子……」
「……はい」
「この店の……最高級の生地を持て!」
「よろこんでー!」
店内は歴史を感じさせる古風さと、商品の見やすさを兼ねそなえた高級店らしいレイアウト。
質の良い和服に身を包んだ店員が、静かに膝を折って頭を下げる。
「いらっしゃいまし」
「すいませーん。スーツくださいなー」
「レキ……駄菓子屋じゃないアルよ」
「和服生地でドレスというのも、悪くありませんわね」
「店員、この生地で軍服を頼む」
「あんた軍服作ってどうすんのよ」
「ペンギンぶたーい。店員さんをボディチェーック」
「くわー」
高級店に慣れないダークサイズは、その振る舞いで早速店を困惑に陥れている。
レキは、目に止まった黒基調の生地をダイソウの肩に当て、
「ダイソウトウさん、これはどう? 黒だと凄味が出ると思うんだよねー」
「なるほど。たまには黒も悪くない」
レキの見立てに、ダイソウもまんざらではない。
チムチムがふと、ダイソウの頭を見る。
「議事堂だと、帽子は脱がないといけないアルか?」
「む、そうなのか?」
「帽子脱ぐのはいやアルか」
「私のトレードマークだからな」
チムチムが、謎に包まれるダイソウの帽子の中身について言及してみる。
「……頭皮が残念だからアルか?」
「……で、レキ。ネクタイはどうするのだ」
(無視アル! 図星アルか!? 謎が深まるアル!)
ダイソウの反応をうけて、なおさらその頭を見つめるチムチム。
チムチムを尻目に、レキが続いて黄色い生地を胸に当てる。
「ネクタイは黄色でどう? 黒と黄色って危険を表すカラーでしょ。『こいつ、タダ者じゃない!』ってみんな一目で思うよ」
「だが、24時間戦える感じにならぬか?」
ダイソウのリアクションには世代を感じさせるものがある。
ネクタイの色を決める二人を見た祥子が、ヒヤリとする。
(なんか夫婦みたいになってない……? まずいわ、アルテミスさまのご機嫌が……)
神の怒りを恐れた祥子が、憤怒の表情を頭によぎらせながらアルテミスを素早く見た。
「ええと、我は赤が良いと思うのだ……だっていつも赤だし」
「あれーっ、おどおどしてるー!?」
到底ダイソウとレキには聞こえない声量で、アルテミスは赤い生地を抱えたまま二人の間に割り込めずにいた。
「何やってんですか、アルテミスさま」
「我は赤いネクタイが良いと思うのだ」
「いや、本人に言ってくださいよ」
「い、言えぬ……///」
「乙女か!」
顔の赤いアルテミスは、こめかみを流れる汗をぬぐう。
「秘書がこれほどまで難儀な職だとは」
「秘書関係ないです」
何故キューピッドのようなマネをしなけらばならないのだと思いつつも、祥子はアルテミスの背中を押しながら言った。
「いいですかアルテミスさま。公私共に世話をすると言いましたが、公私混同とは違います。
あくまで筆頭秘書の立場から提案すればいいんです」
「なるほど。それならばたやすい」
アルテミスの汗は一気に引き、鋭い目つきと鷹揚な態度で二人の間に入り、
「どけどけい。娘、ダイソウトウさまのネクタイは赤と相場が決まっておる」
「えー、黄色がいいと思うけどなー」
「頭が高い! 我はダイソウトウ議員の筆頭秘書なるぞ!」
「いつの間に決まったの、それー?」
(よく分かんない人だなあ……)
祥子はアルテミスの態度を見ながら、まあいいかと思う。
レキとアルテミスがネクタイの色で争う間も、チムチムはダイソウの帽子の中の頭皮が気になって仕方がない。
(ああいう反応をされると、余計見てみたくなるアル。そうアル)
チムチムは、中年男性用に展示してあった中折れ帽を一つ取り、
「ダイソウトウ、議事堂で軍帽はまずいアル。中折れ帽ならきっと大丈夫アル」
「ううむ……軍帽がいいが、仕方がないな」
「試着してみるといいアル」
と、ダイソウに帽子を渡した。
(これでダイソウの頭皮が確認できるアル)
チムチムがドキドキしながらダイソウの挙動を見守っていると、
「モモちゃ〜ん。試着ですよぉ。でも試着室はないんでここで脱ぐしかないですねぇ」
「何でですか!」
レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)がモモにちょっかいを出しているのが聞こえ、チムチムは一瞬そちらに目をやってすぐに戻した。
「ふむ、なかなかシャレているな」
(しまったアル! 見逃したアルー! 代えるの素早すぎるアルよー!)
チムチムの膝が崩れるその向こうで、レティシアとミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)がネネを巻き込んで、モモの着せ替えを楽しみ始めていた。
「モモちゃ〜ん。百合軍団、あ間違えた、秘書軍団ですよぉ。
今日はビシッとタイトなスーツで決めましょうねぇ」
「レティさん、どうしてワンサイズ小さいものばかり持ってくるんですか。パンツスーツはないんですか?」
「ありませんよぉ」
「ええー……」
「モモさん? 秘書たるもの、プロポーションを見せるのも仕事のうちですわよ?」
「それお姉さまだけでいい気がしますが……」
老舗呉服屋とはいえ、ここはオーダーメイドだけでなく既存のスーツも取り扱っているらしい。
「まあよくお似合いで。髪のお色に合わせて、パステルブルーもございますよ?」
「それだと全身青で変じゃないですか?」
と、店員まで調子に乗ってモモに色んなスーツを試している。
レティシアも店員の提案に乗り、
「モモちゃん、筆頭秘書は目立たなくてはダメですよぉ〜」
「私、筆頭なんですか?」
「もちろんですぅ〜、他に出来る人いませんしねぇ、副筆頭はミスティを立ててフォローしますしねぇ」
「レティ……私、その話初めて聞いたんだけど……ていうか副筆頭って何?」
レティシアの自由な秘書軍団計画にやはり巻き込まれる形のミスティは、早くも諦め顔で一言入れた。
モモの着せ替え大会を眺めるミスティは、突然後ろに気配を感じて振り返った。
何故か少し怒ったアルテミスの顔がすぐ後ろにあり、ミスティは思わずビクリとする。
「わ! びっくりさせないで、アルテミスさん」
「ミスティ、お主副筆頭秘書なのか?」
「え? ああ、そうみたいね……筆頭がモモだとか」
というミスティの言葉を聞いて、アルテミスの頬が膨らみ、彼女はモモを指さす。
「モモ! おぬしというやつは! そうまでして秘書の筆頭になりたいのか!」
「ええっ、いや、なりたいわけでは」
「せっかくさっきスムーズに話しかけられたのに、おぬしはそれを我から奪うと言うのだな!」
「すみません……あ、いや、何の話ですか」
「とぼけるというのだな! モモのバカ! もう知らぬ!」
モモの返答を待たず、アルテミスは店の外に走りだしてしまった。
となると、困り果てて頭をかく祥子。
「ちょっとー! アルテミスさまに何言ったのよ、あんたたち!」
「何も言ってないんですけど……」
「ただでさえ、さっきから何かキャラがおかしいんだから、刺激しないでよね! アルテミスさまー」
祥子がアルテミスを追って、店を出ていった。
「アルテミスさん、どうしたんでしょうか……」
「さ、次は超ミニ着てみましょうねぇ〜」
「だからそれ、お姉さまに……」
モモがアルテミスを心配したが、レティシアの眼中にはモモしかなかった。
☆★☆★☆
ダークサイズには珍しいショッピングタイムが終わり、モモはわりとまともなタイトスカートのスーツに落ち着き、ネネは面白がって、
「わたくしもスーツを着てみようかしら」
と、ロングスカートとブラウスの胸元を思いっきり開けたスーツを選んだ。
祥子は、ようやく連れ戻したアルテミスにスーツを着せ、
「さあ、これでアルテミスさまも立派な筆頭秘書です」
と、半分お守りをしながら心のケアまでしている。
「じゃーん!」
レキは、モモと同じように巨乳を主張した上半身とタイトスカート。おまけに伊達メガネをかけて知性を演出している。
ミスティは副筆頭(?)として抑え目の色味を選び、
「普通でいいのよ、普通で」
と、早くも気持ちは自分の役割をこなすことに向かっている。
そして、生地から製作を依頼したダイソウのスーツだが、長年技術を高め続けた老舗呉服店は、ものの数十分で作り上げて見せた。
というわけで、スーツバージョンのダイソウの姿だが、
黒スーツに黄色ネクタイ、赤ネクタイはスカーフのように胸ポケットに指す。
カシミヤ調のロングコートを羽織った上にはマフラーを首にかけて、頭は中折れ帽を斜めに被る。
蒼フロ院議員ダイソウトウのお目見えに、一同黙って彼の出で立ちを見た後に、
(マフィアだこれー!)
と、一斉に膝を落として両手を地面についた。
ダイソウは改めて鏡を覗き、頷く。
「うむ、よし」
(気に入ったんだ……)
蒼フロ院議事堂にいざゆかんと呉服屋を出ると、
「おお、ダイソウトウ。選挙当選おめで……マフィアだこれー!」
待ち構えていたコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が、花束を抱えてさっき見たばかりのリアクションをする。
ラブ・リトル(らぶ・りとる)がコアの頭の上から飛んできて、ダイソウの頬をつねる。
「きーっ! こんなのおかしいわよ! なんであなたが当選なのよ! 何であたしには一票も入ってないのよーっ」
自称アイドルのハーフフェアリーは、総選挙で中年男性ごときに敗北したのが悔しくてたまらない。
高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)はメガネに指を当てながら、
「世の中不思議なこともあるものねぇ。あたなと御雷が揃って二位獲得なんて、一応カリスマ的なものがあったのね」
と、感心するやらあきれるやら。
ダイソウは鈿女を見下ろし、
「御雷とは何者だ?」
「ああ、ドクター・ハデス(どくたー・はです)のことよ。彼も準備だなんだって飛び回ってたわ」
「奴はそういう名前だったのか」
ハデスの本名を初めて聞いたダイソウの目の前を、ラブはうっとうしく飛び回りながら、
「あのバカハデスまで二位なんて! 世の中間違ってるわよ! そうは思わない? 向日葵!」
コアの後ろに隠れていた秋野 向日葵(あきの・ひまわり)の方へ飛んでゆく。
コアはそうだったと思い出したように、
「さあヒマワリ。今日は『友人』として素直に祝ってやろうと約束したではないか。
ダイソウトウに祝辞を述べてやるがいい」
と、大きな手で向日葵の背中を押しだした。
向日葵はおずおずと進み出て、ヒマワリの花を一輪差し出した。
「お……おめでとうございます……」
出会ってからこっち、ひたすら対立を続けて来た向日葵とダイソウ。
向日葵はダイソウの当選を祝う気などさらさらなかったのだが、
「何を言う、ヒマワリ。私たちとダークサイズは、いわば『強敵(とも)』ではないか。
私たちがいなければ彼らがここまで大きくなることはなかったし、
彼らがいなければ、ヒマワリも総選挙で入賞することはありえなかったのだぞ」
「う……確かに……」
というコアの説得によって、しぶしぶニルヴァーナから帰還して来ていた。
とはいえ、向日葵もどういう顔をして祝ってやればいいか分からない。
ダイソウは、中折れ帽のひさしから片方の目を覗かせて言う。
「サンフラちゃんも総選挙で当選したそうではないか」
「そ、そうだけど……9位だし……」
「な、なんですってー! 向日葵! 裏切り者! ばかー!」
ラブの矛先は向日葵にも向かい、小さな手で向日葵のふわふわの髪を叩いている。
ダイソウもコアから花束を受け取り、
「普段は敵とは言え、わざわざ済まぬな」
「何を言う。友人として当然のことだ」
コアの中での『友人』の範疇というのは、やはり良く分からない。
ダイソウは花束をアルテミスに渡しつつ、
「うむ。蒼フロ院議員として礼を言うぞ」
「議員? 何のことだ」
コアの反応を見て菫が、
(あ。ちゃんと分かってる人がいた)
と、少しほっとする。
円がダイソウの背中をちょいちょいとつつき、
「ダイソウトウ、次のスケジュールの時間だよ」
「議事堂に登院か」
「えっとね、違う。『こーかい、朝までなまとーろん』って書いてある」
と、スケジュールを書き込んだボードに目を落とす。
そのタイミングを見計らったかのように、高笑いがこだまする。
「その通りだ! フハハハハ! こんなところにいたのかダイソ……マフィアだこれー!」
と、ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)を引き連れてやってきたハデスが、三度見たことあるリアクション。
「おおハデス。お前も総選挙で当選したそうだな」
「ククク……いよいよ我らオリュンポスとダークサイズの、悪の時代が到来しつつあるということだ」
「ちょうどよい。共に議事堂に登院しようではないか」
ダイソウがハデスを誘おうとすると、円がボードでダイソウの腰のあたりをパンパンとたたき、
「違うってば。なまとーろんだってば」
それを聞いたハデスもコクリとうなずく。
「そうだぞダイソウトウ。議員としての仕事の第一歩は、国民にすべからく我らの理念を理解させることだ」
「ほう、それはどういうことだ」
「俺の元に届いたギフト券は、これに使った! すなわち!
『空京放送局で政治討論番組。朝まで生討論』だ!」
ハデス曰く、議員に当選したとはいえ自分たちは二位当選。つまり野党の立ち位置だ。
放送を通じての討論番組でオリュンポスとダークサイズの支持者を増やし、与党にならなければならないと言う。
「そういうわけでダイソウトウにも、政党の政治理念を語ってもらうぞ」
「なるほど。望むところだ」
「ここにいる者はコメンテーターとして出演してもらう。
そしてその司会は秋野向日葵に勤めてもらいたいのだが、受けてくれるな?」
「え? あ、あたし!?」
ハデスの指名で、目を開いて自分を指さす向日葵。
「あたし、特派員であってアナウンサーじゃないんだけど……」
向日葵が両手を振って断ろうとすると、
「それじゃ準備して後からおっかけるからさー。みんな先に行っといてよ。司会ならそれなりに着飾んないとダメだろ?」
と、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が向日葵の口を塞いで言った。
ハデスは、なるほどその通りと頷き、
「では、空京放送局で待っているぞ。ハーティオン! 局までの護衛は任せたぞ!」
コアは何のことか良く分からないが、と前置きしながら、
「友の頼みとあらば断る理由はあるまい。これより、ダイソウトウとドクターハデス両名の護衛の任に就く!」
と、詳しい事は何も聞かずについていった。
皆が空京放送局へ向かっていったあと、残された向日葵とアキラ、そしてルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)。
向日葵は改めてアキラに向かい、
「だから、あたしアナウンサーじゃないんだけど……」
と言うと、アキラはチッチッと人差し指を振り、
「ったくらしくねーな。何でさっきから引き気味なんだよ?」
とアキラは、先ほどからの向日葵の元気のなさを指摘する。
向日葵は下唇を持ち上げてふてくされた顔になり、
「入賞したのは嬉しいけど……9位だし……」
向日葵は順位に不満はない。
むしろ入賞してしまったことでダイソウとの差をことさら強調されたように感じ、彼との格差が広がることに自信を失ってしまっていた。
アキラは、今日は特別に向日葵で遊ぼうとやって来て逆に良かったと思いながら、
「しょーがねーなー……なあ向日葵。入賞したってのは、つまりおめーも議員資格があるってことだ。違うか?」
「そ、そうなの?」
「そうじゃ。政党助成金(ギフト券)はもらえぬが、貴様はいわば少数政党の議員と言って差支えなかろう」
「あたしが……議員……」
ルシェイメアが補足すると、向日葵の目に少し光が灯る。
それを見逃さないアキラは何やら文字の書かれた模造紙を広げ、
「見ろ! おめーの政党は『ひまわりの党』! キャッチフレーズも考えて来たぜ。『国民の生活を癒しコロース!』」
「た、戦える……あたし、蒼フロ院でも戦えるんだね!」
「そうじゃ。順位が下じゃからといって、それで負けたわけではないのじゃぞ。貴様に与えられた票を死に票にしてはならぬ(せっかくわしも投票したんじゃし)」
「よーしっ!」
切り替えが早いと言うか乗せられやすいと言うか、くじけても立ち上がり顔を上に向けるあたり、向日葵の名にふさわしい。
アキラは向日葵の手を引き、
「じゃあおめーもスーツ新調しようぜ」
「あ。でもあたし、お金ない」
「なーに、ダイソウトウ宛てにつけとけば、ギフト券で何とかしてくれるって!
タダほど楽しい買い物はねーぜ。俺も新しいスーツ買おーっと」
「どさくさに何を言っておる貴様は」
と、ルシェイメアがアキラの後頭部をぶん殴った。
ダイソウ達が去り、向日葵たちも呉服屋へ消えていった後、それまでやりとりを覗いていた人影が一つ。
(何と言うことデショウ……蒼フロ総選挙には、そんな秘密が隠されていたのデスネ……!)
総選挙上位3位までに副賞があったと聞き、茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は6位入賞を果たしたキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)も何か祝ってあげようと考えた。
6位だからと66666円のお米券(普通の)を購入し、空京で買い物してくるといいとキャンディスに与えたのだ。
百合園女学院から出られない清音を残し、休暇を楽しみに来たキャンディス。
街をぶらぶらしているところに、ダイソウ達のやりとりに遭遇してしまったのである。
(それを知っていれば、もっともっと組織票を集めたノニ……!
あの少女(向日葵)が9位で議員と言うことは、6位のミーも議員のハズ。デモ、少数政党には変わりないネ……)
議員資格があるのなら、ロビー活動をがんばって多数勢力に取り入れば、近い将来左団扇の極楽のような生活が待っている……かもしれない。
見るに、ダイソウやハデスの派閥はできたばかりだが将来性がありそうだ。
ニルヴァーナに拠点を確保し、エリュシオンの選定神まで従えている。
それくらいの情報は知っていたキャンディスの結論。
(今のうちにあの勢力に合流するのが得策ネ……早ければ早いほど、連立政権樹立の暁には、それ相応のポストが約束されるはずヨ!)
キャンディスは善は急げと、空京放送局へダッシュした。
☆★☆★☆
「やっほー、待ってたよー!」
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、近づいてくる【黒塗りの高級車】に向かって、背伸びして手招きする。
生討論の会場となる空京放送局に戻ってきたダイソウたちだが、彼らが買い物に出ている間、ハデス主宰の討論会の準備が進んでいた。
ダイソウ達を出迎えるミルディアの後ろでは、和泉 真奈(いずみ・まな)がため息をついている。
「ですからミルディア……わたくしは悪の組織のお手伝いは嫌だと何度言えば……それにダークサイズだけでなく、オリュンポスまでいると言うではありませんか」
「だーかーらー。ダークサイズはお得意様だよ? 顧客の出世は喜ばなきゃ。それに議員なら襲われる危険も増すんだし。
上客がつぶれちゃったら、困るのはあたしたちなんだから」
「どうしてわたくしが、悪の組織の守護など……」
と、真奈はぶつぶつ呟きながら、【根回し】【防衛計画】【禁猟区】でしっかりと局の防衛を固めている。
局内の護衛にとダイソウ達を同じく待っていた柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、
「何となく予想はできてたさ……どうせ勘違いすんだろうなって。
ていうかさあ! 何で誰もダイソウトウの間違いを正さねえの? むしろ助長してねえか?」
恭也の意見は至極もっともである。
その辺、菫の気持ちも思いやられるが、かといって恭也もダイソウの勘違いを正す気はなく、結局護衛に落ち着いている。
「あーあ。頼むから面倒事が起きませんように……」
恭也は一人、はかない祈りをささげる。
そんなわけで、秘書軍団、補佐官、SPを大勢引き連れた新人議員のダイソウとハデスは、空京放送局のスタジオへと向かう。
「もうすぐ出演者がスタジオ入りよ! カメラは? マイクは? セットは大丈夫なの!?」
スタジオの中では藤林 エリス(ふじばやし・えりす)の声が響いている。
カメラを抱えた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、
「いえーい、ばっちり!」
と親指を立て、ヘッドセットを頭に付けたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、
「こちらもチェックはOKです」
と、親指と人差し指で丸を作る。
舞台セットを担当したコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、額の汗を爽やかに拭い、
「ねえ美羽。言われた通り作ったけど……本当にみんな大丈夫かな?」
と、美羽を呼び止めた。
スタジオの中央には、生討論らしい楕円のテーブルがあり、それを囲む形で人数分の椅子が並べ、マイクとネームプレートが置いてある。
ハデスの番組制作の意図を考えると特にコハクが心配になるところは見当たらないが、
「爆発の仕掛け、仕込んでおいたけど……危なくないかな」
と、出演者がその場にいれば聞き捨てならないことを言いだすコハク。
美羽はコハクの肩を叩いて明るく笑い、
「だいじょぶだいじょぶ! みんなのレベル考えてみてよ。この程度の火薬じゃ、かすり傷一つつけられないよ。
軽く吹っ飛んでもらう程度だもん」
「軽く吹っ飛ぶって……」
「コハク。これはテレビだよ? 生討論バラエティなんだよ? 視聴者に分かりやすくが最優先事項だよっ」
「この番組ってバラエティだったっけ……?」
ここにも独自の思い込みで番組の趣旨を曲解している者がいたようだ。
そしてそれは、美羽だけではない。
「パラミタにこの日がいよいよ訪れるのね。そう、これはパラミタ革命議会!
フランスの議会がテニスコートから始まったように、パラミタの民主制はテレビ番組から始まるのよ!」
というエリスだが、彼女は曲解というより自身の夢を叶える場とでも捉えているようだ。
「同志エリス? 本当にこのメンツで大丈夫なんですか?」
マルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)は、ハデスから送られた出演者リストを見ながら、不満げな顔をする。
「マッドサイエンティストに自称悪の組織首領、それに放送局の特派員? あら、ろくりんくん(キャンディス)まで名前が挙がってるわ。
どう見ても、信頼に足る国家観の持ち主には思えませんね……」
「問題ないわ。資質や思想なんて後でついてくる。重要なのは、とにかく革命議会を走りださせることよ。
そうすれば人材も集まってくるはず……!」
「はぁ……これが議会とは……私の著者、マルクス様に顔向けができません……」
「いいこと? かつてフランス革命の時代、民衆はテニスコートで議会を……」
「わかりました。同志エリス、間もなく本番です」
「えっ! もうそんな時間!?」
『共産党宣言』に話を遮られたエリスは、時計を見て慌てて席に着く。
直後、音響卓のベアトリーチェがスイッチを押す。
ちゃーちゃーちゃーちゃちゃっちゃちゃーちゃー……
オープニングBGMに合わせて、美羽が乗ったクレーンカメラが高所から降りてきて、エリスを捉える。
「パラミタ革命議会〜朝まで生討論バージョン〜の時間よ」
エリスは早速番組名を改変しているが、そこは御愛嬌でいいだろう。
「今夜はパラミタの政治史に残る偉業となるわ。テレビの前のあんたたち! 今夜は寝かせないわよ!
シャンバラの地に議会制民主主義の風を吹かせる論客たち! 出てこいや!」
エリスが両手を挙げて上半身をのけぞらせると、美羽のカメラは入場ゲートに切り替わる。
まずはコメンテーターの入場。
『ダイソウトウの補佐官! ダイソウ内閣の組閣人事を発表か? リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)とララ・サーズデイ(らら・さーずでい)!』
キャー!
誰の声かは知らないが、プロレスラーでも呼びこむようなテンションの高いアナウンスが響き、ベアトリーチェが、ララのために女性の黄色い声援のSEを入れる。
『悪人の悪人による悪人のための政策! ダイソウノミクスで景気浮揚なるか? セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)!』
ヒュー!
どうあっても【ビキニの水着】姿を崩さないセレンフィリティと【レオタード】以外には着させてもらえないセレアナ。
彼女らには、音響ベアトリーチェは男性の煽り声を入れる。
『何となく参加してみた! 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)!』
どよ……どよ……
吹雪は何故か自分にモザイクを当てて顔を隠しており、SEもどよめきになった。
その後、ダイソウの買い物についてきた補佐官も入れ、続いて議員の入場。
『空京放送局朝まで生討論の企画・製作。ドクターハデス議員!』
気合十分のハデスは、ゲート登場と共に手を挙げて高笑いを入れようと胸一杯に息を吸い込む。
「フハ……」
フハハハハハハ!!
どこで録音したのか、音響からハデスの別の笑い声が流れた。
『朝まで生討論のダークホースか? キャンディスブルーバーグ!』
ろーくりーんくーん
『シャンバラに咲く向日葵はパラミタの新しい太陽となるのか! 向日葵柄のスーツにしたんだね! 魔女っ子サンフラワー!』
「ちょっと! ちゃんと名前で呼んでよー!」
『最後はこの男!』
ベアトリーチェはわざわざ彼用に用意した、荘厳な曲に切り替える。
スモークがたかれ、怪しい照明がラスボスの登場を演出する。
『パラミタに議院内閣制が誕生すれば、そのはしりとなるのはこの男! ダイソウトウ!』
スモークが晴れ、ダイソウの姿が見えると共に、ベアトリーチェが最高のSEを鳴らす。
ちゃんちゃん♪
ダイソウが音響卓を見ると、ベアトリーチェが両手を合わせて頭を下げている。
どうやらわざとではないらしい。
「揃ったところで、大事なことを一つ決めなければならないわ」
エリスは楕円卓の上座で、発言する。
「この議会の司会、つまり議長の選出よ。ハデス議員のオリュンポス党から、秋野向日葵君が指名されてるわね」
「えっ、あんたがやるんじゃないのー?」
向日葵は、なし崩し的に司会から外れられるのかと思って油断していた。
エリスはフと笑って向日葵を見る。
「このまま議長席を乗っ取るほど落ちぶれてないわ。ここは総選挙に従ってその票に敬意を表することにする。
あたしは本議会の副議長。議長選出までの代理よ」
エリスは居住まいを正して論客を見渡す。
「議長選出は満場一致が原則ね。秋野向日葵君以外に、候補者は? 自薦他薦は問わないわ」
「異議なし」
「異議なし」
「右に同じ」
「い、意義ありー! あたしやっぱり自信ないんだけど……」
「本人の辞退は認められないわ」
「そんなの聞いてないよー!」
「満場一致で信任ね。ではこれより議事進行は秋野議長に移譲するわ。議長、どうぞ」
まだ尻ごみする向日葵を、『共産党宣言』がひょいと持ち上げて議長席に座らせる。
向日葵は不安そうにカメラの後ろを見ると、アキラとルシェイメアが
(がんばー)
と、何だか適当な応援。
「えーっと……じゃあ……何かしゃべりたい人ー?」
という議長の第一声。
すると、
ピンポン!
と、クイズの問題に答える時のような音が響いた。
目の前のボタンを押して立ち上がったのはミネルヴァであった。
「ちなみに、発言の際は必ずこのボタンを押して、議長の指名を受けてからにしてくださいませね」
ピンポン!
そのルールを知っていたハデスの手が、素早くボタンを叩いた。
「はい、ハデス君」
「フハハハハ! では番組主宰兼オリュンポス党党首として、我が党の理念を語らせてもらおう!
我らオリュンポス党の結党理念は、パラミタの統治体制の刷新である!
この大陸を見渡してみよ。一部の支配者たちが権力を行使し、民衆はそれを良しとしておるのだ!
それでは何も変わらぬ。目指すべきは、自分の未来は自分で直接決める、全員参加の完全民主制だ!」
ハデスは放送を通してオリュンポスの理念を発信でき、自分の発言がキマッタと思い、目をつぶって恍惚とする。
すると、ハデスの椅子が頭一つ上に上がった。
何だか良く分からないが、これがコハクのセットの仕掛けらしい。
「良い発言をして一番上まで言った人が優勝だよ!」
という美羽の説明も、何だか良く分からない。
ハデスの発言を受け、向日葵がぽつりと言う。
「あのさ、それって……直接民主制だよね? 議員いらなくならない?」
「……はっ!」
何と言う盲点。
ハデスの椅子が、一段下がって元に戻った。
ダイソウも、オリュンポス党に負けじと政治理念を語ろうと手をボタンにかける。
その手をバシンと払いのけて、リリが自分のボタンを押した。
ピンポン!
「リリ……なぜ邪魔をするのだ」
「ダイソウの事だから、何か失言するに違いないのだ。せっかく議員になったのに、一日で辞職はカッコ悪いのだ」
「はい、リリ君」
向日葵の指名を受け、リリは立ち上がり宣言する。
「ダイソウもハデスも上位当選と言っても二位当選なのだ。つまり、どちらも野党第一党なのだ。
この番組は、我が党ダイソウの党のシャドーキャビネットと言って差し支えないのだよ。
次回総選挙で政権奪取をするためにも、私たちの政策ビジョンを具体的に打ち出す必要があるのだ」
なので現段階で決まっている組閣人事案を発表すると彼女は言う。
第一次ダイソウ内閣案
総理大臣……ダイソウトウ
官房長官……キャノンネネ
農林水産大臣……選定神アルテミス
防衛大臣……ダイダル 卿(だいだる・きょう)
国土交通大臣……クマチャン
ニルヴァーナ開発担当大臣……キャノンモモ
魔導大臣……リリスノーウォーカー
文部科学大臣……ララサーズデイ
かなり具体的なビジョンだと言うことで、リリの椅子が上がった。
「むっ、異議あり! あ、ピンポン!」
「ハデス君」
「文部科学大臣はこの天才科学者ドクターハデスが適任であろう!」
ピンポン!
「はい、ララ君」
「フッ……パラミタで科学より優先すべきは、文部さ。考えても見たまえ……」
リリの隣で、文部科学大臣候補のララが立ち上がる。
「今年は2023年。21世紀も四半世紀過ぎようとしているのに、どうだ?
未だに男子校女子校などという下らない性差に、このシャンバラは縛られている。
21世紀はジェンダーフリーの時代ではないのかい?
私だって薔薇の学舎に入ってみたいのに!」
ララは右手を胸に当てて左手を広げ、オペラでも歌うような仕草で最後の一行を強調した。
「文部科学省の一丁目一番地は『男女就学機会均等法』だ!
薔薇の学舎の共学化を公約とするッ!」
酔いしれるララからリリに目を移して、ダイソウは質問する。
「リリ、魔導大臣とはなんなのだ?」
「その名の通り、パラミタ中の魔道書を管理する省なのだ。
イルミンスール大図書館の魔導書が良からぬ者の手に渡ってはいけないのだ。
私が魔導書を接収して売っぱら、じゃなくて適切にかんりするのだよ」
眉はキリリとしているが、目はうつろ、口からは涎が落ちそうにだらしないのを見ると、リリも明らかに権力の私物化を夢想しているようだ。
すると、リリとララの椅子がぐーんと下がり、二人の椅子の下でカチリとスイッチの入る音がしたかと思うと、
どがーん!!
コハクの仕掛けたと言う火薬の爆発で二人は直上に跳び、天井に突き刺さった。
ピンポン!
「はい、キャンディス君」
「それなら、ミーもダイソウ派閥に入るヨ。ミーはろくりん大臣になってスポーツ振興を任せてほしいネ」
キャンディスも、ポストの青田買いに精を出す。
「なので、ミーを本物のろくりんくんとして公式NP……」
どがーん!!
キャンディスが天井に突き刺さる。
ピンポン!
「はい、セレンフィリティ君」
「党の三役が埋まってないわね。それならあたしは政調会長がやりたいわ」
と、セレンフィリティが手を挙げた。
ララの人事案から、セレンフィリティは具体的な政策案を出す。
「世の中、悪人の人権がないがしろにされすぎだわ。
ダイソウ内閣は悪人のための世界征服よ。
ダイソウの党は、悪人には毎月26000ゴルダの悪人手当てを支給するわ!
ダイソウの党は、刑法を改『悪』して悪の表現の自由を保障するわ。つまり罪の規制緩和よ!
ダイソウの党は、『悪の人権救済法』を制定して表現の自由を拡大するわ。つまりモザイク撤廃、見せ放題よ!
ダイソウの党は、正義規制委員会を設置するわ。2030年までに正義ゼロをめざすわ。つまり脱正義よ!
ダイソウの党は、TPEP(トランス・パラミタ・エヴィル・パートナーシップ)を提唱するわ。つまりパラミタをまるっと悪人化よ!
ダイソウの党は、パラミタを悪人の手に取り戻す!」
聞けば聞くほど、この2023年からさかのぼること10年前に聞いたようなことばかり。
セレアナは、自分の主張は最後まで言い終わるまで止まらないセレンフィリティの性格を知っている。
(もういいわ。もう止めてセレン。10年前の日本の二番煎じだって、みんなとっくに気づいてる顔をしてるわよ……!
みんな、そんな微妙な顔は止めてぇ! 神様仏様悪魔様、誰でもいいからセレンを止めて―!)
セレアナは両手を絡めて頭を埋め、深い祈りを捧げるような格好で実際深い祈りに沈んでいる。
ピンポン!
「ダイソウトウ君」
「なかなか……充実した政策案のようだな。法整備と交渉の……まあやりがいはありそうだ」
(ダイソウトウ……変なフォローはしないであげてー!)
セレアナは一人針のむしろにいるような気分になり、顔を真っ赤にしてテーブルにうつぶせた。
追い打ちのように、セレンフィリティがセレアナを指さし、
「あと、うちの政調会長代理はipedで3ちゃんねる閲覧は禁止にするって」
「私にまで恥かかせんなバカヤロー!!」
セレアナの【轟雷閃】が炸裂し、仕掛けの爆薬を使うまでもなく、セレンフィリティが天井に突き刺さる。
直後、議場に実力行使を持ち込んだとして、セレアナも天井へ。
ついに議場は静寂に包まれた。
政治家の責任とは重いものだ。
その発言一つで、天井に突き刺さるリスクを負う。
残った者が発言を躊躇し始めたので、
「では、質疑応答とまいりましょう」
ミネルヴァが立ち上がった。
「ダイソウの党は、オリュンポス党との連立政権を視野に入れておられますか?」
ピンポン!
「ダイソウトウ君」
「うむ。同じくパラミタ大陸征服を目論む組織として、協力すべきところは協力し、是々非々での協調関係を視野に入れている」
(おお、何だか政治家らしい答え方だ!)
皆が感心すると共に、ダイソウの椅子が上がった。
「なるほどですわ。では、ダイソウの党の政治理念、その支持母体であるダークサイズの活動理念を教えてください。
あなたがたは、このパラミタをどのような世界になさりたいのですか?」
というミネルヴァの質問に、ダイソウの秘書と補佐官達は密かにドキリとする。
謎の闇の悪の秘密の結社ダークサイズは、パラミタ大陸征服を目論んでいるが、実はどのような世界にするのが目的なのかはダイソウから明らかにされたことはないのだ。
(ダークサイズに征服後のビジョンなんてあったっけ……?)
ダイソウは腕を組んで目を閉じ、さも真剣に言葉をまとめようとしている体勢に見える。
しかし幹部達は分かっていた。
(ダイソウトウ……彼は今……)
((何も……考えていない……!!))
ここで下手な返答をしてダイソウが天井に突き刺さろうものなら、ダイソウの党の支持率急落は火を見るより明らかである。
次回総選挙での政権奪取は夢と消えてしまうのだ。
政治生命をかけて、ダイソウはその手をボタンにかけた。
ピンポン!
「ダイソウトウ君……!」
向日葵の指名の声も、思わず力が入る。
「……この世界には、多数の人種と、種族と、無数の知性があふれておる。
我らの作る世界に志同じくする者もおれば、それと違える者もおろう。
我らの敵は正義だけではない。現実の世界そのものなのだ。
我々ダークサイズは悪の組織である。我らがパラミタを征服した暁には、正義に手を差し伸べることはせぬ。
だがこの世界に存在する者として、無下にはすまい。
一つだけ言っておこう。
この世界はユートピアではない。だが我らが征服した世界もまた、ユートピアではないのだ」
スタジオの誰もが額に汗をかき、彼らの頭に浮かんだ言葉はこれだ。
(これが……玉虫色の発言……!)
ダイソウの椅子は、彼の発言をどう処理すべきか悩み、上がったり下がったりしている。
ミネルヴァが機転を利かせ、
「では、聞き方を変えますわね。アルテミスさん」
「? 我に何を聞くと言うのだ?」
アルテミスがきょとんとしてミネルヴァを見る。
ミネルヴァは彼女を向き直り、
「アルテミスさんはダイソウトウさんをお慕いなさっているようですが……」
「な!?」
「彼のどのような所に惚れてらっしゃ……」
「黙れー!!」
アルテミスが脊髄反射で魔力をミネルヴァに発射した。
動揺のあまり、アルテミスの魔力はミネルヴァの目の前のテーブルに着弾し、手加減のないそれは椅子の下の爆薬にも引火。
「き、き、貴様は何を申しておるかあー!」
アルテミスが四方八方に魔力を発散したため、爆薬は同時多発的に誘爆を繰り返す。
「やっばーい! 一時休会! CM! CM入れて!」
エリスが叫ぶ。
恭也が飛び出してアルテミスを羽交い絞めにし、
「ちくしょー、何事もないわけないと思ってたけど! 味方が暴れるってどういうことだよ! ついてねーなー、もおおおおお!」
「み、み、ミルディ!? この場合わたくしはどうすれば!?」
「あ。仲間に襲われるの予想してなかったー。ダークサイズだからありえるよねー」
想定外の騒動に真奈はあたふたしてミルディアにすがり、ミルディアは舌を出して頭をかいている。
討論中、発言の機会を狙っていた吹雪は、
「いついかなる時も、こういう事態が想定されるのであります。
従って、不測の事態の時のために、対神用の重火器の規制緩和は重要なのであります。
アイハブアドリーム。個人の核の保有!
街でいちゃつくカップルは景観を損ねる上に神の魔力並みに人々の精神を痛めつけるものであります。
身を守るために『カップル襲撃するのは仕方ないよね法』を通すであります。
アイハブアドリーム。リア充の物理的に爆発!」
と待ちに待った発言をしながら、ペンギン部隊に外へ運ばれている。
そしてダイソウはと言えば、椅子のアップダウンで酔ってしまい、ミルディアの最後の質問は全く聞こえていなかった。
☆★☆★☆
というわけで、朝までやれなかった朝まで生討論。
美羽あたりは満足そうだが、スタジオの修理、視聴者からのクレームと賛辞、
「ほーらね! 言わんこっちゃない」
という菫の説教、そして、
「ねえダイソウトウ。あの呉服店、現金主義でギフト券使えないんだって」
という、祥子の遅ればせの報告。
スーツの支払いに困った挙句ギフト券は修理代に消え、あたふたしている間に第一回蒼フロ院議会は文字通り玉虫色の散会となったのである。
おわり
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