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地獄の門

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地獄の門

リアクション

【第二圏・アケローン川の舟】


「お客様!」「どうなさいました!」「大丈夫ですか!?」
 異常に伸びた背筋と一寸の無駄も無い動きで店員達が現れた。彼らのコスチュームはシンプルな黒のスラックスとシャツのセットアップだが、白いシャツの上からでも分かる程内側の筋肉達が盛り上がっている。
 ただ一人店の雰囲気に合っているのはピンクのワンピースに白いウエストエプロンのダイナー風コスチュームを身に付けた歳若い女性店員だ。
「きっと熱さにやられちゃったんですねぇ。最近暑いからぁ」
 そう話した後に、客は皆沈黙して疑問を顔に張り付けた。
 今日は結構寒いぞ、と。
 そうしている間にそそくさと奥の扉から出てきた一人の男性店員が、その女性店員に耳打ちする。
「(キアラさん今日外凄い土砂降り)」
「(ああ! そういえばそうだったっスね)」
「失礼致しました。こちらのお客様方は、きっと濡れた靴で滑ってしまわれたのでしょう。
 タナカさん、サトウさん、スズキさん、お客様方を奥のソファにご案内して下さい。
 倒れたお客様方は我々が責任を持って介抱致しますので、皆様はどうぞお席に――
 ご案内致します」
 バッチリと場を収めると、フロアマネージャー風の店員Aこと椎名 真(しいな・まこと)は知り合い達にも『バイト中だから声かけないでね』的スマイルでその場を見事に流してみせた。
 その隣でほっと息を吐いたのはキアラ・アルジェント。何時ものギャル風の派手メイクをせずにいるので、知り合いにも上手い事バレないで居るらしい。
「はあ……。真君が居てくれて助かったっスよ。
 トゥリンちゃんのオススメに従って本当よかったっス」
「まあ、一応家令なのでこの位は。
 しっかし――店買取ってって、規模がちがうというか……俺とカガチ、壮太も三人で結構バカはやるけどさらに上がいたんだな。
 いや前回の時点で気づいてたけどな!」
「うちの隊長超馬鹿っスからね。
 本業副業に足して親戚の分まで遺産入ってるから何生でも遊んで暮らせるくらい持ってるのに、自分には無頓着だからいざ使おうとすると使い方おかしいんスよ」
「そう言えば最近のジゼルさん、毎日違う服着てるような――」
「トゥリンちゃんもっスよ。基本過保護なんス」
「それでこれか。
 ……兎に角どうなるか心配だから暫くは俺も交じらせて貰うよ。兵士さんだけじゃ料理や配膳も不安だろうし。
 店を買い取ったからには、兵士だとしてもちゃんと営業してもらわないと、俺の使用人魂がなんか納得いかない! それに俺ここのケーキ結構好きだったんだから。
 ほら、君は厨房で君は配膳早く持ち場に戻って!
 身体の捌き方はもう少し柔らかく。不自然な動きで気づかれたらどうするんだ!
 悪いけど時間無いからビシビシ行くよ!!」
「サーイエッ――」
「返事は『ハイ、フロアマネージャー』
 ……辺りで頼むよ」
「ハイ、フロアマネージャー!!」

***

「あれってアレクの部下の人?」
 モニターを覗き込んで、壮太は一人のウェイトレスを指差した。
 ジゼルや耀助達が通されたテーブルにピッタリとくっつき、上から男達を見下ろしている姿はのまるで伸し掛るようだ。手にした注文用端末もライフルに見えてくる。
 彼女の名は葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)。壮太の目からもプラヴダの隊士とは毛色の違うように見えたその正体は、元傭兵にしてシャンバラ教導団所属の兵士だった。
「ああそれ?
 一時間位前だったかな。
 突然俺の後ろに立とうとしたから取り敢えず壁に飛ばしたらさ、ライフル振り回しながら
 『これは中々の嫉妬の持ち主であります』
 『シスコン兄貴の嫉妬が自分を呼んだのであります!』とか何とか分け分からん事言っててな。
 ああこれは多分CSRだなーって、可哀想だから好きなようにさせてやってる」
「壮絶だねぇ」軽い調子で、託は同情を口にした。
「兵士っていうのは色々あるからな。
 どんな屈強な奴も優秀な奴も頭やられるもんだ。同じ兵士としてああなっちまった奴は放っとけないとこもある。
 プラヴダはトラブルを避ける為に民間人を作戦行動に引き入れないのが基本だが、今回は特別にトーヴァとトゥリンが頼んだアルバイトが三名、ジゼルに一番近付くのに顔が割れてない人間を教導団から一名借りてきたしな。別に生死に関わる作戦じゃねえから適当やれる仕事ならやらせてやりたい。

 それに――彼女を見ていると少尉時代の部下、ナタリーを思い出すんだ……。
 チビで童顔のナタリー――。この戦いが終わったらフィアンセの待つ故郷のジョージアに帰って家族だけの小さな式をあげるんですって言ってたのにあいつ――……はぁ……」
「え? いや切ない流し目で遠く見られると怖んだけど――。
 どうなったの!? ナタリーさんどうなっちゃったの!?」

***

「ではではっ
 早速始めさせて貰いますね!」
 立ち上がったのは遠野 歌菜(とおの・かな)。夫の月崎 羽純(つきざき・はすみ)同伴でここにやってきている彼女は幹事代わりでもあり、所謂仲人役なのだ。
「(愛と夢を振りまく魔法少女アイドルとして。
 皆さんが楽しくお話して打ち解けられるよう、精一杯お手伝いして盛り上げちゃおう!)」
 片手を拳に意気込んで、歌菜は笑顔で羽純と頷き合って話し始めた。
「すでに結婚してるだろ? 夫婦同伴で参加っておかしくない?
 仰られること、ごもっともです。
 しかーし、今回ただこの合コンに参加にきた訳ではないのです。
 言うなれば、縁結びのお手伝いにきましたっ!」
 歌菜に拍手がおくられる。
「という訳で初めは自己紹介からね。
 私がお手本をするので、皆もそんな感じでお願いしますっ。
 
 私は遠野歌菜。20歳。イルミン所属の魔法少女アイドルです☆
 特技は歌とピアノ、そして料理。お掃除がちょっぴり苦手な主婦です。
 羽純くんとは夫婦なんですよ。
 皆さん、宜しくお願いします♪」
 彼女が全て説明してくれたお陰か、今日も強引に押し切られて来たからいまいち気が乗らないのか、羽純は名前と『宜しく』程度で適当な挨拶を済ませた。

「アメリカ出身。蒼空学園の雅羅・サンダース三世よ。宜しく」
 こちらも同じように気の無い挨拶だった。自らの持つカラミティと、トラブルに頭から突っ込んで行くジゼルが合わさればどうなるか分かりきっているから悟りの境地に入っていたのである。

「パラ実の国頭。
 普段はセコールの空京支店でバイトやってるぜ。
 (多分)社員割使えるから、何か欲しい物がある娘は言ってくれよ。
 好きなタイプは、ぱん つくれる娘だな。
 ぱん つくれる娘に悪い人は居ないって偉い人が言ってた気がするし、
 オレ自身もそう思う。
 今日の合コンに、ぱん つくれる娘が沢山居ると信じてるぜ」
 ウィンクと一緒に白い歯が爽やかにキラッと輝いたのは国頭 武尊(くにがみ・たける)
 彼が話している間中、多々入る微妙な間に皆一様に「ん?」という顔をしていたのは言うまでもない。

「百合園女学院の桜月 舞香(さくらづき・まいか)です。
 部活はチアリーディング部やってます♪
 応援しがいのある屈強なスポーツマンタイプの男らしい人が好みかな……」舞香の視線は一点に正面に注がれている。
「よろしくね☆」と頭を下げた時、薄いピンクのミニスカートドレスの大胆にくりぬかれたデコルテのラインに、その正面に居たキロスは自分でも気づかぬうちに顔を上気させていた。

「蒼空学園のキロス・コンモドゥス。エリュシオンの暴れん坊龍騎士とは俺の事だぜ!」
 少年漫画の主人公のように決めてみせたが、目の前の舞香の胸元と肩の露出度に相変わらず鼻の下は伸びたままだった。

 次に挨拶したのは花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)。 
 椎堂 朔(しどう・さく)というパートナーを持つ彼女はこの半年間、自分探しの旅に出ていた。
 そして辿り着いたニルヴァーナで念願だった八重歯がチャームポイントの小悪魔的な大人の美女になったのである。
 彼女自身に自覚は無いが、一日おきに集中することで無意識にタイムコントロールの能力を行使していたのだ。
 そして今回は折角大人になったのだからとこの合コンにやってきていた。
「(私の成長した姿を皆に見てもらうんだ♪)」と意気込んで、花淋はこんな風にアピールした。
「こんにちはー♪
 私、新米写真家のKARINって言うんだー♪
 合コンって実は初めてなんだけど、男の子も女の子もみんなと仲良くしたいな、よろしくね☆」

「仁科耀助。葦原明倫館に通ってるよ。
 普段は宅配バイトとかやりながら、休日は『趣味』に時間を使ってるかな?
 耀助って気軽に呼んで。宜しく!」
 寸分隙のない合コンの為の挨拶だった。
 一般にはスマートに見えたその挨拶だが、この合コンに限っては幾人かの参加者と影に潜む隊士達が彼を『熟(こな)れてやがる』と警戒したのは言うまでも無い。

「あたしはセレン、教導団で銃やらミサイルやら撃って遊んでまーす」
 それなりにめかしこんだ服装をしているというのに、思いきりテキトーぶっこいた自己紹介をしたのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)
 隣のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が頭を抱えているのも気にせずに、あははと笑顔で締めくくった。
「教導団に所属しているセレアナよ。
 こういうところは余り慣れてないのでぶっきらぼうになるけど、気を悪くしないでね」
 そっけ無い挨拶だったが、これはこれでグっとくる男もいるのだ。
 お姉さんの尻に敷かれたい割とM寄りの人だが。

「耀助と同じく葦原所属の柊だ。
 まぁ今日はよろしく頼む」
 挨拶をしながらも柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)はある予感に囚われ、感覚を研ぎすませたままだ。
「(さっきから周りに居る客や店員からヤバイ感じがすんだよな。
 こう――、敵と遭遇した時のような感覚が)」
 恭也が視線を上げると、ふと吹雪と目があった。
 ――彼女は、アサシンの目をしていた。
「(ああ、そうか。
 ここはただの合コン会場じゃない、命のやり取りを行う戦場って訳だ。
 ケーキ食ってテキトーにお喋りすりゃ良い。そんな軽い気持ちで参加したのは大失敗だったよチクショウ。
 何が楽しくて休日まで戦わなきゃいけないんだよ!)」
 今直ぐ立ち上がり出口へ向かいたい気持ちで一杯だったが、そんな彼の異変に気づいたのか、隣に座っていたジゼルが無邪気な顔で彼を見上げる。
「どうしたの恭也? おトイレ?」
「いや……なんでも無い」
 適当な笑顔で返した恭也は、店員達がジゼルをチラチラと確認している事に気付き彼女から目を反らした。多分嫌な予感の原因の一旦はジゼルにある。
 つまり彼女に触れなければどうにかやり過ごせるはずだ。
 最悪敵との交戦に備えて置けば良い。彼の義眼はそれを可能にする力があるのだから。
「(……まぁ、過ぎた事は仕方ない。
 前向きに行こう、前向きに)」

「蒼空学園のユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)です。スポーツとか、身体を動かすことが好きよ。それと、美味しいケーキもね」
 清楚なワンピースとカーディガンという女子力が高い組み合わせに、男性陣盛り上がっていた。
 因にユピリアの盛り上がった胸には、パッドが何枚も入っている。

 男の挨拶を挟んで次に挨拶をしたのもユピリアと同じく高柳 陣(たかやなぎ・じん)のパートナーの少女だ。
 サマーニットとふんわりとしたミニスカートはナチュラル系のファッションで、やはり女子力が高い。
ティエン・シア(てぃえん・しあ)って言います。こういうところは初めてで良くわかんないけど、仲良くしてください」
 挨拶の後に照れた顔を見せた瞬間その女子力は常数超え、計測器が爆発した。

 皆が頭を抱えたゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)の挨拶はこんな風だった。
「モヒカン出身だ。
 いや俺最近モヒカンが光っててさ、年甲斐も無く毎日嫁エステが絶えないんだ」
 本人は『モヒカンらし』を見せる事で女性陣の気持ちを盛り上げようとしているらしいが、常人には全く意味不明だった。
 因に彼のこれまでの戦歴、つまり総お持ち帰り数は000000000回だった。
 言い換えれば『一度も上手くいった試しが無い』である。

奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)、ただの珈琲好きよ。
 こちらは雲入 弥狐(くもいり・みこ)、甘いもの好きな子」
 動物――とりわけ猫に懐かれ易い彼女の後に挨拶したのは、本当に猫だった。

「我はいま流行りのポータラカ人、ンガイ・ウッド(んがい・うっど)であるぞ!
 呼び難ければシロと呼ぶが良い!」
 自信満々な彼(?)は、本人の名乗り通りポータラカ人であり、便宜上猫の一品種・サイベリアンの姿を取っている五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)のパートナーだ。
 ヒソヒソ声に目聡く気づいて、ンガイは椅子の上ふんぞり返っ(ているつもりなのだが猫なのだ良く分からなかっ)た。
「ポータラカ人の時代はとっくに終わった?
 ごめんちょっと何言ってるのか分かんない」
 咳払いをして、ンガイはまだ飲み物しか並んでいないテーブルの上に何枚もの写真を散撒いていく。
「とくと見よ!」
 それらには銀髪の男や女が写っていた。
「もふもふプリチーな猫の姿も、ボンキュッボンな美女の姿も、流し眼が超エロイ美男の姿も、全てパーフェクトな我であるからして!」
 彼は思っていた。
「(人間の姿で参加しては、参加者の関心を総なめにしてしまう。
 ので、今回はもふもふプリチーな猫姿で参加するのである。
 恐らくこの姿でも我はモテモテであろうがな!)」と、本気でそう思っていた。
 尻尾ふりふりで腹も見せる媚っぷりに、女子達(そして一部の男)は湧いていたが、それは決してこう……ンガイの意図とは違っている湧き方だった。
 
一瀬 真鈴(いちのせ・まりん)です、宜しくお願いします♪
 もしよかったら、どんどん話しかけてください。
 仲良くしてもらえると嬉しいです」
 笑顔で締めくくった真鈴は感じていた。
 変な予感を。
 そして彼女はその変な予感に従い、『あるもの』を持って来ていた。
 いざとなったら姉やもう一人と一緒にその『あるもの』で『なんとかしよう』と。

 もう一人とはこの子の事である。
「えっと、七瀬 紅葉(ななせ・くれは)です。よろしくお願いします。
 恋愛とかまだよくわからないけど、よかったらお友達になってください♪」
 因にこの一見美少女にしか見えない真鈴の後継モデルの機晶姫。実は男性型である。

 次にいよいよジゼルの番がやってきた。
 その時、雅羅の抱いていた危惧は現実と化した。
「ジゼルです。蒼空学園に通ってます。
 好きな食べ物はかつおぶしごはんです!」
「かつおぶし……ごはん……???」
 不思議な名前の食べ物の登場に、まさに不思議そうな顔をしている参加者達に向かって、アクアグリーンのマリンドレスを着たアンティークドールのような少女は、繊細なレースの手袋に包まれた手を口元に小首を傾げて微笑んだ。
「えっとね、ご飯に鰹節をのせて、お醤油かけて食べるんだよ。
 おかずが買えない時も味がついたものが食べられていいんだよ。えへっ」

 こんな具合で挨拶は滞り無く進んで行き、斯くして戦いの火ぶたは切って落とされたり落とされなかったり――。
 最後にもう一度立ち上がった歌菜がウィンクする。
「じゃあ皆、これから暫くは一回目のフリータイムです!
 ケーキを食べたりお話ししたりして楽しく過ごしちゃおう♪」