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第六章 暗い未来・逞しき者達


 現在から数年後。

「ここが脱獄不可能と恐れられている監獄でありますか。困難なほど燃えるであります」
 独房をまじまじと見回す葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)。吹雪は色々とやり過ぎたために警察に捕まり、この監獄にぶちこまれていた。
「抜けられる場所は……」
 吹雪は脱獄のために地面や壁を叩いたり、鉄格子を確認して回る。
「……思ったより脆そうでありますな」
 吹雪は窓にはめられている鉄格子を確認。全く反省している様子は無く、この状況を楽しんでいるようであった。
 この日から吹雪の囚人生活が始まった。毎朝の点呼と味気ない食事に勤労と規則正しい日々が一秒の狂いもなく過ぎて行く。
 そんなある日、
「お前に面会人だ。出ろ!」
 看守がやって来て面会人の訪問を告げた。
「面会人でありますか」
 吹雪は逃亡防止に両腕に手錠と腰に縄を巻かれて面会室に向かった。

 面会室。

「……どう、少しは反省したかしら?」
 面会に来ていたのはコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)だった。吹雪逮捕の知らせを受け、急いで様子を見に来たのだ。
「今度は捕まらないようにうまくやるであります!!」
 吹雪は椅子に座るなりガラス越しに元気に答えた。
「……吹雪、そういう事ではなくて」
 コルセアは元気な吹雪を見て深い溜息をついた。
「元気そうでよかったであります!」
 吹雪は何一つ変わらないコルセアに挨拶をする。
「……あなたもね。真面目に勤め上げて娑婆に出て来るようにね。お願いだから短慮な事だけはしないで」
 コルセアは溜息をつきながらも病気に罹らず元気にしている吹雪の姿に多少安心していた。気掛かりなのは無茶な事をしでかすのではという事だけ。
「心配無用でありますよ!」
 吹雪はコルセアの心配など気に掛けない晴れ晴れとした能天気な笑顔。
「……吹雪、無茶な事は絶対にしないのよ。例えば……」
 コルセアがもう一度念を押そうとした時、
「面会終了だ」
 看守が近付き、吹雪は再び独房に戻って行った。
「……はぁ」
 残されたコルセアは溜息をつきながら遠くなる吹雪の背中を見送っていた。

 面会終了後、独房。
「……さて、さっそく作戦開始でありますよ!」
 吹雪は小さく脱獄作戦開始の合図を出していた。
 作戦はこの日から始まった。看守の目を盗み、古びた窓の鉄格子に味噌汁を吹き付けさび付かせたり他の囚人から買い取ったヤスリを使ったりと看守に見破られないように地道に作業を続けていく。

 そして、月が顔を出さない静かな夜、時は満ちた。
「……道は開かれたでありますよ」
 とうとう窓の鉄格子を見事に破壊する事に成功した。
「……静かに」
 吹雪は独房の壁を暗い闇の中よじ登り、窓の縁まで辿り着くと
「いざ、脱出であります!」
 勢いよく窓の外へとダイブし、脱出を成功させた。

■■■

「大した事無かったでありますな。もっと困難でも良かったぐらいでありますよ!」
 脱獄が成功したところで覚醒した吹雪は、満足そうな声を上げていた。使用したのは暗い未来を見せる薬だったが、吹雪にとってはスリル抜群の未来であり、暗い未来とは認識されていなかった。
「……あんな事が起きなければいいけど」
 心配するのはコルセアばかり。吹雪と同じ薬を使用して体験したのは囚人となった吹雪に面会に行く未来。パートナーが囚人となりこれまで以上に気苦労を抱える自分の姿だった。



 現在から約5年後。

 とある宮殿。

「レオーナちゃん、どうぞ」
「レオーナ様、いかがですか?」
 可愛い少女がアイスが載ったスプーンを麗しい美女がスティック状のお菓子を口に含みレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)に食べて貰おうとする。
「遠慮無く頂くわ」
 レオーナはためらいなく両方とも美味しく頂いた。
「ようやく、悲願だったこの帝国を築けて幸せだわ。こんなに可愛くて美人なみんなに囲まれて最高よ」
 両脇に女の子を侍らしているレオーナは幸せそうに目の前にプールで泳ぐ女の子達を見ながらつぶやく。約5年で百合属性のレオーナは自分が絶対王権を振るう女の子だけの帝国、神聖百合帝国を築き上げていたのだ。
「レオーナ様、お喋りばかりしていないで一緒に泳ぎましょうよ」
 泳いでいた女の子がプールからレオーナを誘う。
「えぇ、すぐに行くわ!」
 レオーナはプールに飛び込むため服を脱ごうとした時、
「た、大変です!!」
 見張り番をしていた女の子が慌てた様子で駆け込んで来た。
「どうしたの?」
 レオーナは服を脱ぐのを中断し、事情を訊ねた。
「男達が攻めて来てます! 神聖百合帝国を討ち滅ぼし、薔薇兄貴帝国を建国するのだと叫んでおります」
 女性は汗臭さ溢れる状況を口早に報告した。
「まずいわね。とりあえず、ここにいては危険だから今は避難よ。あと、クレアを呼んで来て」
 レオーナは女の子を護るため王として指示を出した。
「はい、すぐに宰相様を!」
 指示を受けた女性は宰相たるクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)を呼びに行った。

 現在から約5年後。

 百合園女学院の庭。

「レオーナ様、お味はどうですか?」
 クレアはカップに紅茶を淹れながら椅子に座り焼き菓子を食べるレオーナに訊ねた。
「美味しいわ。さすがクレアが作ったお菓子ね」
 答えるレオーナの様子は昔とは打って変わって普通の美女であった。
「本当に嬉しいですわ。レオーナ様が恥じらいと知性を持ったごく普通の女性になってくださって」
 すっかり百合属性がなりを潜めたレオーナの様子にクレアは心底喜んでいた。
「あの頃はどうかしてたわ。クレアに迷惑ばかり掛けて……本当にごめんね」
 レオーナは過去を振り返り、苦笑気味にクレアに謝った。
「いえ、もう昔の事はいいです。大事なのは今ですから。どうぞ」
 クレアは微笑と共に紅茶の入ったカップをレオーナの前に置いた。
「ありがとう。あぁ、そうだわ、昨日買っておいた茶葉があるのよ。少し待ってて」
 一口飲んだ後、レオーナは昨日購入した茶葉を思い出し、部屋へと取りに行った。
「……平和ですわ」
 クレアが平和を噛み締めていた時、慌てた様子で一人の女の子がやって来た。
 それに伴い風景はどこかの宮殿の一室に変化。
「宰相様! 大変です! 男が、我が神聖百合帝国に攻めて来ました!」
 慌てた女の子は現在の危機的状況を口早に伝えた。
「……さ、宰相……お願いですからその呼び方は本当にやめて下さい」
 クレアは顔を歪めながら訴えた。レオーナの悲願が達成されると同時に宰相に任命されたクレアは申し訳なさと恥ずかしさで人前に出るのが辛い毎日を送っていた。
「と、とにかく。宰相様、ここは危険ですから地下道を通ってお逃げ下さい」
 クレアは女の子に言われるまま宮殿の地下道へ行き、脱出した。
 宮殿にいた者達は皆脱出するも世界は薔薇兄貴帝国なるものを築いた男どもが支配していた。

 脱出劇から数週間後の地下。
「今、地上ではマッチョで汗臭く濃い男達が闊歩し、暗黒の時代を作り上げているわ。今こそ、立ち上がりあたし達の楽園を取り戻すわよ! この世界は我ら神聖百合帝国のものよ!!」
 レオーナは指導者として高らかに楽園奪還を宣言し、女性達を鼓舞していた。
「……もう嫌です」
 レオーナの隣に立つ宰相クレアは恥ずかしい気分でレオーナ達を見ていた。

■■■

「……可愛い女の子達に囲まれて幸せだったし、アーデルハイトちゃんとアゾートちゃんの力にもなれて今日は言う事無しね!」
 とんでもなくご機嫌のレオーナ。実は可愛い女の子二人のためクレアを連れて参加し、予測出来ない実験をと二種類の薬を同時に使用したのだ。
「……いつか明るい未来のような日がくればいいのですが」
 クレアは明るい未来が遠く感じさせる現実に溜息をついていた。