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学生たちの休日11

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学生たちの休日11

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キマクの休日



「よし、まずはBMIのシンクロ率を30%に上昇」
「了解しました。シンクロ率を30%にします」
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)の指示で、コックピット後方のコントロールシートに収まっていたヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)がBMIのシンクロ率を上げた。
 CHP010Xゴスホークは特殊な機体である。制式番号のXが示すように、BMIの試験用機体でもある。コックピットは、パイロットのモーショントレースシステムを採用し、操縦者の身体の動きをダイレクトに機体へと反映することができる。そのため、BMIとの連動で、パイロット自身のスキルを機体が許す範囲で実現することができる。
 ただし、この機体が許す範囲というのが曲者だ。
 あくまでも、モーショントレースシステムやBMIは、操縦者の動きや超能力をイコンの機体に伝えるものである。身体能力に依存するスキルや、超能力以外の能力は、これらのシステムを使ってもまったくイコンに反映することはできない。例えば、アルティマトゥーレを使用しようと思っても、パイロットがイコンの剣を直接触れているわけではないので冷気を発生させることはできないし、通常の剣であれば冷気の発生装置などは装備されてはいない。
 身体系のスキルは、行為者自身が自身の身体能力を瞬間的に極限まで増大させて発現するものである。
 例えば、金剛力の場合、筋力を極大に高めることにより、通常の数倍の力を発することができる。
 これをイコンに適用した場合、まず問題になるのは、術者のスキルによって増大しているのは、術者の筋力であって、イコンのアクチュエータの出力ではないという点だ。
 金剛力のスキルは、術者の身体能力を高めて実現しているわけであって、スキル自体にはイコンの能力を高める効果はない。
 だが、実際にはゴスホークでは金剛力によって若干のパワーの増大現象が起きる。これはなぜだろうか。イコンその物の能力を高めているわけではないのだから、元々イコンその物の能力に余裕があったと考えるべきだろう。
 通常状態では、モーショントレースシステムによって、パイロットの筋肉の動きをイコンの機体コントロールへと直接入力する。ダイレクトにパイロットの身体能力を伝えるコントロールシステムであるゆえに、イコンの能力がパイロットを上回っていた場合、結局パイロット自身がリミッターとなって、パワーの上限を限定してしまう。これが、金剛力を使った場合、パイロット自体の筋力が増すので、それに呼応して、イコンの方もパワーを上げられるようになるというわけだ。スロットルが固くて半分しか開けなかったのを、力が強くなったので無理矢理全開にできるようになったようなものだ。元々のエンジンに変化はない。
 錯覚しがちなのが、巨大なイコンが同じスキルを発揮するので、威力もそれに合わせて倍加するのではないかということである。むろん、質量に依存する物理的な破壊力は増すことが多い。だが、それとて、限界はある。結局は、パイロットのパワーが増大したとしても、イコンのパワー以上の物は引き出せないわけだ。単に、イコンの持つパワーをより多く引き出したに過ぎない。
 すなわち、人の10倍はあろう大きさのイコンでスキルを使えるからと言って、単純に威力が10倍になるとは限らないわけだ。
 このへんの見極めのために、柊真司はシャンバラ大荒野の人のいない場所で、実験に赴いたのである。実際、機密事項にもなるため、誰かに目撃されて研究されたのではあまりよろしくない。
「まずは、ポイントシフトを試してみる」
「了解しました。データ記録開始します」
 まずは、ポイントシフトからだった。
 ポイントシフトは、空間認識能力を高め、意図した地点へと、高速で移動するものだ。無駄を省き、最小限の動作で、最大のパワーを持って移動するため、周囲からは瞬間移動したかのように見える。だが、そう見えるだけであって、実際には単なる高速移動である。同時に、近距離であるから一瞬にして移動したように見えるのであり、長距離では移動は認識されてしまう。この場合は、正確さがメインとなる。
「移動ポイント認識。シフトする!」
 柊真司が、スキルを実行した。高速で、ゴスホークが目的ポイントへとむかう。
「どうだ?」
 あっという間に目的ポイントへと到達し、柊真司がヴェルリア・アルカトルに観測結果を訊ねた。
「確認します。到達時間、通常よりも大幅短縮。ただし、移動速度は平常時とまったく変わりません」
「どういうことだ」
 ほとんど瞬間移動のようになるはずではなかったのかと、柊真司が問い返す。
 分析の結果では、短縮されたのは、移動行動へと移る初期動作のみであった。パイロットの移動開始動作から、実際にイコンが移動を開始するまでのタイムラグが限りなく0に近い。その分、より短時間で移動が終了している。ただし、移動中のスピードは、何ら変化がなかった。
 つまり、イコンでスキルを使用すると言うことは、こういうことなのである。
「おかしい、イコンにダイレクトに俺の能力が反映されるはずじゃなかったのか」
「入力はダイレクトに反応していますが、イコン自体の動きは違うようです」
「もしかすると、シンクロ率の問題か? よし、一気に100%で試すぞ。潜在開放、必要であれば覚醒してシンクロ率を上げるんだ」
「了解しました」
 柊真司に言われて、ヴェルリア・アルカトルが一気にBMIのシンクロ率を上げた。
「ううっ」
 50、60、70……、80……。
 だが、80以上にシンクロ率が上がらない。
「覚醒を使え」
「だめです。システムロックされています」
 全身の感覚が身体から引き剥がされるような状態に耐えながら、柊真司が唸った。ゴスホークの全身へと広がった感覚が、不安定な形で情報を伝えてくる。それを安定させんがために覚醒を使おうとしたが、当然のようにロックは外れなかった。
 覚醒に関しては、事前にコリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)によってプロテクトが外されない限り、絶対に使えないようにされている。使用許可が出たのは、過去、数えるほどしかない。
「俺には、100%は無理なのか……」
 柊真司が呻いた。だが、それも当然のことだ。現在、BMIのシンクロ率100%を出せる者は、パラミタ中に一人しか確認されてはいない。仮に機体が100%可能な物でも、そのたった一人以外では完全シンクロは不可能である。
「続行する。80%で、ポイントシフトを行う」
 これが限界と諦め、柊真司がスキルを実行する。だが、結果は変わらなかった。
 何度か多少無茶な繰り返しを行うが、移動速度そのものはまったく変化しない。
 だが、まったくの発見がなかったとは言えなかった。初動がほぼなくなるため、前動作なしの進路変更が可能だったのである。もちろん、慣性などの影響は受けるが、力場を発生させて空を飛ぶイコンの特性から、瞬間的な横移動や後退がポイントシフトで可能であった。連続使用は無理があるが、使い所次第では有効だろう。
「まだ、80%維持は可能だな」
「可能ですが、いくつかの警告が表示されています。これ以上状態を継続させると真司の身体が持ちません」
「ぎりぎりまで維持しろ。後一つ試したいことがある」
「全力で補佐します」
 ヴェルリア・アルカトルにむかって軽くうなずくと、柊真司が地面の上にあった岩にむかってグラビティコントロールを放った。
 G.C.S.の補助を受けながらイコンの規模でグラビティコントロールを使用すれば、強力な重力でマイクロブラックホールぐらい作れるかもしれない。もし可能であれば、非常に使い回しのよい、グラビティキャノンとなる。
 柊真司が、全能力を地上の岩に集中させた。だが、何も起きない。見た目の変化はゼロだ。
「そんな馬鹿な……」
 まったく効果がないのは予想外であった。そのショックで、頭に激痛が走る。
「限界です、BMI緊急停止!」
 即座に、ヴェルリア・アルカトルがBMIを回路切断した。これ以上、高シンクロ率を維持すれば、脳が焼き切れてしまう。
「いったいどうなっているんだ」
 柊真司がヴェルリア・アルカトルに確認した。
 元々、G.C.S.は、周囲の空間を歪ませることによって、敵攻撃の弾道をずらすための兵器である。この歪みは、攻撃を180度折り返して跳ね返すなどという物ではない。せいぜい、数度弾道をねじ曲げるものである。それでも、被弾確率は大きく低下するため、非常に強力な防御兵器だ。だが、あくまでも、防御兵器であって、攻撃には使用できない。当然、パイロットのグラビティコントロールとは無関係な機構を持つので、いくらBMIを駆使しても、連動するということはない。
 また、グラビティコントロール自体も、空間圧縮のできるような物ではなかった。単純に、重力の働く方向を、任意の方向へと変えるだけの物である。もちろん、加重を与えて、敵を攻撃するなど、重力を倍加させることも可能だ。だが、あくまでも倍加程度であり、体重が数倍になって動けなくなったり、柔らかいものであれば自重で潰れる程度の物である。さすがに、人間を押し潰すほどの力はない。
 イコンの場合は、敵イコンの自重自体が相当の物なので、人に対して駆使したのと同当の効果は期待できる。だが、ごく軽い鳥の羽根毛のような物に対して使用しても、羽根がぺったりと平たく押しのびるだけである。
 だいたいにして、超能力で既存の目に見える物体からブラックホールを作り出すことは、不可能に等しい。今回潰そうとした数メートル級の岩であれば、目に見えない微粒子の大きさにまで圧縮しても、質量的にこの方法では不可能である。それほどのエネルギーがあるのであれば、容易にシャンバラ大荒野一帯を消し去れるはずだ。
「対象付近の地面が、数センチほど沈下しています。グラビティコントロールの効果と思われます」
「その程度か……」
 落胆して、柊真司が肩を落とした。肉体の消耗が激しい。
 このまま実験を続行するか柊真司が迷い始めたとき、アトラスの傷跡の方向から爆発音が聞こえてきた。
「近くに誰か来たようだな。この場は撤退する」
「了解しました」
 柊真司は、急いでその場から離れていった