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学生たちの休日11

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学生たちの休日11

リアクション

 

    ★    ★    ★

「うーっ」
 突然低い唸り声が聞こえて、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が、見ていた資料から顔をあげた。見れば、正面の席で、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)がつまらなそうに資料のページをめくっている。
 ここは空京大学の図書室で、今は中間試験の勉強中だったはずなのだが……。
 どこか気もそぞろな綾原さゆみの方は、書き取りをするかに見えてノートの角にパラパラ漫画を書いていたり、図書室だというのに小さな声で歌を口ずさんでいたりと、ちょっと見ていて怒られないかとはらはらしてしまう。
「だって、『ナラカから復活した英霊と、彼らがパラミタや地球に及ぼした影響について』なんて課題のタイトル、なんかおかしいと思わない? そんなのどうだっていいじゃない」
 アデリーヌ・シャントルイユにもう少し気を入れたらと言われて、綾原さゆみがそう答えた。
 それは、綾原さゆみにとってはどうでもいいことだろう。とはいえ、課題は課題だ。単位が取れなくては困る。
「そう言うけど、コスプレアイドル<シニフィアン・メイデン>としての夏休みのイベントだって目白押しだし……」
「順番が逆ですわよ。レポートの後が、アイドル活動ですわ」
 やれやれと、アデリーヌ・シャントルイユが釘を刺す。
「だってえっ〜」
 そう言うと、綾原さゆみがテーブルの上の本を押しのけて突っ伏した。
 大学の図書室は冷房が完備しているのだが、今日はちょっとその効きが悪い。外が暑すぎるのと、冷房目当てで人が集まりすぎているからのようだ。
 Tシャツにショートパンツという姿なのに、綾原さゆみの額にはちょっと汗が光っている。チューブトップにショートパンツ姿のアデリーヌ・シャントルイユも、正直言って少し蒸し暑い。
「プールでも行きませんか?」
 ちょっと唐突気味に、アデリーヌ・シャントルイユが綾原さゆみに言った。
 こんな非効率な状態で勉強しても意味がない。いっそ、プールで頭を冷やしてリセットした方が、午後からそこそこは勉強できる……かもしれない。いずれにしろ、綾原さゆみの一夜漬けにつきあうのはもう慣れっこだ。
「行く!!」
 一つ返事で、綾原さゆみが立ちあがった。すぐに、キャスケットとパーカーをひっつかむと、早く早くとアデリーヌ・シャントルイユを急かす。
「ちょっと、待って……」
 ほっとくと一人でかけて行ってしまいそうな綾原さゆみに、アデリーヌ・シャントルイユはあわててサンバイザーとノートをバッグに放り込んで後を追いかけていった。

    ★    ★    ★

 シャンバラ宮殿の高層階では、いつものように酒杜 陽一(さかもり・よういち)高根沢 理子(たかねざわ・りこ)の護衛として自主的にロビーに詰めていた。
 このロビーの先が、まるまる大王たちの執務室で、出入りはロイヤル・ガードたちが厳重にチェックしている。正当な必要性とアポイントメントがなければ、簡単にはこの関門を通してはくれない。
 そのためもあって、酒杜陽一はいつもこのロビー止まりだ。むろん、高根沢理子に無理を頼めば通過することは不可能ではないかもしれないが、それは彼女に多大な迷惑をかけることになる。公務の場所、しかも、国家運営の情報が飛び交う場所に部外者を入れたりすれば、代王としての常識を疑われ、高根沢理子の面子は丸つぶれだろう。
 そのため、酒杜陽一は高根沢理子の脱走を手伝うようなことはあっても、自分から進入するようなことは極力避けている。
「そんなことをしなくても、俺と理子さんの間には、すでに深い絆があるのだ」
「へーえ、それはまた不快な話……、いえ、奥深い話よねえ。それで、理子さんと婚約したって言いふらしているようだけれど、それは本当?」
 なんだか少し剣呑な感じで酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が酒杜陽一に訊ねた。
「本当の話だ。疑似結婚式も挙げたしな」
「疑似? 疑似なのね。ふーん、それで、結納は交わしたの?」
「結納? なんだそれ」
「交わしてないの! あっきれた。それのどこが婚約なの。ばっかじゃないの。そんなの、お兄ちゃんの妄想よ妄想。そう、全ては妄想なんだわ!」
 酒杜美由子が思いっきり決めつけた。酒杜美由子は、妹としてのポジションに収まってはいるが、本質はアリスである。契約者からの愛情の具現化のような存在なので、いつもパートナーの愛情を少なからず欲している。特に、酒杜美由子はそれが顕著であった。酒杜陽一が高根沢理子とくっついたと告白されたときから、もうヤンデレ一歩手前である。
「一応、恋人であるのは確かだぞ。ゆくゆくは、結婚を」
「無理よ」
 きっぱりと、酒杜美由子が決めつける。
「代王と結婚して、大王にでもなるつもり? 身分が違いすぎるわ。さあ、きっぱりと諦めちゃおう!」
「いや、それおかしいだろう?」
 あくまでも、シャンバラの正式な女王はアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)である。高根沢理子は代王にしか過ぎない。とはいえ、セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)と共に、実質的な現時点のシャンバラ王国のトップである。立場上、おいそれと結婚を表明できるはずもなかった。常識的に考えても、彼女たちの配偶者となる男は、彼女たちに意見できる最大の存在となり得るからだ。無用な権力を与えぬためにも、あるいは政敵からの干渉を避けるためにも、代王たちは慎重にならざるを得ない。へたに、代王の恋人として相手の男が政敵に命を狙われでもしたらやりきれないからだ。かといって、正式な家族でもない者に、始終ロイヤルガードの護衛をつけるわけにもいけない。
「お前も、早く彼氏を作ったらどうだ。そうしたら、ちょっとは落ち着きもでて……」
 軽いヒステリーだろうと、酒杜陽一が酒杜美由子にちょっとしたアドバイスをした……つもりだった。実際には、思いっきり火に油を注いでしまうことになったわけではあるが。
「できれば、とっくにつくっとるんじゃあ!! お兄ちゃんの馬鹿あ! リア充なんて、みんな自爆しちゃえばいいのよお!!」
 癇癪を起こした酒杜美由子が大声で叫ぶ。
「やれやれ、これだからぼっちは……」
 酒杜美由子の大声に、近くでパートナーたちとお茶を飲んでいたイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が軽く顔を顰めた。酒杜陽一が、うるさくてすみませんと謝る。
「代王だって、休息は必要だろう。セレスティーナ・アジュアだって、この俺と海に行って気晴らしをするくらいだからな」
「妄想ね。ここにも、妄想を語る男がいるわ!」
 頭ごなしに、酒杜美由子がイーオン・アルカヌムの言葉を全否定した。
「確かに、よく連れ出せたものだな」
 さすがに、酒杜陽一も懐疑的になる。自分は、高根沢理子のお忍び脱出大作戦にいつも失敗しているので、にわかには信じがたい。もっとも、二人して、非公式にそういうことをしようとするから失敗するわけではあるのだが。
「事実だ。パラミタ内海に行って、セレスティーナ・アジュアに泳ぎを教えてきた。このアルが、しっかりと水着を選んだのだから、間違いはない」
 イーオン・アルカヌムに名指しされて、砂糖とミルクを入れたコーヒーをイーオン・アルカヌムに差し出していたアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)がうんうんとうなずいた。
「そして、私がお二人を影からのぞき見……、いえ、護衛いたしました」
 セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)がつけ加える。
「みんな妄想全開よー。爆発しちゃえばいいのよ!」
 なんだか、一人だけあぶれた感が極端に増大した気がして、酒杜美由子が叫んだ。どれもこれも、ソースは自分で、信憑性のない話ばっかだと単純に決めつける。
「もう、嫌。下に行って、みたらし団子の販売してくる。リア充共からぼったくってやるのよお!!」
 そう言うと、酒杜美由子は階段を一人駆け下りていった。
 やれやれと一同が力を抜くと、何やらロビーに緊張感が走った。
 見れば、皇 彼方(はなぶさ・かなた)テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)らに護衛された高根沢理子とセレスティーナ・アジュアがやってくる。
 それぞれに声をかけようとした酒杜陽一とイーオン・アルカヌムらではあったが、二人がこちらを見むきもしないことに気づいて自重した。
 見れば、何やら人と会っている。見たところ、エリュシオン帝国からの大使のようだ。選帝の儀を終えた帝国が、報告を兼ねて使者を送ってきたのだろう。
「……ええ、ナラカの件は、こちらでも確認しております。詳細は後ほど」
 大使の男が、小声でセレスティーナ・アジュアらに言った。
「では、こちらへ。席を設けてあります」
 そう言うと、高根沢理子が大使を先導する。
 振り返る一瞬、高根沢理子が軽く手で酒杜陽一に挨拶を送ったようにも見えた。同様に、セレスティーナ・アジュアも、イーオン・アルカヌムに、他の物にそれと気づかれぬように視線を送る。
「これはちょっと、本気で周囲に気を配らなければならないな」
「イエス・マイロード」
「ええ」
 イーオン・アルカヌムの言葉に、セルウィー・フォルトゥムが答えた。アルゲオ・メルムも、こくりとうなずく。
 そのまま、酒杜陽一とイーオン・アルカヌムたちは、自分たちの思い人の公務が無事に行われるようにロビーで警戒を続けた。