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学生たちの休日11

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学生たちの休日11

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海京の休日



「もうちょっと待っててよねー」
 かいがいしくキッチンで料理を作りながら、仁科 姫月(にしな・ひめき)が背中越しに言った。
「手伝うか?」
 居間にいた仁科 樹彦(にしな・たつひこ)が訊ねる。
「ありがとー。じゃあ、これを運んでくれるかな。あな……兄貴……」
 新婚だから、あなたと呼ぼうとして、やっぱりまだ兄貴と呼んでしまって仁科姫月が顔を赤らめる。
「おっ、うまそうだ」
 深皿に載った芋の煮っ転がしを一つつまみ食いして、仁科樹彦が言った。
「別に、私が食べたかっただけなんだから。兄貴の好物だからって作ったわけなんかじゃないんだからね」
 ちょっとツンして、仁科姫月がはにかんだ。
 居間までも仁科樹彦のために食事を作ったことは何度もあったが、兄のためにではなく夫のために食事を作ることは、まだ新鮮な驚きに満ちている。でも、それを表に出すことは、まだちょっと恥ずかしい。
 いかにも、ついでに作っている風を装う仁科姫月に、変わらないなあと仁科樹彦が思う。そして、妻として少しずつ変わりつつあっても、好きな部分は変わらないままの仁科姫月に安堵してしまう。
「さあ、できたよ」
 仁科姫月が言う。
「じゃあ、一緒に食べようか」
 そう言うと、仁科樹彦は仁科姫月を手伝っていった。

    ★    ★    ★

「うーん。このへんは、まだ最適化できそうですね」
 自室でパソコンで戦術プログラムの組み替えをしながら、アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)がじっとモニターを見つめていた。
「まだやってる……」
 そっとドアの隙間から様子をうかがっていた柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)がつぶやく。
 先日の機動要塞戦で理不尽な負け方をしたのがよほど悔しかったのだろう。あの日以来、ウィスタリアの戦術プログラムをずっと改良し続けている。
 最後にイコンをミサイル代わりにブリッジに撃ち込まれるというとんでもない戦術で負けたのがトラウマにでもなってしまったのだろうか。
「よっぽど悔しかったんだろうなあ。でも、ちょっと根を詰めすぎだろう」
 さすがに心配して、ついに柚木桂輔が意を決した。
「アルマ」
「どうかしましたか、桂輔。私は、今、忙しいんですが」
 いきなり私室に入ってこられて、アルマ・ライラックが言い返した。
「買い物に行かないか?」
 臆せずに、柚木桂輔が言いだす。
「買い物なら、桂輔一人でも行けるでしょう? 私は、今忙しいんです」
 いくつかのモジュール最適化作業を続けながら、アルマ・ライラックが答えた。
「いや、買い物に行こう。つきあってくれ」
「だから、必要な生活必需品は買いおきがあるはずですし、一人でできるもんぐらいできますよね?」
「できない」
 きっぱりと、柚木桂輔が言い切った。
「……。あのー」
「一緒に行ってくれないと、パソコンの電源を落として、引きずってくぞ」
「うー、分かりました。着替えるので待っていてください」
 へたに拒否し続けて、本当に電源を落とされてはたまらないとアルマ・ライラックが折れた。しっかりとバックアップをクラウドキャビネットに保存すると、柚木桂輔を部屋から追い出して着替え始める。
「準備できたかい?」
 しばらくして、やっと部屋から出て来たアルマ・ライラックに、柚木桂輔が訊ねた。
「一つ聞いてもいいでしょうか。なぜ、この服しかタンスに入ってなかったのでしょうか」
 ビスチェタイプの肩のないドレスに、大きく前があいたロングスカートというちょっとゴスロリの入ったドレスを着て、アルマ・ライラックが柚木桂輔を問い質した。
「似合ってるじゃないか」
 なんだか、柚木桂輔は実に満足そうだ
「必要以上に露出が多くありませんか?」
 明らかに布が少ない胸の部分を気にしながら、アルマ・ライラックが柚木桂輔に言った。
「いや、目の保養にはバッチリだ」
 本音もろ出しで、柚木桂輔が答える。
「桂輔!」
 計画的犯行ですねと、アルマ・ライラックが軽く柚木桂輔を睨みつけた。
「しかたないだろ、他はみんな選択中なんだから。だから、新しい服を買いに行こうぜ。さあ」
 そう言って、柚木桂輔はアルマ・ライラックをうながした。

    ★    ★    ★

「さてと、早く大人の制服専門店へ……」
「帰っていいですか」
 危ないことを言う柚木桂輔に、アルマ・ライラックが冷たく言い返した。海京商店街の中央で、クルリと反転する。
「ああ、嘘だから。とりあえず店に入ってしまえばこちらのもの……、いや、は、早く行こう、なっ、なっ」
 あわててごまかそうとしながら、柚木桂輔がアルマ・ライラックの手を引っぱった。
「あ、あの……」
「しかたないですね。でも、店は、私が選びます」
 そう言うと、アルマ・ライラックが柚木桂輔を引きずって行く。
「あのー、あのー」
 そんな二人に必死に声をかけようとしていたフィリス・レギオン(ふぃりす・れぎおん)であったが、まったく二人の間に割り込むことができずに、ぽつねんとその場に取り残された。
「せめて、ここがどこだか知りたかったんだけど……」
 困ったようにフィリス・レギオンがつぶやいた。
 少し前は、確かザナドゥの遥か外れにいたはずなのだが、いつの間にか誰かに召喚されたらしく、ここにたっていたのだ。
 いったいどのような経緯で召喚されたのか、いったい誰に召喚されたのか、ここはどこなのか。まったくさっぱりである。
 とにかく、現状を把握して、召喚者を探すことが急務であった。とはいえ、なぜ、召喚しておいて、その当事者の姿が見えないのだろうか。それとも、この商店街の人混みの中に、召喚者が隠れているのだろうか。
「あのう、ここはどこ?」
 とりあえず、近くを歩いていた女の子に声をかけてみる。
うにゅ? ボク?」
 突然声をかけられて、リゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)が振り返った。
 わあ、可愛い子だと、フィリス・レギオンがちょっと目を見張る。
「ここは、海京商店街だよ」
 黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)に買い物を頼まれた帰り道のリゼルヴィア・アーネストが、元気にフィリス・レギオンに答えた。見れば、可愛らしい女の子だ。
「海京? あの、あの、僕のマスターを探すの手伝って!」
「えっ、男の子? ごめんなさい」
 あらためて、フィリス・レギオンが男の娘だと言うことに気づいたリゼルヴィア・アーネストが、ぺこりと頭を下げて謝った。
 可愛い。
「ボク、今お使いの途中なの。だから、人探しはできないんだ。ごめんなさい」
 そう言うと、リゼルヴィア・アーネストはその場を去ろうとした。いつも、黒崎ユリナから、知らないおじさんに声をかけられても突いていってはいけませんと言われていたからだ。
「あっ、行っちゃう……」
 思わず、フィリス・レギオンが呆然とリゼルヴィア・アーネストを見送りかけた。だが、すぐに思いなおす。こんな見知らぬ土地で離れ離れになったら、二度とこんな可愛い子に出会えないかもしれない。一目惚れである。
「だったら、僕と契約して」
「えっ?」
 唐突な提案に、リゼルヴィア・アーネストが思いっきり戸惑った。パラミタの獣人としては、悪魔とパートナー契約を結ぶことはできない。できるとすれば、リゼルヴィア・アーネストのパートナーである黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)だけだ。
「うーん、僕じゃ、契約はできないよ。じゃあ、ついてきて。頼んでみる」
 そう言うと、リゼルヴィア・アーネストはフィリス・レギオンを連れて家へむかった。
「えっと、私が頼んだのは、女の子じゃなかったですよね。えっ、男の娘? こんなに可愛いのに……」
 敵なりリゼルヴィア・アーネストが、見知らぬ子を連れてきたので、出迎えた黒崎ユリナが驚いて言った。
「どうした? ルヴィが戻ってきちゃったのか?」
 騒ぎを聞きつけて、黒崎竜斗が奧から出て来た。やはりリゼルヴィア・アーネストにはまだ一人でお使いは無理だったのかと思っていたら、何やらとんでもない者を拾ってきたらしい。
「えっ、悪魔? また、なんでそんなことに……」
「そんなことより、契約してください!」
 当惑する黒崎竜斗に、フィリス・レギオンが迫った。おかげで、黒崎竜斗が、ますます困惑する。
「なぜ、いきなり契約を……。悪魔さんですし、はっ、まさか、竜斗さんの命を狙いに……」
 あまりに唐突な話に、さすがに黒崎ユリナが警戒する。
「えっ?」
 その反応に、一番驚いたのは、フィリス・レギオンであった。元々、フィリス・レギオンには、リゼルヴィア・アーネストと離れ離れになりたくないという意図以外は存在しない。まあ、悪魔らしい、純粋な煩悩全開と言えばそれまでなのだが。
「違うみたいですね」
「そうみたいだな」
 フィリス・レギオンの反応に、ちょっと拍子抜けしたように黒崎ユリナと黒崎竜斗が顔を見合わせた。
「悪い子じゃなさそうですし……」
「また、害はなさそうだからいいかあ」
 このまま突き放して路頭に迷わせるのもと、黒崎竜斗がフィリス・レギオンと契約を結ぶ。
「わあい、お兄ちゃんと契約したんだ。これからもよろしくね!」
 リゼルヴィア・アーネストに手を差し出されて、フィリス・レギオンは、ちょっとはにかみながら握手した。